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市立中学生の生徒に部活動中バッティング練習の打球が直撃して網膜萎縮等の傷害を負った。 顧問教諭の安全指導義務違反等の過失を認め,学校設置者の市に対し国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任が認められた事案

横浜地裁 平成25年9月6日 事件番号 平成24年(ワ)第266号        主   文  1 被告は,原告に対し,1949万4786円及びこれに対する平成21年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。  2 原告のその余の請求を棄却する。  3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。  4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。        事実及び理由 第1  請求  被告は,原告に対し,3725万6926円及びこれに対する平成21年9月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2  事案の概要  1 本件は,〇〇中学校(以下「本件学校」という。)の野球部(以下「本件野球部」という。)に所属していた原告が,本件学校を設置管理する被告に対し,原告が本件野球部の練習において右眼にボールの直撃を受け,右網膜萎縮等の傷害を負った事故(以下「本件事故」という。)に関し,本件事故は本件野球部の顧問教諭らが防球ネットの配置を徹底せず,生徒に防具等を装着させず,複数箇所の同時投球を避ける等の指導監督義務を怠ったことに起因するなどとして,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償金3725万6926円及びこれに対する本件事故の日である平成21年9月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。  2 前提事実(証拠の記載のないものは,争いのない事実である。) (1)当事者等  ア 原告は,平成●年▼月■日生まれの男子であり,同×年●月に本件学校に入学し,同月に本件野球部に入部した。原告は,本件野球部に入部する以前に野球の経験はなく,本件事故当時13歳であった。  イ 被告は,本件学校を設置管理する地方公共団体である。  ウ 甲教諭及び乙教諭(以下甲教諭と乙教諭を併せて「本件顧問教諭ら」という。)は,本件学校に勤務する教師であり,本件事故当時及びそれ以前において,甲教諭が本件野球部の顧問教諭に,乙教諭が本件野球部の副顧問教諭の任に就いていた。 (2)本件野球部の練習等  ア 本件野球部は,本件学校の休業日以外は,始業前に練習(以下「朝練習」といい,平成21年9月22日の朝練習を「本件朝練習」という。)を行っていた(甲16,乙2)。  イ 朝練習では,2つのレーンを用いてフリーバッティング練習が行われ,ピッチャーマウンドからホームベースに向かって右側(以下,グランド内の前後左右を表示する際には,同様の基準を用いる。)のレーン(以下「第1レーン」という。)では,バッティングピッチャーがバッターに対してボールを投げる方法により,他方のレーン(以下「第2レーン」という。)ではピッチングマシーン(以下「本件ピッチングマシーン」という。)がバッターに対してボールを発射する方法により行われた(別紙図参照)。  原告は,本件朝練習で行われたフリーバッティング練習(以下「本件フリーバッティング練習」という。)において,第2レーンで,本件ピッチングマシーンにボールを供給する係(以下「ボール係」という。)を担当した。  ウ 本件野球部のフリーバッティング練習では,本件ピッチングマシーンの前面及び右前方に,2つの防球ネット(以下,前面の防球ネットを「前面ネット」,右前方の防球ネットを「側方ネット」といい,前面ネットと側方ネットを合わせて「本件各ネット」という。)が,バッターの打球がボール係に衝突するのを防ぐために置かれることとなっていた(甲13,証人甲教諭(以下「証人甲」という。),原告本人)。  エ 本件フリーバッティング練習では,前面ネットは設置されたが,側方ネットは設置されなかった。また,原告は,本件フリーバッティング練習において,ヘルメット等の防具を着用していなかった。 (3)本件事故  原告は,本件フリーバッティング練習でボール係を担当するよう本件野球部の部員のうち,2年生の1名から指示され,本件ピッチングマシーンにボールを供給するため,本件ピッチングマシーンの周辺においてボールを拾い集めていた際に,第1レーンのバッターの打球が,原告の右眼を直撃した。  原告は,本件事故後,すぐさま病院に搬送された。 (4)原告の傷害及び後遺症  原告は,本件事故により,右眼球打撲,右眼左出血及び右網膜萎縮等の傷害を負い,平成22年8月21日,右眼の視力低下(裸眼視力0.07,矯正視力0.1)(以下「本件視力低下の後遺症」という。)及び右眼の視野狭窄(正常視野の約78%の視野となったこと)の後遺症固定診断を受けた(甲3ないし5)。 (5)独立行政法人日本スポーツ振興センター障害見舞金  独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「日本スポーツ振興センター」という。)は,平成23年2月2日頃,本件視力低下の後遺症を後遺障害等級10級1号と認定し,他方,原告の右眼視野欠損の認定について,正常視野角度の合計のほぼ60%以下となっていないことを理由にいずれの後遺障害等級にも該当しないとした上で,原告に対し,同センター損害見舞金として400万円(以下「本件見舞金」という。)を交付した(甲15,乙1)。  3 争点及び争点に関する当事者の主張 (1)本件顧問教諭らの指導義務違反の有無 (原告の主張)  ア フリーバッティング練習は,危険を伴う野球の練習の中でも,最も危険な練習であり,部員らが未だ判断能力において未熟な中学生であることなどからすれば,本件顧問教諭らは,本件野球部の練習において事故の発生を回避する極めて高度な注意義務を負っていたといえる。  イ 本件顧問教諭らは,上記注意義務の具体的内容として,「運動時における安全指導の手引き(種目編)」(甲2)記載のとおり,①防球ネット・マシン投球者用ネットを設置し,②ボール係には防具を着用させ,③複数箇所の同時投球を禁止すべき注意義務を負っていた。  ウ また,本件顧問教諭らは,上記各注意義務を本件野球部の部員らに遵守させるため,繰り返し指導を行い,周知させる注意義務を負っていた。  エ さらに,本件顧問教諭らは,いずれかの教諭が,必ず本件野球部の練習に立ち会うか,それができないのであれば,野球の練習における安全指導の知識をもった他の教員を配置するなどして,いずれかの教員が本件野球部の練習に立ち会う義務を負っていた。  オ しかるに,本件顧問教諭らは,上記各注意義務を漫然と怠り,これにより本件事故が発生しており,本件顧問教諭らの過失は明らかである。  よって,本件顧問教諭らには,注意義務違反の過失が認められる。 (被告の主張)  ア 本件顧問教諭らは,部員らの全員に対して,①第1レーンと第2レーンの同時投球は行わないこと,②本件各ネットを設置してからフリーバッティング練習を開始すること,③ボール係は,本件ピッチングマシーン周辺のボールを拾わないことを周知徹底して指導していたのであって,本件顧問教諭らの部員らに対する安全配慮義務は十分に尽くされている。  本件フリーバッティング練習においては,側方ネットが設置されていなかったが,原告が上記指導を守っていたならば本件事故は起こらなかったのであるから,上記指導を周知徹底していた本件顧問教諭らに安全配慮に欠けるところはない。  また,中学校における野球部において,ボール係に防具を装着させることは一般的ではなく,本件顧問教諭らがボール係に防具を装着するよう指導していなかったことで何らかの過失を問われることはない。  イ 課外クラブ活動は,生徒の自主性とその判断に基づいて行われる教育活動であるから,顧問教諭らに立会義務は認めることはできない。 (2)原告の損害 (原告の主張)  本件事故による原告の損害は次のとおりである。  ア 逸失利益  原告は,本件事故により,裸眼0.07,矯正視力0.1の視力低下を右眼に認め,左右の視力の著しい不一致により正常な両眼視及び立体視を失った。原告は,これに加えて,視野の中心部にまで及ぶ広範囲の視野欠損を負った。原告が,将来デスクワークを中心とした事務系の職種に就く希望を有していること,事務系の職種においては目の後遺障害により被る不利益は大きいことなどからすれば,原告の労働能力喪失率は後遺症9級と同程度の35%と認定されるべきであり,原告の逸失利益は,2975万8006円(568万8100円(平成22年の神奈川県男性労働者の平均年収額)×0.35×14.9475(18.4934(67歳-14歳=53年分のライプニッツ係数)-3.5459(18歳-14歳=4年分のライプニッツ係数))と算定される。  イ 後遺障害慰藉料  原告の後遺障害は後遺症9級相当であるから,本件事故による原告の後遺障害慰謝料は,690万円が相当である。  ウ 通院費及び診断書費用  原告は,通院費として5520円,診断書費用として1万0500円を支払い,同額が原告の損害となる。  エ 看護料  近親者の付添費用は,日額3300円とすべきところ,原告は計13日間通院しているから,看護料4万2900円が原告の損害となる。  オ 通院慰謝料  原告は,平成21年9月2日から同22年8月21日までの間に計13日間通院しており,原告の傷害慰謝料は,154万円が相当である。  カ 弁護士費用  本件に係る弁護士費用は,300万円が相当である。  キ 損益相殺  原告は,日本スポーツ振興センターからの障害見舞金として400万円を受領しており,同額を損害から控除する。  ク 以上を合計すると,原告の損害は,3725万6926円である。 (被告の主張)  原告の損害についての主張は争う。個別の細目については,下記のとおり主張する。  ア 逸失利益  算定の基準となる賃金センサスは,全国の男性労働者の年収額を基準とするべきである。  原告の視野は,正常視野の約78%を保っているから,後遺障害としての視野変状には当たらず,原告の後遺障害の等級は10級にすぎず,労働能力喪失率は27%に留まる。  イ 後遺障害慰謝料  原告の後遺障害慰謝料は,原告の後遺障害を10級として算定するべきである。  ウ 通院慰謝料  原告が通院したのは,平成21年9月2日から同22年8月21日までの間で計13日にすぎないから,本件のような不規則な通院の場合,通院実日数の3.5倍程度を慰謝料算定期間とすべきである。よって,通院期間は約45日(13日×3.5)として,通院慰謝料は40万円程度と考えるべきである。 (3)過失相殺 (被告の主張)  本件顧問教諭らは,部員らの全員に対し,ボール係はボール集めをしないよう周知徹底して指導していたのであるから,原告が第1レーンにおいてフリーバッティング練習が開始されたときに,漫然とボールから目を離し,禁止されていたボール集めのために防球ネットの外に出たことによる過失は大きく,4割の過失相殺がなされるべきである。 (原告の主張)  原告は,本件顧問教諭ら及び部員らのうち上級生らから,ボール係を務める際の注意事項につき指導されていないこと,原告は本件フリーバッティング練習において初めてボール係を務めたこと,本件フリーバッティング練習以前にもボール係が本件ピッチングマシーン周辺のボールを集めることがあったことなどからすれば,本件事故において原告に過失を認めることはできない。 第3 判断 1 認定事実  証拠(甲1,7,9,10,13,14,16,乙2,3,証人甲,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (1)本件朝練習以前の本件野球部の練習等  ア 本件野球部は,本件学校の休業日以外は,始業前及び放課後に練習を行うこととしており,朝練習は,午前7時30分から同8時15分頃までの約45分間にわたり行われた。また,本件野球部は,平成21年7月及び同年8月の夏季の休業期間はほぼ連日練習を行った(甲16,乙2,3,証人甲,原告本人)。  イ 本件顧問教諭らが,朝練習に出席することは稀であり,本件顧問教諭らは,朝練習が行われている間,職員室に待機していることが通常であった。また,本件顧問教諭らは,放課後の練習に途中から参加することが多かった(甲14,証人甲,原告本人)。本件顧問教諭ら以外の教諭が,本件野球部の練習に立ち会うことはなかった(弁論の全趣旨)。  ウ 朝練習は,概ねランニング,キャッチボール及びバッティングの三種類の練習により構成され,通常は,ランニングから始まり,その後グラウンドを広く使ったキャッチボール練習が行われ,キャッチボール練習の間に本件野球部の2年生の1名(以下「本件2年生」という。)が本件顧問教諭らに練習内容を聞き,その後の約30分間,本件顧問教諭らが伝えたバッティング練習が行われた(甲14,証人甲,原告本人)。  エ 本件野球部において,フリーバッティング練習中にボール係がヘルメット等を着用して練習を行うことはなかった(甲14,乙2,原告本人)。  オ フリーバッティング練習の開始前には,約200球の箱に入ったボールが,ボール係の隣に置かれることとなっており,朝練習のフリーバッティング練習において使用するボールは,上記の箱に入ったボールで十分足りる(証人甲,原告本人)。  カ 本件野球部は,キャッチャー用のマスク,プロテクターを有しており,ボール係にそれらを装着させることは容易であった(証人甲)。  キ 野球は,小さなボールが高速で飛来し,練習を行う者の生命身体が侵害されるおそれのある競技であり,特にバッティング練習においては,その危険性が高い。これは,硬式球ではなく軟式球を用いる中学校の野球部においても同様である(証人甲)。よって,フリーバッティング練習においては,ボールから目を離さず行い,同時投球を禁止し,防球ネットにより,ボール係及び守備についた者を保護する必要がある(甲2,16,乙2,3,証人甲,原告本人)。 (2)本件顧問教諭らの指導等  ア 甲教諭は,昭和63年4月に教員になってから,勤務先の学校において野球部の顧問を務めており,平成16年4月からは本件野球部の顧問を務め,練習前後や練習中に,部員らに対し技術面及び安全面での指導を行った。  イ 甲教諭は,本件フリーバッティング練習以前に,部員らに対し,練習中にボールからは目を離してはいけないとの指導をし,また,フリーバッティング練習を行う際には,①同時投球は行わないこと,②本件各ネットを設置してからフリーバッティング練習を開始すること,③球拾いを行っている生徒がグラウンドにいる場合にはフリーバッティング練習を行わないこと,等を指導したことはあったが,その指導は,甲教諭が気付いた際に行われるものであって,定期的かつ計画的に行われたものではなかった(証人甲。被告は,甲教諭が部員らに対し頻繁に上記内容を指導したと主張し,甲教諭の証言もこれに沿うが,何時,如何なるタイミング,如何なる方法によって指導していたかの具体的証言はなく,これを裏付ける客観的証拠もない。そうであれば,原告が上記①及び③について本件野球部の上級生又は本件顧問教諭らから指導を受けたことがないと供述していることに照らしても,上記証言を信用することはできない。)。  また,本件顧問教諭らは,部員らに対し,ボール係を担当する際にヘルメット等の防具を着用する旨の指導をしたことはなかった(証人甲,原告本人)。  ウ 本件顧問教諭らは,本件野球部の1年生に対して,特別の安全指導を行うことはなかった(証人甲)。  エ 平成21年7月末に本件野球部の3年生が引退し,同部のキャプテンが不在となっていたが,本件顧問教諭らは,本件朝練習の日の時点においても,本件2年生を新しいキャプテン又は指導者には任命しておらず,その他部員らの中から指導者として同部全体を管理監督する役割を持つ特定の部員を指定することもなかった(証人甲)。 (3)本件各ネットについて  ア 本件各ネットは,各縦横約1.8mの防球用ネットであり,練習において使用されないときは,本件野球部の部室横に保管されていた。なお,本件ピッチングマシーンは同部室に保管されていた(原告本人)。  イ 原告を含めた部員らは,本件朝練習の時点において,フリーバッティング練習の際には本件各ネットを設置しなければならないことを認識しており(甲16,証人甲,原告本人),原告本人も,原告が本件野球部に入部した後の本件フリーバッティング練習以前の練習において,本件各ネットが設置されないままにフリーバッティング練習を行ったことがある旨の認識は有していない(原告本人)。  ウ 側方ネットは,フリーバッティング練習の際,本件ピッチングマシーンと第1レーンのホームベースとを結んだ直線の中間付近に同直線に垂直になるように設置するようにされていた(甲13,14。別紙図面参照)。  エ フリーバッティング練習中には,本件各ネット以外にも,ファースト及びサードに守備についた部員の前,第1レーンと第2レーンのバッターボックスの間,及びバッターボックスの後ろに防球ネットを設置するようにされていた(証人甲。別紙図面参照)。  オ 本件野球部では,平成21年の夏休みの途中まで,本件ピッチングマシーンを含めた2台のピッチングマシーンによりフリーバッティング練習が行われていたが,それ以後は,本件ピッチングマシーンとバッティングピッチャーによるフリーバッティング練習に変更した。上記変更に際し,本件各ネットの設置状況に変更はなかった(甲16,証人甲)。 (4)原告の練習態様等について  ア 原告は,平成21年4月末頃に本件野球部に入部し,入部直後は,本件野球部の上級生とは別の練習内容で練習を行っていたが,同年5月頃以降は同上級生と共に練習を行うようになり,本件野球部の3年生らが同部を引退した同年7月下旬頃から,フリーバッティング練習に参加するようになった。原告は,本件フリーバッティング練習以前においてフリーバッティング練習を行う際には,外野で守備についていた(甲16,証人甲,原告本人)。  イ 原告は,本件各ネットの設置について,本件顧問教諭ら及び本件野球部の上級生から特別の機会を設けられて指導を受けることはなく,同上級生が設置するのを真似て,不明点がある場合にはその都度同上級生に対して質問することにより覚えた(原告本人)。  ウ 原告は,本件フリーバッティング練習以前にも,キャッチボール練習の際に,取り損ねたボールを眼に衝突させたことがある(甲16,乙2,原告本人)。 (5)本件朝練習について  ア 本件朝練習においては,部員らがキャッチボールをしている間,本件フリーバッティング練習を行うことが甲教諭の指示により決定した。本件顧問教諭らは,本件朝練習に出席しておらず,他の教員が立ち会うこともなかった(証人甲,原告本人,弁論の全趣旨)。  イ 原告は,本件野球部の上級生から,ボール係をするように言われたが,本件朝練習以前に,原告がボール係を担当したことはなかった(原告本人)。  ウ 原告及び複数の部員らが,本件野球部の部室及びその横から本件ピッチングマシーン及び前面ネット等を運び出して,これらを設置するなどしてフリーバッティング練習の用意を行っている間,グラウンドの外野においては,まだ複数の部員らがキャッチボール練習を行っていた。  本件ピッチングマシーン及び防球ネット等が設置された後,本件野球部の上級生が,本件ピッチングマシーンの位置及び角度等を調整して同マシンから離れ,原告のみが同マシン周囲に残された。原告を含む部員らは,誰一人として,側面ネットが設置されていないことに気付いておらず,本件フリーバッティング練習を中断すべきであるなどの申出をしなかった(甲14,16,証人甲,原告本人)。  エ 本件ピッチングマシーン及び前面ネット等の設置が終了した後,外野においてキャッチボールをしていた複数の部員らが,本件ピッチングマシーン周辺に3,4個のボールを転がすように投げた。そこで,原告は,同マシンに供給すること及び自らの安全を確保することを目的に,同マシンから約1m後方に離れた位置において,ボールを拾い集めていた時に,本件2年生が「始め」と声をかけ,本件フリーバッティング練習を開始する旨の合図(以下「本件合図」という。)を出した。原告は,本件合図を聞いたが,ボールを更に1個拾うために本件ピッチングマシーンから約1m後方の位置に留まっていたところ,第1レーンのバッターが打った打球が,本件合図の数秒後に,原告の右眼を直撃した(甲14,原告本人)。  オ 甲教諭は,本件朝練習時において,本件ピッチングマシーンの取扱説明書には,本件ピッチングマシーンを使用する際に側面に防球ネットを設置すること,ボール係にプロテクター等を装着させることが望ましい旨の記載があることを知らなかった(証人甲)。 (6)原告通院等について  ア 原告は,平成21年9月2日から同22年8月21日までの間(実通院日数13日),医療法人社団マノア会前田眼科及び佐伯眼科クリニックに通院し,治療費として8万6320円を支払った(甲9,10)。被告は,その後,同金額を原告に支払った。  イ 原告は,本件視力低下の後遺症及び視野狭窄の後遺症により,右眼と左眼で見える像が大きく異なるようになり,遠近感を感じることが難しくなった。また,原告は,勉強,読書において集中力を要するようになり,手先を使った細かい作業を行うことが困難となり,球技等のスポーツを行う際に本件事故前に比して恐怖を感じるようになった。  一方で,原告の本件学校における成績は,本件事故の前後で大きな変化を認めず,原告は本件事故後においても,球技が実施される体育の授業にも参加していた(甲14,原告本人)。 (7)本件事故後の事情  ア 秦野市教育委員会C教育長とD本件学校々長は,平成21年11月10日付の「Y中学校の野球部部活動で発生した負傷事故に係る当教育委員会の方針について(回答)」と題する書面(甲1)を,原告の父母に宛て,連名で作成した。  上記書面には,本件事故が本件フリーバッティング練習において発生し,本件フリーバッティング練習においては側方ネットが設置されていなかったこと,側方ネットが設置されていれば,本件事故を防ぐことができたはずであることが記載されると共に,「顧問がその場を離れていたために防球ネットの設置状況を確認しなかったこと,及び顧問の安全確認がなく練習が開始されたことは,安全配慮に係る注意義務が十分でなかったと認め,反省しております。」と記載された(甲1)。  イ 甲教諭は,本件事故後,本件野球部の部員らに対し,ボール係を担当するときにはヘッドギアを着用するよう指導した(証人甲)。 (8)安全指導の手引きについて  平成15年に神奈川県教育委員会が,各学校の児童生徒の事故発生の防止の目的で作成した手引きである「運動時における事故防止の手引き(第三訂版)」の「硬式(軟式)野球」の項には,以下の記載等(以下「安全指導の手引きにおける記載」という。)がある(甲2)。  ア 「野球は,小さく,硬く,しかもスピードが出るボールを用いるため,中学校や高等学校では,体育の授業よりも,運動部活動として行われることが多いスポーツです。」  イ 「打撃練習時に起こる 打撲 骨折 顔部損傷 頭部損傷」  「防球ネットの配置の指導を徹底する。」  「投手用のヘッドギアを着用させる。」  「複数箇所の打撃練習時は打つ順番を決めておき,同時投球は絶対さけさせる。」  「防球ネット,マシン投球者用ネットを設置させ,マシン投球者には,ヘルメット,マスク,防具を着用させる。」  ウ 上記イ記載の文章の横に,ピッチングマシーン,防球ネットの設置図が掲載されているが,同図においては,ピッチングマシーン前方及び側方に防球ネットが設置されている。 (9)ピッチングマシーンの取扱説明書の記載  ミズノ株式会社が製造するピッチングマシーンの取扱説明書には,ピッチングマシーンを使用するときには,ボール係がヘルメット,マスク,プロテクターなどの防具を装着し,防球ネットを使用する旨が記載されており,ボール係の周囲を防球ネットによって囲んだ図が掲載されている(甲18)。 2 争点(1)(本件顧問教諭らの注意義務違反の存否)について (1)本件顧問教諭らの注意義務  本件野球部の活動は,教育課程外のいわゆる部活動であり,生徒の自主的,自発的な参加により行われるものであるとはいえ,教育課程との関連をもって学校教育の一環として行われる以上,本件顧問教諭らは,当該活動について生徒の安全を確保し,事故の発生を未然に防ぐべき一般的注意義務があるというべきである。 (2)本件顧問教諭らの注意義務違反の有無  ア そして,野球の練習の中でもフリーバッティング練習は,ボール係や守備についている生徒にバッターが放つ高速の打球が衝突して生命身体に対する危険の生じる可能性が高い練習であって(上記認定事実(1)キ),特にバッターの正面の近距離に位置するボール係は,極めて高い危険に晒されることになるから,野球部の指導者である顧問教諭らとしては,安全指導の手引きにおける記載(同(8))や本件ピッチングマシーンのパンフレットの記載(同(9)参照)等を参考にした上で,フリーバッティング練習において適切な位置に本件各ネットを設置しなければ,バッターの打球によってボール係の生命身体が害されるおそれがあることを容易に予見し得たといえる。  そうであれば,本件顧問教諭らには,フリーバッティング練習において,本件各ネットがボール係を打球から保護する位置に確実に設置されていることを同練習に参加して自ら又は他に野球の練習における安全指導の知識を有する教員に指示して確認するか,さもなければ同練習においては必ず本件各ネットが上記位置に設置され,ボール係が本件各ネットから出ることなく保護されている状態を維持するよう,本件野球部の部員らに対し,徹底した指導を行うべき注意義務があったといえる。  イ しかるに,本件顧問教諭らは,本件フリーバッティング練習に参加しておらず(同(5)ア),本件フリーバッティング練習時に本件各ネットが部員らを打球から保護する位置に設置されていることを直接確認せず,他の教員に確認させることもなかった。  ウ(ア) 確かに,甲教諭は,本件野球部の練習に参加した際などに,部員らに対し野球の練習の危険性やフリーバッティング練習における安全性の確保の指導を行ったこと(同(2)ア,同イ)が認められ,その結果として,部員らがフリーバッティング練習において本件各ネットを設置する必要があることを知り,本件フリーバッティング練習以前において,本件各ネットが設置されずにフリーバッティング練習が行われた形跡がうかがえないこと(同(3)イ)からすれば,甲教諭の上記指導は,一定程度の効果を上げていたといえる。  (イ) しかしながら,①本件顧問教諭らは,朝練習に稀にしか出席せず(同(1)イ),放課後の練習においても不定期に出席するのみであり,また,他の教員をして出席させることもしておらず(同(1)イ),部員らに対し,定期的かつ計画的にフリーバッティング練習における安全上の注意点について注意喚起を行っていたとは認められないこと(同(2)イ),②本件事故時において本件顧問教諭ら及びその他の教員に代わり部員らを指導監督するキャプテン等の責任者を指定するなどしておらず(同(2)エ),本件顧問教諭らの指導を間接的に部員らに浸透させる態勢を整えていたとも認められないこと,③側方ネット及び本件ピッチングマシーンは,グラウンドのほぼ中心に位置しており(上記前提事実(3)ウ),多くの部員らにとって,本件フリーバッティング練習において側方ネットが設置されていないこと及び原告が本件ピッチングマシーン後方でボールを拾っていたことは,容易に気付き得たと認められるにもかかわらず,本件フリーバッティング練習は,側方ネットが設置されず,かつ,原告がボールを拾っている状態で,漫然と本件合図が出て開始されたこと(同(2)エ,上記認定事実(5)エ),④本件顧問教諭らは,本件野球部の1年生らの判断能力が未熟で,かつ,野球の経験が少ないことから,特に安全指導を行う必要性のあると考えられるにもかかわらず,何ら特別の安全指導を行っていないこと(同(2)ウ),⑤原告は,本件各ネットの設置について,本件顧問教諭らや本件野球部の上級生からの特別の指導によって学んだのではなく,同上級生が本件各ネットを設置しているのを真似て,分からない点について質問をすることにより覚えたにすぎないこと(同(4)イ)などからすれば,部員らは,本件各ネットが有する安全上の重要性について十分に理解しないまま,慣例としてこれを設置していたにすぎなかったと評価するのが相当であり,本件顧問教諭らが,部員らに対し,フリーバッティング練習におけるボール係等の生命身体の侵害の危険性について,その高度な危険性を理解させるに十分な理解を得させる指導を行っていたとは到底認められない。  (ウ) そうであれば,本件顧問教諭らの指導によって,フリーバッティング練習において必ず本件各ネットを適切な位置に設置し,また,ボール係が本件各ネットで保護されるよう,同ネットから出ることのないよう,指導することが徹底されていたとはいえない。  エ よって,本件顧問教諭らには,本件野球部の活動について部員らの安全を確保し,事故の発生を未然に防ぐべき義務に違反した過失が認められる。 3 被告の損害賠償責任について  本件顧問教諭らは,被告が設置管理する本件学校の実施する学校教育に携わる公務員である(上記前提事実(1)ウ)から,被告は,国家賠償法1条1項に基づき,本件事故により原告が被った損害を賠償すべきである。 4 争点(2)(原告の損害)について  ア 逸失利益  上記前提事実(4)によれば,本件事故による原告の後遺症は,右眼の視力が0.1以下に低下(裸眼視力0.07,矯正視力が0.1,本件視力低下の後遺症)したこと及び右眼の視野狭窄(正常視野の約78%の視野となったこと)であり,本件視力低下については労働基準法施行規則別表第二の第十級一号に相当するものである(争いがない。)。一方で,本件視野狭窄については,正常視野の視野狭窄は60%を下回るものではないから,労働基準法施行規則別表第二の第十三級二号に相当すると認めることはできないが,視野狭窄の部位及び程度を考えれば,これが労務に与える影響を全く考慮にいれないことも相当とはいえない。  以上から,原告の労働能力喪失率を30%,就労可能年数を18歳から67歳までの49年間とし,中間利息の控除をライプニッツ方式で行い,症状が固定した平成22年度の賃金センサスの男性労働者学歴計全年齢平均賃金523万0200円を基準にして(原告は,平成22年の神奈川県の産業計,企業規模計,学歴計による男性労働者の年収額を基礎収入とすべきと主張するが,原告が将来神奈川県において就労することを高度の蓋然性をもって認めるに足りる証拠はない。),原告の逸失利益は,2345万2739円(523万0200円×14.947×0.3)と算出される(小数点以下切り捨て。以下同様とする。)。  イ 後遺症慰謝料後遺症慰謝料  本件後遺障の部位,内容,程度その他本件審理に現れた一切の事情を総合すると,原告の後遺症慰謝料額は,600万円とするのが相当である。  ウ 通院慰謝料  原告が,本件事故後症状固定までの約1年間(実通院日数13日)通院をしたこと(上記認定事実(6)ア)が認められるから,原告の通院慰謝料額は,154万円とするのが相当である。  エ 通院費及び診断書  証拠(甲7)及び弁論の全趣旨によれば,原告が,通院費として5520円を,診断書費用として1万0500円を支払ったことが認められ,同額は本件事故と相当因果関係にあるといえる。  オ 通院付添費  原告が,本件事故により右眼視力低下,視野狭窄を負ったことからすれば,原告が通院の際に近親者による付添を受ける必要があったと認められる。そうすると,原告が13回の通院において近親者による付添を受けたこと(甲7,弁論の全趣旨)に対する通院付添費は,日額2050円として,2万6650円とすることが相当である。原告は,通院付添費の日額を3300円と主張するが,本件視力低下の後遺症からすれば,原告は自ら歩行することも可能であったと推認できるから,原告の主張は採用できない。 5 争点(3)(過失相殺)について  ア 原告には,①以前に野球の練習中にボールを眼に当てて怪我をした経験を有しており(上記認定事実(4)ウ),野球はボールが高速で身体に衝突することがあって危険が高いスポーツであることを知っていたと認められること,②原告は,本件ピッチングマシーン及び前面ネットの設置が行われた後に本件合図を聞いており(同(5)エ),本件フリーバッティング練習がまさに開始されたことを知っていたにもかかわらず,本件ピッチングマシーン周辺のボールを拾うことを継続したこと(同(5)エ),③原告は,ボールを拾う際に,第1レーンのバッターの打球を注視していなかったこと,④原告は,従来のフリーバッティング練習において,側方ネットを設置しなければいけないことを知っており(同(3)イ),本件ピッチングマシーン周辺から側方ネットの設置の有無を確認することが容易であった(同(3)ウ)にもかかわらず,本件フリーバッティング練習においては側方ネットが設置されていなかったことに気付かなかったこと(同(5)ウ)等の事情が認められるのであって,原告の上記各行為が本件事故の発生に少なからず寄与しているのは明らかである。そうであれば,(Ⅰ)原告が野球の経験が浅く(上記前提事実(1)ア),(Ⅱ)野球部に入部して間もなかったこと(上記認定事実(4)ア),(Ⅲ)本件フリーバッティング練習の際に初めてボール係を務めたこと(同(5)イ)といった事情を考慮しても,原告に生じた損害の全額を被告に負わせるのは不公平であるといえるから,本件顧問教諭らの上記過失の程度と比較し,本件損害のうち30%を過失相殺すべきである。  イ 損害の填補  原告が,日本スポーツ振興センターから本件見舞金として400万円を受領したことは当事者間に争いがない。  ウ 損害合計  本件見舞金と本件事故により生じた損害との間で,損益相殺的な調整を行うべきものであることについては,当事者間に争いがない。  そうすると,上記4の損害額の合計(3103万5409円)について上記アの過失相殺を行い(2172万4786円),上記イの損益相殺をした後の損害額は,1772万4786円となる。  エ 弁護士費用  原告は,本件訴訟の提起,追行を原告訴訟代理人弁護士に委任したことは記録上明らかであるところ,支払を約した(弁論の全趣旨)費用のうち,本件顧問教諭らの上記過失と相当因果関係がある費用は,本件事案の性質,難易,審理経過,認容すべき損害額,被告の対応等本件証拠上窺える諸事情を総合的に勘案して,177万円とするのが相当である。  オ よって,原告は,被告に対し,上記ウの弁護士費用を合計した額である1949万4786円及びこれに対する本件事故の日である平成21年9月2日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきである。 第4 結論  以上の次第であって,原告の本件請求は,主文記載の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 

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