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救急搬送された患者について処置後一時症状が改善し、帰宅指示をしたが、帰宅指示で退院後に脳ヘルニアで患者が死亡した事件につき、救急病院の医師にCT検査等を実施すべき義務違反があったと認めた事例

東京高裁 平成30年3月28日判決 平成29年(ネ)第3235号        主   文  一 原判決を取り消す。  二 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して三二六〇万五七六三円及びこれに対する平成二一年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  三 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。  四 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。  五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。        事実及び理由 第一 控訴の趣旨  一 原判決を取り消す。  二 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して七一七三万二六七九円及びこれに対する平成二一年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  三 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。  四 仮執行宣言 第二 事案の概要  一 本件は、平成二一年一〇月四日午前一時一六分頃、長野県a郡b町所在のb町立L病院に救急搬送され、同病院の小児科医師である被控訴人Y(以下「被控訴人Y医師」又は「本件医師」という。)の診察を受けた上、その指示により帰宅した後の同日午後〇時三〇分頃、脳ヘルニアにより死亡したA(当時一三歳)の母で、相続人である控訴人が、被控訴人Y医師において、上記救急搬送時にAについて頭蓋内圧亢進症を疑って必要な検査を行うべき医療上の注意義務又はAに対して帰宅を指示せずに同病院内で経過観察を行うべき医療上の注意義務があったにもかかわらず、同日午前三時二三分頃、必要な検査を行なわないままAに帰宅を指示して、適切な治療を受ける機会を喪失させた過失があるなどと主張して、被控訴人Y医師に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、同病院の開設者であるb町を編入合併した被控訴人松本市に対しては使用者責任又は債務不履行責任に基づき、連帯して七一七三万二六七九円の損害賠償及びこれに対する不法行為又は債務不履行の日である同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。  原審が控訴人の請求をいずれも棄却したので、控訴人が控訴した。前提事実並びに争点及び争点に対する当事者の主張は、下記二のとおり原判決を補正し、下記三のとおり控訴人の当審における主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の一ないし三に記載のとおりであるから、これを引用する。  二 原判決の補正  〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉  (1) 原判決二頁一二行目の「長野県c市内」を「長野県c市《以下略》所在の自宅(以下「自宅」という。)」に改める。  (2) 同頁二六行目の「診断し」の次に「(以下「本件診断」という。)」を加える。  (3) 原判決三頁一行目冒頭〈編注・本号後掲一三頁四段一九行目の「点滴を」〉から同二行目〈同二一~二二行目〉の「「本件退院」という。)、」までを「午前一時四三分頃から点滴して経過観察をした上、午前三時二三分頃、Aに対し、帰宅を指示した(以下、「本件帰宅指示」といい、Aが本件帰宅指示に基づいて被控訴人病院を出ることを「本件退院」という。)。」に改める。  (4) 同頁九行目の「出血を伴うのう胞」の次に「(以下「本件のう胞」という。)」を加え、同行目の「のう胞」を「本件のう胞」に改める。  (5) 原判決一一頁二〇行目の「のう胞」を「本件のう胞」に改める。  (6) 原判決一二頁三行目〈同一六頁三段二八行目〉の「帰宅時点」を「本件退院の時点」に改める。  三 控訴人の当審における主張  (1) 本件搬送時の検査義務違反の有無について(争点(1))  被控訴人Y医師には、本件搬送時、Aの頭蓋内圧亢進を疑って、Aに対し、頭部CT検査を実施すべき医療上の注意義務があった。  本件搬送時、Aが頭蓋内圧亢進症を発症していたことは明らかであるし、被控訴人Y医師においても、本件搬送時の診察によって、これを認識することができたはずである。  頭痛及び嘔吐は、頭蓋内圧亢進症の初期症状として重要であり、脳幹を損傷する脳ヘルニアが完成すると、血圧低下、自発呼吸の停止などの状態となり、これは不可逆的な状態であるから、通常死亡するとされる。  Aの死亡後の平成二一年一〇月四日午後一時五一分にされた全身CT検査において、頭蓋内に本件のう胞が存在していたことからすれば、Aが本件搬送時に頭蓋内圧亢進症を発症していたことは明らかである。本件搬送時における状況から見ても、Aは、頭痛とともに食事と関連性のない嘔吐をしており、被控訴人Y医師には、Aの頭蓋内圧亢進を疑って、頭部CT検査を実施すべき義務があった。仮に、本件搬送時にAの頭痛症状が消失していたとしても、頭蓋内圧亢進症の疑いを否定できる所見とはいえない。そもそも頭蓋内圧亢進において、頭痛は嘔吐が終わると寛解するとされているからである。  (2) 本件退院時の検査義務違反又は経過観察義務違反の有無について(争点(2))  被控訴人Y医師には、本件退院時において、Aについて頭蓋内圧亢進症を疑ってCT検査等を実施すべき義務があった。  帰宅を許可するか否かを判断する権限を有する被控訴人Y医師は、Aに対して本件帰宅指示を与えるに際し、Aに嘔吐等の症状がないこと及び全身状態として歩行ができることを前提条件としていた。  よって、被控訴人Y医師は、点滴終了時において、上記前提条件が満たされているかについて、自ら観察し、又はF看護師ら補助者を通じて観察させ、これを確認すべき診療上の注意義務があった。  本件退院に至る経緯において、被控訴人Y医師は、点滴を終えたAが、抜針後に処置室のベッドから起きる前に、上記前提条件が満たされているかについて、自ら観察をしないまま処置室を立ち去っている。そうであるならば、被控訴人Y医師は、F看護師に対し、同被控訴人に代わって、Aについて嘔吐の有無及び歩行状態の異常の有無について観察を命じるとともに、これに異常を認めた場合には被控訴人Y医師に対し速やかに報告すべきことを明確に指示すべき注意義務がある。この点について、被控訴人Y医師は、点滴が終了して本件帰宅指示を与える際のやり取りを通じて、F看護師に対し、同前提条件を伝えており、F看護師もこれを認識していたというべきである。  ところが、Aは、点滴終了後程なくして再び嘔吐し、かつ、自力では歩行することもできない状態となった。このようなAの状態は、被控訴人Y医師が本件帰宅指示の前提条件とした事実が、その後に病状悪化の方向で変更したことを意味する。  F看護師は、このようなAの状態を目の前で認識したのであるから、医療行為を補助すべき看護師として、被控訴人Y医師に対して、これを報告すべき義務があった。  そして、被控訴人Y医師において、F看護師から上記報告を受けていたならば、Aについて、本件帰宅指示を撤回し、引き続き被控訴人を病院内にとどめて、経過の観察を命じるのみならず、再度の問診をしたり、頭部CT検査をしたりしていたと考えられる。そうであれば、Aの脳内の本件のう胞の存在及びこれを原因とする頭蓋内圧亢進症の発症に気付いたであろうし、それによる脳ヘルニアの発症の危険性を認識して、直ちに必要な治療行為を行えたはずである。  (3) 因果関係の有無について(争点(3))  ア Aの頭蓋内圧亢進の原因は、Aの頭蓋内にできたのう胞性腫瘤であったと考えられる。そして、本件のう胞は、脳室とは連続しないし、当該腫瘤は、本件のう胞の内部にある二センチメートル大の腫瘍性病変であるから、全部の摘出を困難とするような格別の条件はない。  そして、当該腫瘤は、粘液乳頭状上衣腫であった。  粘液乳頭状上衣腫は、良性腫瘍で、外科手術で摘出することで治療可能な腫瘍である。上衣腫の外科手術後の予後は良好であり、五年生存率は七〇パーセント、本邦の全摘出例での五年累積生存率は八〇パーセントである。  イ 本件のう胞の大きさは、Aの死亡直後にされたCT検査によると、直径九センチメートルであり、司法解剖によると、二〇〇ミリリットルの内容物が流れ出した後の状態でも、直径六センチメートルであった。そうであれば、本件搬送の時点で、Aに対して頭部CTスキャンを実施していれば、本件のう胞の存在が見逃されるはずはない。  また、Aが訴えていた頭痛は、嘔吐により寛解する状態にあったことから、本件搬送の時点では頭蓋内圧亢進の症状としては初期症状であり、不可逆的な状態ではなかったと考えられる。  被控訴人病院において、頭部CTスキャンにより患部が発見されれば、速やかに必要な治療措置をとることが期待できた。すなわち、①マニトールやグリセオール等の脳圧を減少させる薬剤の投与による脳浮腫の軽減、②脳室ドレナージの実施によるのう胞内の血液の除去による頭蓋内圧の軽減、③状況に応じて除圧開頭術の実施による救命措置や、④粘液乳頭状上衣腫の外科手術による摘出等の方法をとることによって、Aが救命された高度の蓋然性がある。  ウ また、Aは、本件退院の時点において、まだ呼吸ができていたこと、同日午前八時頃の時点で、家族によって、その生存が確認されていることからすれば、同日午前三時三〇分頃の本件退院の時点でAの脳幹に既に不可逆的な変化が生じていたとする根拠はない。  被控訴人病院はCT検査のための設備を有し、本件退院の時点でこれを使用することができない事情はうかがわれない。被控訴人Y医師において、本件退院の時点で、本件退院指示を撤回し、速やかに頭部CT検査等を行い、頭蓋内圧亢進に対する治療として高張液(マニトール、グリセオール)の投与や脳室ドレナージや除圧開頭術を行っていれば、これによってAの脳圧をコントロールすることができた。  したがって、本件退院時点において、必要な検査及び必要な内科的又は外科的な対応が採られていれば、Aを救命することができた高度の蓋然性がある。 第三 当裁判所の判断  一 本件に関する事実関係  前記前提となる事実に証拠《略》並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件に関する事実関係として、以下の事実を認めることができる。  (1) 控訴人とA  ア Aは、平成八年××月××日に控訴人を母として生まれた。  イ 控訴人は、d市に居住して働いており、Aを、長野県c市所在の実家(自宅)に預けた。  ウ 自宅では、控訴人の父(Aにとって祖父)であるBのほか、母(Aにとって祖母)であるC及び弟(Aにとって叔父)であるDが、Aと同居して、その保護養育を行っていた。  エ Aは、本件搬送当時、自宅から地元の中学校に通学する一年生で、××部で活動していた。Aの成長や発達について、特筆すべき異常はなく、既往症やアレルギーはなかった。  (2) 被控訴人ら  ア 被控訴人病院  本件搬送時、被控訴人病院は、b町立L病院という名称で、救急総合診療科及び小児科のほか、内科、外科、整形外科、形成外科、産婦人科、泌尿器科、脳神経外科等を有する総合病院であった。また、松本市を中心とする松本広域圏において、産科医及び小児科医が常勤する数少ない病院の一つであり、松本広域圏の小児救急医療体制における二次救急病院として、平日夜間週一回、休日月二回の割合で、急性疾患の子どもに対する時間外診療に当たっていた。  イ 本件搬送時の宿直体制  被控訴人病院における平成二一年一〇月三日から翌四日朝までの宿直体制は、医師がE医師、G医師及び被控訴人Y医師の三名、看護師がH看護師及びF看護師の二名であった。また、当日は、松本広域圏の小児救急医療体制における二次救急病院としての当番日に当たっていた。  ウ 被控訴人Y医師  被控訴人Y医師は、××大学医学部医学科を平成二年三月に卒業した小児科医師で、平成二一年六月から被控訴人病院に勤務している。  エ 被控訴人松本市  被控訴人松本市は、本件搬送後の平成二二年三月三一日、被控訴人病院の開設者であるb町を編入合併し、同町の地位を引き継いだ。  (3) 異変の兆候  ア Aは、平成二〇年秋頃から頭痛を訴えるようになった。  イ Aは、平成二一年六月一二日、頭痛を訴え、c市所在のO医院を受診したところ、発熱や咳痰等の症状がなかったことから、「片頭痛症」と診断され、痛み止めと筋肉の緊張を和らげる薬の処方を受けた。  ウ 同年八月二〇日頃、Aは、頭痛を訴えるとともに、「気持ちが悪い」と言って嘔吐した。また、悪心嘔吐のほか、光がまぶしく感じられた。頭痛は二日間ほど続いた。なお、この日の前後にAが医療機関を受診した形跡はない。  エ 同年九月二一日、Aは、朝から頭痛と吐き気があった。同日午後三時頃、市販の頭痛薬(ノーシン)を服用したが、効果がなく、二回も嘔吐した。一人でAの様子を見守っていたCが心配して救急車を依頼し、同日午後七時過ぎ、救急車で松本市所在のM病院救急科に搬送された。  M病院救急科医師は、Aについて、片頭痛、脱水症、髄膜炎の疑い、肝機能障害の疑い等の見立てに基づいて、診療を開始した。  問診の際、Aは、頭痛について、月に一回くらいあり、ずきずきする痛みで、一度頭痛が始まると、三日間くらい続くと話している。  同医師は、Aに対し、触診を行ったが、心音呼吸音に異常はなく、項部硬直も見られなかった。ただし、このときにAは、頭を動かされると気持ちが悪いと話した。  同医師は、Aに対し、血液検査を実施したが、特に異常はなかった。そこで、点滴を行い、ロキソニン(痛み止め)を処方し、同月二五日に再度受診するよう告げた上、帰宅を許可した。  その後、Aの頭痛は、二日間程続いてから軽減した。  オ 同月二五日、Aは、中学校を休んでCに付き添われてM病院小児科を受診した。M病院小児科医師は、起立性調節障害(OD)を疑い、Aに対して起立試験を実施したが、結果は陰性だった。そこで、同医師は、経過から片頭痛が疑わしいと考え、頭痛時に飲むようにゾーミック錠剤を一錠処方した。  同医師は、Aに対し、頭痛日記を付けるように言い、一か月後に来診するよう指示して、その日の診療を終えた。  (4) 本件搬送に至る経緯  ア 平成二一年一〇月三日の土曜日、Aは、午後六時三〇頃、夕食を食べた。その後に摂食した形跡はない。  イ Aは、同日深夜になって、「頭が痛いよお」と叫び出し、嘔吐を繰り返した。  そこで、Dが、既に就寝していたB及びCを起こすとともに、同月四日午前〇時二八分、子どもが頭が痛いと言って吐いている旨の一一九番通報をした。  なお、以下年月日の記載が省略されて時刻のみが記載されている箇所は、いずれも平成二一年一〇月四日に係るものである。  次いで、Cが午前〇時三四分、二度目の一一九番通報をした。  ウ 松本広域消防局××消防署救急隊の救急車が午前〇時三七分頃、自宅に到着した。同救急隊のI隊長は、Dの案内で自宅一階の洋式トイレに行き、Aがズボンとパンツを下ろして便座に座っているのを現認した。Aは、うつむいて力が抜けたような状態だった。  I隊長が、意識状態と自力歩行の可否を確認するため、Aに対し、「大丈夫ですか、立てますか?」と声をかけたところ、Aは、元気がなく、視線がしっかりしておらず、問いかけに対して返事をしなかったものの、自力で立ち上がってズボン等を上げた。Aは、同トイレから自宅玄関まで介添えを受けながら歩行し、同玄関先からストレッチャーで救急車内に収容された。  なお、Aは、午前〇時三九分の時点で、意識レベルに関する所見が、E(開眼機能)4点、V(最良言語反応)5点、M(最良運動反応)6点、であり、呼吸が一八回/分、脈拍が五〇回/分、血圧が一六一/七八、SpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)が九八%、瞳孔が左右共に三mm、対光反射が正常であった。また、午前〇時五五分の時点で、呼吸が一八回/分、脈拍が六三回/分、血圧が一二七/五四、SpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)が九七%の状態であった。  エ I隊長は、通信指令課からAがM病院に通院していたと聞いていたことから、M病院を収容先の第一候補と考えていたし、CもAをM病院へ連れて行くことを希望した。しかし、Dが公的な病院を希望したことから、M病院を候補から外した。  通信指令課は、直近の総合二次病院であるP病院にAの症状を伝えて収容依頼をしたが、小児科領域であるし、CTの技師が今はいないとして、小児科二次病院に収容依頼をするようにとの回答だった。  そこで、通信指令課は、小児科二次病院の当番医であった被控訴人病院に収容依頼をし、了解を得て、救急隊員にこれを伝えた。  オ I隊長は、午前〇時五二分頃、搬送先を被控訴人病院として、救急車を出発させた。救急車にCが同乗し、Bが自家用車を運転して後に続いた。  Aは、本件搬送中、気持ちが悪いと訴えていたが、頭痛は訴えなかった。また、吐き気を示したが、嘔吐はしなかった。また、Cは、救急隊員からAの既往歴について尋ねられ、M病院からの処方薬があること、AがM病院を受診した際の傷病名は不明であるが、ホルモンバランスの関係があると言われたことを答えた。  これらの聴取の結果、救急隊員は、搬送先病院に交付する傷病者情報連絡票の「事故発生内容等」の欄に、「19:00頃より嘔気、下痢、五回程嘔吐したもの(食物残渣等)」と記載し、「身体所見【特記事項】」の欄にいったん記載した「変(ママ)頭痛」の文字を二重線で消し、その脇に「ホルモンバランス等」と書き加えた。  カ 同救急車は、午前一時一六分頃、被控訴人病院に到着した。救急隊員は、傷病者情報連絡票に基づいて、被控訴人病院に対し、Aに関する引継ぎを行った上、午前一時二六分頃、被控訴人病院から引き揚げた。  (5) 被控訴人病院によるAの受入れ  ア 松本広域消防局救急指令室から、被控訴人病院の当直に対して、嘔吐、下痢、頭痛の症状がある男子中学生(A)の収容要請があった際、被控訴人Y医師は、たまたまその場におり、電話口で看護師が復唱しているのを聞いて要請内容を理解し、同看護師に対してAの受入れを指示した。  イ その後、被控訴人Y医師は、Aの自宅に到着した救急隊員から、Aの意識レベルやバイタルサインについては問題がなく、主症状は嘔吐、下痢であるとの連絡を聞いた。  ウ Aを乗せた救急車が被控訴人病院に到着すると、救急隊員は、Aの乗ったストレッチャーを救急室内に運び入れ、F看護師と共に、ぐっすりと眠っている様子のAを救急室内のストレッチャーに移乗させた。  F看護師は、H看護師と共に、Aのバイタル測定を行い、特に異常がないことを確認した。このときのAの血圧は一二九/七〇、SpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)が九八%であった。  エ 被控訴人Y医師は、Aの乗ったストレッチャーと共に救急室内に移動しながら、救急隊員から、Aについて、前日午後七時頃から吐き気があり、午前〇時三〇分頃から嘔吐、水様下痢のあること等の引継ぎを受けた。  被控訴人Y医師は、当初の通信指令課からの収容要請において、Aについて嘔吐、下痢、頭痛の症状があるとの情報であったことから、嘔吐、下痢とくれば次は腹痛かと思われるのになぜ頭痛なのかと違和感を感じていた。そこで、救急隊員に対し、Aの頭痛の状況について尋ねた。  これに対し、救急隊員は、Aから頭痛の訴えはなかった旨を述べた。  オ 被控訴人Y医師は、救急室において、Aに声をかけて目を覚まさせた上、問診を行った。Aは、今は吐き気はない、おなかも痛くないと答えた。  被控訴人Y医師は、通信指令課からの第一報において、Aに頭痛の症状があるとされたことが気になっていたので、「頭痛は?」と尋ねたところ、Aは、「痛くない」と答えた。  次いで、被控訴人Y医師は、Aに対し、聴診及び触診を行った。嘔吐及び下痢の症状と聞いていたため、ツルゴール反応を見て、Aが脱水症状に陥っていないことを確認したほか、心雑音はなく、呼吸音も清明である上、腹部の触診をしたり、口を開けさせてのどの所見をとったりしたが、異常は見当たらなかった。  頭痛に関し、被控訴人Y医師は、外傷性クモ膜下出血をある程度除外するために項部硬直及びケルニッヒ徴候をみたが異常は見られなかった。  また、被控訴人Y医師は、廊下で待っていたCを救急室内に呼び入れ、来院までの経過を尋ねた。Cは、頭痛や嘔吐で二、三回ほどM病院を受診して検査をしたが、思春期でホルモンバランスが安定しないための症状か、片頭痛だろうと言われた旨を答えた。なお、Bは、Aが救急室内に入れられた後、被控訴人病院に到着した。  カ これらのことから、被控訴人Y医師は、Aの頭痛症状は一過性の片頭痛によるもので、既に頭痛の症状は消失していることなどから、特段の治療の必要性はないものと判断した。  被控訴人Y医師は、主症状は吐き気、嘔吐及び下痢であり、Aがウイルス性の急性胃腸炎であるとの本件診断をし、本件診断に基づいて、吐き気止めの坐薬と整腸剤を処方することにした。  F看護師は、被控訴人Y医師の指示により、Aに坐薬を挿肛した。Aは、坐薬の挿肛を受けた後、「気持ち悪い」と言って、嘔吐した。  キ 被控訴人Y医師は、Aが嘔吐したのを見て、Aの症状がまだ改善していない可能性を考え、採血の上、血液検査をするとともに、点滴をして、しばらく経過をみることをF看護婦らに指示した後、救急室を出て、病棟において、他の入院児の診察を行った。  その後、被控訴人Y医師は、上記血液検査の結果に異常な所見がないことを確認した。  F看護師は、他の看護師と共に、Aに静脈留置針を入れて採血をした後、H看護師が点滴を開始し、Aを救急室から処置室に移した。Aは、処置室で眠った。  ク 午前三時二三分頃、Aに対する点滴が終了した。点滴の間、Aは眠っており、嘔吐や頭痛の訴えはなかった。  被控訴人Y医師は、上記状態に関するF看護師の報告を聞いて、処置室に赴いてAに声をかけて起こした。  Aは、「頭痛い」と言いながら起き上がった。  被控訴人Y医師は、これを聞いて、上記頭痛に関する発語が一回きりであったこともあって、Aが熟睡しているところを起こされて生理的に頭痛を覚えたのだろうと受け取った。  F看護師は、「針を抜くとき痛いよ」と声をかけながらAから点滴の針を抜いた。Aは、上記声掛けにうなずき、抜針した部位の酒精綿を抑え、ベッドから自力で降り立ったが、その際、言葉を発する元気もないといった様子だった。  ケ 被控訴人Y医師は、Aに対し、本件帰宅指示をした上、上記抜針の前後に処置室から退室した。その際及びその後に被控訴人Y医師がF看護師らに対して、Aに関し格別の指示をした形跡はない。  (6) 本件退院の状況  ア 本件帰宅指示に基づいて、Aは自宅に帰ることになったが、Aは、処置室から被控訴人病院の玄関に向けて歩き始めても足元がふらつく様子であった。  そこで、F看護師は、Cと共に両脇から腕を組むようにしてAを支え、玄関までAを歩かせた。F看護師が見たところでは、Aは、何も言葉を発することもなく、ただ歩を進めているだけといった様子だった。F看護師は、Aの様子を見て、前日、中学校で文化祭が行われたと聞いていたこともあって、疲れ切って眠っているところを起こされては力が入らないのも当然だと受け取った。  イ 同玄関付近まで来たところで、Aは、「吐きっぽい」と述べ、吐き気を訴えた。F看護師は、救急室に行ってガーグルベースやティッシュを取って戻ってきた。すると、Aは、玄関の風除室に置かれていた四輪電動車椅子の座席に座り、ハンドルを支えにしてうつ伏せになって、動かなかった。また、その足元には嘔吐の跡があった。  F看護師は、Aが歩く距離を少しでも短くしようと考え、外の駐車場の車内にいたBに依頼して、玄関先までBの自動車を横付けしてもらった。なお、このとき、F看護師が被控訴人Y医師に対し、現在のAの状況を報告して、同医師の指示を仰ごうとした形跡はない。  ウ BがAを自家用車に乗せるために抱き起そうとしたが、Aは、上記車椅子に座ったまま動かなかった。そこで、F看護師は、B及びCに協力してもらって、Aを三人で抱え上げ、自動車の中へ運び入れた。  (7) Aの死亡  ア Bが運転し、Aが乗せられた自家用車は、午前五時頃、自宅前に到着した。しかし、Aは動かなかったし、言葉を発することもなかった。B及びCの二人では、Aを抱えて家の中に入れることもできなかったので、毛布と枕を車内に運び入れ、Aに掛けてそのまま寝かせた。  イ Cは、午前八時頃、車内のAの様子を見に行った。嘔吐の跡が見られたので、これを拭き取った。このときはAの体は暖かかった。  ウ 午前一〇時三〇分頃、Bが車内の様子を見に行くと、Aが顔面蒼白で息もしていない様子だった。そのため、BがAの心臓の辺りに手を当てたが、反応が感じられなかった。そこで、Bは、急いで再び救急車を呼んだ。  エ Aは、午前一一時三五分頃、救急車により、自宅から長野県立N病院(以下「N病院」という。)へ搬送されたが、来院時に既に心肺停止状態にあった。瞳孔も開いている上、死後硬直と考えられる関節の可動制限が見られた。蘇生処置を約一時間施行したものの反応がなく、午後〇時三〇分頃、死亡が確認された。  オ N病院医師は、死亡後にAに対する全身CTを実施した。その結果、Aに明らかな外傷は認めなかったが、左側脳室内において、直径九センチメー卜ル程度の内部に出血を伴う本件のう胞を認めた。本件のう胞による脳幹圧迫の所見も認められた。Aの直接の死因は脳ヘルニアであり、脳ヘルニアの原因はのう胞内出血、のう胞内出血の原因は頭蓋内のう胞性腫瘤と診断された。  カ N病院では、警察に連絡し、同月六日、信州大学医学部法医学講座の医師によって、Aに対する司法解剖が行われた。  司法解剖の結果によると、次の事実が判明した。   (ア) Aの左大脳半球側頭葉に、脳室とは連続しない、比較的厚い皮膜で覆われた六センチメートル大の本件のう胞が占拠している。   (イ) 本件のう胞の内部に、二センチメートル大の褐色調の腫瘍性病変が確認される。   (ウ) 右大脳半球が、腫瘍を伴う巨大な本件のう胞によって、極めて高度に圧排されている。   (エ) (腫瘍についての)組織学的検査の結果、「粘液乳頭状上衣腫」の組織像に該当する。   (オ) 脳を取り出し、脳膜を開いていくと、本件のう胞が自然に穿孔して、内部から粘液様物を含む血清液を漏らす。量は二〇〇ミリリットル。なお、写真では、穿孔から本件のう胞の内部を見ると、空洞になっている。   (カ) 直接の死因は、脳腫瘍。  二 争点(1)(本件搬送時の検査義務)について  (1) 前記認定事実によると、Aは、本件搬送時、既に頭蓋内圧亢進症を発症していたものと認められる。  すなわち、前記認定事実によると、Aの左大脳半球側頭葉には、脳室とは連続しない、比較的厚い皮膜で覆われた本件のう胞が占拠するとともに、本件のう胞の内部に褐色調の腫瘍性病変が在ったことが認められ、本件のう胞の上記占拠によって、以前からAの右大脳半球が圧排されていたことがうかがわれる。  そして、本件のう胞による圧排が頭蓋内圧の亢進状態をもたらし、その結果、Aは頭蓋内圧亢進症を発症したと推認される。  (2) 医学的知見によると、頭蓋内圧亢進症状は、自覚的には①頭痛、②嘔吐、③視力障害の三主徴があり、他覚的には④意識障害などがある。  そうすると、Aが平成二一年八月二〇日頃、頭痛が二日間続く症状に見舞われた際、ほかに悪心嘔吐と光がまぶしく感じられる状態であったというのであるから、上記にいう三主徴である①頭痛、②嘔吐、③視力障害がいずれも発現したと考えることができる。  そして、遡って同年六月一二日にO医院を受診した頃に、頭痛の症状が既に見られたのであるから、Aは、その当時既に頭蓋内圧亢進症状を呈していたとも考えられる。  (3) そして、医学的知見によると、頭蓋内圧亢進症においては、嘔吐が終わると頭痛は一時的に寛解し、また食べられるという特徴を有することが認められる。  前記認定事実によると、Aは、自宅において、頭痛を訴え、嘔吐をしたので、同居の家族であるD及びCが一一九番通報したこと、救急車の中で、Aは、吐き気を示したものの、頭痛を訴えなかったこと、被控訴人Y医師は、本件搬送時における診察において、Aに頭痛が発生した原因について疑問を抱き、Aに対して頭痛の有無を聞いていること、Aは、被控訴人Y医師の問いに対し、今は吐き気はない、おなかも痛くないと述べたこと、医学的知見では、小児では、頭痛と嘔吐が三週間続くと腫瘍があると考えるべきであるとされていることが認められる。  そうであるとすると、Aについて、頭痛と嘔吐の症状があったが、嘔吐が終わると頭痛が寛解したとすれば、頭蓋内圧亢進を疑うべきであったということができる。  (4) これに対し、被控訴人Y医師は、Aの頭痛症状は一過性の片頭痛によるもので、既に頭痛症状は消失していることなどから、特段の治療の必要性はないものと判断した。この点について、被控訴人Y医師において、Aの症状について、頭蓋内圧亢進の疑いを排除したことには合理的理由が存在したとは認められない。  この点について、被控訴人Y医師は、Aの頭痛症状について、Aが以前にM病院に通院していたことを理由に、M病院の医師の診断で頭痛については解決済みであって、それは一過性の片頭痛によるものであると判断したと供述する。  しかしながら、被控訴人Y医師は、上記M病院におけるAに対する診断の結果について、同病院の診療記録を確認したことも、同病院からの紹介状を見たこともないのであって、判断の根拠としては不十分というほかはない。  (5) 以上によると、被控訴人Y医師には、本件搬送時、Aの頭蓋内圧亢進を疑って、CT検査等を実施すべき義務があったと認められる。  三 争点(2)(本件退院時の検査義務等)について  (1) 前記認定事実によると、Aに対する点滴が終了して被控訴人Y医師がAに声をかけて起こしたところ、Aは、「頭痛い」と言いながら起き上がったこと、本件退院指示に基づいて被控訴人病院を出る際、Aが足元がふらつく様子で歩いていたため、F看護師は、Cと共に両脇から腕を組むようにしてAを支え、玄関までAを歩かせたこと、しかし、Aは、玄関の風除室に置かれていた四輪電動車椅子の座席に座り、ハンドルを支えにしてうつ伏せになって、動かなかったこと、Aが同玄関において再び嘔吐したこと、医学的知見として、頭蓋内圧亢進症の症状として意識障害が挙げられること、頭蓋内圧亢進症状が著しく進行すると、脳ヘルニアを発症すること、脳ヘルニアの進行とともに、脳幹が障害され、意識障害、除脳硬直及び呼吸障害が出現し、最終的には血液低下や呼吸停止を来たし、死亡に至るとされている等の事実が認められる。  (2) そこで、検討するに、前記認定のAの症状を考慮すると、被控訴人Y医師において、Aに対する本件帰宅指示について、点滴終了後、その前提とした事実と状況が異なる事態が発生していないかどうかについて、被控訴人Y医師が自ら観察するか、医療補助者であるF看護師らに観察をさせて、異常があった場合には直ちに医師に報告するように指示するか、いずれかの措置をとる義務があったと認められる。  そして、前記認定事実によると、Aは、点滴終了後、程なくして再び嘔吐し、かつ、自力では歩行することもできなくなった事実が認められる。最初の診察時は呼びかけには反応していたのであるから、眠くなったとしても、自動車に乗るための動作を全くしないというのは、Aの状態に関して新たな事態が出現したことがうかがわれる。この場合、動けなくなった原因について、意識障害が発生したことが強く疑われる。  よって、本件退院時において、Aに意識障害の症状が出現していたことがうかがわれる。このような状態は、本件退院指示が前提とした条件と異なる事態というべきである。  したがって、このようなAの状態を現認したF看護師において、Aに関する上記状態の悪化の事実を被控訴人Y医師らに報告して、対応について指示を受けるべき義務があったというべきである。  そして、そのような報告がされていれば、被控訴人Y医師において、Aについて、意識障害の発症を疑い、本件退院指示を撤回した上、頭蓋内圧亢進を疑ってCT検査等を実施すべき義務があったというべきである。  ところが、被控訴人Y医師は、Aに対する点滴針の抜針の前後に処置室から退室したのであって、上記にいう自ら観察することも、F看護師らに対して、Aの状態に対する観察を指示することもしなかった事実が認められる。  (3) 以上によると、被控訴人Y医師において、AについてCT検査等を実施すべき義務があるのにもかかわらず、これを怠り、本件退院指示をし、かつ、Aの状態の悪化に気付かず、これを撤回しなかった過失があるというべきである。  四 争点(3)(因果関係)について  (1) 前記認定事実によると、Aの直接の死因は、脳腫瘍であること、Aに対する司法解剖の結果、Aの左大脳半球側頭葉に、脳室とは連続しない、比較的厚い皮膜で覆われた六センチメートル大の本件のう胞が占拠していたこと、本件のう胞の内部に、二センチメートル大の褐色調の腫瘍性病変が確認されたこと、同腫瘍について、組織学的検査の結果、「粘液乳頭状上衣腫」の組織像に該当するものであったこと、「上衣腫」とは、脳室壁を構成する上衣細胞から発生する腫瘍をいい、頭蓋内圧亢進症状の原因とされること、粘液乳頭状上衣腫は、良性腫瘍であり、摘出により治癒可能であること、本件搬送時、血圧の低下は顕著でなく、発言、呼吸もしていたのであるから、最悪(不可逆的)の状態には陥っていなかったこと、頭蓋内圧亢進症状は神経画像で診断でき、Aに対し、頭部CT検査を実施していれば、本件のう胞を発見することができたと認められること、頭蓋内圧亢進に対する治療として、高張液(マニトール、グリセオール)の投与や脳室ドレナージ又は除圧開頭術を行えば、脳圧をコントロールすることができたこと、Aが死亡した日の午前八時頃の時点で、その生存が確認されていること等の事実が認められる。  (2) 以上によると、本件搬送時において、Aに対し、頭部CT検査などを実施して治療を開始していれば、Aを救命することができた蓋然性があると認められる。  なお、この点について、被控訴人らは、本件のう胞から出血していることから、Aの頭蓋内腫瘍も悪性であった可能性が強く、予後不良の転帰を回避するのは難しいと主張する。しかしながら、前記認定事実に照らせば、Aの頭蓋内腫瘍が悪性であったことを認めるに足りる証拠はない。よって、被控訴人らの上記主張は採用できない。  (3) また、Aが同日午前八時頃の時点で、その生存が確認されていることから、午前三時半の本件退院の時点において、被控訴人Y医師において、頭部CT検査を実施していれば本件のう胞が発見できたと考えられる。その場合、頭蓋内圧亢進に対する緊急処置として、高張液(マニトール、グリセオール)の投与を行いつつ、脳室ドレナージの実施、除圧開頭術の実施などの外科的手法の準備をする時間的余裕があったものと推認される。よって、遅くとも本件退院時において、頭部CT検査などを行って治療を開始していれば、Aを救命できた蓋然性を認めることができる。  (4) 被控訴人らは、被控訴人病院の宿直体制では緊急開頭術を実施することは不可能であったと主張し、Aについて搬送先医療機関を探し出し、同搬送の上、本件のう胞の摘出手術を実施するまでに時間を要することを理由に救命の蓋然性を否定する。  しかし、被控訴人病院において、前記薬剤投与等によって病変の進行を遅らせることはできたはずであるし、その間に搬送先医療機関を探し出すことは、救急医療の体制上、想定されていたことというべきであるから、上記事情を理由に救命の蓋然性を否定するのは相当ではない。  次に、被控訴人らは、本件のう胞から出血していることから、悪性型である可能性が高く、長期予後は不良であること、Aに対し、摘出手術を実施したとしても、これによって摘出できない残存腫瘍については再発は避けられないことを理由に救命の蓋然性を否定する。  しかしながら、司法解剖における組織学的検査の結果、Aの脳内で発見された本件のう胞は、脳室とは連続せず、比較的厚い皮膜で覆われた状態であったこと、本件のう胞の内部に在った腫瘍性病変は、粘液乳頭状上衣腫であること、粘液乳頭状上衣腫は、良性腫瘍であり、摘出により治癒可能であることが認められる。他方、本件のう胞の内部に在った腫瘍性病変が悪性型であることを認めるに足りる証拠はなく、摘出手術を実施した場合、これによって摘出できない腫瘍が残存することを認めるに足りる証拠もないから、被控訴人らの上記主張は採用できない。  五 争点(4)(損害)について、  (1) 前記認定事実によると、Aは、平成八年××月××日生まれで、死亡当時一三歳の中学一年生であったこと、発生時期は不明であるが、本件のう胞の発生の以前において、Aは、心身の発達に支障なく成長していたことがうかがわれること、本件搬送時には、Aの頭蓋内には相当程度に進行し、肥大化した本件のう胞が存在していたこと、本件搬送時、Aは、頭痛を激しく訴えるととも嘔吐を繰り返し、家人の一一九番通報によって被控訴人病院に搬送されたものの、結局のところ点滴等の治療を受けるのみで、帰宅を指示され、祖父の運転する自動車で帰途についたものの、結局、自宅前の自動車の中で重篤な状態に陥り、そのまま死亡したこと等の事実が認められる。  (2) 以上によると、損害額については、次のとおり認めるのが相当である。  ア 逸失利益    三七七一万一五二七円  Aが死亡した平成二一年当時の「平成二一年賃金センサス男性学歴計」の「全年齢平均賃金」によると、基礎収入額は五二九万八二〇〇円である。  生活費控除率は、五〇%が相当である。  中間利息の控除については、一三歳の平均余命が六六・九二歳であるところ、この点に関し、控訴人は、ライプニッツ係数が一八・五六五一であると主張するから、これを採用する。  次に、一八歳未満の者について、就労開始時期を一八歳と見て、一八歳に達するまでの年数である五年に相当するライプニッツ係数四・三二九五を差し引く。  そうすると、Aに適用されるライプニッツ係数は、次の計算式のとおり、一四・二三五六となる。  (計算式)一八・五六五一-四・三二九五=一四・二三五六  以上によると、Aの死亡逸失利益は、次の計算式のとおり、三七七一万一五二七円となる。  (計算式)五二九万八二〇〇円×(一-〇・五)×一四・二三五六=三七七一万一五二七円  イ 死亡慰謝料       二〇〇〇万円  Aは、死亡当時一三歳で、学校では××部で活動していた中学一年生であったところ、頭痛と吐き気を訴えて救急搬送されたものの、当を得たものとはいえない限定的な治療を受けたのみで帰宅することを余儀なくされ、その直後死亡したものであるから、Aの苦しみと無念さは、察して余りあるものと推察される。これを慰謝するには二〇〇〇万円をもって相当とする。  ウ 葬儀費用         一五〇万円  エ 小計      五九二一万一五二七円  なお、控訴人固有の慰謝料については、本件に顕れた全ての事情に照らし、格別に算定しないのを相当と思料する。  (3) 素因減額          五割  本件搬送時には、Aの頭蓋内には相当程度に進行し、肥大化した本件のう胞が存在していたこと、被控訴人病院としては、小児科救急医療の受入れ先として、深夜に救急搬送されたAに対して、取り急ぎ救急医療を施したものであること、その他本件に顕れた事情を総合考慮すると、公平の見地から五割の素因減額を行うのが相当である。  これによると、素因減額後の損害額は、次の計算式のとおり、二九六〇万五七六三円(一円未満切捨て)となる。  (計算式)五九二一万一五二七円×(一-〇・五)=二九六〇万五七六三・五  (4) 弁護士費用      三〇〇万円  (5) 認容額合計 三二六〇万五七六三円 第四 結論  一 以上によると、控訴人の被控訴人らに対する請求について、連帯して三二六〇万五七六三円及びこれに対する平成二一年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員の各支払を命じる限度で認容し、その余をいずれも棄却すべきものと判断する。  二 よって、控訴人の請求を全部棄却した原判決を取り消し、主文のとおり判決する。 

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