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不法薬物の使用が疑われる患者に医師が採尿のためにカテーテルの挿入や身体拘束が違法ではないとされた例

横浜地方裁判所判決 平成24年6月28日

事件番号 平成21年(ワ)第6088号

 

       主   文

 

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は,原告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求の趣旨

 1 被告地方独立行政法人神奈川県立病院機構,被告一郎及び被告二郎は,原告に対し,各自金200万円及びこれに対する平成18年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 被告川崎市,被告三郎及び被告四郎は,原告に対し,各自金200万円及びこれに対する平成18年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 本件は,脱退被告が開設,運営していた精神A病院(以下「A病院」という。)に医療保護入院となり,その後,市立B病院(以下「B病院」という。)に転院した原告が,A病院の医師らは,①令状がないにもかかわらず,原告が覚せい剤を使用しているかどうかを確認し,捜査機関に協力する目的で,原告の尿道にカテーテルを挿入して強制採尿を行い,②仮に,上記のような捜査目的がなかったとしても,尿道にカテーテルを挿入する際,不適切な操作によって原告の尿道を損傷させたものであり,また,B病院の医師らは,③必要もないのに,原告の身体を拘束し,④原告に,覚せい剤使用の事実を自白させる目的で,原告の身体を拘束したまま,原告に対する尋問を行ったなどと主張して,A病院の開設者であった脱退被告と,同病院の医師であった被告一郎(以下「被告一郎医師」という。)及び被告二郎(以下「被告二郎医師」という。)(以下,これらの3名の被告を「被告神奈川県ら」という。),並びにB病院の開設者である被告川崎市と,同病院の医師であった被告三郎(以下「被告三郎医師」という。)及び被告四郎(以下「被告四郎医師」という。)(以下,これら3名の被告を「被告川崎市ら」という。)に対し,不法行為ないし国家賠償法に基づく損害賠償として,被告神奈川県ら,被告川崎市らそれぞれ200万円ずつと遅延損害金の支払(被告神奈川県ら,被告川崎市ら内部では,それぞれ連帯支払)を求める事案である。

 なお,本訴提起後,被告地方独立行政法人神奈川県立病院機構(以下「被告機構」という。)が設立され,脱退被告の病院事業に関する権利義務を承継するとともに,本訴に関しても,訴訟承継をした(以下,「被告神奈川県ら」という場合には,被告機構も含むものとする。)。

 1 前提事実

 以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠上容易に認めることができる(証拠によって認めた事実は,認定事実の後に,認定根拠となった証拠をかっこ書きする。)。

  (1) A病院の診療経過

 ア 平成18年6月1日(以下,同年の出来事については年の記載を省略して表記する。)の明け方,原告は110番通報し,「暴力団に殺される。」などと訴えた。出動した警察官は,原告が自宅前でナイフを振り回しているのを認め,午前7時30分,原告を保護して警察署に留め置いた上,午前8時40分,原告が,精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると判断して,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健法」と省略する。)24条に基づき,麻生保健福祉センターに対し,その旨の通報をした(甲7・3頁,11頁)。

 その後,警察官は,原告を受診させるため幾つかの病院に連絡を取り,最終的に,A病院から受診可能との回答があったため,同日午後8時ころ,原告をA病院に同行した(甲7・27頁,34頁,乙4,被告一郎本人)。

 イ A病院において被告一郎医師が原告を診察すると,原告は「昨日の夜暴力団に囲まれて,いんねんをつけられた。その後暴力団から電話があり,最初は同じ人間の声だと思っていたが,色々声が変わって,複数の人間がいる感じになった。ある人から,つっぱれと指令を出されたのでつっぱってしまった。7人くらい暴力団員がいたので,自宅前でナイフを振り回した。」と話した。原告は,診察当初は落ち着いていたものの,質問に回答をしているうちに徐々に興奮し始め,言動にまとまりを欠くようになったため,被告一郎医師は,原告が幻覚妄想状態にあると疑った。尿を用いた薬物検査は,原告が尿の提出を拒否したため,行うことができなかった(甲7・3ないし5頁,9頁,34頁,35頁,乙4,被告一郎本人)。

 被告一郎医師は,原告を中毒性精神病の疑いと診断し,措置入院は不要であるが,妄想,病識の欠如という症状があることから,医療保護入院の必要性は認められると判断した。そこで,原告の妹と連絡をとり,司法的対応にするか,医療的対応にするかを尋ねたところ,原告の妹が医療保護入院に同意したので,原告をA病院に医療保護入院させた。

 なお,A病院の医師が作成した措置入院に関する診断書の「診察時の特記事項」欄には,「今までの経緯と症状から,診察時呈している急性精神運動興奮状態は,不法薬物使用の関与が強く疑われ,医療的対応も必要ではあるが,司法的措置が優先されると判断した。なお,診察時他害の恐れは切迫していないと考える。」という記載がある(甲7・12ないし15頁,27頁)。

 ウ 原告は,医療保護入院となったことを聞いて著しい興奮状態となり,午後9時35分ころ,被告一郎医師から,急性精神運動興奮等のため,不穏,多動,暴発性などが目立ち,一般の精神病室では医療又は保護を図ることが著しく困難な状態にあるとして,隔離措置を受けた。さらに,隔離室に入室後も,服薬を促そうとする看護師に暴力を振るおうとするなどしたため,午後9時45分ころ,多動又は不穏が顕著である状態にあるとして四肢体幹拘束措置を受けた(甲7・21ないし28頁,35頁,36頁,乙4,被告一郎本人。なお,原告本人も,暴れたり,暴言を吐くなどしたことは認めている。)。

 エ その後,被告一郎医師は,原告に対して向精神薬を投与し,輸液を行うとともに,バルーンカテーテルを原告の陰茎に挿入した。このカテーテルの挿入の際,原告は激しく抵抗し,その結果,原告の尿道が損傷した(甲7・28頁,36頁,乙4,被告一郎本人)。なお,バルーンカテーテル挿入時の具体的な状況や,その目的が医療目的であったか捜査目的であったかについては当事者間に争いがあるので,この点については後に改めて検討する。

 オ 6月2日午前0時ころまで,カテーテルには排尿がなく,血液がわずかに流出していた。当直医は,原告の尿道が損傷したと考え,バルーンカテーテルを抜去した。抜去後,少量の出血はみられたが,排尿はみられなかった(甲7・28頁,36頁)。

 カ 午前1時30分ころ,被告一郎医師は,再度,原告の尿道にバルーンカテーテルの挿入を試みたが,原告が激しく体動して抵抗したため,挿入を中止した。その際,原告は「痛い痛い。もうやめてくれ。俺を殺す気かよ。」などと発言した(甲7・28頁,36頁,乙4,被告一郎本人調書7頁)。

 キ 午前7時50分ころ,被告二郎医師がバルーンカテーテルの再挿入を試みたが挿入できす,次に,ネラトンカテーテルを用いて挿入を試みたが,原告が痛みを訴えたため中止した(甲7・29頁,37頁,丙A1,被告二郎本人)。

 ク その後,被告一郎医師の診察により原告の陰茎周囲の腫脹を認められ,尿道血腫が疑われたため,原告は,泌尿器科のあるB病院に転医することとなり,午前11時5分,A病院を退院した(甲7・10頁,16頁,17頁,39頁,41頁,45頁)。

 なお,原告の転院に際し,A病院で作成された看護連絡表(甲7・45頁)の「現在の問題」欄には,「♯3 覚醒剤使用チェックのため挿入したバルンカテによる尿道損失の疑いが強い」との記載がある。

  (2) B病院の診療経過

 ア 6月2日午後0時10分ころ,原告は,車椅子に乗った状態で,被告一郎医師に付き添われ,B病院の特別診察室に入室した。問診の結果,医療保護入院の措置が必要と判断され,隔離室に入室した。入室後,被告三郎医師が尿を出せるかどうか確認したところ,原告は自ら排尿した。原告は,被告三郎医師の診察に対し,「拉致られて覚せい剤打たれたかもしれない。盗聴器がしかけられている。ヤクザとはたまに遊ぶ程度。」などと話していた(甲26・5頁,甲27,甲30・2頁,丁4,被告三郎本人)。

 なお,原告に対しては,精神科の部長であった被告四郎医師により,他害行為のおそれ,多動・不穏,身体的合併症の管理・処置を理由に,隔離,身体的拘束(体幹,上肢,下肢)の処遇指示が出されていた(甲4の2・7頁)。そして,原告の排尿後である午後0時30分ころ,被告三郎医師の指示で,原告の体幹(胴)の拘束が開始された(甲26・7頁,22頁,甲30・2頁)。

 イ 上記の診察において,原告が排出した尿を検査したところ,覚せい剤の陽性反応が出た。そこで,B病院の医師らは,原告を覚せい剤による中毒性精神病と診断し,被告四郎医師が警察への通報を行った。なお,同日の診療録には「覚せい剤が出れば,覚せい剤取締法でいく」旨の記載がある(甲4の2・9頁,11頁,甲25,甲26・8頁,27頁,丁4)。

 同日,被告三郎医師は,警察官の取調べを受け,原告の尿から覚せい剤が検出され,病院の方針で警察に連絡したこと,尿は保管してあるが,病院からは提出できないので,差押令状により,差し押さえてほしいことなどを供述した(甲25)。

 ウ 午後0時40分ころ,泌尿器科医師が原告を診察し,尿道損傷は軽度であり,自尿が出ていることから,バルーンは留置せずに経過観察とするよう指示がされた(甲4の2・11頁,12頁,甲30・2頁,甲31・14頁,丁4)。

 エ 6月3日,B病院の医師は,原告について,体幹抑制中,舌が曲がり,あごに力が入ってしまうため食事も摂れず,急性ジストニアの状態にある,一応大人しくしているが,内的不安がうかがわれると診断した(甲4の2・12頁)。

 オ 6月4日,B病院の医師は,原告について,ジストニアが強く,食事・内服はできないと診断した(甲4の2・13頁)。

 カ 6月5日,被告三郎医師は原告の覚せい剤の使用の有無について「シャブをやっていたの。」と尋ね,原告は被告三郎医師に対し,「やっていたのはシャブ,ポンプで。18歳の時に初めてやってすぐやめた。去年の8月ころから週に3,4回やっていた。フラッシュバックとかそんなのはない。」と回答をした。被告三郎医師は,幻聴はなく,態度も反抗的ではなく落ち着いている,本人疎通性やや良くなりMAP(覚せい剤)認めるようになる,ジストニアは軽減したと診断した(甲4の2・14頁,甲26・14頁,丁4,被告三郎本人)。なお,この問診の際,被告三郎医師がどのような発言をしたのかや,原告の上記発言が被告三郎医師の強制によるものであったかどうかについては当事者間に争いがあるので,後に改めて検討する。

 キ 6月6日の診察時,原告は,「俺は用事があって忙しいんだよ。呂律は入院したときからまわらないんだよ。」などと暴言を吐いた。暴言の内容は一貫せず,原告はベッドから起きあがろうとすることもあった。被告三郎医師は,原告の状態について,覚せい剤の影響か,せん妄のようなものか判断がつかないと診断した(甲4の2・17頁)。

 なお,同日,差押許可状に基づき,B病院内に保管中の原告の尿が,警察により差し押さえられた上,鑑定嘱託に付され(甲1~3),6月13日,尿中から覚せい剤が検出された旨の鑑定書が作成された(甲24)。

 ク 6月7日午後4時ころ,原告が,相変わらず悪態をつくなどしているため,胴に加え,両上肢の抑制が必要であると判断され,両上肢の拘束が開始された。更に午後6時30分ころ,原告が薬の内服時に,口の中の水を看護師に向けて吐き出す,暴言を吐いてテーブルを蹴るなどの行為に及んだため,両下肢の拘束も実施された。この結果,原告は,胴及び四肢を拘束されることになったものである(甲4の2・17頁,甲30・22頁)。

 ケ 6月8日以降,原告は比較的大人しい状態であり,看護師に対しては,暴言を吐き,悪い態度をとるなどの行動も見られたが,医師に対しては素直に応対しており,全体として平穏に過ごしていた。6月15日には,両上肢の抑制は解除された(甲4の2・17ないし19頁,甲30・23ないし51頁)。

 なお,6月8日には,警察官から,被告三郎医師に対し,鑑定の結果覚せい剤が検出されたとの連絡があり,6月9日付けの診療録には,15日又は16日ころに退院し,その後逮捕するという方針となったとの記載がある(甲4の2・17ないし19頁)。

 コ 6月16日,原告は,警察官及び神奈川県の職員に付き添われて,B病院を退院し,その後,麻生署において,覚せい剤取締法違反(使用)の被疑事実により通常逮捕され,警察官による取調べを受け(甲4の2・4頁,甲6・1頁,甲12,甲30・52頁,53頁),6月20日には,捜索差押許可状に基づき,原告の居室の捜索が行われた(甲6)。6月30日には,検察官による原告の取調べが行われたが,原告は,自分の意思で覚せい剤を体内に入れたことはなく,一度も覚せい剤を使用したことはないと供述し(甲13),7月5日の取調べの際にも,検察官に対し,同様に覚せい剤使用の事実を否認し,覚せい剤を見たこともないと供述した(甲14)。

 サ 原告は,本件覚せい剤使用について起訴された。原告は,公判においても,覚せい剤使用の事実を否認したが,公判の結果,有罪判決を受けた。なお,被告三郎医師は,上記の刑事手続に証人として出頭し,尋問を受けている(甲26,27,28)。

 2 争点

  (1) A病院の医師は,捜査協力目的で強制採尿を行ったか。

  (2) A病院でのカテーテル挿入行為に手技上の過失があったか。

  (3) B病院の医師は,捜査協力目的で原告の身体拘束や尋問を行ったか。

  (4) B病院で行われた原告の四肢体幹拘束は,必要のない違法な措置であったか。

  (5) 損害額

 3 争点に関する当事者の主張

  (1) 争点(1)(A病院の医師は,捜査協力目的で強制採尿を行ったか)について

 (原告の主張)

 捜査機関以外の行為であっても,それが,実質上,刑事責任追及のための資料取得,収集に直接結びつく作用を有する場合には,憲法35条1項が適用される。したがって,私人が強制捜査に当たるような行為を無令状で行うことは違法である。

 公務員である医師は,診察の結果,不法薬物の使用が認められた場合には,捜査機関に告発する義務を有しており,告発の結果,捜査が開始されることになるから,不法薬物の使用が疑われる患者に対し,カテーテルを用いて採尿しようとする行為は,刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有しているものといる。

 さらに,被告一郎医師,被告二郎医師ら(以下,2人を併せて「被告一郎医師ら」ということがある。)は,入院時点で興奮がみられたものの,それ以外には特段の症状がなく(したがって,薬物の使用の有無を確認するために尿検査を行う必要性は高くなく),また,輸液に伴う水分出納を管理する手段としては,紙おむつの使用というより侵襲的でない代替手段があったのに,任意の採尿を拒否している原告に対し,四肢体幹を拘束した上で,執拗にカテーテルを挿入するなど,強制の度合いが高い手段でカテーテルによる採尿を強行しているところ,このような採尿行為が,医療行為としての目的を有するものであったとは到底認められない。

 そして,措置入院に関する診断書に,「不法薬物使用の関与が強く疑われ,医療的対応も必要ではあるが,司法的措置が優先される。」という記載があることや,看護連絡表に,「覚醒剤使用チェックのため挿入したバルンカテによる尿道損失の疑いが強い」という記載があることなども,被告一郎医師らが,捜査協力目的を有していたことが裏付けるものであるといえる。

 以上のように,被告一郎医師らは,令状がないにもかかわらず,捜査協力目的で,原告の尿道にカテーテルを挿入し,尿を採取しようとしたものであるから,その行為は違法である。

 (被告機構・被告一郎の主張)

 原告は,医療保護入院の措置をとると聞いて興奮し,更衣等を拒否したため,隔離対応となり,その後,服薬を促そうとする看護師に暴力を振るおうとしたため,四肢体幹拘束措置を受けた上,向精神薬の投与,脱水及び高クレアチニンホスホキナーゼ(CPK)血症のおそれに対応すべく輸液を受けることになった。このように,原告に対するカテーテルの挿入・留置は,点滴の量と尿の量を計測し,水分出納を管理して腎臓の状態を把握するために行われたものであって,医療上必要な措置であった。

 仮に,強制採尿をして覚せい剤使用の有無を明らかにする目的であれば,膀胱内に留置するバルーンカテーテルではなく,細いネラトンカテーテルを使用した方が容易に目的を達することができる。それにもかかわらず,バルーンカテーテルが用いられたのは,使用目的が強制採尿ではなく水分出納にあったからにほかならない。

 更に付け加えれば,精神科医が,薬物使用が疑われる患者の尿を検査するのは,精神科救急医療ガイドラインにも定められている精神科医師としての一般的な対応である。したがって,被告一郎医師に,尿中の薬物検査を行う目的があったとしても,それを捜査協力目的というのは相当ではない。

 被告一郎医師が,カルテに「不法薬物使用の関与が強く疑われ,医療的対応も必要ではあるが,司法的措置が優先される。」と記載したのは,①原告が,精神保健福祉法24条に基づく警察官通報により緊急に来院・入院した患者であること,②確定診断のために,薬物検査キットを用いた結果,薬物反応が出た場合は,緊急の医療的対応と併せて,再使用の防止が必要となること,③再使用の防止は,医療機関よりも,警察側の責務と考えられることを意味するものである。したがって,このような記載があるからといって,被告一郎医師が捜査機関から依頼を受けていたことや,捜査協力目的を有していたことが裏付けられるわけではない。

 (被告二郎の主張)

 被告二郎医師は,原告の担当医ではなく,カテーテルの挿入について,被告一郎医師らから相談を受けたため,自ら挿入を試みたのにすぎない。そして,被告二郎医師が関与をした当時,原告は,尿道損傷があり,膀胱には尿が貯留している様子がみられるなど,このまま放置すると尿道閉塞の危険があったことから,カテーテル留置の必要性があったものである。

  (2) 争点(2)(A病院でのカテーテル挿入行為に手技上の過失があったか)について

 (原告の主張)

 原告は,看護師から暴行・暴言を受けながらベッドに縛り付けられ,「自分で出す」と言ったにもかかわらず,カテーテル挿入を強行されようとしたため,腰を動かして抵抗した。そして,カテーテル挿入が試みられた後も,強い痛みを訴えていたものである。

 被告一郎医師は,上記のような状況を認識していたのであるから,その状態のままカテーテル挿入を強行するのではなく,睡眠剤を投与するなどをして,原告が落ち着くまで待った上で,カテーテル挿入を行うべきであったのに,そのような配慮をすることなく,漫然とカテーテル挿入を強行した過失がある。

 また,被告二郎医師が関与した時点では,既に原告の尿道は損傷していた。そして,被告二郎医師は,泌尿器科の専門家でなく,損傷した尿道にカテーテルを挿入する技量を有していなかったのであるから,再度のカテーテル挿入は断念するか,専門家の手によりカテーテル挿入を行わせるため,泌尿器科を備える専門病院に原告を転医させるべきであったのに,これを怠った。

 (被告機構・被告一郎の主張)

 カテーテルの挿入時に尿道が損傷したのは,原告が激しく抵抗し,腰を動かしたためである。原告は,原告が落ち着くのを待って,カテーテルを挿入すべきであったと主張するが,拘束下で輸液を受けている原告に対し,バルーンカテーテルを挿入するのは必要な医療行為であったし,鎮静剤は精神的な鎮静を目的としたもので麻酔ではないから,仮に鎮静剤を投与してカテーテルを挿入しても,挿入時の刺激により原告は覚醒したと考えられる。また,カテーテルを挿入するために麻酔薬を投与するという行為は通常行われていない。被告一郎医師は,原告に対し,声かけによりリラックスさせながらカテーテル挿入を行ったのであり,挿入に際し,それ以上の措置が必要であったとはいえない。

 (被告二郎の主張)

 被告二郎医師は,6月2日午前7時50分ころ,被告一郎医師から要請を受け,原告に対し,尿道カテーテルの挿入を試みたが挿入できなかった。尿道から出血がみられたため,カテーテルの種類をネラトンカテーテルに変えて挿入したが,排尿は得られなかった。そこで,被告二郎医師は,被告一郎医師に対し,尿道損傷により出血しており,尿道閉塞の危険性もあるので,泌尿器科を併設している病院に搬送することが望ましいと伝えた。

 このように,被告二郎医師が,原告の診療に当たったのは,6月2日午前7時50分が初めてであり,その時点で,原告の尿道は既に損傷により出血していたのであるから,同医師の行為と結果との間に因果関係はない。

 原告は,既に損傷の認められる尿道にカテーテルを再挿入すべきではないと主張する。しかし,原告は,6月1日の午後9時35分以降,全く排尿がなく,しかも,尿道からは出血があったのであるから,尿道中で血液が凝固する等の理由により尿道閉塞となることを防止し,かつ,尿道の傷を圧迫して治療を図るため,カテーテルを挿入する必要があったものである。そして,尿道に損傷がある場合に,およそカテーテルを挿入してはならないという医学的知見は存在しないのであるから,二郎医師の措置に過失はない。

  (3) 争点(3)(B病院の医師は,捜査協力目的で原告の身体拘束や尋問を行ったか)について

 (原告の主張)

 B病院の医師らは,四肢体幹を拘束された原告に対し,「お前は前科があるから5年はいくな。」と言い,その後「シャブはいつからやってんだ。」と繰り返し問い糾し,原告がやっていないと答えると,その都度,「まだ回復していないなあ。」などと話し合っていた。このような医師らによる尋問は,原告が覚せい剤を使用したことを認めない限り,隔離,拘束を続けるという態度を示した上で,繰り返し尋問を行い,原告の自白を強要したものであり,実質的には拷問に当たり,憲法38条1項に違反する。また,B病院の医師らが原告に対して行った四肢体幹拘束も,原告の逃亡を防止し,身柄を警察に引き渡すために行われたものであり,捜査協力目的の違法な身柄拘束というべきである。

 被告川崎市らは,被告三郎医師の質問は,医療目的であったと主張するが,本当にそうであれば,覚せい剤の摂取があったかどうかを確認すれば足りたはずであるのに,覚せい剤の最終使用の日時,場所など公訴事実を記載するために必要な事項について質問が行われており,その目的は,捜査に協力することにあったとしか考えられない。

 また,B病院の医師が,カルテに「覚せい剤が出れば,覚せい剤取締法でいく」と記載した上,警察と連絡を取り合い,尿の差押えの日程,退院の日と逮捕の予定等を相談していたことも,捜査協力目的があったことを裏付ける。

 (被告川崎市らの主張)

 B病院の医師らが,問診の中で,原告に対し,覚せい剤をいつから使用しているかを尋ねたことは認めるが,「お前は前科があるから5年はいくな。」と発言した事実や,原告が覚せい剤の使用を否定すると,「まだ回復していないなあ。」と発言した事実は否認する。

 B病院の医師らは,原告を覚せい剤による中毒精神病と診断し,その治療を開始したものであるところ,適切な治療をするためには,覚せい剤摂取の時期(特に,最終使用の日時は,症状が急性期か慢性期かを判断するために重要な情報である。),期間,方法などについて詳細に問診することが必要であった。したがって,医師らの質問は,医療目的で行われたのであって,捜査協力目的ではない。

  (4) 争点(4)(B病院で行われた原告の四肢体幹拘束は,必要のない違法な措置であったか)について

 (原告の主張)

 精神保健法36条2項に基づく身体拘束は,自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している,多動又は不穏が顕著であるなど,高度の必要性がある場合に行われる例外的措置と考えるべきであるから,その必要性があるかどうかは慎重に判断する必要があるし,その要件を欠くに至った場合には,速やかに身体拘束を解除する必要がある。

 原告は,B病院に搬送され,任意の採尿に応じた時点では,もはや抵抗を行っておらず,身体拘束の必要性は認められなかったのであるから,原告に対する身体拘束はそもそも違法である。被告川崎市らは,原告が看護師の手を振り払うなどの暴行を行ったと主張するが,そのような事実はない。被告川崎市らの主張に沿う被告三郎医師の供述や,診療録の記載は信用できない。

 仮に,受入時には身体拘束の必要があったとしても,その後,6月3日まで,原告は全く不穏な行動をとることはなく,興奮状態にもなく,指示どおり薬を服用するなど,終始落ち着いた状態にあった。したがって,B病院の医師らとしては,遅くとも同日までには,原告の身体拘束の必要性が失われたと判断し,原告の身体拘束を解除するべきであったのに,身柄拘束を継続したことは違法であるし,過失も認められる。

 (被告川崎市らの主張)

 原告は,B病院での初診時に,「ヤクザに狙われている」など,幻覚・妄想を伺わせる発言をしており,かつ,その後,尿から覚せい剤が検出され,覚せい剤による中毒性精神病と診断されている。

 覚せい剤による精神症状では,幻覚・妄想が突然の興奮,暴力につながることがあり,また,覚せい剤による使用をやめた後でも,同様の精神症状が再燃するというフラッシュバック現象が起こる可能性がある。したがって,覚せい剤精神病に対して治療を行う場合,1か月程度は様子を見ることが必要であるから,原告が,入院後数日間落ち着いた様子であったとしても,そのことから直ちに,身体拘束の必要性が否定されるものではない。むしろ,入院後2日~7日間は,向精神病薬による治療効果や,覚せい剤使用時の不眠・興奮の反動から,よく眠り,幻覚妄想も消退していくのが,覚せい剤による中毒性精神病の典型的な経過である。原告も,このような典型的な経過をたどったものに過ぎず,一般の患者と比較して,特に落ち着いた様子であったわけではないのであるから,原告の症状が軽快していたと速断するのは誤りである。

 B病院の医師らは,上記のような事情を踏まえ,身体拘束の必要性や解除(一部解除を含む。)の要否を検討していたものであり,そのような検討結果に基づいて行われた措置に違法はないし,過失もない。

  (5) 争点(5)(損害額)について

 (原告の主張)

 上記(1)~(4)の違法な措置(不法行為ないし国家賠償)により,原告が被った精神的損害を金銭に評価すると,各病院につき,それぞれ200万円を下らない。

 (被告らの主張)

 原告の主張は争う。

第3 当裁判所の判断

 1 争点(1)(A病院の医師は,捜査協力目的で強制採尿を行ったか)について

  (1) カテーテル挿入時の診療経過

 上記前提事実に加え,後掲の証拠によれば以下の事実が認められる。

 ア 原告は,6月1日午後9時35分,医療保護入院の告知を受け,隔離処分とされた後,興奮し,暴れたため,看護師に取り押さえられ,四肢体幹拘束の措置を受けた。その後,原告は,向精神薬を注射され,脱水状態及び高CPK血症の可能性に対処するため,輸液を受け,バルーンカテーテルを挿入された。原告は,バルーンカテーテルの挿入時に,激しく抵抗したため,挿入は困難であったが,10分ないし15分間挿入が試みられ,最終的にはカテーテルが挿入,留置された。ただし,その際,原告の尿道が損傷した(甲7・35頁,36頁,乙4,被告一郎調書15頁。以下,これを「第1回挿入」という。)。

 なお,原告は,当時原告に脱水症状の疑いはなかったと主張するが,精神科救急患者で,興奮状態にあるものは,しばしば脱水状態にあり,血液検査によらずに発汗や舌の乾燥から脱水状態を判断することも可能であるとされているところ(乙2・1030頁),原告は,高度の興奮状態にあったことなどからA病院を受診するに至り,被告一郎医師が診察をした時点においても,その興奮状態がおさまったとはいえない状態にあったのであるから,そのような経緯から,脱水状態に陥っている可能性は十分にあり得たものということができる。このことを踏まえて検討してみれば,原告の診察を行い,その容態を直接観察していた被告一郎医師が,原告の発汗が著明であるとして脱水を疑ったことには合理的な根拠があったというべきであり,カルテに脱水に関する明示の記載がないからといって,当時原告に脱水状態の疑いがなかったと認めることはできない。

 イ その後,尿道損傷が疑われたため,原告のバルーンカテーテルは抜去されたが,6月2日午前1時30分ころ,被告一郎医師は,再度バルーンカテーテルの挿入を試みた(以下,これを「第2回挿入」という。)。その際も,原告は激しく抵抗し,「痛い痛い。もうやめてくれ。俺を殺す気かよ。」などと発言し,被告一郎医師は,そのような訴えを受けて,カテーテルの挿入を中止し,痛み止めの坐薬(ボルタレン)を投与した(甲7・36頁,乙4,被告一郎調書8頁)。

 ウ 同日午前7時50分ころ,今度は被告二郎医師が,原告に対し,カテーテルの挿入を試みた(以下,これを「第3回挿入」という。)。被告二郎医師は,最初は,16フレンチ(カテーテルの直径が5.3ミリメートル,乙2・329頁)のバルーンカテーテルを挿入しようとした。原告から大きな抵抗はなかったが,カテーテルが尿道口から4,5センチメートルの部位でつっかえてしまい,しかも,原告が痛みを訴え始めたので,カテーテルの挿入を中止した。その後,被告二郎医師は,より直径の小さいネラトンカテーテルを用いて挿入を試みたが,同様の部位でつっかえてしまったため,当該部位の狭窄を疑い,カテーテルの挿入を中止した。それぞれの挿入に要した時間は数十秒程度であった(甲7・29頁,37頁,丙1,被告二郎調書7ないし9頁,13頁)。

 エ 証拠判断

 以上の認定に関し,原告は,カテーテル挿入前の四肢体幹拘束時に,腕を折るぞと看護師に言われた,カテーテル挿入時にも,自ら排尿すると言ったにもかかわらず,その言い分を聞かずにカテーテル挿入を強行された,カテーテル挿入中も,どこまで「入れるのかな,おかしいな。」と言いながら,4,5回カテーテルを出し入れされた,カテーテルを再度挿入された際には,「尿が出るまでやる。」と医師から言われたと主張し,本訴における尋問や陳述書(甲15),刑事手続において作成された供述調書(甲13)にも同様の記載がある。

 しかし,これらの主張ないし供述は,上記供述調書では,四肢体幹拘束の際に看護師に顔を殴られたと供述しているのに対して,本訴における本人尋問では,腕を折るぞと言われたというにとどまるなど,その内容が整合していないところがみられる上,原告が,当時覚せい剤による妄想興奮状態にあったことからすると,記憶の正確性には疑問があるといわざるを得ない。そして,他にこれを裏付けるような証拠が存しないことをも併せ考えると,原告の上記主張ないし供述等をそのまま採用することは困難である。

  (2) 原告は,被告一郎医師,被告二郎医師が,捜査目的で強制採尿をしようとしたと主張するので,この主張の当否について判断する。

 ア まず,この点に関する医師らの説明をみると,被告一郎医師は,第1回挿入は,原告に対して輸液を行ったことから水分の出納管理をする目的と,覚せい剤の使用の有無を確認し,治療方法を検討する目的から行ったものであり,第2回挿入は,それに加え,尿道の損傷部位を圧迫し止血することや排尿させる目的で行ったと説明し(被告一郎医師調書3~7頁),被告二郎医師は,第3回挿入は,前日から輸液を受けながら尿の排出がなく,膀胱が張っている所見があったことから,尿道の損傷に伴う尿道閉塞が疑われ,尿道の開通を行う必要があると判断したことと,尿道の損傷部位を圧迫し,止血をする目的で行ったと説明している(被告二郎医師調書6頁,14頁)。

 イ そして,医学的知見を踏まえて上記各説明の当否を検討してみると,次のとおり,いずれの説明も,医学的根拠を有するものであるということができる。

 (ア) まず,第1回挿入に関してみると,原告に対しては,脱水状態や高CPK血症に対処するため輸液及び水分の出納管理が行われていたことは既に認定したとおりであるところ(1,(1),ア),水分の出納管理のためには,時間尿量の測定,定時的尿比重の測定が必要であり(「新・図解救急・応急処置ガイド(平成20年)」(乙2・1030頁)),これを正確に行う必要がある場合には,留置カテーテルの適応となることが認められる(乙2・329頁)。

 また,覚せい剤使用が疑われる患者について,本当に覚せい剤使用の事実があるかどうかを確認することは,治療方針等を決定する上で重要であると考えられる上,「精神科救急ガイドライン(平成19年)」(乙3)でも,「覚せい剤急性中毒の患者について,確定診断の根拠となるため,尿中薬物の簡易検査キットを用いて覚せい剤反応を確認すべきである。」とされており,ガイドライン上も,覚せい剤検査を行うことが推奨されていることが認められる。

 以上のとおり,水分の出納管理と覚せい剤使用の有無を判断するために第1回挿入が行われたことには,十分な医学的根拠があったということができる。

 (イ) 次に,第2回挿入は,第1回挿入と同様の目的に加え,尿道を圧迫し,止血する目的で行われたと説明されているが,尿道に損傷が生じたと判断される状況があった以上,圧迫止血を行うことには,十分な医学的根拠があるということができる。

 更に,第3回挿入が行われたのは,第1回挿入が行われてから約10時間後なのであるから,その間排尿がなく,尿道閉塞が疑われる以上,尿道を開通させる必要があると判断することにも十分な医学的根拠があることは明らかである。

 (ウ) このように検討していくと,第1回ないし第3回挿入を行うことには,いずれも十分な医学的根拠があったといえるのであるから,これらを,医療上の必要から行ったとする被告一郎医師,被告二郎医師の各供述も首肯し得るものであるということができる。

 ウ これに対し,原告は,第1回ないし第3回挿入は,覚せい剤を検出して捜査機関に通報する目的,すなわち,捜査協力目的で行われたと主張するが,この主張は,裏付けに乏しく,採用することは困難であるといわざるを得ない。

 すなわち,原告は,水分の出納管理のためには,紙おむつの重さを計測するというより侵襲的でない方法があり得たのに,カテーテル挿入を行ったのは捜査協力目的があったからであると主張するが,カテーテルを利用した水分出納管理も,医学的に確立された措置なのであるから,この方法を採用したからといって,医学外の目的があったと決めつけるのは相当ではない(なお,成人男子に紙おむつを使用させることと,カテーテルを挿入することとを比べた場合,後者がより侵害的ではない手段であると断定できるかどうかにも,そもそも疑問がないではない。)。また,原告は,覚せい剤の使用が疑われる患者にカテーテルを挿入して尿検査を行うことそれ自体が,捜査目的の行為であるという趣旨の主張もしているが,覚せい剤使用の有無を検査することは医学的な観点からも必要な事柄であるし,その検査のためにもカテーテルが用いられることがあることは既に認定したとおりなのであるから,上記主張は,医学の実情を無視した一方的な主張であって,失当といわざるを得ない。

 更に,原告は,A病院のカルテに,「不法薬物使用の関与が強く疑われ,医療的対応も必要ではあるが,司法的措置が優先される」とか,「覚醒剤使用チェックのため挿入したバルンカテ」といった記載があることを根拠に,A病院の医師に捜査目的があったとも主張しているが,これらの記載が,なぜ捜査目的の存在を疑わせるのかは疑問であるといわざるを得ず,その主張も失当である。

 以上のとおり,原告が,A病院の医師らに捜査協力目的があったことを根拠づける事情として指摘する点は,いずれも,裏付け事情としては不十分である。このことに,第1回ないし第3回挿入には十分な医学的根拠があったと認められること,A病院の医師らが,捜査機関に対し,原告の案件について,情報提供その他捜査協力行為を実際に行った節もうかがわれないことなどの事情を併せ考えれば,上記医師らの措置は医療上の必要に基づいて行われたものであったと認めるのが相当であり,原告の主張を採用することはできないのである。

 2 争点(2)(A病院でのカテーテル挿入行為に手技上の過失があったか)について

 原告は,被告一郎医師の手技上の過失によって尿道が損傷したと主張するが,既に認定したカテーテル挿入時の経過(1,(1))に照らしてみれば,尿道損傷の原因は,カテーテル挿入時に原告が抵抗し,暴れたことにあると認めるのが相当である(手技上の過失があったことを具体的に裏付けるような証拠は存在しない。)。

 原告は,鎮静剤等を投与して,原告を落ち着かせてからカテーテル挿入を行うべきであったとか,そもそもカテーテル挿入を強行すべきではなかったと主張しているが,カテーテル挿入時(第1回挿入時)の状況が,カテーテルの挿入がおよそ許されないような危険な状況であったとか,鎮静剤の投与等を行わなければカテーテル挿入をすることができないような状況であったと認めるに足りる証拠はない。

 また,原告は,第1回挿入によって原告の尿道が損傷した以上,泌尿器科の専門医でない被告一郎医師や被告二郎医師が再度のカテーテル挿入を試みるのは不相当であり,どうしても必要であれば泌尿器科のある病院に転院させるべきであったと主張しているが,B病院転医後の経過をも含めて検討してみても,原告の尿道損傷は,それほど重度のものであったとは考えられないのであるから,被告一郎医師や被告二郎医師が,再度のカテーテル挿入を試みることが許されないような状況が生じていたということもできない。

 以上の次第で,この点に関する原告の主張も失当である。

 3 争点(3)(B病院の医師は,捜査協力目的で原告の身体拘束や尋問を行ったか)及び争点(4)(B病院で行われた原告の四肢体幹拘束は,必要のない違法な措置であったか)について

 争点(3),(4)を,まとめて検討する。

  (1) B病院での四肢体幹拘束,医師による問診に関する診療経過

 前提事実において認定した事実に加え,後掲の証拠によれば以下の事実が認められる。

 ア 原告は,B病院に転院した直後の診察時において,激しく暴れたり,医療スタッフに暴力を振るうなどといった挙動にまでは及んでいなかったものの,「てめえ」などと暴言を吐いたり,突然立ち上がって迫ってくるなどの不穏な状態にあった。そこで,診察に当たった被告三郎医師は,原告が不穏状態にあり,いつ危険な状態になるかの予測が難しいとして,他害行為のおそれ,多動・不穏を理由に,胴の拘束を指示した(甲4の2・7頁,甲26・22頁,甲30・2頁,丁4,被告三郎医師調書1ないし5頁)。こうして身体拘束を受けた後,原告は,午後4時30分に排尿のため一時的に拘束の解除を受けた以外は,ほとんどベッドで睡眠状態にあり,妄想をうかがわせる発言をしたり,暴れたりすることはなかった(甲30・2頁)。

 なお,同日,原告の尿から覚せい剤が検出された後,被告三郎医師が原告に覚せい剤の使用の有無について尋ねたところ,原告は誰かに拉致されて,覚せい剤を打たれたのであり,自分では使用していないと答えた(甲26・14頁)。

 イ 翌6月3日,原告は,看護師に対し,「いつになったら拘束外れるの。」,「何もやることないのにどうすりゃいいんだよ。」などといった発言をしたものの,排尿のため拘束を解除した後,再拘束をするのに素直に応じ,服薬にも応じ,ベッド上で安静にしていた(甲30・4ないし7頁)。

 ウ 6月5日,原告は,「シャブをやっていたの。」という被告三郎医師の質問に対し,「シャブをポンプでやっていた。去年の8月ころから週3,4回。」と答えたが,覚せい剤の最終使用日時,場所,使用方法等に関する質問に対し,最終使用の日時,場所は答えなかった(甲4の2・14頁,甲26・14頁,17頁,18頁,41頁,丁4,被告三郎調書2頁,7ないし9頁)。

 なお,原告は,被告三郎医師らが,「お前は前科があるから5年はいくな。」と発言したり,「シャブはいつからやってんだ。」と繰り返し質問し,原告がやっていないと答えると,その都度,看護師らと「まだ回復していないなあ。」などと話し合っていたと主張するが,この点に関する原告本人の供述自体あいまいである上,他に上記主張事実を認めるに足りる証拠はないのであるから,上記主張を採用することはできない。

 エ 6月6日,原告は,被告三郎医師の診察時に,「全部聞こえているんだ。わかっているんだぞ。」,「俺は用事があって忙しいんだよ。」などと興奮して暴言を吐き,ベッドから起きあがろうとした。看護師に対しても,「国会でいろんな事あっただろ。俺は外国行ってて忙しかったんだよ。」,「ここは北海道。」などと発言し,点滴チューブを自ら抜去し,看護師の顔を見ると飛びかかるような仕草をし,ベッドを部屋の入口近くまでずらして看護師らの入室を困難にし,排尿のために拘束を解除すると部屋から出ようとした(甲4の2・17頁,甲30・17ないし19頁)。

 オ 6月7日,原告は,突然看護師の手からコップを奪い取り中身の水をまき散らし,「早く拘束を取れよ。ここはどこだよ。住所は。番地は。早く病院に連れて行け,主治医を早く呼べよ。」と強い口調で発言し,両手で股間に手をやる,口の中の水を看護師に向けて吐き出す,テーブルを蹴るなどしたため,医師の指示で上下肢を拘束された。拘束後も「あいつどかしてくれよ,邪魔。」,「お前よ,突っ立ってないでよ,熱くなんなよ。」などと大声で独語するなど幻視をうかがわせる状態がみられた(甲4の2・17頁,甲30・19ないし23頁)。

 カ 6月8日以降,原告は,比較的おとなしい様子であり,6月15日には上肢の拘束を解除され,6月16日にはB病院を退院した。

  (2) 以上の事実を前提に,原告に対する身体拘束の必要性や,身体拘束が捜査協力目的のものであったかどうかについて検討する。

 ア 前提として,覚せい剤精神病の症状についてみると,次の事実が認められる。

 (ア) アンフェタミン(覚せい剤)精神病とは,覚せい剤の大量を数か月以上連用すると,意識は清明の状態で,被害的内容をもった幻聴を主体とする幻覚妄想状態が出現することをいう。軽いせん妄状態で幻視がみられたり,躁鬱的な気分変動を伴うこともある。覚せい剤の使用を止めるとこれらの精神病状態も治まるが,ときに持続し,抗精神病薬の投与が必要になる。突然の興奮・暴力に注意を要する。入院治療が必要で,強い渇望やイライラ,易怒性で暴力行為に及ぶことがあるため,閉鎖病棟,時には保護室を利用する。覚せい剤中止後の反跳現象としての過眠,過食がみられるが,問題はそのあとの焦燥期を乗り切ることであり,1か月間は患者の強い退院要求に屈せずもちこたえる必要がある(「TEXT精神医学(平成10年)」(丁1・463頁))。

 (イ) 覚せい剤中毒患者は,断薬後,①嗜眠期(入院後2,3日から7日間くらいは,抗精神病薬による治療のためや,幻覚妄想状態時の不眠,精神運動興奮の反動(反発現象)のため,よく眠り,幻覚妄想も多くは消退していく。),②刺激期(幻覚妄想が消退しても精神依存は極めて強く残存しているので,色々な要求を治療者にするようになり,暴言,反発,威嚇等がみられ,言動は自己中心的,易刺激的,易怒的,不機嫌,焦燥的で,治療者のみならず,周囲の患者も多大な迷惑を蒙ることになる。),③安定期(断薬後30日前後になると落ち着く。)という経過をたどるのが一般的である(「攻撃性の精神医学(昭和59年)」(丁2・249頁))。

 イ B病院で受診する前の状況も含めた原告の症状経過を改めて整理すると,次のとおりとなる。すなわち,原告は,自宅前でナイフを振り回していたことから,警察官に保護され,その後受診したA病院では,違法薬物によるものと疑われる幻覚妄想状態にあり,激しく暴れ,看護師に暴力を振るおうとするなどしたため,四肢体幹の拘束を受けていた。その後,原告は,B病院に転院したが,B病院での初診時には,暴れてはいなかったものの,「拉致られて覚せい剤打たれたかもしれない。盗聴器がしかけられている。」などと,依然薬物による幻覚妄想状態が続いていると疑われる発言をし,被告三郎医師に「てめえ」と暴言を吐いた上で,立ち上がって向かってくるような姿勢を示すなど,不穏な状態であったことからすれば,依然として,覚せい剤による幻覚妄想状態が継続していたといえる。

 これらの経緯に照らしてみれば,被告三郎医師が,初診時である6月2日の段階において,原告には,突発的な自傷他害の危険性があり,四肢体幹拘束の必要があると判断し,原告の胴を拘束する措置を講じたことは,医療上の必要に基づく,やむを得ないものであったということができる。

 ウ その後,6月3日までの原告の状況が比較的落ち着いたものであったことは,既に認定したとおりであるが((1),ア,イ),覚せい剤精神病の患者は,入院後2,3日経過するころまでは,反跳現象ないし反発現象により一度落ち着くものの,その後再び不穏な行動を取る可能性が高まることは既に認定したとおりであるし(ア,(イ)),現に,原告も,6月6日以降,看護師への暴言や攻撃的行動,幻視をうかがわせる言動などがみられるようになり,6月7日には,新たに上下肢の拘束を受けるに至っているのである。

 そうすると,原告が,6月2日ないし3日に落ち着いた状態であったとしても,そのことから直ちに,拘束の必要性が消滅したということはできず,突発的な不穏行動の発現の可能性を考慮して,拘束を継続しつつ,経過を観察することとしたことは医療上の必要に基づくやむを得ない措置であったというべきである。

 エ そして,(1),ウないしカに認定した事実に照らしてみれば,被告三郎医師,被告四郎医師らは,その後も,原告の状況を踏まえて拘束の程度を強めたり,弱めたりしていたものであって,それらの措置も医療上の必要に基づくものであったと評価することが可能である。

 オ 以上の次第で,B病院において行われた原告に対する身体拘束は,医療上の必要に基づくやむを得ないものであったということができるから,これを捜査協力目的に基づく違法な身体拘束であったということはできない。

  (3) また,原告は,被告三郎医師らが,原告に対し,捜査協力目的で尋問を行ったとも主張する。しかし,その主張の前提となっている,捜査協力目的での身柄拘束が行われたとの事実が認められないことは既に説示したとおりである上,覚せい剤精神病を疑った医師が,患者に対し,覚せい剤使用の有無や,使用状況,場所,時期,回数等について質問(問診)することは,患者の状況を確認し,治療方針を決定する上で必要な事柄であるということができるのであるから,原告の上記主張を採用することはできず,むしろ,被告三郎医師らによる質問は,医療上の必要に基づくものであったというべきである。

 なお,B病院のカルテに「覚せい剤が出れば覚せい剤取締法でいく」旨の記載があることや,B病院が,覚せい剤が検出された旨を警察に連絡し,これに対し,警察が,B病院に対し,尿の差押えの日程や,逮捕の日程等を伝えていたことは事実であるが(甲5,25),患者について覚せい剤の使用が確認された場合,その旨を病院側が警察に連絡することや,警察側が,病院に対し,入院患者に対する強制捜査の予定を知らせ,捜査の円滑な遂行を図ろうとすることは何ら異とするに足りる事柄ではなく,このような事情があったからといって,病院が警察に協力するために捜査類似の行為をしたとか,病院と警察が結託して違法な捜査を行ったなどと決めつけるのは相当ではない。

  (4) 以上の次第で,B病院における身柄拘束や原告に対する質問は,医療上の必要に基づく相当な措置であったということができ,これを捜査に協力するための違法な行為であるということはできないから,争点(3),(4)に関する原告の主張はいずれも失当というべきである。

第4 結論

 よって,原告の請求は,その余の点(損害額)について判断するまでもなく,いずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。



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