大阪地方裁判所判決 平成30年(ワ)第6307号
主 文
1 被告は、原告●に対し、2547万0062円及びこれに対する平成29年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告▲に対し、2547万0062円及びこれに対する平成29年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを10分し、その9を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1)被告は、原告●に対し、2658万7068円及びこれに対する平成29年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告は、原告▲に対し、2658万7068円及びこれに対する平成29年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は被告の負担とする。
(4)仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1)原告らの請求をいずれも棄却する。
(2)訴訟費用は原告らの負担とする。
(3)仮執行免脱宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨
原告らの子である◇(以下「◇」という。)は、被告の開設する診療所において吸引分娩により出生し、約12時間後に死亡したところ、本件は、原告らが、被告に対し、(1)主位的に、上記診療所の助産師は、出生後管理中の◇に顔面チアノーゼ等が出ていることを医師に報告すべきであったのにこれを怠ったため、◇は吸引分娩による帽状腱膜下血腫からの出血性ショックにより死亡したと主張して、民法715条に基づく損害賠償請求として、(2)予備的に、当時被告代表者であった医師は、吸引分娩の要件を満たさないのにこれを実施したため、◇は吸引分娩による帽状腱膜下血腫からの出血性ショックにより死亡したなどと主張して、医療法46条の6の4、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律78条に基づく損害賠償請求として、原告ら各自2658万7068円及びこれに対する平成29年11月20日(上記吸引分娩の日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者
原告●(以下「原告●」という。)は、◇(平成29年○○月○○日生まれ、同月21日死亡)の父であり、原告▲(以下「原告▲」という。)は、◇の母である。
被告は、△クリニック(以下「被告クリニック」という。)を開設する医療法人である。
○医師(以下「○医師」という。)は、本件当時、被告代表者であり、被告クリニックの院長であった者である。
□助産師は、本件当時、被告クリニックに勤務していた助産師である。
(2)診療経過等
ア 原告▲は、平成29年4月20日(以下、全て同年であり、年の記載は省略する。)、被告クリニックにおいて妊娠の診断を受け、その後、被告クリニックを継続受診した。9月27日の受診時において、無痛分娩の方法によることが決定された(乙◇2p4)。
イ 原告▲は、11月19日(妊娠40週0日)午後0時10分頃、陣痛を訴えて被告クリニックを受診し、同日、被告クリニックに入院した。
同日午後8時過ぎ頃から、○医師は、原告▲に対し、ウテメリンの点滴静脈注射を開始した。
ウ 11月20日午前8時50分頃、○医師は、原告▲を診察し、分娩誘発後に無痛分娩を開始するとの方針を決め、同日午前9時30分頃から、アトニン(陣痛促進剤)の点滴を開始した。
同日午後0時34分頃、○医師は、無痛分娩目的で、原告▲に硬膜外カテーテルを留置した。
エ 以後の経過について、診療記録(乙◇2p12。無痛分娩経過表)には、次の記載がある。
午後2時40分 児頭下降度「-3」に印がある。
午後3時45分 「人破」(注:人工破膜)
午後4時40分 児頭下降度「-2」と「-3」の間に印がある。
午後6時30分 頚管(注:子宮口)開大10○mに印がある。
午後6時35分 「産瘤+1」
午後6時45分 「努責開始」
午後7時30分 「産瘤+2」、「陣痛頻回も発作みじかいため産瘤下降のみかわらず」
午後7時40分 「産瘤のみ先進+2~+3」、「陣痛発作みじかく努責有効にかからず」
午後7時45分 「○ □r来室 分娩スタンバイ」
午後7時50分 「ソフトカップにて吸引×1 かからず」「右側切開」
午後7時55分 「ハードカップにて吸引×4回」(注:実際には5回であった〈乙◇23p4〉。)
午後7時57分 「クリステル×4回」
午後8時1分 「児頭ハイリンハツロ」
午後8時2分 「男児娩出」
オ 上記記載のとおり、○医師は、11月20日午後7時50分頃から吸引分娩(以下「本件吸引分娩」という。)を実施し、原告▲は、同日午後8時2分頃、◇を娩出した。
体重3212g、身長49.0○m、頭囲32.0○mであった(乙◇3、4)。
出生時、右頭頂部に産瘤を認めたが、外傷、頭血腫はいずれもなかった(乙◇3)。
アプガースコアは9点(1分)/9点(5分)であった(乙◇3)。
カ 同日午後10時02分頃、◇の体温は37.3度、呼吸数は62回/分、心拍数は150回であり、四肢末梢にチアノーゼ及び冷感が認められた。血糖値は82mg/□lで正常であった。(乙◇2p10)
キ 11月21日午前0時20分頃、□助産師は、◇に顔面チアノーゼがあり、全身色不良で、筋緊張は弱く、うなり呼吸があることを認めた。刺激にて呼吸促すも、全身色は改善しなかった。(乙◇2p18)
ク 同日午前0時25分頃の診療記録には、◇について、「SPO2 99-100%、R=47、HR=161」との記載がある(乙◇2p18)。
同日午前0時25分頃、□助産師は、○医師に対し、SPO2、呼吸数、心拍数のほか、呼吸状態が多呼吸気味で努力呼吸様で元気がない旨を電話で報告した。
○医師は、◇が、出生後の新生児一過性多呼吸の疑いがあると判断し、□助産師に対し、SpO2モニターの続行、保育器収容による経過観察及び必要なら酸素投与を行うように指示をした。
ケ 同日午前0時30分頃、□助産師は、◇を保育器に収容し、経過観察を行った。中心性チアノーゼは改善し、四肢冷感、チアノーゼ、口唇周りのチアノーゼは持続した。心雑音はなく、体温は36.5度であった。(乙◇2p18)
コ 同日午前0時40分頃、SpO2は99-100%、たまに90%台に低下するも自然に回復した。四肢冷感は持続し、筋緊張は弱かった。体温36.2度、呼吸数41、心拍数143であった。(乙◇2p18)
サ 同日午前0時50分頃、うなり呼吸は消失し、中心部の赤みが軽度あり、筋緊張は改善した(乙◇2p18)。
シ 同日午前2時15分頃、□助産師の報告を受けた○医師が被告クリニックに来院した。
同日午前2時30分頃の診療記録には、◇について、「SpO2 96%、全身色不良、緊張なし、対光反射弱い、右頭頂部腫脹波動みられ血腫様」との記載がある。被告クリニックからX病院に対し、新生児搬送を依頼したが、受入れを拒否され、新生児診療相互援助システム(NM○S)により、F医療センターに新生児搬送を依頼した。
同日午前2時35分頃、マスク&バッグが続行され、SpO2は100%であった。
同日午前2時40分頃、マスク&バッグを止めるとSpO2は低下した。全身蒼白は改善せず、徐脈があり90~100台であった。その頃、F医療センターから搬送可との連絡があった。
同日午前3時頃、F医療センターより、◇の搬送先がG病院に決定したとの連絡があった。全身色不良で、筋緊張はなく、脈拍95~100回/分、呼吸数47であった。
同日午前3時10分頃、マスク&バッグを止めるとSpO2は90%半ばであり、徐脈80~90台であった。マスク&バッグ続行にてSpO2は100%、脈拍100台であった。(乙◇2p18)
ス 同日午前3時20分頃、F医療センターの応援医師が到着した。
同日午前3時25分頃、気管内挿管が行われた。SpO2は80%台~80%台後半で、なかなか上昇が見られなかった。酸素投与続行にてSpO2は100%であった。
同日午前3時30分頃、気管内挿管を行うも、末梢血管を確保できなかった。徐脈80~90台、SpO2は80%台~90%台で、全身蒼白は変わらなかった。右頭頂~左頭頂にかけて血腫様、波動著明であった。
同日午前3時40分頃、保育器に収容され、G病院へ向けて出発し、午前4時頃、◇は、NI○U(新生児集中治療室)のあるG病院に到着した。(乙◇2p19,28)
セ G病院において、◇は、帽状腱膜下血腫、低拍出性ショック、高カリウム血症(電解質異常)と診断され(甲◇1の1p1)、同日午前7時56分、死亡した(甲◇2)。
3 争点
(1)11月21日午前0時25分頃の時点で、□助産師が○医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきであったか(主位的主張)
(2)本件吸引分娩は、吸引分娩の適応のないものであったか(予備的主張1)
ア 急速遂娩が必要な胎児機能不全の状態にあったか
イ 分娩第2期遷延が予想される状態にあったか
ウ 母体疲労のため分娩第2期の短縮が必要と判断される場合に当たるか
エ 軟産道強靭症により吸引分娩の適応があるといえるか
(3)本件吸引分娩の方法は、不適切なものであったか(予備的主張2)
ア 児頭が嵌入していない状態で吸引分娩が行われたか
イ 5回を超える吸引を行わない注意義務の違反があったか
(4)因果関係の有無
ア 11月21日午前0時25分頃の時点で□助産師が○医師に顔面チアノーゼ、全身色不良等を報告しなかったことと死亡との間の因果関係
イ 吸引分娩と死亡との間の因果関係
(5)損害額
4 争点に関する当事者の主張
(1)11月21日午前0時25分頃の時点で、□助産師が○医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきであったか
(原告らの主張)
11月21日午前0時20分頃の時点で、□助産師は、◇に顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を認めていた。チアノーゼは、帽状腱膜下血腫による注意点の1つである。また、全身色不良は、大量出血を示す所見である。うなり呼吸は、呼吸障害の一つであり、酸素が不足するために起きることから、多呼吸と同様に出血性ショックの症状と考えられる。したがって、□助産師は、○医師に電話で報告をした同日午前0時25分頃の時点で、○医師に対し、◇に顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸があることを報告すべきであった。
にもかかわらず、□助産師は、同時点で、○医師に、呼吸状態が多呼吸気味で努力様呼吸で元気がない旨の報告しかしなかった。
(被告の主張)
11月21日午前0時20分頃の時点で、皮膚蒼白、ショック状態等の大量出血を疑わせる所見は認められていない。顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸は認められたが、これらはいずれも出血性ショックの症状ではない。◇に帽状腱膜下血腫による出血性ショックの症状はない。
したがって、同日午前0時25分頃の時点で、□助産師は、○医師に対し、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸があることを報告すべき義務はない。
(2)本件吸引分娩は、吸引分娩の適応のないものであったか
ア 急速遂娩が必要な胎児機能不全の状態にあったか
(原告らの主張)
分娩監視記録(乙◇13)によると、本件の基線細変動は正常であり、遅発一過性徐脈は出現していないから、胎児心拍数波形の(レベル3)の所見である。レベル3では、急速遂娩の適応はない。
被告が遅発一過性徐脈と主張する徐脈は、変動一過性徐脈である。
したがって、本件で吸引分娩の適応は認められない。
なお、産婦人科診療ガイドライン産科編2017(甲△1。以下「本件ガイドライン」という。)上、推奨レベル△のものも、医療水準となる。
(被告の主張)
本件ガイドライン(甲△1)上、推奨レベル△のものは、医師に法的な注意義務を課す基準とはならない。
分娩監視記録(乙◇13)によると、①11月20日午後7時29分~午後7時37分において、基線細変動が減少し(基線は170△pm)、早発一過性徐脈(7時34分)と高度遅発一過性徐脈(7時29分、32~33分、37分)とが混在しており、これは、胎児心拍数波形のレベル5の所見である。また、②午後7時38分~午後7時42分において、基線細変動が減少し(基線は175△pm)、軽度遅発一過性徐脈(7時38分、7時40~41分、7時42分)が認められるから、胎児心拍数波形のレベル4の所見である。
レベル5は、急速遂娩の実行が推奨されている。レベル4においても選択的ではあるが、急速遂娩の実行が推奨されている。
したがって、○医師が来室した午後7時45分頃の時点において、胎児機能不全による吸引分娩の適応が認められる。
イ 分娩第2期遷延が予想される状態にあったか
(原告らの主張)
本件では、11月20日午後7時50分頃に吸引が開始されているが、同日午後6時30分頃に子宮口全開大となり、同日午後6時45分頃より努責を開始したばかりであり、分娩の進行は遅延していない。また、硬膜外鎮痛法による無痛分娩では、分娩遷延の判断が3時間以上(甲△1p260)とされている。しかも、無痛分娩に起因する分娩力の低下に対しては、分娩誘発等を行うのであって、直ちに吸引分娩を行うのではない。同日午後6時35分頃の時点で児頭の下降が産瘤+1、同日午後7時40分頃の時点では産瘤+2~+3とされているのであるから、先進児頭の下降停止があったとはいえない。
以上によれば、吸引分娩を開始した同日午後7時50分頃の時点で、分娩第2期遷延の状況になく、また、遷延が合理的に予想される状態でもなかったから、吸引分娩の適応は認められない。
なお、本件ガイドライン(甲△1)上、推奨レベル△のものも、医療水準となる。
(被告の主張)
本件ガイドライン(甲△1)上、推奨レベル△のものは、医師に法的な注意義務を課す基準とはならない。
11月20日午後6時30分に子宮口全開大となり、同日午後6時45分頃より努責を開始したが、無痛分娩により子宮収縮力の減退や母体の努責の低下を来しており、同日午後7時30分頃の時点では分娩進行が停止又は非常に緩慢になってきていた。その上産瘤ばかりが大きくなってきており、助産師は、このままでは経腟分娩が難しくなりそうだと判断し、その旨を○医師に報告した。○医師が内診したところ、子宮収縮時に児頭が下がってこず産瘤が形成されており、このまま待機していても分娩は進行しないものと予測された。
したがって、分娩第2期遷延が予想される状態であったから、吸引分娩の適応が認められる。
ウ 母体疲労のため分娩第2期の短縮が必要と判断される場合に当たるか
(原告らの主張)
原告▲に母体疲労の事実はない。また、原告▲には、努責を回避すべき心疾患合併や高血圧などの合併症もない上、硬膜外鎮痛法を行っていたことからすれば、母体合併症や母体疲労により吸引分娩が必要と判断される場合に当たるとはいえない。
なお、本件ガイドライン(甲△1)上、推奨レベル△のものも、医療水準となる。
(被告の主張)
本件ガイドライン(甲△1)上、推奨レベル△のものは、医師に法的な注意義務を課す基準とはならない。
努責を開始した11月20日午後6時45分頃から約1時間経過した同日午後7時40分頃の時点で、「陣痛発作続く、努責有効にかからず」との状態になっているのであるから、母体疲労のため分娩第2期の短縮が必要と判断され、吸引分娩の適応がある。
エ 軟産道強靭症により吸引分娩の適応があるといえるか
(原告らの主張)
軟産道強靭症は、第2期分娩停止又は遷延を起こす原因ではあるが、それ自体で吸引分娩の適応となるものではない。
軟産道強靭症に明確な定義はなく、臨床の現場では子宮口の開大遅延に対して用いられることが多いが、本件では、子宮口の開大遅延はなく、全開大となっていた。また、軟産道強靭症と診断されるためには、難産の症例で、微弱陣痛や骨産道の異常、児頭骨盤不均衡その他の産道通過障害が否定される必要があるが、原告▲には、軟産道による産道抵抗が強いことを表す所見はなく、分娩遷延を来していない上に、上記の除外診断もされていないから、軟産道強靭症とは診断できない。
(被告の主張)
軟産道強靭症も吸引分娩の適応の一つとされている。
原告▲は、無痛分娩により子宮収縮力の減弱や母体の努責低下を来していたため、娩出力が産道抵抗に勝って児頭を下降させることができなくなっていた。このように、軟産道強靭症は相対的なものであり、原告▲は軟産道強靭症に該当するから、吸引分娩の適応が認められる。
(3)本件吸引分娩の方法は、不適切なものであったか
ア 児頭が嵌入していない状態で吸引分娩が行われたか
(原告らの主張)
無痛分娩経過表(乙◇2p12)には、児頭下降度について、11月20日午後2時40分頃において「-3」、同日午後4時40分頃において「-2」と「-3」の間に記載があるが、同時刻以降の児頭下降度に関する記載がないことからすれば、吸引分娩開始時、児頭は嵌入(ステーション0)していなかったといえる。
恥骨結合後面を触知することができなかったことや膣口より児頭の毛髪が見えたことは、診療録に記載がないし、恥骨結合後面触知とステーションの関係は、児頭の大きさや回旋度合いにより多少異なるため一概にはいえないとされている(甲△5p45)。また、出生直後の児の状況や児の面会時間と吸引を行った際の児頭の位置とは、医学的関連性がない。
なお、本件ガイドライン(甲△1)上、推奨レベル△のものも、医療水準となる。
(被告の主張)
本件ガイドライン上、児頭嵌入は推奨レベル△とされており、法的義務を課す基準となるものではない。
○医師が吸引カップをかける際、恥骨結合後面を触知することができず、膣口より児頭の毛髪が見えたことから、低在での吸引分娩であった(乙△2p277表3)。産瘤の厚み(約2○m)があるため、吸引開始時の児頭下降度はステーション+1~+2であったと考えられる。したがって、吸引分娩を開始した午後7時50分頃の時点ではステーション0以下に下降していた。
また、本件吸引分娩は開始から12分で娩出に至っており(乙◇2p12)、生後のアプガースコアは良好であり、生後約48分で「ベビー面会」が行われていること(乙◇2p14)からしても、児頭が嵌入していない高位での吸引分娩であったとは考えられない。
イ 5回を超える吸引を行わない注意義務の違反があったか
(原告らの主張)
本件ガイドライン(甲△1)では、総牽引回数(滑脱回数を含める)が5回になっても児が娩出しない場合は、鉗子分娩あるいは帝王切開術を行うとされている。
にもかかわらず、○医師は6回以上の吸引を行っている。
(被告の主張)
本件ガイドライン上、吸引分娩の回数は推奨レベル△とされており、法的義務を課す基準となるものではない。また、本件ガイドラインでは、「吸引分娩を行った場合の総牽引の制限時間や回数、滑脱の許容範囲についてのエビデンスは明確ではない」とされている(甲△1p262)。
本件の吸引回数は、ソフトカップによる1回及びハードカップによる5回の合計6回であるが、ソフトカップによる1回の吸引はわずか25秒であり、圧もほとんどかかっていないことから、ソフトカップによる吸引は吸引の回数にカウントしないとの評価も可能である。
(4)因果関係の有無
ア 11月21日午前0時25分頃の時点で□助産師が○医師に顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告しなかったことと死亡との間の因果関係
(原告らの主張)
11月21日午前0時25分頃の時点で□助産師が、○医師に◇の顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告していれば、すぐに診察が行われたはずであり、◇は、帽状腱膜下血腫と診断され、新生児搬送により、救命できた可能性が高い。
(被告の主張)
仮に、11月21日午前0時25分頃の時点で□助産師が、○医師に◇の顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告していたとしても、上記症状はいずれも出血性ショックの症状ではないから、○医師の診察が行われた可能性はない。また、◇のショック状態が顕在化したのは、同日午前2時30分であるから、同時刻よりも前に新生児搬送を決定した可能性はない。
したがって、同日午前0時25分頃の時点で□助産師が○医師に◇の顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告しなかったことと◇の死亡との間に因果関係はない。
イ 吸引分娩と死亡との間の因果関係
(原告らの主張)
(ア)◇は、本件吸引分娩によって帽状腱膜下血腫を生じ、帽状腱膜下血腫の出血量が多量となり、出血性ショックにより死亡した。
したがって、適応のない吸引分娩を行ったことと◇の死亡との間には因果関係がある。
(イ)児頭が嵌入していない状態で吸引分娩が行われたことにより、◇に帽状腱膜下血腫が生じた。そして、◇は、帽状腱膜下血腫の出血量が多量となり、出血性ショックにより死亡した。
したがって、児頭が嵌入していない状態で吸引分娩を行ったことと◇の死亡との間には因果関係がある。
(ウ)本件吸引分娩に適応があったとしても、5回を超えて吸引を行ったことにより、◇に帽状腱膜下血腫が生じた。そして、◇は、帽状腱膜下血腫の出血量が多量となり、出血性ショックにより死亡した。
したがって、5回を超えて吸引を行ったことと◇の死亡との間には因果関係がある。
(被告の主張)
(ア)◇の死亡については、帽状腱膜下血腫により、循環血液量減少性ショックを招いたことがその誘因と考えられる。
(イ)また、循環血液量減少性ショック診断及び治療の開始の遅滞、輸血の未実施が死亡原因となっている可能性も否定できない。
(ウ)したがって、本件吸引分娩と◇の死亡との間には因果関係はない。
(5)損害額
(原告らの主張)
ア ◇の損害
(ア)治療費 4240円
F医療センター 500円
G病院 3740円
(イ)入院雑費 1500円
◇は、G病院に1日入院した。
(ウ)損害賠償請求関係費用 7580円
F医療センターのカルテ開示費用 20円
G病院の死亡診断書の文書料3240円及び○□-R2枚の文書料4320円
(エ)葬儀関係費用 150万円
(オ)逸失利益 2082万6805円
551万7400円(平成29年賃金センサス〈男〉)に、67年に対応するライプニッツ係数から18年に対応するライプニッツ係数を引いた7.5495を掛け、生活費控除率を50%とすると、逸失利益は、2082万6805円である。
5,517,400円×7.5495×(1-0.5)=20,826,805円
(カ)死亡慰謝料 2000万円
イ 原告ら固有の慰謝料 各300万円
◇の父母である原告らは、待望の児である◇の死亡により、多大な精神的苦痛を被った。原告ら固有の慰謝料額は各300万円である。
ウ 弁護士費用 合計483万4012円
ア、イの合計額(4834万0125円)の1割相当
エ 請求額
原告らは、◇の損害賠償請求権を法定相続分(各2分の1)に従い相続した。原告らの請求額(損害額)は、各自2658万7068円となる。
(被告の主張)
否認又は争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1)被告クリニック入院に至る経緯
ア 原告▲は、不妊治療を経て、4月20日、被告クリニックにおいて妊娠の診断を受け(9週4日、初産婦、出産予定日11月19日)、その後、被告クリニックを継続受診した。外来診察は、いずれも被告クリニックのI副院長が担当した。
5月8日のカウンセリングの際に、原告▲は、無痛分娩を希望し、9月27日の受診時において、無痛分娩の方法によることが決定された。8月18日から10月12日まで子宮収縮抑制剤の投与が行われたほかは、特に問題となる事項はなかった。
(乙◇1p10、乙◇2p4,26,27、乙◇23、原告▲)
イ 原告▲は、11月19日(妊娠40週0日)午後0時10分頃、陣痛を訴えて被告クリニックを受診し、同日、被告クリニックに入院した。
(2)◇の分娩に至る経緯
ア 11月19日入院時の助産師による内診所見では、子宮口開大2○m、硬度は中、展退90%、児頭の位置はステーションは-3であり、破水はなかった。○医師は、分娩監視装置を装着し、子宮口開大5○mくらいまでは経過観察を行い、その後分娩が進行すれば、ウテメリン(子宮収縮抑制剤)の点滴を行う方針とした。(乙◇2p1,7、乙◇23)
同日午後7時45分頃、子宮口開大は約4○mとなり、同日午後8時過ぎ頃から、○医師は、原告▲に対し、ウテメリンの点滴静脈注射を開始した(乙◇2p7)。
イ 同月20日午前8時50分頃、○医師は、原告▲を診察したところ、子宮口開大が約4○mで、陣痛周期が9~10分であったことから、分娩誘発し、陣痛周期が2~3分となった後に無痛分娩を開始する方針とし、同日午前9時30分頃から、アトニン(陣痛促進剤)の点滴を開始した。(乙◇2p6、乙◇23)
ウ 同日午後0時10分頃、陣痛周期が約2分となり、同日午後0時34分頃、○医師は、無痛分娩目的で、原告▲に硬膜外カテーテルを留置した。同日午後0時40分の時点で、子宮口開大は約5○mであった。(乙◇2p6,12、乙◇23)
同日午後1時35分頃の時点で、児頭下降度は-3であった(乙◇2p12)。
同日午後2時40分頃、○医師が診察したところ、児頭下降度は-3であり、子宮口開大は約5~8○mであった(乙◇2p12)。
同日午後3時45分頃、子宮口は約8○m開大し、児頭は固定していたことから、○医師は、人工破膜を行った。硬膜外麻酔が8ml/hに増量された。(乙◇2p12、乙◇23)
同日午後4時40分頃、子宮口開大は約9○mであった。また、児頭下降度はほぼ-2であった。硬膜外麻酔5ml/hが追加投与され、持続量が15ml/hに増量された。(乙◇2p12)
同日午後6時30分頃、子宮口は全開大であった。また、同日午後6時35分頃に児頭の産瘤が+1の状態であり、午後6時45分頃より努責が開始された。(乙◇2p12)
エ 同日午後7時30分頃、児頭の産瘤が+2の状態であった。また、原告▲の体温は37.4度であった。(乙◇2p12)
同日午後7時20分頃から午後7時50分頃までの胎児心拍数陣痛図において、胎児心拍数波形は、基線は160~165△pmとやや頻脈ではあるが、基線細変動と一過性頻脈が認められ、子宮収縮時に150~140△pmの15~40秒で回復する軽度変動一過性徐脈が散見された。また、10分間に5回よりも多い子宮収縮が認められた。(乙◇13、鑑定書p3,4)
オ 同日午後7時40分頃、児頭の産瘤のみ先進し+2~+3の状態となった。また、陣痛発作が短く、努責が有効にかからない状態であった。その頃、□助産師が○医師に診察するよう連絡し、同日午後7時45分頃、○医師は、訪室し、内診をした。内診時に恥骨結合の裏に内診指は入らず、膣口側から児髪が見えていたことから、○医師は、厚い産瘤があったとしても児頭の下降度はステーション0~+1あるいはそれよりも低い位置(+1~+2)であると考えた。子宮収縮時に児頭が下がって来ないため、○医師は、このままでは産瘤だけが大きくなり分娩は進行しないと予測し、産瘤がさらに大きくなると吸引カップのかかりが悪くなり、経膣分娩が不可能となると予想した。また、○医師は、胎児機能不全の傾向があり、原告▲について、微弱陣痛及び腹圧不全の状態にあると考えた。そこで、○医師は、吸引分娩を行うことを決定した。(乙◇2p12、乙◇3、23、被告代表者p5~6)
カ 同日午後7時50分頃、ソフトカップで1回吸引をしたが、カップのかかりがよくなかった。そこで、ハードカップで5回の吸引を行い、併せてクリステレル圧出法(4回)を行った。
同日午後8時2分、◇が娩出された。
(甲◇9、乙◇2p12、乙◇23、被告代表者p7)
(3)出生後の◇の被告クリニックにおける経過等
ア 出生時、◇は、体重3212g、身長49.0○m、頭囲32.0○mであった。また、出生時、◇の右頭頂部に産瘤を認めたが、外傷、頭血腫はいずれもなかった。アプガースコアは9点(1分)/9点(5分)であった。10分後に全身色が良好となり、10点となった。(乙◇3、4、23)
11月20日午後8時08分頃に胎盤娩出があり、原告▲に弛緩出血と子宮収縮不良があり、○医師は、原告▲の止血処置や縫合を行い、同日午後8時45分頃に縫合が終了した。同日午後8時50分頃、原告▲は、◇と面会した。(乙◇2p14、乙◇23)
イ 同日午後10時2分頃、◇の体温は37.3度、呼吸数は62回/分、心拍数は150回であり、四肢末端にチアノーゼ及び冷感が認められた。血糖値は82mg/□lで正常であった。(乙◇2p10、乙◇23)
ウ 11月21日午前0時20分頃、□助産師は、◇に顔面チアノーゼがあり、全身色不良で、筋緊張は弱く、うなり呼吸があることを認めた。刺激にて呼吸促すも、全身色は改善しなかった。(乙◇2p18)
同日午前0時25分頃、◇のSpO2は99~100%で、呼吸数は47、心拍数は161であった。その頃、□助産師は、○医師に対し、上記SpO2、呼吸数、心拍数のほか、呼吸状態が多呼吸気味で努力呼吸様で元気がない旨を電話で報告したが、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸があることは、報告しなかった。
○医師は、◇に出生後の新生児一過性多呼吸の疑いがあると判断し、□助産師に対し、SpO2モニターの続行、保育器収容による経過観察及び必要なら酸素投与を行うように指示し、自身で◇を診察することはなかった。(乙◇2p18、乙◇23)
エ 同日午前0時30分頃、□助産師は、◇を保育器に収容し、以後、次のとおり、経過観察を行った。同時刻頃、◇の中心性チアノーゼは改善し、四肢冷感、チアノーゼ、口唇周りのチアノーゼは持続した。心雑音はなく、体温は36.5度であった。
同日午前0時40分頃、◇のSpO2は99~100%で、たまに90%台前半に低下するも自然に回復した。四肢冷感は持続し、筋緊張は弱かった。体温は36.2度、呼吸数は41、心拍数は143であった。
同日午前0時50分頃、◇のうなり呼吸は消失し、中心部の赤みが軽度あり、筋緊張は改善した。
同日午前1時15分頃、◇に時々うなり様呼吸があり、浅在性呼吸で、呼吸数が61であった。四肢冷感は消失し、全身色はやや貧血様、蒼白気味も、中心赤み軽度あり、SpO2が100%、筋緊張は変わらず、体温が36.2度であった。
(乙◇2p18、乙◇23)
オ 11月21日午前2時10分頃、□助産師は、◇の全身蒼白が著明で、呼吸が弱く、SpO2が80~70台に下降しているのを認めた。徐脈があり、筋緊張はなく、体温は36.7度であった。
同日午前2時15分頃、□助産師は、◇にマスク&バッグによる酸素投与を開始し、○医師に報告し、○医師が来院した。
同日午前2時30分頃、◇のSpO2は96%、全身色不良で、筋緊張はなく、対光反射は弱く、右頭頂部に腫脹波動がみられ、血腫様であった。
○医師は、◇の状態が悪いため、新生児搬送を行うこととし、X病院に新生児搬送を依頼したが、受入れを拒否され、新生児診療相互援助システム(NM○S)により、F医療センターに新生児搬送を依頼した。
同日午前2時35分頃、マスク&バッグによる酸素投与を継続し、SpO2が100%であった。
同日午前2時40分頃、◇に対し、マスク&バッグによる酸素投与を継続し、SpO2が100%であったが、これを止めるとSpO2が低下する状態であった。全身蒼白は改善せず、徐脈があり、90~100台であった。その頃、F医療センターから、搬送可との連絡があった。血糖値は52mg/□lであった。その頃、原告▲は、◇と面会した。
同日午前3時頃、◇に対し、マスク&バッグによる酸素投与を継続したが、状態は変わらなかった。F医療センターより、◇の搬送先がG病院に決定したとの連絡があった。全身色不良で、筋緊張はなく、脈拍は95~100で、呼吸数は47であった。
同日午前3時10分頃、マスク&バッグを止めると、SpO2は90%半ば、徐脈80~90台であり、マスク&バッグ続行にてSpO2は100%、脈拍は100台であった。
(甲◇10、乙◇2p18、乙◇23、被告代表者p10)
カ 同日午前3時20分頃、F医療センターの応援医師である小児科医が被告クリニックに到着した。
同日午前3時25分頃、気管内挿管が行われた。SpO2は80%台~80%台後半で、なかなか上昇がみられなかった。酸素投与続行にてSpO2は100%であった。
同日午前3時30分頃、気管内挿管を行うも、末梢血管を確保できなかった。徐脈80~90台で、SpO2が80%台から90%台をふらつく状態であった。全身蒼白は変わらず、右頭頂から左頭頂にかけて血腫様、波動著明であった。
同日午前3時40分頃、◇は、保育器に収容され、原告●付添いのもと、G病院へ向けて出発した。
(乙◇2p19、乙◇23)
(4)G病院での診療経過等
11月21日午前4時頃、◇は、NI○U(新生児集中治療室)のあるG病院に到着した。NI○U到着時、◇の心拍は80回/分で、SpO2モニターは、搬送中より末梢循環不全のため測定することができなかった。末梢冷感があり、体温は35.2度、全身性チアノーゼがあり、血圧はマンシェットで測定できなかった。診察では、対光反射なく、体動なく、筋緊張低下がみられた。後頭部全面に波動触れる血腫が認められた。◇は、帽状腱膜下血腫、低拍出性ショック、高カリウム血症(電解質異常)と診断され、同日午前5時頃、原告●に対し、◇の病状説明がされ、救命困難である旨、また、救命できたとしても重度の後遺症を残す旨の説明がされた。その後、一時的に心収縮改善するも再び徐脈、収縮不良となり、心拍、血圧が徐々に低下した。
同日午前5時32分頃、心拍が徐々に徐脈傾向にあり、心拍60回/分、SpO2が70%前後であり、治療への効果が乏しかった。再度、原告●に対する説明が行われ、救命困難であり、看取りの方向で看護していく方針となり、原告▲が到着するまで、メイロンを投与しながらバイタルの安定を図ることとなった。同日午前7時頃に原告▲が到着した。
同日午前7時56分、◇は死亡した。
(甲◇1の1p1,2,40,43,44)
(5)帽状腱膜下血腫について
帽状腱膜下血腫は、帽状腱膜と骨膜と間に生じた出血で、吸引分娩で出生した児に多いとされている。帽状腱膜は頭部全体を覆っているので、出血による腫脹は、頭頂部から前頭部、側頭部まで、頭部全体に及ぶことが多く、頭部の皮膚は波動状で、その出血量は外見より多く、出血性ショックで気付かれることが多いとされている。出生直後は比較的元気で、生後数時間を経て徐々に出血性ショックに至るため、吸引分娩で出生した児では、頭部の波動状腫脹の有無、呼吸数、皮膚色、ヘマトクリットの注意深い観察が必要であるとされている。(甲△14)
2 争点(1)(11月21日午前0時25分頃の時点で、□助産師が○医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきであったか)について
(1)前記認定のとおり、11月21日午前0時20分頃の時点で、◇に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸が認められる状態であったところ、鑑定の結果によれば、上記の状態は、NI○Uがない施設における新生児搬送の適応であり、助産師がこれを医師に報告しなかったことは不適切であったとされている。すなわち、吸引分娩により出生した児は、一定時間十分な監視下に置き、帽状腱膜下血腫の有無などを注意深く観察することが必要であり(鑑定書p18)、◇は、滑脱1回を含む合計6回の吸引分娩により出生し(同p9)、頭血腫があったことから帽状腱膜下血腫の有無の確認が必要である(同p18)ところ、同日午前0時20分頃の時点の◇の上記の状態は、同月20日午後10時02分頃の時点で認められた状態(四肢末端チアノーゼ及び四肢末端冷感)よりも症状が悪化していることから(鑑定書p17)、助産師は、午前0時20分頃に認められた顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸について、医師に報告すべきであったとされている。この鑑定の結果は、「顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸が認められた同日午前0時20分頃の時点で、上位機関に送ってしかるべき治療を受けないと助からない出血性ショックに陥っていた」旨の産科医の意見(甲△23p3,10、証人Hp38,39)及び「同日午前0時20分頃の時点ではすでに頭部所見、全身状態から帽状腱膜下血腫による出血性ショックの状態であったことは明らか」である旨の産科医の意見(甲△20p8)にも沿うものであり、上記鑑定の結果を覆すに足りる証拠はない。
(2)したがって、11月21日午前0時25分頃の時点で、□助産師は、○医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきであったと認められる。
にもかかわらず、前記のとおり、□助産師は、○医師に対し、◇に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸が認められることを報告しなかった。
3 争点(2)(本件吸引分娩は、吸引分娩の適応のないものであったか)について
(1)本件ガイドラインにおいては、吸引・鉗子分娩は、実施前に、①胎児機能不全、②分娩第2期遷延や分娩第2期停止、③母体合併症(心疾患合併など)や母体疲労のため分娩第2期短縮が必要と判断された場合のいずれかの適応があることを確認することが勧められているところ(甲△1pⅩⅠ,259)、原告らは、本件吸引分娩は、上記①~③のいずれも満たさないから、吸引分娩の適応を欠くものであった旨主張し、他方、被告は、本件ガイドラインにおける上記の点の推奨レベルは△であるから医師に法的な注意義務を課す基準とはならない旨を主張しつつ、本件吸引分娩については上記①~③を満たす上、原告▲は軟産道強靭症であり、この点でも吸引分娩の適応になる旨を主張する。
(2)この点、本件ガイドラインにおいては、「分娩第2期遷延の診断基準は、所要時間が初産婦で2時間以上、経産婦で1時間以上である。ただし、硬膜外麻酔等による無痛分娩中は各々3時間以上、2時間以上が1つの目安と考えられている。ただし、これらの時間を超えていなくても、児頭下降度などの点から分娩進行が認められない(分娩停止)か、あるいは進行が遷延して第2期遷延が予想される場合には、吸引・鉗子分娩が選択されることもある。」とされているところ(甲△1p260)、鑑定(補充鑑定を含む)の結果によれば、本件吸引分娩は、分娩第2期遷延が予想される状態を適応に吸引分娩が行われており、不適切とはいえないとされている(鑑定書p5)。すなわち、①本件においては、11月20日午後1時35分に児頭下降度-3、午後4時40分に児頭下降度-2、午後6時35分に産瘤+1、午後7時30分に産瘤+2、午後7時40分に産瘤のみ先進+2~+3であり、これらを総合して評価すると、遅くとも午後6時35分以降は児頭下降度が不良であったと判断される(補充鑑定書p3)、②「初産婦における無痛分娩中の分娩第2期が3時間以上」は、我が国では、あくまで目安である。無痛分娩では分娩第2期が遷延しやすいが、子宮収縮薬が併用される場合には必ずしも分娩第2期が遷延するわけではない。本件ガイドラインが基礎としている米国産科婦人科学会による定義である「分娩第2期遷延は、硬膜外麻酔等による無痛分娩中は初産婦で3時間以上」は、子宮収縮薬を用いない自然分娩が前提となっている。したがって、子宮収縮薬が併用されていた本件では、「分娩第2期遷延が予想される状態」を、無痛分娩ではない通常の分娩と同様に、分娩第2期が2時間以上に及ぶ可能性がある場合と考えることもできる(補充鑑定書p4)、③本件吸引分娩をせずに自然経過観察を続けていた場合には、分娩第2期が2時間ないし3時間を超える可能性があり、この状況下で「分娩第2期遷延が予想される状態」と判断することは臨床現場ではあり得る、とされている(補充鑑定書p5)。
以上の鑑定の結果を覆すに足りる証拠はない。
(3)したがって、本件吸引分娩は、吸引分娩の適応を満たすものであったというべきであり、原告らの主張は採用することができない。
4 争点(3)(本件吸引分娩の方法は、不適切なものであったか)について
(1)原告らは、本件吸引分娩の方法が、①児頭が嵌入していない状態で行われた点又は②5回を超えて吸引が行われた点において、不適切であった旨を主張する。
(2)児頭が嵌入していない状態で行われたかについて
ア 本件ガイドラインにおいては、「吸引手技を実施する場合は以下を満たしていることを確認する。」とし、そのうちの1つとして、「児頭が嵌入している」を挙げ(甲△1p259)、「『児頭嵌入』は児頭がさらに下降しステーション0(坐骨棘の高さまで先進部が下降)に達した状態を指す」とされている(甲△1p260)。
イ 前記認定のとおり、11月20日午後7時40分頃の時点で児頭の産瘤が+2~+3の状態であり、○医師は、内診をした同日午後7時45分頃の時点で、恥骨結合の裏に内診指が入らず、膣口側から児髪が見えていたことから、産瘤があったとしても児頭のステーションは0~+1又はそれよりも低い位置(+1~+2)であると判断しているところ、鑑定の結果によれば、一般的に児頭の産瘤がステーション+2に到達している場合、児の頭蓋骨が嵌入レベル(ステーション0)に到達していることが多いとされ(鑑定書p11)、また、正常頭位分娩の内診所見として、恥骨結合後面の触知が「不触」の場合のステーションは「+3」とされていること(乙△2p277)に照らすと、同日午後7時45分頃の時点で児頭のステーションは0~+1又はそれよりも低い位置であるとした○医師の判断は不合理なものではなく、その時点の児頭の位置は少なくともステーション0に達していたと推認するのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はない。
よって、児頭が嵌入していない状態で吸引分娩が行われたとはいえない。
(3)5回を超える吸引を行わない注意義務の違反があったかについて
ア 本件ガイドラインにおいては、「吸引分娩中に以下のいずれかになっても児が娩出しない場合は、鉗子分娩あるいは帝王切開術を行う」とし、そのうちの1つとして「総牽引回数(滑脱回数も含める)が5回」が挙げられている(甲△1p259)。
前記認定のとおり、○医師は、ソフトカップで1回、その後ハードカップで5回の吸引を行っているところ、原告らは、5回を超える吸引を行わない注意義務の違反があった旨を主張する。
イ 本件ガイドラインにおいては、「吸引分娩を行った場合の総牽引の制限時間や回数、滑脱の許容範囲についてのエビデンスは明確ではない。」としつつ、「十分な吸引にもかかわらず胎児下降が認められない場合、あるいは滑脱を繰り返す場合には吸引分娩に固執せず、鉗子適位なら鉗子分娩、または帝王切開に切り替えることを推奨した」としており、また、「児頭の下降があり5回以内で娩出可能と判断して継続した結果、吸引・鉗子分娩が5回を越えた場合には、施行時の状況について診療録へ詳細に記載する」とされていること(甲△1p262)からすると、本件ガイドラインは、吸引分娩の回数を必ず5回までとしなければならないとするものとはいえない。本件吸引分娩では、1回目はソフトカップでの吸引がかからず、滑脱したが、その後、ハードカップでの5回の吸引で娩出できており、総牽引時間は12分と適切な時間内であったこと(鑑定書p10)に照らすと、本件吸引分娩は、十分な吸引にもかかわらず胎児下降が認められない場合や滑脱を繰り返す場合であったとはいえないから、5回を超えることが直ちに不適切であるとはいい難い。鑑定の結果によれば、平成29年当時、事情や条件によっては、吸引分娩の回数が合計6回はやむを得ないとの認識であり、本件吸引分娩の回数は不適切とはいえないとされている(鑑定書p10)。
したがって、○医師に、5回を超える吸引を行わない注意義務の違反があったとはいえない。
(4)以上によれば、本件吸引分娩の方法は、不適切なものであったとはいえない。
5 因果関係の有無(争点(4))について
(1)鑑定(補充鑑定を含む)の結果によれば、11月21日午前0時25分の時点で、◇は、出血性ショック及び□I○の前段階であり、この時点で、○医師が、□助産師から、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸の報告を受ければ、◇を診察して帽状腱膜下血腫を疑い、◇をNI○Uのある高次施設へ搬送し、搬送先施設で高度な救命処置及び治療を受けることにより、◇を救命できた可能性が十分にあり得るとされている(鑑定書p27、補充鑑定書p7)。すなわち、帽状腱膜下血腫による新生児死亡率は一般的に15%前後とされていて必ずしも新生児死亡に至るわけではなく、高次施設で適切な対応がされれば救命できた可能性が十分にあり(補充鑑定書p7)、同月20日午後10時02分時点では、帽状腱膜下血腫は若干進行していたが、全身状態の悪化はまだ軽度であり、全身状態から出血性ショックを発症していた可能性は低く、発症していても軽度である可能性が高く、この時点で高次施設に搬送され、適切な加療が行われた場合の救命率は95%前後であったと予想されるとし、同月21日午前0時25分の時点で高次施設に搬送され、適切な加療が行われた場合の救命率は90%前後と予想されるとする(補充鑑定書p9)。また、本件吸引分娩により出生した◇に同日午前0時20分の時点でチアノーゼや全身色不良が生じていることは、帽状腱膜下血腫等の合併症が生じていることを疑うに十分な所見である旨及び同時点の◇の状態は、上位機関に送ってしかるべき治療を受けないと助からない出血性ショックに陥っていた状態であり、この時点で新生児搬送を行っておけば、健児を得ていた可能性が高い旨の産科医の意見(甲△23p3,4,10、証人Hp23,38,39)がある。これらによれば、同日午前0時25分の時点で、□助産師が○医師に顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告していれば、◇が死亡しなかった高度の蓋然性があるというべきであり、これを覆すに足りる証拠はない。
(2)したがって、11月21日午前0時25分の時点で□助産師が○医師に顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告しなかったことと◇の死亡との間に因果関係があると認められる。
6 争点(5)(損害額)について
(1)◇の損害額
ア 治療費 4240円
証拠(甲○1、2、5、6)及び弁論の全趣旨によれば、◇のF医療センターでの治療費は500円、G病院での治療費は3740円であり、これら合計4240円は、賠償されるべき治療費額と認められる。
イ 入院雑費 1500円
G病院に入院した1日分の入院雑費は1500円と認めるのが相当である。
ウ 損害賠償請求関係費用 7580円
証拠(甲○3~5、7、8)によれば、F医療センターのカルテ開示費用は20円、G病院の死亡診断書の文書料は3240円、○□-R2枚の文書料は4320円であり、これら合計7580円は、損害賠償請求関係費用として賠償されるべき損害額と認められる。
エ 葬儀費用 150万円
弁論の全趣旨によれば、◇の葬儀費用として150万円を賠償されるべき損害額と認めるのが相当である。
オ 逸失利益 2082万6805円
賠償されるべき逸失利益の額は、基礎収入額を551万7400円(平成29年賃金センサス男性・学歴計・全年齢)とし、就労可能年数を18歳から67歳までとし(67年の5%ライプニッツ係数19.2390から18年の5%ライプニッツ係数11.6895を控除すると、7.5495となる。)、生活費控除率を50%として算定し、次のとおり、2082万6805円と認めるのが相当である。
5,517,400円×7.5495×(1-0.5)=20,826,805円
カ 死亡慰謝料 2000万円
◇の死亡慰謝料は、2000万円をもって相当と認める。
(ア~カの合計 4234万0125円)
(2)原告らの相続
原告らは、◇の死亡により、上記(1)の損害賠償請求権を、法定相続分に従い、それぞれ2117万0062円(円未満切り捨て)ずつ相続した。
(3)原告ら固有の慰謝料 各200万円
原告らは◇の両親であるところ、◇の死亡による原告ら固有の慰謝料額は、各200万円と認めるのが相当である。
(4)弁護士費用 各230万円
本件事案の性質、審理の経過及び認容額等に照らすと、賠償されるべき弁護士費用損害額は、原告ら各自について230万円をもって相当と認める。
((2)~(4)の合計 各2547万0062円)
7 結論
以上によれば、原告らの主位的請求は、原告ら各自2547万0062円及びこれに対する平成29年11月21日(不法行為の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、予備的請求は理由がない。仮執行免脱宣言は、相当ではないからこれを付さないこととする。よって、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第20民事部
裁判長裁判官 冨上智子
裁判官 長谷川利明
裁判官 大西康平


