【弁護士法人ウィズ】医療ミス医療事故の無料電話相談。弁護士,医師ネットワーク

原告らの長男の乳児(生後4か月)が,被告会社運営の認可外保育施設のベビーベッド上にうつ伏せの姿勢で就寝中に呼吸を停止した状態で発見されて救急搬送先で死亡した事故について,原告らが,被告会社の保育従事者がうつ伏せ寝を放置した鼻口部の閉塞による窒息死であると主張し,被告会社,施設園長,保育従事者,監督官庁の大阪市ら合計8名に対して損害賠償を求めた事案において,亡Aの解剖所見,分娩時・発育時の状況に加え,保育従事者である被告2名の供述の信用性を肯定して亡Aが本件事故発見前及び本件事故発見時に顔を横向きに寝ていたと認定し,鼻口閉鎖等による窒息死ではなく,被告ら主張の乳幼児突然死症候群(SIDS)と認めるのが相当であるとして,原告らの請求を全部棄却した事例

【事件番号】       大阪地方裁判所判決/平成23年(ワ)第6616号

【判決日付】       平成26年9月24日

 

       主   文

 

 1 原告らの請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告らの負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

 1 原告X1

   被告らは,原告X1に対し,連帯して,3238万1630円及びこれに対する平成21年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 原告X2

   被告らは,原告X2に対し,連帯して,3238万1629円及びこれに対する平成21年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

   原告らは,被告株式会社Y1(以下「被告Y1」という。)が設置・運営していた認可外保育施設であるY3(以下「本件施設」という。)に原告らの長男であるA(以下「A」という。)を入所させ,保育を委託していた者である。被告Y1は本件施設を設置・運営していた会社であり,被告Y2(以下「被告Y2」という。)は被告Y1の代表取締役を務めていた者である。被告有限会社Y3(以下「被告Y3」という。)はその営業権を被告Y1に譲渡した会社であり,被告Y4(以下「被告Y4」という。)は被告Y3の取締役を務めていた者である。被告Y5(以下「被告Y5」という。)は本件施設の園長であり,被告Y6(以下「被告Y6」という。)及び被告Y7(以下「被告Y7」という。)は本件施設に保育従事者として勤務していた者である。

   本件は,原告らが,A(生後4か月)が本件施設においてベビーベッドの上にうつ伏せの状態で寝かせられて放置された結果,鼻口部が閉塞して窒息死した(以下,Aが死亡した事故を「本件事故」という。)旨主張して,被告Y2,被告Y4,被告Y5,被告Y6及び被告Y7に対し,共同不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告Y1及び被告Y3に対し,債務不履行又は使用者責任等による損害賠償請求権に基づき,被告大阪市に対し,国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,相続により各2分の1の割合により承継したAの損害及び原告ら固有の損害について,連帯して,原告X1(以下「原告X1」という。)につき3238万1630円及びこれに対する不法行為の日である平成21年11月17日から,原告X2(以下「原告X2」という。)につき3238万1629円及びこれに対する不法行為の日である平成21年11月17日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 1 前提となる事実(当事者間に争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)

  (1) 当事者等

    Aは,平成21年○月○○日に原告X1と原告X2との間に出生した子である。

    被告Y1は,託児施設の運営等を目的とする株式会社であり,被告Y2が代表取締役を務めている。被告Y1は,本件施設を設置し,被告Y5が本件施設の園長を務めていた。

          (甲17)

    被告Y3は,乳幼児の能力開発塾の経営等を目的とする有限会社であり,被告Y4が取締役を務めている。被告Y3は,平成20年12月22日,被告Y1に対し,被告Y3の同月末日時点における営業権全部を平成21年1月1日限りで譲渡する旨の契約を締結した。

          (甲16,乙1)

    被告Y7(平成2年○月○日生)は,平成21年5月26日から本件施設で勤務するようになった者である。被告Y7は,保育士等の資格を有していなかった。

    被告Y6(昭和59年○月○日生)は,平成21年10月1日から本件施設で勤務するようになった者である。被告Y6は,幼稚園教諭の免許を有し,約5年間幼稚園での勤務経験を有していたが,本件事故当時は,保育士等の資格は有していなかった。

          (乙6,7,被告Y6,被告Y7)

  (2) 本件施設への入所

    原告らは,平成21年11月10日から,同人らの子であるB(平成19年○月○日生まれ。以下「B」という。)及びAを本件施設に入所させた。

          (甲4)

  (3) 本件施設の保育態勢

    本件事故当時,本件施設における保育従事者は被告Y1の実質的な経営者である被告Y4を含めて合計7名であった。このうち,保育士の資格を有している職員は1名のみであった。

          (乙5,9)

  (4) 本件施設の内部状況

    本件施設の内部の間取りは,別紙見取り図のとおりである。

    本件施設は,中央南側部分に保育ルーム(47.6平方メートル)があり,保育ルームの北側にベビールームが,西側に調理室及び食事ルームがそれぞれ隣接していた。保育ルームとベビールームは,床からの高さが112センチメートルの白色アクリル板,白色アクリル板上に位置する高さ60センチメートルの透明アクリル板及び透明アクリル板と同位置にある木製柵によって仕切られていた。保育ルームとベビールームの間には2か所の出入口が設置されており,同出入口には施錠が可能な片開きのドアが設置されていた。

    保育ルームと食事ルーム及び調理室も,床からの高さが112センチメートルの白色アクリル板,白色アクリル板上に位置する高さ60センチメートルの透明アクリル板及び透明アクリル板と同位置にある木製柵によって仕切られていた。保育ルームと食事ルーム,及び調理室との間には1か所の出入口が設置されており,同出入口には片開きドアが設置されていた。

          (甲18の5)

  (5) 本件事故当日の保育委託

    本件施設では,通常,日勤は保育従事者が3名勤務していたが,平成21年11月17日は,Y4が入院中であったため,日勤は,被告Y7及び被告Y6の2名で担当していた。同日は,17名の乳幼児がいた。

          (乙5,被告Y6,被告Y7,被告Y5)

    原告X2は,同日午前8時30分頃,B及びAを本件施設に預けた。原告X2がAを本件施設に預けた際,Aの健康状態に異常はなかった。

          (甲4,34)

  (6) Aの死亡

    Aは,平成21年11月17日午後1時3分に,本件施設でベビールーム内のベビーベッド上で鼻出血し,意識がない状態で発見されたとの119番通報により,大阪市立総合○○医療センターに救急搬送され,同日午後2時13分に死亡した。

          (甲2,3,37)

  (7) 本件施設の閉園

    本件施設は,平成22年3月31日をもって閉園した。

          (甲35)

  (8) 認可外保育施設に関する児童福祉法の規定

   ア 認可外保育施設に関する児童福祉法の規定の概要

     児童福祉法59条の2第1項は,同法第39条1項に規定する業務を目的とする施設(少数の乳児又は幼児を対象とするものその他の厚生労働省令で定めるものを除く。)であって同法第35条4項の認可を受けていないもの(以下「認可外保育施設」という。)については,同法59条の2第1項各号所定の事項を都道府県知事(同法59条の4により,政令指定都市又は中核市の場合はその長となる。以下「都道府県知事等」ということがある。)に届け出なければならないと規定している。

     そして,同法59条の2の5第1項は,認可外保育施設の設置者は,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,当該施設の運営の状況を都道府県知事等に報告しなければならないとし,同条第2項において,都道府県知事等は,毎年,前項の報告に係る施設の運営の状況その他同法59条の2第1項に規定する施設に関し児童の福祉のため必要と認める事項を取りまとめ,これを各施設の所在地の市町村長に通知するとともに,公表するものと規定している。

   イ 認可外保育施設等への都道府県知事等の権限

     児童福祉法59条1項は,都道府県知事等が,児童の福祉のため必要があると認めるときは,認可外保育施設等については,その施設の設置者若しくは管理者に対し,必要と認める事項の報告を求め,又は当該職員をして,その事務所若しくは施設に立ち入り,その施設の設備若しくは運営について必要な調査若しくは質問をさせることができると規定している。

     そして,同条3項において,都道府県知事等は,児童の福祉のため必要があると認めるときは,認可外保育施設等の設置者に対し,その施設の設備又は運営の改善その他の勧告をすることができるとし,同条4項において,都道府県知事等は,前項の勧告を受けた施設の設置者がその勧告に従わなかったときは,その旨を公表することができると規定している。また,同条5項において,都道府県知事等は,認可外保育施設等について,児童の福祉のため必要があると認めるときは,都道府県児童福祉審議会の意見を聴き,その事業の停止又は施設の閉鎖を命ずることができるとし,同条6項において,都道府県知事等は,児童の生命又は身体の安全を確保するため緊急を要する場合で,あらかじめ都道府県児童福祉審議会の意見を聴くいとまがないときは,当該手続を経ないで前項の命令をすることができると規定している。

  (9) 厚生労働省の通知等の内容について

    厚生労働省は,都道府県知事等に対し,「認可外保育施設に対する指導監督の実施について」と題する厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通知(甲9。平成13年雇児発第177号)を発出し,認可外保育施設等の効果的な指導監督を図る等の観点から,「認可外保育施設指導監督の指針」及び「認可外保育施設指導監督基準」(丙2。以下「本件指導監督基準」という。)を定めている。本件指導監督基準は,都道府県知事が,児童の処遇等の保育内容,保育従事者数,施設設備等の指導監督を行う基準を定めたものであるが,上記指針は,本件指導監督基準を満たす施設についても,児童福祉施設最低基準(昭和23年12月29日厚生省令第63号)を満たすことが望ましいとしている。なお,上記通知は,上記指針及び本件指導監督基準が地方自治法245条の4第1項に規定する技術的助言として定められたものとしている。

    本件指導監督基準では,概要,以下のとおり基準を設けていた。

   ア 保育従事者の数及び資格

    (ア) 保育に従事する者の数は,主たる開所時間である11時間については,概ね児童福祉施設最低基準第33条第2項に定める数(乳児3人につき保育従事者1人,1・2歳児の幼児6人につき保育従事者1人,3歳児の幼児20人につき保育従事者1人,4歳以上の幼児30人につき保育従事者1人)以上であること。ただし,2人を下回ってはならないこと。11時間を超える時間帯については,現に保育されている児童が1人である場合を除き,常時2人以上を配置すること。

    (イ) 保育に従事する者の概ね3分の1以上は,保育士又は看護師の資格を有する者であること。

   イ 乳幼児突然死症候群の予防

    (ア) 睡眠中の児童の顔色や呼吸の状態をきめ細かく観察すること。

    (イ) 乳児を寝かせる場合には,仰向けに寝かせること。

    (ウ) 保育室では禁煙を厳守すること。

          (甲9,丙2)

  (10) 大阪市による指導監督要綱の制定

    大阪市は,上記厚生労働省の通知等を参照し,認可外保育施設について,児童福祉法59条1項に基づく調査及び同条3項から6項の措置を含む指導監督を行うため,認可外保育施設に対する指導監督要綱を定めている。本件事故当時に適用されていた同要綱(丙1。以下「本件要綱」という。)では,概要,以下の内容が定められていた。

   ア 立入調査

    (ア) 大阪市長は,年に1回以上,大阪市の職員に対し,認可外保育施設に立ち入り,その施設の設備又は運営について必要な調査又は質問を行わせる。

    (イ) 重大な事故が発生した場合又は利用者から苦情や相談が寄せられている場合等で,児童の処遇上の観点から施設に問題があると認められる場合には,届出施設であるか否かにかかわらず,随時,特別立入調査を実施できる。

   イ 改善指導

     立入調査の結果,本件指導監督基準に照らして改善を求める必要があると認められる認可外保育施設については,立入調査後概ね1か月以内に,改善されなければ児童福祉法59条3項に基づく改善勧告及び同法59条4項に基づく公表等の対象となり得ることを示した上で,改善すべき事項を文章により設置者又は管理者に通知する。

   ウ 改善勧告

    (ア) 大阪市長は,認可外保育施設の設置者又は管理者に対し,文書による改善指導における報告期限後(改善指導を経ずに改善勧告を行う場合は立入調査実施後)概ね1か月以内に,改善されなければ,公表,事業停止命令又は施設閉鎖命令の対象となり得ることを明示した上で,改善勧告を文書により通知する。この場合,概ね1か月以内の回答期限を付して文書で報告を求める。なお,建物の構造等から速やかな改善が不可能と認められる場合は,移転に要する期間を考慮して適切な期限(この期限は,3年以内とする)を付して移転を勧告する。

    (イ) 改善勧告を受けた設置者又は管理者から,当該改善勧告に対する報告があった場合は,その改善状況を確認するため,速やかに特別立入調査を行う。回答期限が経過しても報告がない場合についても,同様とする。また,必要に応じて改善勧告に対する回答の期限内においても,当該施設の状況の確認に努めること。

    (ウ) 改善勧告にもかかわらず改善が行われていない場合には,当該施設の利用者に対し,改善勧告の内容及び改善が行われていない状況について個別通知等により周知する。また,報道機関等を通して公表すること。

   エ 事業停止命令又は施設閉鎖命令

    (ア) 大阪市長は,改善勧告を行ったにもかかわらず改善が行われていない場合であって,かつ,改善の見通しがなく児童福祉に著しく有害であると認められるとき,又は,改善指導若しくは改善勧告を行う時間的余裕がなく,かつ,これを放置することが児童福祉に著しく有害であると認められるときは,事前に書面通知によって弁明の機会を付与し,社会福祉審議会の意見を聴き,事業停止又は施設閉鎖を命ずることができる。

    (イ) 児童の生命又は身体の安全を確保するために緊急を要する場合で,予め社会福祉審議会の意見を聴くいとまがないときは,当該手続を経ずに事業停止又は施設閉鎖を命ずることができる。

    (ウ) 事業停止又は施設閉鎖命令を行った場合は,その名称,所在地,設置者又は管理者名及び処分の内容等について報道機関を通じて公表する。

  (11) 大阪市による立入調査に基づく指導内容

   ア(ア) 被告大阪市は,平成19年9月26日,本件施設に立入調査を行った。このとき,保育従事者は7名であり,そのうち有資格者はいなかった。被告大阪市は,平成20年1月21日,上記立入調査に基づき,本件指導監督基準に適合しておらず改善を要する事項として以下の項目について文書による指導を行った。

     a 月極契約乳幼児数に対して有資格者(保育士又は看護師の資格を有する者)が不足している

     b 乳幼児の避難に適した建築基準法に規定する屋外階段がない

     c 調理室が特定防火設備で区画されておらず必要な施設又は設備がない

     d 壁及び天井の仕上げが不燃材料ではない

     e 乳幼児の健康診断が入所時に実施されていない

     f 職員の健康診断(採用時及び年に1度)が実施されていない

    (イ) 被告Y4は,平成20年1月24日,被告大阪市に対し,上記指導に対する改善報告を文書で行い,上記aの有資格者の不足については,有資格者を1名採用したが,求人募集をしても集まらず現在も不足している,求人を継続して有資格者が来たら採用する予定である旨報告した。

   イ(ア) 被告大阪市は,平成20年9月4日,本件施設に立入調査を行った。このとき,本件施設には,保育従事者6名のうち3名の有資格者が在籍していたものの,日時により有資格者が勤務していない場合があった。被告大阪市は,同年10月24日,上記立入調査に基づき,改善を要する事項として上記ア(ア)aないしfの項目について文書による指導を行った。

    (イ) 被告Y4は,平成20年10月28日,被告大阪市に対し,上記指導に対する改善報告を文書で行い,上記aの有資格者の不足については,できるだけ24時間を通して有資格者が出勤するようシフトを作成しているが,有資格者がいない時間帯も出てくるため有資格者を求人している,面接に来たら採用して早くきちんとした態勢がとれるようにしたい旨報告した。

   ウ(ア) 被告大阪市は,平成21年9月9日,本件施設に立入調査を行った。このとき,本件施設には,保育従事者7名のうち1名の有資格者が在籍していた。被告大阪市は,同年10月22日,上記立入調査に基づき,改善を要する事項として上記ア(ア)aないしeの項目のほか,乳幼児の健康診断が年に2度実施されていないことについて文書による指導を行った。

    (イ) 被告Y4は,平成21年10月25日,被告大阪市に対し,上記指導に対する改善報告を文書で行い,上記aの有資格者の不足については,求人募集をかけており,有資格者を早急に採用する予定である旨報告した。

          (甲10,35)

 2 争点及びこれに対する当事者の主張

  (1) 争点1

    Aの死因は窒息死か。

   【原告らの主張】

    Aの死因は,被告Y6及び被告Y7がAをマットレス上にうつ伏せ寝状態で放置したことによる急性窒息である。和歌山県立医科大学法医学教室のC医師(以下「C医師」という。)による鑑定書(甲19)及び意見書(甲21)も,Aの死因は急性窒息であるとしている。

   ア Aの解剖所見によれば,Aには急性死の所見が認められるだけであり,その他に死因になり得る器質的疾患,先天性奇形及び損傷は認められなかった。睡眠中の乳幼児については,「月齢」(月齢が6か月以下),「発見時の体位」(うつ伏せ),「添い寝」(添い寝あり),「使用寝具」(小児用以外の寝具(大人用布団又はベッド)の使用),「鼻口閉塞」(鼻口閉塞あり),「facedown」(facedownあり),「体位の変換」(仰向けからうつ伏せへの変換)のそれぞれが窒息死の危険因子であるとされ,日本SIDS学会雑誌に掲載された報告(甲23)等によると,窒息が死因であると判断された全ての例において,上記危険因子の3つ以上が組み合わさっていることが判明している。これを本件についてみると,Aは死亡当時月齢4か月であったこと,Aについて使用されていたマットレスは,Aがうつ伏せ状態であった場合に2.5センチメートル沈み込むものであり,小児用の寝具として不適切であったこと,Aが仰向けからうつ伏せに体位を変換していたことが窒息死の危険因子として存在していた。また,facedownについて,Aがfacedownの状態になっていたとすれば,他の危険因子である鼻口閉塞も含まれることになるし,仮にfacedownの状態になかったとしても,沈み込んだマットレスによる鼻口部の閉塞やマットレスと鼻口部の間が狭くなる状態になることにより低酸素状態になるから,前記の危険因子に加えて,低酸素状態に伴う窒息死の危険因子があったと考えられる。

     以上のとおり,Aについて異常が発見された際の状況等を総合的に検討すれば,Aの死因は急性窒息である。

   イ 被告らは,Aの異常が発見された際,鼻血を出していることが確認できたのであるから,外部から鼻口部を見ることができた旨主張するが,Aの保育を担当していた被告Y6及び被告Y7は,いずれも,鼻口部が見えていた旨供述しておらず,被告ら主張に係る上記事実は認められない。

     また,被告らは,本件事故当時,Aが生後4か月であり,発育が標準並みであったこと等から,苦しくなれば首を動かして呼吸をすることが可能であるため,窒息死することはない旨主張する。しかしながら,生後4か月の乳幼児は,うつ伏せの状態から顔を上げ続けることができず,苦しくなっても呼吸をすることが可能となるように首を動かすことができない者が多く,とりわけ,経験の浅い乳幼児はこのような対応をとることができない。Aは,本件事故当時,首を上げることができるようになったばかりの状態であったため,呼吸が苦しくなった場合に,呼吸をすることが可能となるように首を動かすことはできなかった。

   ウ 被告らは,Aの死因が乳幼児突然死症候群(SIDS(SuddenInfant Death Syndrome))であると主張するが,SIDSは独立した疾患ではなく除外診断であり,外因死の可能性を完全に否定することができないのであれば,死因をSIDSと判断することができない。Aは,マットレスにうつ伏せの状態で寝かされていたのであるから,外因死の可能性を完全に否定することはできず,Aの死因をSIDSと診断することはできない。

   【被告らの主張】

    Aの死因が急性窒息であるとの原告主張に係る事実は否認する。Aの死因はSIDSである。

    Aは,平成21年11月17日午後零時40分の時点で,うつ伏せではあったが顔を左に向けており,呼吸が妨げられる状況にはなく,その後,午後零時50分及び午後零時55分の時点でも,Aの体勢に変化はなく,午後零時55分に様子を確認した際には,鼻血が出ている状況を確認することができ,鼻口部を塞ぐような物はなかった。また,Aは,本件事故当時,発育が標準並みで首が座っており,苦しくなれば呼吸ができるよう顔を横に向けることが可能であった。

    Aが寝ていたマットレスは,顔の重量により2.5センチメートル沈むが,Aが顔を少し横に向けるだけで鼻口部の一部がマットレスの凹みの上面の高さ以上に達するため,Aが窒息することはあり得ない上,マットレスはすり鉢状に沈むため空気が流通するための隙間が十分にあり,上方が広く空いていたのであるから,呼吸が阻害されて低酸素状態となることもあり得ない。

  (2) 争点2

    被告Y2,被告Y4,被告Y5,被告Y6及び被告Y7の注意義務違反

   【原告らの主張】

   ア 被告Y6及び被告Y7の注意義務違反

     被告Y6及び被告Y7は,保育従事者として,本件施設で預かっている乳幼児の生命及び身体の安全を確保すべき義務を負っていた。

     被告Y6及び被告Y7は,①うつ伏せ寝が乳幼児の窒息死の危険因子であることから,Aがうつ伏せの状態で放置されることがないよう常に監視し,体勢を仰向けにするよう注意すべきであったにもかかわらず,Aの監視を怠ってうつ伏せの状態で放置し,又は,うつ伏せの状態になっていることを認識しながら放置したほか,②ベビールーム内に常駐し,環境や寝具に注意しながら乳幼児の顔が見える位置から呼吸や顔色,嘔吐の有無等を観察すべきであるにもかかわらず,ベビールームに常駐してAの様子を確認することを怠った,③窒息の危険を避けるため,Aを乳幼児用の固いマットレスに寝かせるべきであったにもかかわらず,Aを,頭部及び顔面部分が2.5センチメートル沈み込む不適切なマットレスに寝かせて,その後も放置した,④ベビールームに乳幼児を寝かせるに当たり,その様子を適時に観察するため,同人らから見通しがよい場所に乳幼児を寝かせなければならなかったにもかかわらず,被告Y7は,保育ルーム及び調理室から乳幼児の様子を確認することができない場所にあるベビールームにAを寝かせ,同人及び被告Y6はAを上記ベビールームに放置した,⑤乳幼児は成人が急性窒息する3分から5分よりも短い時間で呼吸停止に至ることから,就寝中は最低でも5分ごとに様子を確認しなければならないにもかかわらず,10分おきに様子を確認するのみであったことにより,保育従事者として負っている上記注意義務に違反した。

   イ 被告Y2,被告Y4及び被告Y5の注意義務違反

     被告Y2,被告Y4及び被告Y5は,保育委託契約により預かった乳幼児の生命・身体の安全を確保すべき義務を負っていた。

     しかしながら,上記被告らは,①従業員に対して,乳幼児をうつ伏せで寝かせることを禁止するよう指導を徹底することを怠った,②児童17名に対して2名の保育従事者を配置したにとどまった上,2名の保育従事者はいずれも保育士又は看護師の資格を有していなかったもので,本件指導監督基準所定の人数の保育士有資格者及び保育従事者を配置することを怠った,③ベビールームに乳幼児を寝かせるに当たり,保育従事者を同室内に常駐させて乳幼児を観察させるための人員態勢を整えず,従業員に対して,ベビールーム内に常駐して乳幼児の様子を確認すべき旨指導教育することを怠った,④乳幼児用のマットレスを使用せず,不適切な硬さのマットレスを使用した,⑤見通しの悪い間仕切りを撤去せず,保育従事者が乳幼児の様子を確認することができるような物的設備を整えなかった,⑥乳幼児の様子を最低でも5分おきに確認すべきであるにもかかわらず,10分おきに確認するよう指導するのみであったことなどにより,上記注意義務に違反した。

   【被告Y1,被告Y3,被告Y2,被告Y4,被告Y5,被告Y6及び被告Y7の主張】

   ア 被告Y6及び被告Y7の注意義務違反

     原告ら主張に係る事実のうち,③Aについて頭部及び顔面部分が2.5センチメートル沈み込むマットレスを使用していたこと,⑤被告Y7及び被告が10分おきにベビールーム内を確認していたことは認め,原告ら主張の注意義務を負うこと及び注意義務違反があったとの点は否認又は争う。

     ④について,保育ルームから格子状の仕切りを通じてベビールーム内を観察することは十分可能であった。

   イ 被告Y2,被告Y4及び被告Y5の注意義務違反

     原告ら主張に係る事実のうち,②Aが死亡した当時,入所児童17名に対して保育士又は看護師の資格を有しない2名を保育従事者として配置していたこと,③ベビールームに保育従事者が常駐していなかったこと,⑥保育従事者に対して10分おきにベビールーム内の乳幼児の様子を確認するよう指導していたことは認め,原告ら主張の注意義務を負うこと及び注意義務違反があったとの点は否認又は争う。

     ④について,Aが使用していたマットレスはベビー寝具専門業者が製造し,乳幼児製品の販売店が販売していたものであって,乳幼児用として不適切な寝具ではない。また,⑤について,保育ルームから格子状の仕切りを通じてベビールーム内を観察することは十分可能であった。

  (3) 争点3

    被告Y1及び被告Y3の債務不履行責任又は使用者責任等

   【原告らの主張】

   ア 債務不履行責任

     被告Y1及び被告Y3は,原告らに対し,Aに係る保育委託契約に基づき,Aの生命・身体の安全を確保すべき債務を負っていた。

     しかしながら,上記被告らは,上記(2)【原告らの主張】イと同様に従業員に対する指導教育を怠り,人的・物的態勢を整えなかったことにより,上記債務の履行を怠った。

     被告Y3は,本件事故以前にすべての営業権を被告Y1に譲渡した旨主張するが,被告Y1は,被告Y3のすべての営業権を譲り受け,被告Y3が使用していた設備やシステムを従前どおりに使用して被告Y3の営業を従前どおりに継続しているほか,被告Y1は,被告Y3と本店所在地が同一であり,本件施設について被告Y3が使用していた「□□」の名称を引き続き使用しており,被告Y3と外観上同一であること,被告Y1は,被告Y3の代表者取締役である被告Y4が実質的経営者として本件施設の運営及び管理を行っており,上記営業譲渡の前後を通じて被告Y5が本件施設の園長として本件施設の保育従事者らを指揮監督して安全管理を行っているなど,被告Y3と実質的経営者が同じであり,本件施設における管理運営方法,保育方法等の内実も同じであったといえるから,実質的に同一の法人格を有するものである。したがって,被告Y1の法人格は設立当初から形骸化しており,上記営業譲渡は債務を逃れるための濫用目的で行われたというべきである

     したがって,被告Y3は,法人格否認の法理により,被告Y1と同様の法的責任を負うべきである。

   イ 使用者責任等

     被告Y1は本件施設を設置・経営するものとして,被告Y3は本件施設を運営するものとして,被告Y2,被告Y4,被告Y5,被告Y6及び被告Y7を指揮・監督するものであるところ,上記(2)のとおり,被告Y2,被告Y4,被告Y5,被告Y6及び被告Y7には不法行為が成立するから,被告Y1及び被告Y3はAの死亡について使用者責任を負う。また,被告Y2,被告Y4及び被告Y5と同様の注意義務違反による不法行為責任を負う。

   【被告Y1及び被告Y3の主張】

   ア 債務不履行責任

     被告Y3は,本件当時,本件施設を含む営業権の全部を被告Y1に譲渡しており,本件施設の運営・管理をしていたものでない。その余の主張については,上記(2)【被告Y1,被告Y3,被告Y2,被告Y4,被告Y5,被告Y6及び被告Y7の主張】イと同じである。

   イ 使用者責任等

     原告らの主張は否認ないし争う。

  (4) 争点4

    被告大阪市が本件施設に対して規制権限を行使しなかったことの違法性

   【原告らの主張】

   ア 指導監督権限の存在

     被告大阪市は,地方自治法252条の19第1項所定の指定都市であり,児童福祉法59条ないし同59条の4に基づき,大阪市内に設置された認可外保育施設に対して指導監督すべき義務を負い,具体的には,認可外保育施設に対する立入調査義務,改善指導・改善勧告義務,公表義務を負っていた。また,被告大阪市は,同市内に設置された認可外保育施設に対して,業務停止命令及び施設閉鎖命令を発令する権限を有していた。

   イ 被告大阪市の指導監督義務違反

     本件では,生命という重大な法益が侵害されているところ,このように侵害法益が重要なものである場合には,法益侵害について相当程度の危険の蓋然性があれば,規制権限の行使が要請されるというべきである。本件施設では,平成19年度ないし平成21年度の立入調査において,いずれも月極契約乳幼児数に対する有資格者数が不足し,保育従事者数も不足していたほか,保育に係る指導者が不在であり,ベビールームが保育ルームや調理室から見通しの悪い場所にあることが指摘されていたことに加え,被告Y1ないし被告Y3と同系列の保育施設において乳幼児の窒息死亡事故が実際に発生していたことからすれば,入所児童に対する生命・身体の侵害について相当程度の危険の蓋然性が認められ,本件施設に立入調査を行っていた被告大阪市は当該危険性を認識又は予見していた。被告大阪市が,本件施設に対し,改善勧告や公表,事業停止命令及び施設閉鎖命令の発令などを行っていれば,Aが窒息により死亡することを回避することができたことは明らかであるし,保育施設の安全性については行政機関である被告大阪市による権限の行使が強く期待されるものである。

     それにもかかわらず,被告大阪市は,本件施設に対し改善指導を繰り返したにとどまり,前記規制権限を適切に行使せず,Aが窒息死する結果を回避することができなかったのであるから,被告大阪市が上記規制権限を行使しなかったことは著しく合理性を欠くものであり,国家賠償法上違法と評価されるべきである。

   【被告大阪市の主張】

   ア 原告ら主張に係る事実のうち,被告大阪市が認可外保育施設に対する立入調査権限,改善指導・改善勧告権限,公表権限を有すること,平成19年ないし平成21年に本件施設に対して立入調査を行ったことは認め,上記権限の行使が被告大阪市の義務であることは争う。

   イ(ア) 被告大阪市が,認可外保育施設に対して立入調査権限,勧告権限,公表権限,事業停止及び施設閉鎖権限を行使するかどうかは,被告大阪市(市長)に相当程度広範な裁量が認められている一方,被告大阪市が上記各権限を行使するとなると,認可外保育施設の設置者の営業の自由を制約することになるほか,認可外保育施設に対する市民の需要を阻害し,かえって,児童の福祉に支障を生じさせる可能性があることから,上記権限の行使については相応の慎重さが求められるというべきである。したがって,原則として,被告大阪市(市長)による規制権限の不行使は国家賠償法1条1項の適用上違法と評価されず,例外的に,児童福祉法の趣旨,目的や上記規制権限の性質等に照らし,具体的状況の下において,その権限の不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合に限り,違法と評価されるというべきである。

    (イ) 大阪市内の認可外保育施設の中には,保育従事者数自体が不足している施設が少なからず存在し,本件施設と同様に保育従事者中の有資格者数が不足している施設も相当数存在していたところ,このような施設において,原告ら主張の過誤及びこれに類似する過誤を原因とする乳幼児の死亡事故は発生しておらず,認可外保育施設における事故は指導監督基準を満たしながらも発生したものがあるとおり,本件施設における事象とは全く異なるものであるから,保育従事者中の有資格者数の不足はもとより,保育従事者数の不足自体が直ちに原告ら主張に係る窒息死等の事故を招来するということはできない。被告大阪市が上記規制権限を行使すべきか否かを判断するに当たっては,Aについて窒息死等の事故により死亡することに対する具体的な予見可能性がなければならないところ,本件施設において,Aが窒息死等の事故により死亡することに対する具体的な予見可能性はなかった。

      また,指導監督要領によれば,被告大阪市が改善勧告権限を行使することができるのは,保育施設に対して改善指導を繰り返し行ったにもかかわらず改善されず,改善の見通しがない場合に限られ,事業停止又は施設閉鎖の権限を行使することができるのは,改善勧告を行ったにもかかわらず改善が行われていない場合であり,かつ,改善の見通しがなく児童福祉に著しく有害であると認められるときに限られる。本件施設では,求人募集により有資格者を確保するに至り,施設長は立入調査内容を真摯に受け止めて問題点の改善に向けた努力をしており,平成21年の立入調査時には,本件施設の設置主体の変更により,施設長を除く保育従事者が総入替えとなって有資格者が1名となったものの,求人募集により有資格者を早急に採用する予定である旨施設長が述べており,なおも改善に向けた努力をしていたと評価することができる。上記のとおり,保育従事者数は確保できているものの,有資格者数のみ不足していることが,原告ら主張に係る過誤等によるAの死亡を招来する具体的危険性を帯びるものではないことにも照らすと,有資格者数の不足をもって,児童福祉に著しく有害な状態であるということはできず,被告大阪市が上記権限を行使することは困難であった。

      このような状況において,被告大阪市は,保育施設に対する立入調査と改善指導を継続し,ホームページ上に各認可外保育施設について文書による改善指導を行い,その指導内容を公表して利用者に対する情報提供を尽くしていたのであるから,その権限の不行使が,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる場合には該当しない。

  (5) 争点5

    原告らの損害及びその額

   【原告らの主張】

    原告ら及びAは,被告らの上記不法行為ないし債務不履行により,以下の損害を被った。原告らは,Aの損害については,各2分の1の割合により相続した。

   ア Aの死亡による逸失利益 2638万3259円

     Aは,死亡当時0歳であったことから,平成19年の賃金センサス男女学歴計を基礎収入とし,生活費控除率を40パーセント,ライプニッツ係数を7.9269(66年ライプニッツ係数19.2010-17年ライプニッツ係数11.2741)とすると,Aの死亡による逸失利益は,以下の計算のとおり2638万3259円となる。

     554万7200円×(1-0.4)×7.9269

    =2638万3259円

     Aの両親である原告らは,上記Aの死亡による逸失利益に係る損害賠償請求権を2分の1ずつ相続により取得した。

   イ Aの死亡慰謝料 2500万円

     Aは,最も安全であるはずの保育施設に入所してわずか1週間後に,児童13人が遊ぶ保育ルームの床に寝かされ,その後に保育従事者からの見通しが悪いベビールームに寝かされて長時間放置され,うつ伏せ寝の状態で鼻血を出して窒息死し,救命の機会を奪われたことなどを考慮すると,Aの死亡慰謝料は2500万円を下らない。

     Aの両親である原告らは,上記Aの死亡慰謝料に係る損害賠償請求権を2分の1ずつ相続により取得した。

   ウ 原告ら固有の慰謝料 600万円

     本件事故はAの出生後わずか4か月で発生したものであり,原告らの精神的苦痛は極めて大きく,最も安全であるはずの保育施設に入所してわずか1週間後の事故であることを考慮すると,原告ら固有の慰謝料は600万円を下らない。

   エ 葬儀関連費用 150万円

   オ 弁護士費用 588万円

     原告らの弁護士費用は,上記アないしエの合計額の約10パーセントが相当である。

   カ 合計 6476万3259円

   【被告Y1,被告Y3,被告Y2,被告Y4,被告Y5,被告Y6及び被告Y7の主張】

    原告らの主張は不知。

   【被告大阪市の主張】

    原告らの主張は争う。

第3 当裁判所の判断

 1 本件事実経過に関する認定事実

   前記前提となる事実,証拠(甲1,4,12の1・2,13の1・2,14,18の1・3~9,19,20,22,23,26,30,31,35,37,41~43,47~49,50,乙3~6,丙9,11,12,原告X2,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告Y7)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

  (1) 出生後平成21年11月17日までの状況

    Aは,平成21年○月○○日,大阪府済生会野江△△病院において出生し(身長52.5センチメートル,体重3558グラム,頭囲34.5センチメートル),出生時に異常はなく,1か月を経過した段階でも栄養状態は良好で(栄養法は人工),体重増加は1日当たり47グラムと順調であるなど,健康状態に問題はなかった。

          (甲4,14)

    原告X1は喫煙者であり,原告X2も,妊娠前などには喫煙をしていたもので,母子健康手帳には1日10本程度喫煙する旨記載していた。

          (甲14,原告X2)

    原告X2は,Aを母乳ではなくミルクで育てていた。

          (甲14,原告X2)

    一般的には,生後4か月になると,首が座るとされているところ,Aは,平成21年10月21日の時点で首が座っており,同年11月9日の時点では,うつ伏せの状態で上半身を胸のあたりから持ち上げていることが可能であった。

          (甲1,甲14,乙3,原告X2)

    Aは,体を下向きにして寝ている際,泣いていないときには指をしゃぶりながら顔を横に向けていることがあった。

          (原告X2)

  (2) 本件施設のベビールーム内のベビーベッドの状況

    本件事故当時,本件施設のベビールームには5台から6台のベビーベッドが設置されていた。

    Aが寝ていたベビーベッドは,底部に板状の床面があり,四方に高さ約95センチメートルの柵がある構造であった。ベビーベッドの床面には,ポリエステル生地を布製カバーで縫い付けたマットレスの表面に,防水用マットをかけ,その上に綿製カバーをかけたマットレスが設置されていた。

          (甲18の6・8・9,被告Y6)

    大阪府都島警察署は,マットレスが沈む程度を見分するため,Aが寝ていたマットレスを使用して実況見分を行った。同実況見分においては,乳幼児の頭部及び顔面の重さは通常体重の約30パーセントであると考えられていることから,解剖時のAの体重7.5キログラムの30パーセントである2.25キログラムに近い重さのバーベル用プレート2個(合計重量約2.4キログラム)を使用した。上記マットレスに,直径約15.5センチメートルのプレートを下部に置き,その上にもう1つ他のプレートを置いて沈み具合を計測したところ,プレートを置く前と比較して,マットレスは2.5センチメートル沈んだ。

          (甲18の7)

  (3) 本件施設における保育の状況

   ア 大阪市は,平成20年9月4日,本件施設に立入調査を行った。大阪市の担当者は,一番の気掛かりなこととして,子供たちが人恋しい様子であり,遊具で遊ぶ様子もなく,0歳児が泣いているにもかかわらず職員がベッドの柵越しにミルクをあげるような状況であり,保育に関する職員への指導が十分にされておらず,職員が子供に十分に関われない様子があったことを立入調査報告書の備考欄に記載した。

     また,大阪市は,平成21年9月9日,本件施設に立入調査を行った。大阪市の担当者は,昨年と同様に子供の様子が気掛かりであり,子供の表情が乏しく,職員2名で9名の子供に関わるが,1名は調理を担当するので子供の関わりが少なく,生後3か月の乳児が泣いたままベッドに寝かされている様子があったことを立入調査報告書の備考欄に記載した。

     大阪市は,立入調査の結果について,改善報告提出の有無のほか,保育従事者の数・資格に関する不足の有無等を公表しているが,備考欄に記載した内容について公表する扱いにはなっていない。

          (甲35,丙9)

   イ 大阪市は,本件事故後,本件施設に数回立入調査を行った。

     大阪市は,平成22年1月14日午後3時30分頃,本件施設に立入調査を行ったが,0歳児2名を含む17名の乳幼児を預かっており,被告Y4を含めた3名が保育従事者とされていたが,被告Y4は外出しており実際には保育に従事していない時間があった。

     大阪市は,同年2月4日午前11時すぎ頃,本件施設に立入調査を行ったが,0歳児2名を含む13名の乳幼児を預かっており,保育従事者2名と調理担当者1名がいた。この際の午睡時のチェックは10分おきであったが,外から見る程度の簡単な内容であった。

          (甲35)

  (4) 本件施設における乳幼児の就寝時の確認方法

   ア 本件施設では,保育ルームとベビールームの仕切りの東端付近で保育ルーム側に,乳児室確認表及びタイマーを設置し,10分おきにタイマーが鳴るように設定することにより,保育従事者が10分おきにはベビールーム内の乳幼児の様子を確認するようにしていた。

     本件施設の保育従事者は,ベビールーム内の乳幼児の様子を確認した際に,確認を行ったことを記録するため,自らの名前を乳児室確認表に記載していた。この乳児室確認表は,被告Y5が,大阪市の立入調査の際に,誰がベビールームで乳幼児の様子を確認したのか記録に残すよう指導されたことから,その書式を作成したものであるが,確認の対象である乳児個人ごとの様子が記載されるものではなかった。

          (甲18の5・写真32号,丙11,被告Y6,被告Y7,被告Y5)

   イ 被告Y7は,10分おきにベビールーム内の乳幼児の様子を確認する際,ベビーベッドの外から,乳幼児の体を触ったり,指をかざすなどの方法により呼吸の有無を確認することもあった。

     被告Y7は,乳幼児がうつ伏せの状態であったときは,仰向けに姿勢を直していたが,乳幼児が顔を横に向けていて呼吸が可能な状態であれば,寝ている乳幼児を起こしてまで姿勢を直すことはしなかった。

          (被告Y7)

   ウ 被告Y6は,10分おきにベビールーム内の乳幼児の様子を確認していた。その際は,乳幼児の鼻の下に手をかざしたり,体を触るなどの方法により呼吸の有無を確認していたが,呼吸をしていることが分かる乳幼児についてはこのような方法をとらないこともあった。

     被告Y6は,乳幼児がうつ伏せの状態であったときは,仰向けに姿勢を直していたが,うつ伏せの方が寝やすい乳幼児について呼吸の妨げとなる様子がないときは姿勢を直すことはしなかった。

          (被告Y6)

   エ 被告Y7は,本件施設で勤務中,仰向けに寝ている乳児をうつ伏せに戻すように指導を受けたことはなかったが,他の職員が仰向けにしていることや自分でインターネットで調べるなどしてなるべく仰向けに体位を変えるようにしていた。

     被告Y6は,うつ伏せ寝になったときは仰向けにするよう指示を受けていた。

          (被告Y6,被告Y7)

   オ 保育ルームとベビールームは,床からの高さが112センチメートルの白色アクリル板,白色アクリル板上に位置する高さ60センチメートルの透明アクリル板,及び透明アクリル板と同位置にある木製柵によって仕切られていた。保育ルームからベビールームを見ると,上記透明アクリル板及び木製柵越しに見通せることから,保育ルームの中で立ち上がった状態でベビールーム側に近寄れば,ベビールーム内のベビーベッドの中の様子を確認することは可能であった。

          (前提事実(4),甲18の5,被告Y6)

  (5) 本件施設における引継方法

    本件施設では,保育従事者の引継ぎの際,申送りノートという記録を通じて,引継ぎ前の乳幼児の体調や経過,保育業務を引き継ぐ者に対する指示事項等を伝えていた。

    被告Y7は,申送りノートに,Aが寝返りを打つことが多い旨の記載があることを読んだことがあった。

          (甲13の1・2,被告Y7)

  (6) 本件事故当日の経緯

   ア 原告X2は,平成21年11月17日午前8時30分頃,B及びAを本件施設に預けた。同日,Aは元気で,検温もしたが健康状態に問題はなかった。原告らは,同月10日から,B及びAを本件施設に入所させたばかりであった。

          (甲4,前提事実(2),(5))

   イ 同月17日は,被告Y4が勤務する予定であったが,被告Y4が入院し,代替要員の手配ができなかったため,被告Y6及び被告Y7の二名で勤務することになった。同日は,0歳児4名,1歳児5名,2歳児1名,3歳児2名,5歳児4名,学童1名の合計17名を預かっていた。

          (甲35,被告Y7,被告Y4)

     被告Y7は,同日午前10時から10時30分頃,ミルクを200cc作ってAに飲ませたところ,Aはミルクを150cc飲み,50ccを残した。被告Y7は,Aがミルクを残したが,体調に異常があるとは認めなかった。被告Y7は,その後にAのオムツを交換した。

     被告Y7は,同日午前11時頃,調理室で食事の準備をするため,Aを被告Y6に引き継ぎ,調理室内で調理を開始し,被告Y6は,一人で保育ルームの中において,10人程度の子供の世話やベビールーム内の乳幼児の確認を行っていた。被告Y6は,子供が登園して来てチャイムが鳴ると,保育ルームを出て受付事務を行うために玄関側へ出て行くことから,被告Y7が調理の手を止めて保育ルームの中の様子を見ることもあった。

          (乙6,被告Y6,被告Y7)

   ウ 被告Y7は,午前11時30分頃から,低年齢児に調理室内で食事を取らせ始めた。被告Y6は,保育ルーム内の他の子供の保育をしたり,帳面(連絡簿)を記載するなどしていた。被告Y6は,低年齢児が調理室内で食事を始めた後,年上の子供たちに歌等を教えていたが,Aが泣いていたため自分の側の保育ルームの床に寝かせていた。

          (甲13の1・2,被告Y6,被告Y7)

   エ 被告Y7は,同日午前11時50分頃,Aの泣き方が異常で非常に興奮したように激しく泣いていると感じて,Aを抱き上げて保育ルームからベビールームに移動し,Aの頭部を北側にしてベビールーム内のベッドに仰向けに寝かせた。Aは,被告Y7が抱き上げると泣き止んだ。被告Y6は,Aの泣き方が普段と異なる様子であるとは感じなかった。Aが寝かされたベビーベッドには,前記(2)のマットレスが敷いてあり,マットレス上には枕やタオルケット,毛布など何も置かれておらず,A以外の乳幼児は寝かされていなかった。

     被告Y7は,Aがベビーベッドで再び泣き始めたが,そのまま,調理ルームに移動した。Aは,ベビールーム内に移った当初泣き続けていたが,その後に泣き止んで眠った。

          (甲12の1・2,乙5,被告Y6,被告Y7)

     被告Y6は,ベビールーム内にいたAや他の乳児の様子を確認していた。その後,被告Y6及び被告Y7は,午後零時30分頃から,子供たちを午睡させる準備を始めた。

          (甲12の1・2,甲13の1・2,被告Y6)

   オ 被告Y6は,同日午後零時40分頃,Aの様子を確認したところ,Aは,体を下に向けて,顔は右頬を下にして左向きで寝ていた。被告Y6は,Aが顔を横にして呼吸に支障のない状態であったため,仰向けの姿勢に直さなかった。

          (被告Y6)

   カ 被告Y7は,同日午後零時50分頃,ベビーベッドと部屋の仕切りの間の空間を通りながら,Aの体を触ってAの様子を確認したところ,Aは,体を下に向け,顔は右側面を下にして左向きの体勢であり,被告Y7は,異常な様子があるとは思わなかった。Aの手は,口の付近にあった。被告Y7は,Aが顔を横に向けていたため仰向けの姿勢に直すことはしなかった。

          (甲13の1・2,被告Y7)

   キ 子供たちが午睡する午後1時頃から先に被告Y6が休憩をとる予定であったところ,被告Y6は,同日午後零時55分頃,休憩をとるに際して,ベビールーム内にいる乳幼児の様子を確認しようとして,ベビールーム内に行った。Aは,午後零時40分頃に被告Y6が様子を確認したときと同じ姿勢で,顔を左向きにして,鼻の穴や口の半分が見える体勢であったが,鼻から血液様のものが出ている状態であったため,すぐに抱き上げると,顔色が白く呼吸をしていなかったことから,被告Y6は,Aを抱きかかえて保育ルームにいる被告Y7のもとに連れていき,Aの体を揺すったり,手に水を付けてAの顔に当て,人工呼吸を行うなどしたが,反応はなかった。

          (甲13の1・2,被告Y6,被告Y7)

     被告Y7は,Aの血液様のものを取り除いたが,その際,Aの体温は通常よりも少し下がっていると感じた。被告Y7は,被告Y5に電話したところ,被告Y5から救急車を呼ぶよう指示を受け,救急車を要請した。大阪市消防局では,同日午後1時3分頃,119番通報を受け,午後1時6分頃に現場に到着し,午後1時14分頃に搬送を開始した。

          (甲18の1,甲37,被告Y6,被告Y7)

   ク 大阪市城東消防署中浜出張所の救急隊は,本件施設で同日午後零時30分頃から昼寝中のAを職員が確認に行ったところ,鼻出血し,意識がなかったとして救急車の要請を受けた。現場到着時におけるAの状態は,心肺停止状態であり,顔色は蒼白,意識はない(JCSⅢ-300【刺激に対する応答もない。】,GCSも開眼,発語,運動のいずれもない)状態であった。Aは,上記救急隊により,バッグマスクによる心肺蘇生等が実施されたが,午後2時13分,大阪市立総合○○医療センター内で死亡が確認された。

          (甲37)

   ケ Aが同日午後零時55分頃に発見された際,Aが寝ていたベビーベッドのマットの綿製カバーの表面に,縦が約5センチメートル,横に約5.5センチメートルの血痕様のものが付着しており,血痕様のものは同カバーの裏面にも染みた状態であった。また,マットレスに敷かれていた防水シートの表面には,縦に約3.5センチメートル,横に約4.5センチメートルの半円状の血痕様のものが付着しており,同シートの裏面にも,直径約4センチメートル,短径約2センチメートルの楕円状の血痕様のものが付着していた。さらに,マットレスの表面には,上記防水シートと同位置に,長径約4センチメートル,短径約2センチメートルの楕円状の血痕様のものが付着していた。

          (甲18の6・9)

  (7) 検視の結果

    大阪府都島警察署司法警察員警部補Dは,平成21年11月17日,大阪市城東消防署中浜出張所の救急隊隊長Eから,0歳児男,鼻出血,顔面蒼白及び詳細不明との119番通報があり,本件施設において心肺停止状態の0歳児を病院に搬送したが,午後2時13分に死亡が確認されたとの通報を受けて,○○大阪市総合医療センター救急外来室及び大阪府都島警察署霊安室において,Aの死体を検視した。Dは,検視調書において,Aが,同日午後零時55分頃,本件施設において,うつ伏せ状態で鼻から血液混じりのピンク色の鼻水が出ている状態であり,顔色が青白く呼吸をしていない状態で発見された旨記載したが,検視の際,Aの鼻出血は認められなかった。

          (甲18の1)

 2 死体解剖の実施

   大阪大学□□大学院医学系研究科法医学教室のF教授(以下「F医師」という。)は,平成21年11月18日,大阪地方裁判所裁判官の発付した鑑定処分許可状に基づき,大阪大学□□医学部法医学教室法医解剖室において,Aの死体解剖を実施した。F医師は,①Aの損傷の部位,性状及び程度,②損傷発起の原因,③死因,④疾病の有無及び死因との関係,⑤死後経過時間及び死亡推定時刻,⑥血液型並びに⑦その他参考となる事項について鑑定を行った(以下「F鑑定」という。)。

  (1) 解剖検査所見

    身長68センチメートル,体重7.5キログラム,体格中等,栄養状態良好,直腸内温度31度。外表につき,死斑は背面に中等度認め,手指にチアノーゼが強度に認められる。頭部の耳殻及耳孔はうっ血状,顔面は蒼白だが頬部は稍うっ血,眼瞼結膜は左軽度うっ血,右蒼白で,溢血点なし,鼻腔は異物なく,粘膜蒼白,口腔も異物なく,粘膜軽度うっ血状,項頸部の下顎圧迫部は蒼白であるが,軽度うっ血状,腹部,背部異常なし,胸部及び四肢に治療痕を認める。内景につき,腸間膜は軽度うっ血状,リンパ節発達する,横隔膜の上面に溢血点が散見,胸腺の重量は42.6グラムで溢血点が前面に散見され,同後面に多数認める,胸腔内の左右に少量の血色素浸潤液を認める,心嚢の表面左側に溢血点及び溢血斑約10か所,内腔に少量の透明液汁,心臓の大きさは本屍手拳大で,血量は中等,左室裏面に3か所の溢血点を認める,心臓内部に暗赤色流動性血液多量を認める,心内膜及び弁膜に異常なし,心筋の血量は普通にて著変なし,肺表面に多数の溢血点及び溢血斑を認める,肺の割面は血量が左右とも多く,浮腫は中等,異常内容物は認めず,気管支に褐色粘液を中等量認める,脾臓の表面及び割面の血量多い,肝臓の表面の血量多い,腎臓の表面及び割面の血量多い,腎盂の粘膜は軽度のうっ血状で溢血点認めず,胃の粘膜その他に軽度うっ血状,頚部の皮下,舌根部及び扁桃異常なし,咽頭粘膜はうっ血状,喉頭粘膜はうっ血状で透明液汁が少量,気管声帯下部に溢血点2か所,喉頭蓋軟骨の内面はうっ血状にして骨折なし,その他の軟骨及び舌骨骨折なし,甲状腺著変なし,頭皮下の後頭部はややうっ血状,頭蓋骨及び頭蓋底骨折なし,硬膜上下腔に出血認めず,小脳はうっ血状,脳幹部はうっ血状,脊髄に異常ある兆しを認めない。

    病理組織検査の結果は,心臓はうっ血状,肺はうっ血,浮腫状,マクロファージ浸潤,出血多い,肝臓は所々にリンパ球の浸潤を認める,腎臓及び脾臓はうっ血状,膵臓はランゲルハンス島多い,胸腺は一部出血する,副腎は異常ない,脳はうっ血状で,一部漏出性出血を認める。追加病理組織検査の結果は,肝臓及び脾臓の脂肪染色で陽性に染まる細胞はほとんど認められず,髄外造血像についてもほぼ正常であった。

          (甲18の3・4)

  (2) 死因についての鑑定意見

    Aには,死因となる損傷は認められない。脳,心,肺等の主要臓器には肺炎等を含めた死因となる疾病は認められない。Aには,手指のチアノーゼ,心臓内血液の流動性,心,肺,胸腺等にかなりの溢血点がみられ,また,脳,心,肺,肝,腎等はいずれも強いうっ血が認められた。これら臓器のうっ血,心臓血の流動性,溢血点は窒息死の所見の三主徴と呼ばれている。本件事故は,平成21年11月17日午前11時50分頃,Aが本件施設の床上でうつ伏せの状態でもがいているところを発見し,その時点で,Aがかすれたようなハスキーな声で泣いており,顔面に脂汗のようなものをかいていたが,仰向けに寝かせたところ,約1時間後にうつ伏せで死亡していたものであり,通常の乳幼児が睡眠時に突然死するものとは異なり,一度死亡しかかった(あるいは苦しんでいた)乳児がその約1時間後に突然死したもので,死因決定は甚だ困難である。

    一般にそれまで元気であった乳幼児がベッド上でうつ伏せ状態で死亡した場合,急性窒息死の所見としての,①心臓血の流動性,②眼瞼結膜や諸臓器の溢血点,③強い死斑,④諸臓器のうっ血等が認められる。また,これらの所見以外に気道内にミルク等が認められることがあり,かつては,このような乳幼児の急死はミルクの誤嚥あるいは鼻口腔閉塞による窒息死と考えられていたが,現在は,寝具で頭部が沈み込む様なものでない限り,乳幼児といえども,鼻口腔閉塞による窒息死は起こさず,これらの所見は,急性の病死突然死であって,窒息死の所見ではなく,死因は原因不明の突然死(乳幼児急死症候群)であるとの考え方が多数意見を占めている。Aについては,上記①ないし④の所見が認められ,最初の床上でのうつ伏せ状態での事象がなければ,本件死因はSIDSと考えられる。Aは,一度死亡あるいは重篤な状態であったものを再び仰向けに寝かせた後,うつ伏せで死亡したもので,このような事例はほとんど無いと考えられる。一方,それまでの健康状態及び既往歴からその発症が予測できず,しかも乳児が死亡するのではないかと観察者に思わしめるような無呼吸,チアノーゼ,顔面蒼白,筋緊張低下,呼吸窮迫等のエピソードで,その回復に強い刺激や蘇生を要したもののうち,原因が不明なものが乳幼児突発性危急事態(ALTE)と呼ばれている。本件では,最初に床上でAが発見された時点で,立会警察官の話によると,顔面(鼻,口)を密着し,かすれたようなハスキーな声で泣いており,顔面に脂汗のような汗をかいていたが,顔色は悪くなく,泣き声も落ち着いた様子であったとのことであり,これがALTEであったか否かは別として,何らかの異常な事態があったと考えられる。ALTEの詳細な病態は分かっていない。このように複雑な事案で,解剖所見でも窒息死か病死(SIDS)かを特定することができないのであるから,Aの死因は不明であるといわざるを得ないが,最初の床上でのうつ伏せ状態での事象があり,その後再び同様のうつ伏せ状態で死亡しているということは,一度目の事象が最終的な死に結び付いていると考えられる。

          (甲18の3)

 3 医学的知見について

  (1) 窒息の意義

    窒息とは,呼吸(生体に不可欠である酸素の摂取と二酸化炭素の排出)が障害されて酸素欠乏状態となり,何らかの機能障害が発生した状態を意味するものであり,その結果として死亡した場合が窒息死である。法医学領域では,窒息とは,外窒息を意味する。外窒息とは,肺呼吸が機械的(化学的・生物学的ではなく,物理的であるということ)に障害されて酸素欠乏状態となり,何らかの機能障害が発生した状態をいう。

          (甲20,26,30,31)

    窒息死は,一般的に,外表所見として,顔面がうっ血して暗赤紫色調を呈し,浮腫状であることが多いこと,眼瞼結膜下に溢血点が認められること(ただし,鼻口閉塞などの場合には発現が弱かったり発現しない場合も多い),暗赤紫色の死斑が広範囲に強く早く発現することが多く,移動もしやすいと指摘され,内景所見として,漿膜下及び粘膜下の溢血点,暗赤色流動性血液及び諸臓器のうっ血が窒息の三大徴候とされていたが,現在は,溢血点,諸臓器のうっ血,心臓血の流動性は,急性死(急性窒息死を含む。)の三主徴と捉えるべきとされている。

          (甲18の3,甲19,31,丙12)

  (2) SIDSの意義及び診断

   ア SIDSとは,国際的に,1歳未満の乳幼児の突然死のうち,その死亡が生前の病歴や健康状態から予知できず,死亡時の状況や精密な解剖検査によっても死亡の原価が説明できないものをいう。SIDSの原因に関しては,呼吸器感染,体質,脳機能障害等様々な説があるが,未だ解明されていない。なお,生後7日(あるいは4日)以内の突然死は,SIDSから除外されている。

          (甲22,39,41,42,丙12)

   イ 「乳幼児突然死症候群(SIDS)診断の法医病理学的原則に関する提言」(甲22)においては,SIDSと診断するための法医病理学的原則として,①必ず精度の高い解剖が実施されていること,②死亡児に関する十分な情報(妊娠及び分娩,病歴,生前の健康状態,死亡時の状況及び生育環境など)が収集されていること,並びに,③外因死の可能性が完全に否定されていることを前提に,これらを総合的に検討し,外因死の可能性が完全に否定されない場合には,死体検案書の作成に際し,死因をSIDSないしSIDSの疑いとせずに不詳とし,死因の種類を病死ではなく不詳の死とすること,病歴や生前の健康状態,死亡時の状況などから死因を全く推定できないが,やむを得ず剖検せずに死体検案書を作成する場合にも,上記と同様とし,死因をSIDSないしSIDSの疑いとすることを避けることなどが提言されている。上記提言においては,窒息死の場合には,必ず窒息をもたらした原因があり,SIDSには窒息死の原因が決してあってはならない,急性窒息死もSIDSもいわゆる急性死の所見を備えているので,明らかな窒息の痕跡がない限り,剖検所見のみから両者を鑑別することは困難である,うつ伏せ寝の場合,facedown(顔面を寝具に埋めて鼻口部が閉塞されている状態)のほか,rebreathing(呼気再吸入)など乳幼児急死の病態を単独で,又は複合的に示唆する因子が内在していることなどから,死亡児がうつ伏せ状態で死亡していた場合に安易にSIDSと診断することを避けるべきであるとされている。

          (甲22)

   ウ 日本SIDS学会診断基準検討委員会は,平成18年乳幼児突然死症候群(SIDS)診断の手引き改訂第2版(丙12)を公表した。この手引きでは,SIDSとは,原則として1歳未満の児の予期しない突然死であって,頭部を含む全身の剖検による詳細な検討によっても突然死を説明できる所見を特定し得なかった例をいうとされ,剖検を行わなかった場合には,SIDS又はSIDSの疑いと診断してはならない旨指摘されている。

     同手引きは,乳幼児突然死の分類として,①上記SIDSのうち,成長発達が正常かつ同胞や同じ環境で養育されている乳幼児に同様の死亡例がない症例を典型的SIDS(Ⅰa型),同胞や同じ環境で養育されている児に同様の死亡例はあるが,乳幼児殺や遺伝的疾患が証明されない,早産など周産期に何らかの異常があったものの死亡したときにはその問題が完全に解決されている,剖検所見としては無視はできないものの死因とは断定できない病変が認められるような症例を非典型的SIDS(Ⅰb型),②客観的な所見(症状・所見,臨床経過,剖検など)から直接死に至るような特定の疾患が認められ,それにより突然死が証明できる症例を既知の疾患による病死(Ⅱ型),③客観的な所見(症状,臨床経過,死体検案,剖検など)や明確な病歴・死亡状況調査の結果に基づいて突然死が事故や他殺などによる外因によって説明できる症例を外因死(Ⅲ型),④臨床経過と剖検所見のいずれからも確定診断に至らず,病死(SIDSを含む)と外因使途の鑑別ができないもののうち,剖検が実施されているものをⅣa型,剖検が実施されていないものをⅣb型と分類する指針が示されている。

     同手引きでは,SIDSは生後2ないし3か月に発症が最も多く,生後1か月未満及び6か月以降はその発症が少ないとされ,SIDS発症のリスク因子として,従来,妊婦及び養育者の喫煙,非母乳保育,うつ伏せ寝などが挙げられていることが指摘されている。

     SIDSの一般的な所見としては,口腔及び鼻腔では少量の血流,粘液,泡沫液が見られることがあり,口唇や指先のチアノーゼもよく見られること,胸腺で溢血点がしばしば見られること,肺の割面で浮腫又はうっ血が見られることが多いこと,顔面の皮膚,眼瞼結膜,上胸部の皮膚及び腹腔内臓器に溢血点が見られることは少ないこと等が説明されている。また,SIDSと外因死との鑑別に関しては,多くの乳幼児突然死は就寝中に発生し,その場合,寝具その他の周囲の物体又は人体が関与して鼻口部が閉塞されたり,胸腹部を圧迫されることにより窒息死することが起こり得る。この場合,死体に見られるのはほとんど非特異的な所見であり,剖検所見のみにより鑑別することは困難又は不可能であるため,死体所見に加えて病歴・死亡状況調査の結果を併せて検討すべきであり,両者のいずれにおいても特に不審な事項が認められない場合にSIDSと判断することになると説明されている。

          (丙12)

   エ 高津光洋,酒井健太郎,重田聡男及び阿部俊太郎が執筆した「法医剖検例からみた睡眠中の乳児窒息死の概要と危険因子」(甲23。以下「高津論文」という。)においては,1982年から2006年の25年間に法医解剖された乳児(生後7日以上1歳未満)184例を対象として,睡眠中の機械的窒息が死因であると判断された47例を窒息死群,その他の原因が死因であると判断された137例を対照群として,睡眠中の機械的窒息に関連すると考えられる因子を調査・分析したところ,「月齢」,「発見時の体位」,「添い寝」,「使用寝具」,「鼻口閉塞」,「facedown」,「体位の変換」の各因子について窒息死群と対照群との間で有意差が認められ,その他の因子については窒息死群と対照群との間で統計学的な有意差は認められなかったこと,有意差が認められた上記各因子について窒息死群における組合せを検討したところ,窒息死群の全てについて,上記各因子の3つ又はそれ以上が組み合わさった状態で乳児が死亡していることが判明した旨の結果が記載されている。

     高津論文では,上記調査・分析の結果を踏まえた考察として,乳児の窒息パターンとしては鼻口閉塞,wedging(顔面挟み込み),overlying(覆い被さり),entrapment(嵌り込み)及び絞頸などが報告されているところ,本論文の研究においては鼻口閉塞が最も多く,覆い被さり,顔面挟み込みの順に窒息の原因が認められた一方,嵌り込み及び絞頸は認められなかったこと,睡眠中の乳児の窒息死の危険因子として,月齢6か月以下,小児用以外の寝具,鼻口閉塞,facedown及び添い寝が大きく取り上げられ,窒息死群のいずれについても上記危険因子が3つ以上関連していたこと,少なくとも生後6か月以下の乳児の睡眠環境から上記各危険因子の複合を排除することが窒息死の予防に繋がると思われることが記載されている。

          (甲23)

 4 C医師による鑑定書及び意見書

   Aの解剖所見は概ね妥当であるところ,これによれば,Aには臓器のうっ血,心臓血の流動性及び溢血点など,急性死の所見が認められるだけであり,その他に死因になり得る器質的疾患,先天性奇形及び損傷は認められなかった。睡眠中の乳幼児については,「月齢」(月齢が6か月以下),「発見時の体位」(うつ伏せ),「添い寝」(添い寝あり),「使用寝具」(小児用以外の寝具(大人用布団又はベッド)の使用),「鼻口閉塞」(鼻口閉塞あり),「facedown」(facedownあり),「体位の変換」(仰向けからうつ伏せへの変換)のそれぞれが窒息死の危険因子であり,窒息が死因であると判断された全ての例において,上記危険因子の3つ以上が組み合わさっていることが判明している。本件においては,Aは死亡当時月齢4か月であったこと,Aについて使用されていたマットレスは,Aがうつ伏せ状態であった場合に2.5センチメートル沈み込むものであり,小児用の寝具として不適切であったこと,Aが仰向けからうつ伏せに体位を変換していたことが窒息死の危険因子として存在していた。また,Aは,発見時うつ伏せ状態であり,うつぶせ寝のほとんどの事例がfacedownや鼻口閉塞に含まれることから,本件でもこれらが強く疑われる。Aがfacedownの状態になっていたとすれば,危険因子である鼻口閉塞も含まれることになり,死因は鼻口閉塞による急性窒息である。仮にfacedownの状態になかったとしても,沈み込んだマットレスによる鼻口部の閉塞やマットレスと鼻口部の間が狭くなる状態になることにより低酸素状態になるから,月齢,使用寝具という危険因子に,低酸素状態(窒息状態)が生じる危険性が加わることになり,死因は急性窒息であると考えられる。

          (甲19,21)

 5 G医師による意見書

   元山形▽▽大学医学部法医学講座のG医師(以下「G医師」という。)は,Aの死因について,Aは生後4か月の標準的な発育の乳児であり,剖検所見によれば,窒息の三主徴がみられるのみで,他に死因となるような疾病や損傷は認められないこと,Aが,鼻から血液混じりのピンク色の鼻水が出ている状態で,顔色が青白く,呼吸をしていない状態で発見された(検視調書)とすれば,Aの鼻口部閉塞による急性窒息は否定されることから,Aの死因はSIDSと考えるのが妥当である旨の意見を述べた。

          (乙3,4)

 6 保育に関する指導一般について

  (1) 保育士になるための教育において,SIDSのリスク因子として,うつ伏せ寝が挙げられることから,うつ伏せ寝で放置することは避けるようにするとされ,うつ伏せ寝にするときは子供の側を離れないようにし,離れるときは仰向けにするとされている。SIDSは,生後2ないし6か月の乳幼児に多く発症し,そのリスク因子として,両親の喫煙,人工栄養,うつ伏せ寝の3点が指摘されている。

          (甲47~49)

  (2) 神戸市は,平成25年度に保育所で児童が睡眠中に救急搬送された事故を受け,児童の睡眠中に配慮すべき事項を各保育園施設長に通知したが,その内容は,記載欄のある睡眠チェック表を利用して子供の様子を把握し,うつ伏せ寝を避けるようにすること,うつ伏せ寝をするときは子供の側を離れないようにし,入所初期や体調不良時は十分な観察にするように配慮することを求めるものである。睡眠チェック表は,児童ごとに記載欄があり,原則として10分ごとに記載するものであるが,入所初期(入所後1か月間)等は5分ごとに記載することを求めている。

          (甲43,50)

 7 事実認定に関する補足説明

  (1) 原告らは,乳幼児はうつ伏せの状態で息が苦しくなると,顔を真下に向けたまま手足を動かし,顔を上げることも横に向けることもできないのであって,生後4か月のAが,本件事故当時,うつ伏せの状態で顔を横に向けていたとは考え難い旨主張する。

    しかしながら,被告Y7は平成21年11月30日に,被告Y6は同年12月1日に,それぞれ原告X2らに対し,Aが腹ばいになり右頬を下にして顔を横にした状態であった旨説明しており(甲12の1・11~13頁,甲13の1・7頁),被告Y7及び被告Y6のこの点に関する説明内容は,各被告本人尋問に至るまで一貫している。また,前記認定事実によれば,一般的に生後4か月の乳幼児は首が座るものであるところ,Aは,平成21年10月21日の時点で首が座っており,同年11月9日の時点では,腹ばいになって上体を起こし,胸のあたりから頭を上げた姿勢を取ることができていたこと,Aは,本件事故以前に,うつ伏せの状態のまま,指をしゃぶりながら顔を横に向けていることがあったことからすると,Aにおいて,仰向けからうつ伏せに寝返りをした後,うつ伏せの状態で顔を横に向けて寝ることが考え難いとはいえず,原告らの上記主張は採用することができない。

  (2) 原告らは,検視調書における鼻から血液混じりのピンク色鼻水が出ている状態で発見されたとの記載は検視者が見聞した内容ではない上,検視の結果,鼻出血は確認されていないことからすると,鼻からの出血か否かも不明であり,救急活動記録の鼻出血の状態で発見されたとの記載を前提とすることはできない,Aの鼻から鼻血様のものが出ているのを発見した旨の被告Y6の供述は信用することができない旨主張する。

    Aが寝ていたマットレスには血痕様のものが付着していたところ,それは,死戦期において肺水腫になったことから出てきたもので,毛細血管が破れたりして血液が混じったものであると考えられること(証人C・16,17頁),解剖所見によれば,鼻腔に異物はなく,蒼白,気管支に褐色粘液中等量であったこと,Aについては,本件事故発見後,救急搬送されて検視に至るまでの間,被告Y6が人工呼吸をしたり,救急隊が心肺蘇生を試みたりなど様々の処置がされていること,Aが使用していたマットレスには血痕様のものが染み込んでいたことからすると,検視において鼻出血が確認されなかったことをもって,本件事故発見時,Aの鼻から血液様のものが出ていなかったとはいえない。

    検視調書における鼻から血液混じりのピンク色鼻水が出ている状態で発見されたとの記載内容は,書類の性質上,救急隊から聴取した内容等を踏まえて記載したものと考えられる。Aの鼻から血液様のものが出ていることから異常に気付いたという経緯については,救急活動記録(甲37)に記載があるところ,救急隊に連絡を入れた被告Y7は,平成21年11月30日に原告X2に対し,被告Y6から異変を告げられてAを見た際,Aの鼻から鼻水のような,鼻血のようなものが出た状況だった旨述べており(甲13の1・18頁),救急活動記録(甲37)の記載内容と整合的である。Aの異常を発見して救急隊の要請をした際に,被告Y7が咄嗟に事実と異なる内容の通報をすることは考えにくく,他に特に疑念を抱かせる事情は証拠上見当たらない。Aの鼻から鼻血様のものが出ていることから異常に気付いたという経緯についての被告Y6の供述は本件事故直後から一貫しており,これに反する証拠はない。検視調書の上記内容は,これらの事情と付合するものであり,その内容に疑念を差し挟むべき事情は見当たらない。

    また,前記認定事実のとおり,綿製カバー表面の血痕様のものは,縦に約5センチメートル,横に約5.5センチメートル程度の広がりで付着していたものと認められる。Aの顔面の幅は10センチメートルほどはあったと考えられるところ(証人G・7頁。なお,Aの頭囲は,1か月検診時に37.3センチメートルと標準よりやや大きい程度であったところ,月齢が4か月の場合平均頭囲が42センチメートル前後あるから(甲14・17,42頁),上記程度の幅はあったものと認められる。),完全なfacedownないしそれに近い状態であれば,Y6がベビーベッドのやや後方から,Aの鼻から血液様のものが出ていることに気付くということは考え難いことに照らし,Aの顔が横向きになっていたため鼻から血液様のものが出ていることに気付いたと考えるのが合理的かつ自然である。なお,C医師は,その証人尋問において,血液様のものがマットレスの下まで染み込んでいることからすると,Aはfacedownの状態であったものと考えやすい旨述べるが,血液様のものが鼻孔から直接マットレスに染み込んだのか,顔を伝って染み込んだのかはマットレスの状況から明らかとはいえない上,G医師は,上記血液様のものの状態からAの顔が真下であったかどうかは何ともいえない旨述べていること(証人G・42頁)に鑑みると,マットレスに付着した血液様のものの状態をもって,本件事故発見当時,Aがfacedownの状態であったと認めることはできず,上記認定判断を左右するものではない。

    原告らは,被告Y6は,本件事故発見時にAの鼻の半分ぐらい,上の辺りだけ見えたと供述していることを指摘するが,被告Y6は,Aの鼻から血液様のものが出ていたことに気付いた旨一貫して述べていることは上記説示のとおりであり,本人尋問においても鼻の穴は横から見えた旨述べていることから,上記供述部分をもって,鼻口部が見えていなかったと推認することは困難といわざるを得ない。

    以上によれば,顔を横に向けたAの鼻から血液様のものが出ていたためAの異変に気付いた旨の被告Y6の供述は信用することができ,したがって,本件事故当時,Aの鼻から血液様のものが出ていることが確認できる程度には鼻口は見えていたものと認められ,他に,上記認定を覆すに足りる証拠はない。

  (3) 原告らは,午後零時55分に顔面蒼白になり,少し体温が下がった状態で発見されたAが,午後零時50分の時点で異常がなかったとは到底考えられず,この点に関する被告Y7の供述は不合理であると主張する。

    しかしながら,被告Y7は,平成21年11月30日に原告X2に対し,同月17日午後零時50分にAの様子を確認した際,ちゃんと顔は見た,Aの背中を触ったが温かったと述べており(甲13の1),この点の供述は本人尋問においても一貫している。被告Y7はAの体温を検温したものではなく,異常発見時には少し体温が下がっていると感じたというものであること,急性窒息の場合,呼吸停止までの時間は約5分程度であり,乳児の場合は成人よりも短い場合があると考えられること(甲20,証人C・12,13,56頁)からすれば,被告Y7の上記供述が直ちに不合理であるとはいえない。

 8 争点1(Aの死因)について

  (1) Aの死因について

    Aの解剖所見において,漿膜下及び粘膜下の溢血点,暗赤色流動性血液及び諸臓器のうっ血といった窒息死の所見の三主徴が認められるが,これは,急性窒息死のみならず,これを含む急性死における三主徴と考えるのが一般的であることから,上記解剖検査所見のみによって本件事故に係るAの死因が外因死である窒息死であるか否かを判断することは困難又は不可能であり,その判断に当たっては,Aの病歴や死亡時の状況等を総合的に検討する必要がある。

    前記認定事実のとおり,Aは分娩時に特段の問題はなく,その後も標準的な発育状態にあり,健康状態も問題なかったところ,本件事故が発生した平成21年11月17日に本件施設に預けられる際もAは元気で,健康状態に問題は認められなかったものである。そして,F鑑定によれば,死因となる損傷や,脳,心,肺等の主要臓器に肺炎等を含めた死因となる疾病は認められず,本件事故の発生原因と考え得る病変が存在していたものとも認められない。

    本件事故当時のベビーベッドの状況についてみると,Aは,平成21年11月17日午前11時50分頃から本件施設のベビールーム内にあるベビーベッドの上に寝かされていたところ,そのベビーベッドには,床面に防水用マットと綿製カバーが付けられたマットレスが敷かれ,マットレスの上には枕,毛布,タオルケットなどの寝具やタオルなどは一切置かれておらず,そこにはAが一人で寝ていたものである。そして,Aは,同日午後零時30分頃には,体はうつ伏せで,右頬を下にして顔を左に向けた状態で寝ており,同日午後零時40分頃,50分頃及び午後零時55分頃の時点においても同じ体勢であったものである。これらの事実によれば,Aがベビーベッドに寝ていた際,ベビーベッド上にはAのみが寝ており,マットレス上の寝具等によってAの鼻口部が閉塞される可能性はなかった上,Aは,体は下向きであったが,顔は横を向いており,顔を真下に向けたfacedownの状態であったとは認められない。そして,被告Y6は,同日午後零時55分頃,上記の体勢のAの鼻から血液様のものが出ているのに気付いて異常を発見したことからすると,Aの鼻孔はマットレスによって塞がれた状態ではなく,ベビーベッドのやや後方から血液様のものが出ていることに気付く程度には鼻孔が見える状態であったのであるから,facedownに近い状態にあったとも認められない。したがって,Aは,ベビーベッドに敷かれていたマットレスによって鼻口部が閉塞される状態ではなかったものと認められ,ベビーベッド上で窒息死するような状況にはなかったといわざるを得ない。

    なお,原告らは,Aがfacedownの状態にはなかったとしても,マットレスに沈み込んで鼻口部の閉塞があったとも主張するが,前記認定事実に照らせば,facedownの状態にないがそのように鼻口部が閉塞していた事実は認められず,採用することができない。

  (2) C医師作成の鑑定書(甲19)及び意見書(甲21)によれば,「月齢」,「発見時の体位」,「添い寝」,「使用寝具」,「鼻口閉塞」,「facedown」及び「体位の変換」が窒息死の危険因子であり,上記危険因子の複合により,窒息死の危険は高まり,「facedown」であれば,鼻口閉塞による窒息死であり,仮に「facedown」でないとしても本件事故当時,Aについて上記危険因子のうち,「月齢」,「使用寝具」に低酸素状態の危険性が加わることから,Aの死因は窒息死であるとし,それと同旨の証人Cの証言(証人C・17~18,43,52~53頁)がある(以下,これらをまとめて「C鑑定等」という。)。

    高津論文によれば,上記各因子が複合することが乳児睡眠中窒息死の危険を統計上有意に増加させる危険因子であることが指摘されている。そして,高津論文は,1982年から2006年の25年間の法医解剖された乳児184例を対象として乳児睡眠中窒息死の概要とその危険因子について検討したところ,そのうち,窒息死群では,「月齢6か月以下」,「添い寝」,「小児用以外の寝具」,「鼻口閉塞」及び「facedown」が危険因子として有意であり,更にこれらの危険因子が3つ以上組み合わさっていたと指摘し,したがって,乳児の睡眠中の機械的窒息死を予防するためにはこれらの危険因子をできる限り排除する必要があると述べている。これは,機械的窒息と判断された事例においては,上記の危険因子が3つ以上組み合わさっていたことから,これらの危険因子をできる限り排除することによって機械的窒息を防止することができるということを示したものといえる。そして,窒息死の診断には,単に剖検所見だけでなく,異常発見時,あるいは死亡時の状況が重要であるとし,乳児急死例の死因をSIDSと診断する際には上記の危険因子の複合がないことを確認する必要があるとしているのであって,逆に,上記の危険因子が複合すれば当然に窒息死であると断定することができるとしたものとは解されない。

    そこで,C鑑定等について検討するに,まず,本件事故当時,Aがfacedownの状態ないしそれに近い状態であったと認められないことは上記認定説示のとおりであるから,これを前提とする部分は採用することができない。

    次に,原告らは,仮にAがfacedownの状態にはなかったとしても,マットレスが2.5センチメートル沈み込むことで,マットレスと鼻口部の間が狭まることにより低酸素状態に陥るため,窒息死する旨主張する。C鑑定等は,「facedown」でないとしても,本件事故当時,Aについて,「月齢」,「使用寝具」に加え,低酸素状態が生じる危険があることから,Aの死因は窒息死であるとし,C医師は,その証人尋問においても,窒息するには鼻口部が完全に閉塞される必要はなく,Aは,2.5センチメートルも凹むマットレスに寝かされており,乳幼児のため顔面が変形して鼻口部が閉塞されやすいことから,マットレスの壁との狭い空間で再呼吸が障害されて窒息死した旨述べている(証人C・17~18,43,52~53頁)。

    C鑑定等によっても,その主張に係るAの低酸素状態がどの程度のもので,かつ,その状態がどのくらい継続したのかは定かでない。また,G医師は,Aが顔を横向きにしていた状態であれば,換気する空間は上部も含めてあるので,再呼吸により酸素不足の状態になる可能性は少ない旨述べている(証人G・8,9,40頁)。

    本件事故当時,ベビーベッド上にはAの鼻口部を閉塞する原因となる寝具やタオル等は置かれていなかったこと,本件事故当時のAの顔の横幅は10センチメートル程度はあったものと認められること,被告Y6がAの異常を発見した際,Aは鼻から血液様のものが出ていることに気付く程度には鼻孔が見える体勢であったことは上記認定説示のとおりである。そうであるとすると,マットレスが2.5センチメートル程度沈んだとしても,鼻や口からの呼吸が困難となる状況にあったとは考え難いところである。

    顔の重量によってマットレスが沈み込む場合には,接触部分を中心にマットレスが沈み込み,その周囲はすり鉢状に沈み込む形状となると認められることから(乙3,4,証人G。なお,甲18の7・写真6号,7号をみても,プレート及び定規に沿って布団が沈み込む様子がうかがわれる。),顔を横にしていた場合,マットレスに接触していない側の鼻孔や口の部分とマットレス部分は相応に離れた状態になるものと考えられ,しかも,上記認定のAの体勢に照らせば,マットレスに接触していない側(Aの左頬側)には,呼吸を妨げるような物体は存在せず,少なくともこの範囲では鼻や口が閉塞されない状況が維持されていたものと考えられる。

    そうすると,本件事故当時,Aの顔面とマットレスにより鼻や口からの呼気が空気と交換されずに再呼吸によって酸素吸入が困難になる状況があった,すなわち,低酸素状態にあったとは認められない。

    なお,原告らは,マットレスが2.5センチメートル沈み込むことをもって,前記危険因子に該当する不適切な使用寝具であると位置付けているが,2.5センチメートル沈むマットレスが「小児用以外の寝具」と同視する程度に不適切なものであることを裏付ける客観的な証拠はない。加えて,F鑑定によれば,寝具で頭部が沈み込むようなものでない限り,乳幼児といえども,鼻口閉塞による窒息死は起こさないとしており,これらの点に照らせば,Aにおいてfacedownでなくとも窒息死と考えられるとするC鑑定等の結論は疑問である。

    以上によれば,Aの死因について鼻口閉塞等による窒息死であるとするC鑑定等は採用することができない。そして,解剖所見,Aの分娩時や発育の状況,本件事故当時の状況等を総合すると,Aについて鼻口部の閉塞等により呼吸が障害されたとは認められず,したがって,Aの死因が窒息死であると認めることはできない。

  (3) 以上の認定説示を踏まえると,Aは,本件事故当時生後4か月の順調に発育していた健康な乳児であり,睡眠時に異常が発見されて救急搬送された大阪市立総合○○医療センターに到着した時には心肺停止状態であったもので,Aが鼻口部閉塞等により窒息死したものとは認められないところ,剖検所見,病歴,死亡時の状況によっても死亡の原因となる病変等の内因の存在も,死亡の原因となる損傷も認められず,その他死因に結びつくような外因をうかがわせる事情は証拠上見当たらないこと等を総合すると,Aの死因はSIDSと認めるのが相当である。

    なお,F医師は,Aは,平成21年11月17日午前11時50分頃に,本件施設の床上にうつ伏せ寝の状態で顔面を密着し,かすれたようなハスキーな声で泣き,顔面には脂汗のような汗をかいており,その後仰向けで寝かされ,約1時間後に突然死したというものであり,このような事象がなければAの死因はSIDSであると考えられるが,上記事象がALTEであるか否かは別として,上記一度目の異常事態を経て死亡に至っていることから,死因は不明であるとしている。F医師が一度目の異常事態と述べている事象に関する事実経過は,前記認定のとおり,Aが保育室の床上でうつ伏せ状態でかすれたようなハスキーな声で激しく泣いたので,被告Y7が直ちに抱き上げてベビーベッドに仰向けに寝かせた,被告Y7が抱き上げるとAは泣き止んだというものであり,Aに無呼吸ないしチアノーゼ等が見られたとは認められない。また,F鑑定においても,Aは顔色は悪くなく,泣き声も落ち着いた様子であったとのことである上,Aは,その後,ベビーベッドで仰向けの状態からうつ伏せになるなど寝返りをすることができたことからすると,Aが保育室において一度死にかけた,あるいは重篤な状態にあったと認めることはできず,F医師が立会警察官から聞いたとされる一度目の異常事態であるとする事象が生じていたと認めることはできない。この点について,G医師は,F鑑定が指摘している一度目の事象について,Aが泣いていたのであれば呼吸をすることができていたのであるから,Aの死因とは無関係であり,被告Y7が床上で泣いているAを抱き上げると泣き止んだなどの事実経過からすると最終的な死因の判断にそれほど影響を与えるものではない旨述べている(証人G・37頁)ほか,C医師も,保育室の床上での事象については,Aの顔色は悪くなく泣き声も落ち着いた様子であった上,その後に寝返りをする行動能力があったことからすると,直接の死因とは考え難いとしている(甲19)。

    以上によれば,保育室の床上での出来事がAの最終的な死因に結びついているとはいい難いところである。そして,F鑑定が一度目の異常事態がなければAの死因はSIDSと考えられるとしていることからすると,F鑑定を前提としても死因はSIDSと認めるのが相当である。

 9 争点2(被告Y2,被告Y4,被告Y5,被告Y6及び被告Y7の注意義務違反)について

   原告らは,Y6及びY7が,Aをうつ伏せ寝の状態で放置したなどの注意義務違反により,被告Y2,被告Y4及び被告Y5が,保育従事者に対して乳幼児をうつ伏せで寝かせることを禁止するよう指導を徹底することを怠るなどの注意義務違反により,Aの鼻口部が閉塞されて窒息死した旨主張する。

   前記認定事実のとおり,本件施設は,本件事故当日,経験が浅く,保育士等の資格を有しない2名の保育従事者のみで,乳児6名を含む17名を保育していたもので,日常的にもベビールーム内の乳児に対する保育についても行き届かない点が指摘される状況にあった上,うつ伏せ寝をさせないようにすることなどが必ずしも徹底されていなかったことがうかがわれるところである。

   しかしながら,上記8で説示したとおり,本件事故に係るAの死因が窒息死であると認めることはできないから,窒息死であることを前提とする上記被告らの過失は認められない上,前記説示のとおり,Aの死因はSIDSであり,どの時点でAの死亡の結果につき予見し,いかなる結果回避措置をとればAの死亡の結果を回避することができたかを特定することはできないから,被告らにAの死亡の結果を回避しなかったことにつき過失があったと認めることはできない。

   以上によれば,上記被告らの過失によりAが死亡した旨の原告らの主張は採用することができない。

10 争点3(被告Y1及び被告Y3の債務不履行責任又は使用者責任等)について

  (1) 債務不履行責任について

    原告らは,被告Y1及び被告Y3が,保育従事者に対して乳幼児をうつ伏せで寝かせることを禁止するよう指導を徹底することを怠るなどの債務不履行により,Aの鼻口部が閉塞されて窒息死した旨主張する。

    しかしながら,前記8で説示したとおり,本件事故に係るAの死因が窒息死であると認めることはできず,SIDSと認めるのが相当であるから,Aの死亡の結果を回避するためにいかなる契約上の義務を果たすべきであったかを特定することはできないから,上記被告らにつき債務不履行があったとは認められないし,上記被告らにつき原告らが主張する債務不履行があったとしても,その債務不履行によってAが死亡に至ったものと認めることもできない。

    以上によれば,上記被告らの債務不履行によりAが死亡した旨の原告らの主張は採用することができない。

  (2) 使用者責任等について

    原告らは,被告Y1は本件施設を設置・運営するものとして,被告Y3は本件施設を経営するものとして,被告Y2,被告Y4,被告Y5,被告Y6及び被告Y7の各不法行為につき使用者責任を負う旨主張するが,前記9で説示したとおり,被告Y2,被告Y4,被告Y5,被告Y6及び被告Y7について,不法行為が成立するとは認められないから,被告Y1及び被告Y3が使用者責任を負う旨の原告らの主張は採用することができない。また,上記9の説示と同様に,被告Y1及び被告Y3についても民法709条に基づく原告らの主張は採用することができない。

11 争点4(大阪市が本件施設に対して規制権限を行使しなかったことの違法性)について

  (1) 前記前提となる事実のとおり,被告大阪市は,児童福祉法59条の1ないし4項の規定を踏まえ,認可外保育施設に対する立入調査の結果,指導監督基準に照らして改善を求める必要があると認められる認可外保育施設に対して改善指導を行うこと,文書による改善指導に対する報告期限後概ね1か月以内に改善が見られなければ,文書により改善勧告を通知すること,改善勧告を行ったにもかかわらず改善が行われていない場合であって,かつ,改善の見通しがなく児童福祉に著しく有害であると認められるとき,又は,改善指導,改善勧告を行う時間的余裕がなく,かつ,これを放置することが児童福祉に著しく有害であると認められるときは,事業停止命令又は施設閉鎖命令を発することができると定めている。そして,原告らは,被告大阪市が改善勧告を行い,それに従わない場合の公表を実施していれば,本件施設にAを預けることはなく,また,業務停止命令等を発していれば,Aが本件施設で死亡することはなかった旨主張する。

  (2) しかしながら,前記認定説示のとおり,本件事故に係るAの死因は窒息死であると認めることはできず,SIDSと認めるのが相当であり,そうであるとすると,仮に,被告大阪市が原告ら主張の規制権限を行使しなかったために原告らが本件施設にAを預けることになったのだとしても,Aは本件施設において被告Y6及び被告Y7の過失によって死亡したものとは認められないし,被告大阪市を除く被告らには,Aの死亡の結果を回避しなかったことにつき過失ないし債務不履行があったと認めることはできないのであるから,結局のところ,被告大阪市に規制権限の不行使があったとしても,Aが本件施設に預けられたことによってAが死亡する原因となった事情が生じてAが死亡したものとは認められず,大阪市が規制権限を行使することによってAの死亡の結果を回避することができたとはいえない。したがって,被告大阪市の規制権限の不行使とAの死亡との間に相当因果関係は認められないものといわざるを得ないから,原告らの上記主張は採用することができない。

12 結論

   よって,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

 



医療過誤・弁護士・医師相談ネットへのお問い合わせ、関連情報

弁護士法人ウィズ 弁護士法人ウィズ - 交通事故交渉弁護士 弁護士法人ウィズ - 遺産・相続・信託・死後事務 法律相談窓口

ページの先頭へ戻る