【弁護士法人ウィズ】医療ミス医療事故の無料電話相談。弁護士,医師ネットワーク

亡〇が,被告病院において,腰椎後側方固定術を受けた後,腹部大動脈の損傷による多量の出血により,転院先の病院で多臓器不全により死亡した事案。裁判所は,医師の過失と亡〇の死亡との因果関係を認めた。

さいたま地裁 平成25年7月25日

平成18年(ワ)第1348号

 

       主   文

 

 1 被告は,原告X1に対し,1797万6774円,原告X2に対し,1797万6773円及びこれらに対する平成17年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

 3 訴訟費用はこれを5分し,その2を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 請求の趣旨

 1 被告は,原告X2に対し,3538万2320円,原告X1に対し,3537万1810円及びこれらに対する平成17年7月7日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

 2 訴訟費用は被告の負担とする。

 3 仮執行宣言

第2 事案の概要

   本件は,原告らの母で,当時75歳であった〇(昭和〇年○○月○○日生まれ。以下「亡〇」という。)が,被告が設置運営する△病院(以下「被告病院」という。)において,平成〇年〇月〇日(以下,特に断りのないかぎり,平成〇年の年月日については年の記載を省略し,月日のみを記載する。)に腰椎後側方固定術(以下「本件手術」という。)を受けた後,腹部大動脈の損傷による多量の出血を認め,転院先の病院で多臓器不全により死亡した事案である。亡〇の遺族である原告らは,亡〇が死亡したのは,被告病院の医師に,手術中の手技の誤りにより手術器具で腹部大動脈を損傷した過失があること,及び,適切な医療機関に直ちに転送するなど,腹部大動脈損傷後の処置を適切に行わなかった過失があることに起因するとして,被告に対し,債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償を請求する事案である。

 1 前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲の証拠及び弁論の全趣旨によって認められる事実)

  (1) 当事者

   ア 原告X1(以下「原告X1」という。)及び原告X2(以下「原告X2」という。)は,いずれも亡〇の子である。

   イ 被告は,病院及び診療所を経営し,科学的で,かつ適切な医療を普及する事を目的とするほか,介護関係施設等の設置業務を行うことを目的とする法人であり,被告病院を設置運営している。

  (2) 亡〇の診療経過等

    被告病院における亡〇の診療経過の詳細は,別紙診療経過一覧表「診療経過(入通院状況・主訴・所見・診断)」に記載のとおりであり(当事者の主張が相違する部分を除き,争いがない。),亡〇に対して実施された検査及び処置は,同一覧表「検査・処置」欄に記載のとおりである(当事者間に争いのない事実以外の事実は,同一覧表「証拠」欄に記載の各証拠により認められる。)。

    その概要は,以下のとおりである。

   ア 4月28日,亡〇(身長約152.8cm,体重約51.5kg)は,腰痛等を訴え,被告病院を受診したところ,骨粗鬆症による第3腰椎圧迫骨折と診断され,同日から6月18日までリハビリを中心に入院した。

   イ 6月23日,亡〇は腰痛を訴えて被告病院に再入院し,第3腰椎圧迫骨折の後,椎体圧潰が生じ,これによって神経組織が圧迫されているとの診断を受け,手術方向で治療するとの説明を受けた。

   ウ 7月7日,被告病院の院長であるB医師(以下「B医師」という。)が執刀し,C医師,D医師が助手を,E医師が麻酔医をそれぞれ務め,午前10時から本件手術が行われた。

     手術開始から約1時間が経過した午前11時頃,亡〇の血圧が低下したが,B医師らは骨由来の出血と考えたこと等から,一時中断した後,手術が続けられた。

     午後1時16分頃,予定していた手術手技が終了したが,この時点での血圧は収縮期が76,拡張期が64(以下,特に断りのないかぎり,血圧について収縮期,拡張期の記載を省略し,76/64のように記載することもある。)であった。

     午後3時から3時30分頃,洗浄,止血を行うも,通常より出血が多いためフィブリン糊を補填し,C医師が縫合して本件手術が終了した。術中の輸液量は6000ml,輸血量は2523ml,出血量は1601ml,尿量は500mlであった。

     午後4時02分頃,亡〇の出血量が多く,血圧も86/26と低かったため,被告病院においてCT検査を行ったところ,後腹膜に血腫が認められた。

     午後4時30分頃,亡〇は病室に帰室した。

     午後9時25分頃から,腹部膨満が高度となり,血圧も低下した。午後11時頃における血圧は,44/38であった。

     7月8日午前0時01分頃,亡〇を獨協医科大学越谷病院(以下「獨協病院」という。)救命救急センターへ転院するため,119番通報がされた。

     本件手術が終了した午後3時30分頃から転院までの間も,亡〇には輸液,輸血が続けられた。

   エ 7月8日午前0時49分,亡〇は獨協病院に到着した(被告病院から獨協病院までの自動車による所要時間は約20分である。)が,午前1時30分に多臓器不全で死亡した。

   オ 亡〇の遺体に対して,司法解剖が実施された。

  (3) 医学的知見

   ア 腰椎後側方固定術

    (ア) 概要

      腰椎後側方固定術とは,骨粗鬆症などが原因で不安定になっている腰椎に対して行う固定術で,患者の背中を切開し,腰椎に対して骨移植を行って,上下の健康な椎体と骨性連続を得ることにより腰椎の病変部分を安定化させる手術である(甲B3,B6)。インストゥルメントと呼ばれる固定器具を併用することも多い(甲B3,B6)。

    (イ) 使用器具,手技

      腰椎後側方固定術で特別に使う器具は,骨に孔を空けるためのペディクルプローブ,孔の状態を確認するためのサウンダープローブが挙げられる。併用固定器具であるインストゥルメントには様々な種類があるが,代表的なものは,スクリューとロッドである(甲B3)。

      インストゥルメントを使用する場合の手技としては,椎弓を展開し,横突起を展開した後,刺入点を決め,当該場所にのみなどで刺入孔を開け,ペディクルプローブで鈍的に孔を穿ち,サウンダープローブで孔の開き具合を確認した後,スクリューを挿入する。続いて椎弓切除,黄色靱帯切除により除圧をし,採骨した骨を移植する(甲B1ないし3)。

   イ 腹部大動脈

     腰部を水平に横断した場合に,腰椎椎体より前縦靱帯,横隔膜脚,大腰筋膜,腎筋膜後層を隔て,腎筋膜前層との間に挟まれて存在する枢要な血管である(甲B9)。

   ウ 後腹膜腔

     後腹壁を覆う腹膜と後腹壁の筋層との間の結合組織で満たされた部分である。腎臓,副腎,尿管,十二指腸,上行結腸,下行結腸,膵臓,腹部大動脈とその枝,下大静脈とその支流,神経及びリンパ管,リンパ節を含む(甲B9)。

   エ 出血性ショック

    (ア) 症状

      出血性ショックとは,出血により絶対的に循環血液量が減少した状態をいう(甲B13)。初期には生体は交感神経が緊張し,頻脈・末梢血管収縮などにより重要臓器への血流を維持しようと努める。しかし,さらに出血が進行した場合は,もはや代償しえなくなり重要臓器の環流が低下した状態となる。

      出血性ショックの症候としては,虚弱,口渇,蒼白,発汗,頻呼吸(時に30~40回/分),頻脈(時に130~140回/分),末梢で弱く触れる脈,精神状態の変化などが挙げられる。

    (イ) 診断要素

      収縮期血圧が90mmHg以下である上に,心拍数100回/分以上,微弱な脈拍,爪床の毛細血管のrifilling遅延(圧迫解除後2秒以上),意識障害,不隠,興奮状態,乏尿,無尿,皮膚蒼白と発汗,または39℃以上の発熱といった症状のいくつかがある場合,ショックと診断される(甲B13,14,16)。また,循環血液量の10%以上の出血がある場合には重篤な状態を招くので,出血量の把握も重要である(甲B16)。なお,循環血液量は体重に100分の7をかけることで求められる(甲B14)。

      その他,ヘモグロビンやヘマトクリットの値の低下もショック状態の診断要素となる場合もある(甲B13,27)。ヘモグロビンとは,赤血球中に存在するヘム蛋白質をいい(甲B26-1),女性では血液100mlあたり12~16g/dlが正常値である(甲B26-2)。ヘマトクリットとは血液中に占める赤血球の容積比を百分率で示したものであり,健常成人女性では37.0~47.0%が正常値である(甲B26-1)。

    (ウ) 出血性ショック時になすべき処置

      出血性ショックに対しては,輸液・輸血及び出血源の検索と止血を行う(甲B13,16)。輸血量は推定出血量を目安とし,ヘモグロビン値が7~10g/dlとなるのを目標に投与する(甲B13)。

      受傷機転から損傷血管を予測し(甲B30),さらに,X線写真,FAST等により出血源を検索する(甲B15)。ショックに至る出血源は主に胸腔,腹腔,後腹膜腔に多く,血胸に対しては胸腔ドレーン及び開胸手術を,腹腔内出血に対しては開腹手術及び動脈塞栓術を,後腹膜出血に対してはショックパンツ,塞栓術,外科的手術を行う(甲B15)。

 2 争点

  (1) 本件手術中に,ペディクルプローブ,サウンダープローブあるいはその他の手術器具により,第4腰椎付近の腹部大動脈をその内腔まで損傷した過失の有無

  (2) 争点(1)の過失と亡〇の死亡との因果関係

  (3) 7月7日午前11時02分の血圧低下の時点で,重症の出血性ショックに対処可能な医療機関(獨協病院)に連絡をして,指示を仰ぐべきであったにもかかわらず,約12時間にわたりこれを放置した過失の有無

  (4) 争点(3)の過失と亡〇の死亡との因果関係

  (5) 損害額

 3 争点に関する当事者の主張

  (1) 争点(1)(本件手術中に,ペディクルプローブ,サウンダープローブあるいはその他の手術器具により,第4腰椎付近の腹部大動脈をその内腔まで損傷した過失の有無)について

   ア 原告らの主張

     医師が腰椎後側方固定術を行い,同時に,椎骨にスクリューを挿入しロッドで固定するなどの器具を使用する場合には,スクリュー等の器具の操作を行うに際し,使用器具により神経や血管を傷つけないことに最大の注意を払うべきであって,治療行為が逆に傷害行為になるようなことは絶対に避けなければならない。老人などで骨粗鬆症が進み,骨がもろくなっている場合には,特に注意を払う必要がある。

     亡〇は当時75歳の高齢であり,骨粗鬆症が進んで,これも一因となって,圧迫骨折が発生していたのであるから,B医師は,亡〇に対して本件手術を行い,椎骨にスクリューを挿入しロッドで固定するなどの器具を使用する場合には,使用器具により神経や血管を傷つけないことに最大の注意を払うべきであった。

     ところが,B医師は,本件手術中に,ペディクルプローブかサウンダープローブあるいは他の手術器具により,亡〇の第4腰椎付近の腹部大動脈をその内腔まで貫通させるという過失を犯した。

   イ 被告の主張

     争う。本件の手術操作では腹部大動脈に直接損傷を起こす可能性はない。

    (ア) ペディクルプローブによって損傷を起こす可能性はないこと

      本件手術において,ペディクルプローブは穿孔口から挿入し,椎体内に進められている。ペディクルプローブ先端が骨皮質に接触すれば,術者の手もとに感触が伝わるため,それ以上進められることはない。また,ペディクルプローブには目盛りが刻まれており,侵入深度は手もとでわかるようになっており,最大でも6cmの目盛りまでしか進めず,それ以上深く挿入すれば外部から容易に認識できるようになっている。当該目盛りによる確認は,B医師だけでなく,助手のD医師も確認を行っているのであり,仮に,腹部大動脈を突き破るほどプローブを差し入れていればB医師だけでなく助手のD医師にもすぐにわかったはずである。B医師は,ペディクルプローブを深く突き刺すような手技は行っていない。

      なお,ペディクルプローブの先端は鈍であるため,仮に血管や神経に接触しても,切傷を生じさせることはない。

    (イ) サウンダープローブによって損傷を起こす可能性はないこと

      本件手術において,サウンダープローブは,ペディクルプローブで経路を形成した後に経路が正しいか否かを判断するため椎体内に進められている。具体的には,穿孔口から挿入し,先端についている小球で孔の先端部が骨髄に囲まれていることを確認する。

      サウンダープローブは上記のように確認のために用いられる器具であり,柔軟性に富むものであって,血管や神経等を損傷することは不可能である。

    (ウ) 腹部大動脈を損傷する他の可能性が考えられること

      まず,大動脈自体に何らかの鈍的圧力が加わった場合,枝として出ている腰動脈が固定されていることから,大動脈のひずみに耐えかねてこの枝が抜けるという事態が発生することがあり,今回もこのような機序によって血管が抜けた可能性がある。

      次に,第3腰椎操作時に骨片が腹部大動脈に損傷を与えた可能性がある。手術開始から約1時間30分が経過した頃(午前11時33分頃)のレントゲンにより術野の周囲に骨片が存在していることが確認することができ,手術が終わりに近づいた頃(午後2時49分頃)のレントゲンにおいても,スクリューを入れ終えた後に,術野周辺に骨片が浮動していることを確認できる。このように,金属を利用して腰椎を伸ばす操作を行った際,腹部大動脈に伸展がかかり,これにより腹腔内に生じた第3腰椎の骨片が何らかの損傷を引き起こした可能性がある。

  (2) 争点(2)(争点(1)の過失と亡〇の死亡との因果関係)について

   ア 原告らの主張

     争点(1)の過失と亡〇の死亡と間の因果関係は明白である。

   イ 被告の主張

     過失がない以上,因果関係の問題とならない。

  (3) 争点(3)(7月7日午前11時02分の血圧低下の時点で,重症の出血性ショックに対処可能な医療機関(獨協病院)に連絡をして,指示を仰ぐべきであったにもかかわらず,約12時間にわたりこれを放置した過失の有無)について

   ア 原告らの主張

     本件手術中の午前11時02分に亡〇の血圧が低下し,収縮期が38,ヘモグロビンが5.6g/dl,ヘマトクリットが15.2%になったのであって,この時点で,亡〇に重症の出血性ショックが生じた。

     そうであれば,B医師は,午前11時02分の血圧低下の時点で,重症の出血性ショックが発生したことを知ったのであるから,すぐに対処可能な医療機関であった獨協病院救急医療科に連絡をして,指示を仰ぐべきであった。それにもかかわらず,B医師は,その後,約12時間もの間,そのような連絡を取らず,漫然と輸血,輸液をしながら放置したもので,その過失は,極めて大きい。

   イ 被告の主張

     まず,午前11時02分の段階では,亡〇に出血性ショックは生じていない。なぜならば,出血性ショックが生じているか否かは,血圧の低下のみで判断することはできない上に(甲B14,16),本件で血圧が低下したのは一時だけであり,その後すぐに回復しているのであって,血圧の低下が持続していたわけではないからである。

     さらに,午前11時02分の時点で転院させず経過観察としたB医師らの判断は妥当であった。すなわち,午前11時02分の段階において,B医師らは第3腰椎操作時に血圧が低下したということをもって,椎体静脈等からの損傷で出血が生じたと判断したのであって,その後午前11時45分頃に血圧が改善したことからすると,同判断は妥当であった。そして,同判断を前提とすれば,静脈による出血は,血腫により圧迫され止血される可能性が高いのであって,経過を観察した判断は妥当であった。

     したがって,午前11時02分に血圧が低下した時点で直ちに腹部大動脈損傷を疑って止血作業,又はそれが可能な病院への転院を決断すべきであったとはいえない。

     また,B医師は本件手術後の午後4時02分頃CTを撮っているが,このCTからは後腹膜への出血は多いものの,腹部大動脈から造影剤が漏れているというような所見を得ることはできないのであって,このような場合には時間の経過に伴って圧迫により止血する可能性が高く,この時点においても止血を待ち,経過観察を行うという判断に問題はない。

     午後8時から9時頃にも,血圧は70から100に改善しており,この時点で出血は一段落したものと考えられ,この判断にも問題はない。

  (4) 争点(4)(争点(3)の過失と亡〇の死亡との因果関係)について

   ア 原告らの主張

     本件の腹部大動脈損傷は,医原性血管損傷であり,医原性血管損傷における死亡率は高くない。また,被告病院から,埼玉県東部地区を担当する三次救急医療病院として指定されている獨協病院救急医療科まで救急車で搬送する場合にかかる時間は20数分くらいであり(甲B35),搬送にそれほど時間がかからない。また,亡〇の直接の死亡原因は,後腹膜血腫による臓器の圧迫や出血性ショックの持続によると思われる多臓器不全である(甲A1)。

     以上から,午前11時02分の時点で,直ちに獨協病院救急医療科に連絡をして,指示を仰いだ場合,血腫による臓器の圧迫や出血性ショックの持続を回避することは十分可能であり,その意味で救命可能性が十分にあったから,争点(3)の過失と亡〇の死亡との間には因果関係が存在する。

   イ 被告の主張

     以下の理由から,仮に,本件手術中の午前11時02分の時点で大動脈の損傷の疑いを認識し当該時点で大動脈損傷に対する確定診断が可能な病院へ転送することができていたとしても,亡〇の救命可能性はなく,因果関係はない。

     第1に,午前11時02分の時点では,出血点を特定し止血が可能な他院が存在していたとは限らない。出血点の特定のためには血管造影を行う必要があり,その後,損傷部位に対する止血ができる技術を持つ医師による手術が行われる必要があるところ,午前11時02分の時点で転送を検討したとしても,血管塞栓術等の止血のための施術のできる医師が確保できない場合には,転送はできない。

     第2に,大動脈の損傷は極めて重篤な状態であって,第三次救急医療機関に転送すれば救命される蓋然性が高まるというような症状ではなく,極めて致死率が高い。

  (5) 争点(4)(損害額)について

   ア 原告らの主張 総合計7075万4131円

     (原告X13537万1810円,原告X23538万2320円)

    (ア) 治療費 4万1754円

      獨協病院における治療費4万1754円

    (イ) 逸失利益 1242万9088円

      亡〇は,家事労働をしており,死亡時75歳であったのであって,被告の医療過誤により死亡しなければ当分の間家事労働に従事し続けることが可能であった。

      そこで,賃金センサス平成16年第1巻第1表(産業計,女性労働者65歳以上)に基づき,亡〇の家事労働就労可能期間を平均余命14.93年の約半分である7年として逸失利益を計算(ライプニッツ方式,生活費控除3割として算定)すると,1242万9088円(306万8600円×(1-0.3)×5.7863)となる。

    (ウ) 慰謝料 4000万円

      本件では,慰謝料算定において,特に考慮すべき以下のような事情がある。

      亡〇は本件手術により重大な出血性ショックの状態になったにもかかわらず,①当該状態についてB医師から原告らへの説明がなく,②亡〇の転院は大幅に遅れただけでなく,B医師は転院することに最後まで消極的であり,その間亡〇に対する積極的止血措置は全くなされず,単に輸血,輸液,薬剤投与のみの処置をしただけであった。また,③B医師は本件手術の当日,午後5時から午後10時までの間被告病院から外出しており亡〇の前を長時間離れていた。④B医師は,亡〇の死亡後,転院先である獨協病院に突然現れ,原告らに病理解剖を迫った。⑤原告らは,被告病院に対して亡〇の死亡の原因についての説明を何度も求めたが,結局,被告病院は,司法解剖の結果が出るまでは答えられないと回答するなど,亡〇の死亡について責任を全く感じていないような態度をとり続けた。

      このような事情により,原告らは被告病院,特にB医師に対し,極めて強い不信感を抱いており,通常認められる金額よりも相当多額な慰謝料が相当である。

    (エ) 葬儀等関係費用 172万7145円

    (オ) 原告ら固有の損害

     a 慰謝料 各500万円

       (ウ)の事情と同様である。

     b 交通費

      (a) 原告X1 5万6720円

         7月7日 自宅→被告病院→獨協病院→自宅(タクシー) 1万1420円

         7月8日 自宅と獨協病院の往復 1万1240円

         7月9日 自宅と獨協病院の往復 1万1240円

         7月9日 自宅と獨協病院の往復 1万1240円

         7月10日 自宅と獨協病院の往復 1万1580円

      (b) 原告X2 5万7230円

         7月7日 会社→被告病院→自宅(電車)750円

         7月7日 自宅→被告病院→獨協病院→自宅(タクシー) 1万1020円

         7月8日 自宅と獨協病院の往復 1万0440円

         7月9日 自宅と獨協病院の往復 1万0440円

         7月9日 自宅と獨協病院の往復 1万0440円

         7月10日 週末にいつも過ごす場所と獨協病院の往復 1万4140円

     c 原告X2が,亡〇の葬式のため会社を休んだことにより,その月の給料が1万円減給された損害

     d 弁護士費用 643万2194円

       上記(ア)ないし(エ),(オ)のaないしcの1割

   イ 被告の主張

     争う。仮に,過失及び因果関係が認められるとしても,原告らの主張する損害は認められない。

    (ア) 逸失利益

      争う。原告らの主張する逸失利益は,亡〇の就労の蓋然性についての証明がなく,認められない。亡〇は本件手術前の時点で腰痛,歩行不能,両下肢高度麻痺の症状であり,日本整形外科学会腰痛症状治療成績判定基準では29点中3点と日常動作に著しい制限があるものと評価される状態であった。

      このような重篤な状態からすると,仮に,本件手術により平癒していたとしても,その後の稼働による収入獲得は想定できず,亡〇の逸失利益は認められない。

    (イ) 慰謝料

      争う。原告らの主張する慰謝料は,高額にすぎ妥当でない。

      まず,B医師は本件手術に先立ち原告らに十分手術の危険性等を説明した。また,病理解剖を勧めたか否かは慰謝料には関係がない。7月18日に被告の事務長とともにB医師が亡〇宅を訪れて焼香をしたこと,同月30日に被告において原告らへの説明を行っていること等から,被告側は十分な対応をしている。

      反対に,これらの際に撮影された映像が被告に無断でテレビ放映されたこと,原告ら側の都合により訴訟に著しい遅延が生じていることは,慰謝料を減額する事情である。

    (ウ) 葬儀等関係費用

      原告らの主張する葬儀費用は妥当でない。本件において相当因果関係のある葬儀費用は100万円を超えることはない。

    (エ) 遅延損害金

      本件は訴訟提起から既に7年近くが経過しているが,このように長期間にわたり審理が続くことになった原因は,原告らが刑事記録の提出に固執したことによる。また,原告らは,刑事記録の一部である司法解剖の鑑定書を入手した後に相当長時間の時間的余裕があったにもかかわらず協力医との打ち合わせができていないとの理由で期日変更を申し立てるなどした。

      遅延損害金の算定にあたって,現在に至るまでの全期間を算入することは妥当ではない。

第3 当裁判所の判断

 1 認定事実

   前提事実,証拠(甲A1,乙A1ないし4,7,8(書証は枝番を含む。),証人B)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

  (1) 診療行為等

   ア 亡〇は4月18日に背伸びをしたところ腰痛が出現し,4月28日に被告病院を受診した。同日から6月17日まで被告病院に入院してリハビリを中心に加療を受けたが,同月20日頃,腰痛・左下肢麻痺・しびれが出現し,同月23日に再び入院となった。

   イ 亡〇に対しては,6月23日には第3腰椎圧迫骨折後椎体圧潰による神経組織の圧迫の診断がなされた。被告病院は,レントゲン,血液検査,脊髄造影検査などを行った上で,外科的処置を行うという方針で入院診療計画を立てた。同日,亡〇は,被告病院に再入院することとなった。同日の亡〇のヘモグロビンの値は11.8g/dl,ヘマトクリットの値は33.1%であった。

   ウ 6月29日にはMRIが行われた。その結果,亡〇は,第3腰椎に急性期-亜急性期の圧迫骨折が,第5腰椎に陳旧性の圧迫骨折が認められ,第3腰椎と第4腰椎の間の椎間板ヘルニアと変形性変化による腰部脊柱管狭窄症及び神経根症の可能性があることがわかった。

   エ 7月1日には脊髄腔造影検査が行われた。

   オ ウ及びエの検査の結果,亡〇に対して,保存的治療が奏功しておらず,今後のことを考え,本件手術を行うこととなった。

   カ 7月6日,B医師から亡〇及び原告X1に対し,手術説明が行われた。同説明では,手術の必要性に関する説明の外,術式としては,後方より脊柱管内に陥入した骨片を椎体に打ち込み神経組織の圧迫を解除し左骨盤より移植骨(腸骨)を採取後,同部に移植し,第2腰椎と第4腰椎に金属(椎弓根スクリュー)を使用し固定する方法であるとの説明がなされた。

     その際,術後は2から4日で血液排出のためのチューブが抜去できた後,硬性コルセットを着用して座位,起立,歩行を順次開始する予定であること,約2週間で抜糸予定であること,コルセットを着用するのは最低約3か月であることなどの術後療法が説明された。

     起こり得る合併症としては,神経障害の増悪,血管障害,感染があることも併せて説明があり,血管障害については,可能性は少ないとしつつも,破裂椎体操作時,前方からの大血管を損傷する可能性もゼロではないこと,その場合致命的になることなどの説明があった。

   キ 亡〇は,7月7日午前9時に手術室に入室して全身麻酔がかけられ,同日午前10時頃,B医師が執刀医となり本件手術が開始された。その他,D医師とC医師が助手として,E医師が麻酔医として本件手術に立ち会った。

   ク 本件手術で行われた手術手技の概要は,以下のとおりであった(乙A1の20頁,21頁,99頁,100頁,A5,A6)。なお,行われた手技の正確な前後関係については,ケ以下で判断に必要な限度で認定する。

    (ア) 第1から第5腰椎にかけて術野を展開する。

    (イ) 第2腰椎から第5腰椎までの部位にスクリューを挿入するための準備を以下のとおり行う。

      挿入しようとする部位の腰椎にエアードリルで穴をあける。続けてペディクルプローブをこの穴に挿入してスクリューの経路を形成した後,サウンダープローブを挿入して四方の骨を確認し,ペディクルプローブで形成した経路が正常か否かを確かめる。

    (ウ) (イ)で準備した箇所に,レンチでスクリューを刺入する。

    (エ) 移植骨として使用するために,左腸骨を採取する。

    (オ) ノミやケリソンを使用して椎弓・椎間関節を切除する。ノミを叩く際にはナイロンハンマーを用いる。さらに,神経ベラで神経をよけ,髄核鉗子や鋭匙を使用して脊柱管内に侵入した骨片を取る。

      これらの行為により腰椎の該当箇所の除圧を行う。

    (カ) 神経ベラで神経をよけ,打ち込み器を使用して移植骨片を打ち込む。打ち込み器を叩く際にもナイロンハンマーを用いる。

    (キ) スクリューにロッド(刺入したスクリューを体幹に平行する方向に固定し腰椎の補助を行う器具)を接続する。

    (ク) 洗浄,止血等の上縫合する。

   ケ B医師は,午前10時43分頃にスクリューを1本,第2腰椎に挿入した。当該スクリューを挿入するため,椎弓を展開し,横突起を展開した後,エアードリルで骨の表面に穴を開け,ペディクルプローブで刺入孔を穿ち,その後サウンダー・プローブで孔を確認した。

   コ B医師は,午前10時46分より少し前頃,第3腰椎にスクリューを入れるための手技を行った。B医師は,骨の刺入点をドリルで削って孔の方向性を探った後,ペディクルプローブで刺入孔を穿ったが,当該ペディクルプローブを抜いた後,スクリューを入れる前に,通常よりも多くの出血が認められた。

   サ B医師は,午前10時46分頃,スクリュー2本を第3腰椎に挿入した。第3腰椎においては,椎体上方にスクリューを挿入する予定であったが,「髄内がスカスカ」との所見であり,上方に向ける方向でスクリューを挿入した(乙A1の20頁)。

   シ 午前11時02分頃,亡〇の血圧が低下し,収縮期が38mmHgとなった。また,ヘモグロビンは5.6g/dl,ヘマトクリットが15.2%と(乙A1の65頁),以前よりかなり低い値になった。これらのことから手術は一時中止され,麻酔医により,輸血及び血圧を上げる薬であるプレドパの投与が行われた。その後も継続的に輸血,輸液などが行われた。

   ス 午前11時33分頃,レントゲン検査が行われた。当該レントゲン画像により,第2腰椎に1本の,第3腰椎に2本のスクリューが挿入されていることが確認できる(乙A3の3,4)。

   セ 午前11時45分頃,亡〇の血圧が収縮期で60程度にまで上がり,手術が再開された。

   ソ 午後0時16分頃,2本のスクリューが第4腰椎に挿入された。

   タ 午後1時15分頃,スクリューにロッドが接続され,予定していた手術手技が完了した。

     手技完了時も依然として出血が続いていたので,担当医が引き続き出血に対する処置として,輸血,輸液,薬剤投与を行った。午後1時16分の血圧は76/64であった。

   チ 午後3時から3時30分頃,洗浄,止血を行うも,通常より出血が多いため,フィブリン糊を補填し,C医師が縫合した。術中出血は1601mlであり,尿量は500ml,輸液量6000ml,輸血量2523mlであった。

   ツ 午後4時頃,麻酔は終了した。

   テ 午後4時02分頃,血圧は86/26となり,腹部CT撮影を行ったところ,後腹膜に血腫が認められた。B医師らは,骨周辺からの出血が生じており,しばらく出血するが圧迫により止まる可能性が大きいと判断し,輸血を中心に術後管理を行う方針を決め,原告X1にその旨説明した。

   ト 亡〇は,午後4時30分頃,自分の病室に帰室し,その後も輸血,輸液,薬剤の投与が行われ,人工呼吸管理とされた。その頃行われた腹部CTの結果,後腹膜血腫がツープラスの状態であった(乙A1の7頁)。

     D医師はこの頃の亡〇の状態を「出血性ショック」とカルテ(乙A1の7頁)に記載した。

     その後も血圧は別紙診療経過一覧表のとおり低い状態が続いた。しかし,午後8時頃,収縮期が70から90くらいにまで一旦上昇した。

   ナ 午後9時25分頃,亡〇の腹部膨満が高度となり,その頃,血圧も再び低下したため,エコー検査が行われた。その結果,広範囲血腫が疑われ,CTにて広範囲の高度血腫が認められたため,B医師は被告病院の外科医に相談したが,同外科医は,開腹手術は非常に危険と判断した。B医師も開腹しても出血点の特定は困難と考え,開腹手術を断念した。

   ニ 午後11時15分頃,B医師は原告らに対し,手術中に出血があり,その後継続しており,後腹膜血腫が大きくなってお腹が硬くなり,腸を圧迫している状態であるが,なお輸血をして出血が収まるのを待つしかないとの説明を行った。

     その後,B医師は原告らに対し,獨協病院救急救命センターに電話してみたところ,血管に造影剤を入れてカテーテルを利用して止血する方法(経カテーテル動脈塞栓術)を打診されたことを説明し,このまま血が止まるのを待つか,獨協病院で経カテーテル動脈塞栓術を行うかどちらにするかと尋ねた。原告らが獨協病院へ転送して経カテーテル動脈塞栓術を行うことを希望したため,亡〇を獨協病院救命救急センターに転送することが決まった。

   ヌ 7月8日午前0時01分に,転送のため119番通報がされた。

   ネ 7月8日午前0時49分に亡〇は獨協病院救命救急センターに到着した。

   ノ 獨協病院救命救急センターではすぐに経カテーテル動脈塞栓術が行われ,出血箇所が2つの腰動脈と診断され,コイルによる止血が行われたが,すでに大量の出血により巨大な後腹膜血腫が形成され,腸や腎臓を圧迫する腹部コンパートメント症候群の状態であった。

   ハ 7月8日午後3時20分から4時35分には腹圧を下げるための開腹手術が行われ,腹圧は下がった。

   ヒ 7月10日午前1時30分,亡〇は獨協病院にて,多臓器不全により死亡した。

   フ 7月11日午前10時6分から午後0時48分までの間,司法解剖が行われ,その結果に基づき防衛医科大学校教授F作成の鑑定書(甲A1,乙A7)が作成された。

  (2) 司法解剖時の亡〇の身体的状態等に関する所見

   ア 左後腹膜腔内及び血腫の状態についての所見

     左後腹膜が小児頭大に膨隆。後腹膜腔に上下径25cm,左右径16cm,高さ腰椎から前方に約7cmの血腫が存在する。血腫の皮膜を切開すると,1150mlの凝血と血液が回収される。血腫内容物を除去し,内腔をみると,第4腰椎の左側に上下長さ1.3cmの損傷①が腸腰筋筋膜にあり,その前方に一塊となったコイルが露出する。

     背面正中には尾骨の上方約14cmから上方に長さ16.5cmの手術創があり,ゾンデを当該創内に挿入すると,筋膜表面から後面の硬いものに接触する。損傷①の約0.5cm外側の筋膜に長さ約0.5cmの損傷②があり,ゾンデを入れると約7cmの部で硬いものに接触する。背面の手術創に達する。損傷①からゾンデを入れると,背面の手術創で脊柱の左,下から1,2番目のナット間で第4腰椎椎体の左側に突出する。その周囲には粉砕され骨片となった骨組織がある。

   イ 腹部大動脈についての所見

     剖検時に切開した後腹膜及び血腫と共に腹部大動脈から総腸骨動脈を一塊のまま摘出し,ホルマリン固定後検索した結果は次のとおりである。

     大動脈の内膜側を検索すると,左右総腸骨動脈分岐部の上方2.5cmの位置の左外側に長軸に直交する長さ1.1cmの内膜から中膜にかけての損傷がある。血腫を除去し,大動脈外膜を露出すると,径約0.4cmにわたり損傷され,中央部に径約0.2cmの孔があり,腹部大動脈の管腔内に達している。

   ウ 死因に関連する所見

     亡〇の状態は,多臓器不全の状態である。その程度は重篤で,充分死因になり得る。多臓器不全の成因については,後腹膜腔には腹部大動脈の損傷部位からの出血に伴う巨大な血腫が形成されており,腹部正中に手術創があり,膨隆した腹部臓器が透明なビニールシートで覆われており,腹壁の減張処置が行われている状態で,腸管壁は壊死状物で覆われるとともに一部壊死状となっている状態であり,これらの状態は充分に多臓器不全の原因になり得る。その他に多臓器不全をもたらし得るような重篤な病変は見られない。

     亡〇に対して施行された腹壁の減張処置は腹腔内の内圧の上昇による腹部臓器の循環障害を取り除く為に行われたと見られる。当該処置と剖検所見を合わせ考えると,処置の効果が明らかでなく,腹腔の減圧処置はすでに非可逆的な程度まで,腸管や腸間膜の変性が進行した後の処置と考えられる。したがって,この処置時には腰部の手術操作に伴う後腹膜腔の血腫は腸管や腸間膜の血流を障害する程度まで増大していたと見られる。

   エ 腰椎固定術と後腹膜腔血腫の形成,多臓器不全との関係についての所見

     亡〇の後腹膜腔の血腫は巨大で略一様の構造をなしていることから,血腫の形成は略連続的な出血により形成されたと見られる。また,出血源としては背面の手術創部の固定器具の装着部及び近傍に後腹膜腔と連続し,血腫の形成をもたらし得るような血管の損傷や出血源は見られない。一方,手術創の前方に位置する腹部大動脈の左側壁には前後に走る損傷があり,後腹膜腔の血腫が連続し,同部の血管外に金属製ステントが存在する。このような大動脈の損傷は持続的な出血をもたらし,短時間に巨大血腫の形成の原因になり得る。

     亡〇の腹部には開腹手術が施行されており,左大腰筋筋膜に2個の小さな損傷があり,創洞は左大腰筋内を5cmと7cm後方に進み,腰椎を固定している金具に達することから,腰部背面の手術創の創洞の一部は後腹膜腔に達している。また,血腫の凝血を除去すると,大動脈外膜が損傷されており,同部の損傷は大動脈内腔に連続する。したがって,腹部大動脈の損傷は腰椎固定術の施行に関連してもたらされたと見られる。

 2 争点(1)(本件手術中に,ペディクルプローブ,サウンダープローブあるいはその他の手術器具により,第4腰椎付近の腹部大動脈をその内腔まで損傷した過失の有無)について

  (1) 注意義務の存否及び内容

    本件手術においては,ペディクルプローブを使用して腰椎椎体に孔を穿ち,その孔にサウンダープローブやスクリューを挿入する操作を行うのであり,他方,腰椎椎体の後面には,軟部組織(前縦靱帯,横隔膜脚,大腰筋膜等)により隔てられた後腹膜腔内に腹部大動脈等主要な血管が存在し,腹部大動脈等主要な血管が損傷されれば直ちに重篤な出血を呈して生命の維持が危ぶまれることとなるのであるから,本件手術を施行するB医師としては,ペディクルプローブ,サウンダープローブ及びスクリュー等の器具を用いた操作を行うに際し,使用器具を腰椎椎体の後面に貫入させて腹部大動脈等主要な血管を損傷することのないように的確な手術手技を行うべき注意義務を負うものというべきである。

  (2) 注意義務違反の有無

    本件手術においてB医師が上記注意義務を尽くしていたかについて検討する。

    以下,亡〇の腹部大動脈損傷が本件手術中に生じたと言えるのか,言えるとして,いつの時点で,B医師によるいかなる手術中の手技によってそれが生じたのか否かについて検討した上で,注意義務違反の判断を行う。

   ア 認定

    (ア) 司法解剖の所見から認定できること

      前記認定によれば,司法解剖時の亡〇の身体的状態等の所見として,腹部大動脈の内膜側を検索すると,本件手術の手術創の前方に位置する部位の左外側に前後に走る長さ1.1cmの内膜から中膜にかけての損傷があり,血腫を除去し,大動脈外壁を露出すると,径約0.4cmにわたり損傷され,その中央部に腹部大動脈の管腔内に達する径約0.2cmの孔があり,上記損傷部位の背面にあたる腸腰筋筋膜には,本件手術が施行された第4腰椎の左側に上下長さ1.3cmの損傷①があり,ゾンデを挿入すると筋膜面から約5cmで後面の硬いものに接触し,損傷①の約0.5cm外側で筋膜に長さ0.5cmの損傷②があり,ゾンデを挿入すると約7cmの部で硬いものに接触し,いずれも背面の本件手術の手術創内に達することが認められるのであり,本件手術後の被告病院における処置及び転送先の獨協病院救命救急センターにおける処置の過程で上記損傷が生じるような処置は行われていない。上記事実によれば,本件手術中に細長い形状で硬質の物が手術創から後腹膜腔まで2回貫通して損傷①及び損傷②を生じさせ,うち1回の貫通の際に腹部大動脈の外壁から管腔内に達する上記損傷を生じさせたと優に認定することができる。

    (イ) カルテ等診療の経過から認定できること

      さらに,本件手術中,第3腰椎にスクリュー2本を挿入した10時46分頃から亡〇に通常よりも多量の出血が発生し,午前11時02分頃から血圧が収縮期で38mmHgにまで低下し,ヘモグロビンやヘマトクリットの値が正常値の半分以下の値を示し,以後一時的に改善したことはあったが,基本的には多量の輸血にもかかわらず,血圧は低い状態が継続したことなどの本件手術の経緯からすれば,遅くとも,午前11時02分頃までの時点で腹部大動脈の損傷が生じたと考えられる。

      本件手術開始から午前11時02分頃までの間にB医師が行った手技は,術野の展開の外には,第2・第3腰椎へのスクリューの挿入及びその準備行為(エアードリルでの穴の形成,ペディクルプローブの挿入,サウンダープローブの挿入)である。スクリューの挿入及びその準備行為はいずれも,腰椎から腹部大動脈の方向へ力が加わる侵襲行為を伴う手技であり,用いられる器具はいずれも細長い形状で硬質のものであるから,いずれの手技によっても,上記損傷①,損傷②及び腹部大動脈損傷を生じさせうる。

      亡〇の腹部大動脈を損傷した際にB医師が行っていた手技は証拠上1つに特定することはできず,本件で腹部大動脈を損傷した器具については,ペディクルプローブ,サウンダープローブあるいはその他午前11時02分頃までの間にB医師が本件手術において使用した手術器具としか特定できない。

      しかし,詳細な過失行為まで認定できなくても,ペディクルプローブ,サウンダープローブあるいはその他細長い形状で硬質の手術器具によってB医師が亡〇の腹部大動脈を損傷したことが前述したように明らかである以上,B医師の過失を認めることについてはなんら障害はない(最高裁第三小法廷平成11年3月23日判決,最高裁判所裁判集民事192号165頁参照)。

   イ 総合評価

     司法解剖の所見から認定できること及びカルテ等診療の経過から認定できることを総合すると,B医師が,本件手術を施行した際,午前11時02分までに行った第2腰椎へのスクリューの挿入及びその準備行為,第3腰椎へのスクリューの挿入及びその準備行為によって使用したペディクルプローブ,サウンダープローブあるいはその他の手術器具によって,亡〇の腰椎椎体の後面に存する軟部組織(前縦靱帯,横隔膜脚,大腰筋膜等)を2回にわたり貫通させて前記損傷①及び損傷②を生じさせ,うち1回の貫通の際に腹部大動脈の外壁から管腔内に達する上記損傷が生じたものであることは明らかである。

   ウ 被告の反論について

     この点被告は,腹部大動脈損傷は,B医師の手技により発生したのではなく,血管が抜けるという事態や,浮動する骨片による損傷の可能性をあげ,証人Bもその旨証言する(同証人の尋問調書13頁,14頁,17頁,18頁,21頁,26頁,60頁)。しかし,大動脈自体に何らかの鈍的圧力が加わった場合に,枝として出ている腰動脈が固定されていることから,大動脈のひずみに耐えかねて当該枝が抜けるという機序は,被告側が提出する意見書(乙B7の1,B8)以外の医学的知見による裏づけがなく,医学的に疑問といわざるをえない。また,椎体の骨片が前縦靱帯,横隔膜脚,大腰筋膜,腎筋膜後層や脂肪層を飛び越して腹部大動脈まで達し,血管を損傷するという機序も,医学的に疑問である。これに加え,前記のとおり,腹部大動脈の内膜側には,前後に走る長さ1.1cmの損傷が存在し,腸腰筋筋膜には本件手術の手術創内に達する損傷①及び損傷②が存在するところ,血管が抜けるという事態や,浮動する骨片による損傷では,上記各損傷が存在することを全く説明することができない。したがって,被告の上記主張は採用できず,そうであれば,B医師の手技上の過誤によって腹部大動脈を損傷したという機序以外に,本件で腹部大動脈を損傷する機序を医学的に考えがたい。

     また,被告は,手技に使用した器具では損傷を生じえない旨も主張する。ペディクルプローブは目盛りがついており,かつ,先端が鈍であるから血管を損傷しえない,サウンダープローブは確認のために用いられる器具で柔軟性に富むものであって血管を損傷することは不可能などというが,B医師自身が術前説明において前方からの大血管を損傷する可能性もあることを原告らに説明したこと,一般的な医学的知見としても,椎間板の切除等椎間板ヘルニアに対する整形外科手術において腹部大血管を損傷することがあるとされていること(甲B4号証239頁図38-88,乙B4),それらの器具の外観,予想される素材(乙A5,6,B2,4)から,損傷を生じることが不可能とは言えない。

     以上からすれば,被告の上記主張は理由がない。

   エ 義務違反の存否

     以上から,本件手術中に,B医師が,ペディクルプローブ,サウンダープローブあるいはその他の手術器具により亡〇の第4腰椎付近の腹部大動脈をその内腔まで損傷した事実が認められ,これは,上記(1)に摘示した注意義務に違反したものであり,過失と認められる。

 3 争点(2)(争点(1)の過失と亡〇の死亡との因果関係)

   上記過失がなければ亡〇が死亡しなかったことは明らかであるから,争点(1)の過失と亡〇の死亡との因果関係が認められる。

 4 争点(3)(7月7日の午前11時02分の血圧低下の時点で,重症の出血性ショックに対処可能な医療機関(獨協病院)に連絡をして,指示を仰ぐべきであったにもかかわらず,約12時間にわたりこれを放置した過失の有無)について

   上記説示によれば,争点(3)について判断するまでもなく,被告は,不法行為責任に基づき,亡〇,原告らに生じた後記損害を賠償すべきものである(ただし,原告らは,慰謝料の増額事由の一つとして,争点(3)を主張するので,後に必要な限度で判断する。)。

 5 争点(5)(損害額)について

  (1) 治療費について

    獨協病院での治療が必要になったのはB医師の上記過失行為に起因するものであるから,獨協病院における治療費4万1754円は相当因果関係のある損害である。

  (2) 逸失利益について

   ア 前提事実,証拠(甲A2の1,2,乙A1,原告X1,原告X2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

    (ア) 亡〇は,昭和28年9月Gと婚姻し,同人とともに長男である原告X1(昭和29年○月○○日生まれ),次男である原告X2(昭和33年○○月○日生まれ)の2人の子供を養育した。昭和61年5月夫Gが死亡し,亡〇は,1人暮らしをした。平成3年,亡〇は,原告X1の一家(妻と2人の子供)と同居することとなり,死亡までそのような生活が続いた。原告X2は,独身であったが,亡〇は,原告X1一家と同居するとともに,原告X2の自宅を訪れ,同人のため家事を行うこともあった。亡〇が受けていた年金については不明である。

    (イ) 亡〇の健康状態については前述のとおりであるが,同人は骨粗鬆症に罹患しており,本件手術前,腰痛,歩行不能,両下肢高度麻痺の症状があった。本件手術が成功した場合,亡〇は,症状が安定した後,自宅又は他の病院(リハビリ専門病院)などに退院,転院し,リハビリを行うことが予定されていた。

   イ 以上の認定事実を前提に判断する。

     亡〇は,独身である原告X2との関係で主婦として役割を一定程度果たしていたと認められるが,亡〇の生活の本拠は原告X1宅で,同宅には同人の妻がいたこと,原告X2との関係で主婦としての役割を果たしたという部分があるとしても,同人は1人暮らしで,年齢も当時40代後半であり,主婦としての仕事といっても,さほど負担が重いとは思えないことなどの事情がある。以上の事情に亡〇の年齢,健康状態などを総合すると,主婦としての逸失利益といっても,一般の主婦と同視することは相当でなく,稼働期間も相当な期間に限定されるべきである。

     以上から,亡〇の逸失利益は,同人の年収を賃金センサス平成17年度,女子労働者学歴計65歳以上の年収の7割と認め,生活費控除を3割と認め,稼働期間を5年と認め,以下の計算式のとおり,603万1793円と認めることとする。

     284万3300円(賃金センサス平成17年度,女子労働者学歴計65歳以上の年収)×0.7×0.7(生活費控除3割)×4.3294(5年のライプニッツ係数)=603万1793円

  (3) 慰謝料について

   ア 前記認定のB医師の手技上の過失は,医師として基本的な注意義務を怠ったものであり,重大である。

     亡〇は,前述のように,原告X1と同居して生活し,原告X2のため日常生活の家事を行い,時に共に旅行に行くなどしていた(甲A2の1,原告X2)ところ,被告の上記過失がなければ,余生を楽しめたはずである。それにもかかわらず被告の上記過失により,そのような余生を送ることができなくなったのであって,亡〇の悲しみは大きいと推察される。

   イ さらに,本件では,被告に前記手技上の過失がある外,以下のような事情も存する。前記認定のとおり,第3腰椎へのスクリュー挿入の直後頃と思われる午前10時46分頃から,通常より多い出血が生じ,午前11時02分には血圧が収縮期で38mmHgまで低下し,ヘモグロビンの値が5.6g/dlに,ヘクリマットの値は15.2%に低下し,その後継続的に輸血,輸液などが行われたが,出血は継続し(術中の出血量は亡〇の循環血液量の約41%~約44.5%にも達すると推定される。),その間一時的に血圧が上昇したこともあったが,B医師らは亡〇に対し,輸血,輸液,投薬などの処置を継続的に行っていたもので,そのような一時的な血圧の上昇もそのような処置の結果であることは十分に考えられ,医師であるB医師らも当然そのようなことに思いを致すべきであった。D医師も,亡〇が自分の病室に帰室した頃,亡〇の状態を「ポーティナーにより出血持続」,「出血性ショック」とカルテに記載した。また,胸部CTの結果も,後腹膜血腫がツープラスの状態であった。このように,亡〇が大量出血ないし出血性ショックを疑わせる所見を呈しており,B医師をはじめとする被告病院の医師らが,血腫の存在まで確認している以上,早急に,亡〇の当該大量出血,血腫が生じている原因の究明を十分に行ったうえで迅速に出血部位を特定し,止血をした上で,輸液・輸血を行うべきであった。ところが,被告病院では,出血部位の特定や止血をなしえなかったことは前記認定のとおりであるにもかかわらず,B医師らは亡〇に対し,大量の輸液等を供給し続けるにとどまった。B医師らのこれらの行為により,亡〇の後腹膜に生じた血腫は巨大になり,獨協病院において減圧処置をするも,血腫が臓器を圧迫しており,すでに手遅れであった。このような経緯に鑑みれば,腹部大動脈出血について出血点の探索等適切な治療をしえない被告病院において,B医師が出血性ショックを疑った午後4時35分以降もさらに輸液や輸血を続け,翌日の午前0時01分まで転送などの積極的措置を採らなかった点に少なくとも医療行為として不適切な点があったと言わざるを得ない。

     以上を総合すると,B医師の過失ないし診療行為の不適切性の程度は重いと言える。以上のことと,亡〇が死亡するに至ったという結果の重大性,亡〇の死亡時の年齢その他本件記録に現われた一切の事情を考慮して,亡〇の慰謝料は2100万円を,原告ら固有の慰謝料として,それぞれ200万円ずつを認めるのが相当である。

  (4) 葬儀費用について

    葬儀費用として150万円は本件の不法行為と相当因果関係のある損害と認められる(原告らは,それぞれ75万円を負担したと推認する。)。

  (5) 交通費その他実費について

    被告病院ないし獨協病院へ行くために費やした交通費はB医師の過失行為と相当因果関係のある損害であり,弁論の全趣旨によれば,それぞれ5万円を認めるのが相当である。それ以外の原告らの主張は理由がない。

  (6) まとめ

    亡〇に生じた損害(治療費,逸失利益,慰謝料)の合計は2707万3547円であり,これを原告X1が1353万6774円を,原告X2が1353万6773円を相続したものと認め,固有の慰謝料,葬儀費用,交通費を加えて,原告X1が1633万6774円,原告X2が1633万6773円となる。

  (7) 弁護士費用について

     本件訴訟の性質,認容額などから,原告らそれぞれについて,本件訴訟に係る弁護士費用のうち164万円は,被告の不法行為と相当因果関係のある損害と見るのが相当である。

第4 結論

   以上によれば,原告らの請求は,不法行為に基づく損害賠償金として,原告X1については1797万6774円,原告X2については1797万6773円及びこれらに対する不法行為の日である平成17年7月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(なお,被告は,遅延損害金の算入について前記第2の3(5)イ(エ)のとおり主張するが,理由がなく採用できない。)。

   よって,原告らの請求を上記の限度で認容し,その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。



医療過誤・弁護士・医師相談ネットへのお問い合わせ、関連情報

弁護士法人ウィズ 弁護士法人ウィズ - 交通事故交渉弁護士 弁護士法人ウィズ - 遺産・相続・信託・死後事務 法律相談窓口

ページの先頭へ戻る