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適応がない患者に内視鏡的逆行性胆膵管造影(ERCP)及び内視鏡的乳頭バルーン拡張術(EPBD)の処置を受けた後、痰詰まりにより一時心肺停止させ、数年後に敗血症で死亡させた事例

広島地裁 平成29年9月15日判決

事件番号 平成28年(ワ)第538号

 

       主   文

 

 1 被告Z及び被告Wは、原告に対し、連帯して134万7180円及びこれに対する平成〇年〇月〇日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 被告Q及び被告Wは、原告に対し、連帯して67万3590円及びこれに対する平成〇年〇月〇日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 被告R及び被告Wは、原告に対し、連帯して67万3590円及びこれに対する平成〇年〇月〇日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 4 被告Z、被告Q及び被告Rの反訴請求をいずれも棄却する。

 5 訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを100分し、その95を被告Z、被告Q及び被告Rの負担とし、その余を被告らの負担とする。

 6 この判決は、第1項ないし第3項に限り、仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

 1 本訴

 主文第1項から第3項までと同旨

 2 反訴

 (1)原告は、被告Zに対し、2200万円及びこれに対する平成〇年〇月〇日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 (2)原告は、被告Qに対し、1100万円及びこれに対する平成〇年〇月〇日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 (3)原告は、被告Rに対し、1100万円及びこれに対する平成〇年〇月〇日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等

 1 事案の要旨

 (1)本訴

 本訴は、原告が、Pが原告との間で診療契約を締結し、原告が開設するA1病院(以下「原告病院」という。)に入院していたところ、Pが死亡したため被告Z、被告Q及び被告RがPの権利義務を相続した、被告Wは原告とPとの間の診療契約に基づく債務を連帯保証したとして、①被告Zに対して診療契約に基づき、被告Wに対して連帯保証契約に基づき、入院診療費134万7180円及びこれに対する平成〇年〇月〇日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を、②被告Qに対して診療契約に基づき、被告Wに対して連帯保証契約に基づき、入院診療費67万3590円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を、③被告Rに対して診療契約に基づき、被告Wに対して連帯保証契約に基づき、入院診療費67万3590円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。

 (2)反訴

 反訴は、Pが死亡したのは、①適応がないのに内視鏡的逆行性胆膵管造影(以下「ERCP」という。)及び内視鏡的乳頭バルーン拡張術(以下「EPBD」という。)を実施した原告病院の医師の過失、②EPBDにより十二指腸穿孔を生じさせた原告病院の医師の手技上の過失、③痰詰まりにより心肺を停止させた原告病院の医師及び看護師の過失、③胆管ドレナージを実施しなかった原告病院の医師の過失、④EPBDの実施に関する原告病院の医師の説明義務違反に起因すると主張して、(ア)Pの相続人である被告Zが、原告に対し、債務不履行又は使用者責任に基づき、Pの慰謝料等2200万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成〇年〇月〇日(Pの死亡の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、(イ)Pの相続人である被告Qが、原告に対し、債務不履行又は使用者責任に基づき、Pの慰謝料等1100万円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、(ウ)Pの相続人である被告Rが、原告に対し、債務不履行又は使用者責任に基づき、Pの慰謝料等1100万円及びこれに対する同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。

 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉

 (1)当事者

 ア 原告は、〇〇市《番地等略》において、原告病院を設置運営している。

 イ Pは、昭和3年×月×日生まれの男性であり、平成〇年〇月〇日に〇〇歳で死亡した。被告Zは、Pの妻であり、被告Q及び被告Rは、Pの子らである。

 (2)診療契約及び連帯保証契約の締結

 ア Pは、平成〇年〇月〇日、原告との間で診療契約を締結し、原告病院に入院した。

 イ 被告Wは、平成〇年〇月〇日、原告との間で、Pの原告に対する上記診療契約に基づく債務を連帯保証するとの合意を書面でした。

 (3)Pの入院の経過等

 ア Pは、平成〇年〇月〇日、A2病院に入院した。

 イ Pは、平成〇年〇月〇日、A2病院を退院し、原告病院に入院した。

 ウ Pは、平成〇年〇月〇日、原告病院において、ERCP及びEPBDの処置を受けた。

 エ Pは、平成〇年〇月〇日、喀痰の誤嚥によって心肺停止状態となり、低酸素性脳症に陥った。

 オ Pは、平成〇年〇月〇日、原告病院に入院中に死亡した。

 (4)入院診療費

 Pは、平成〇年〇月〇日から平成〇年〇月〇日まで原告病院に入院した。Pの平成〇年〇月分以降の入院診療費のうちPの自己負担額は、別紙「診療報酬一覧表」の「請求期間」欄記載の期間に対応する「請求金額」欄記載の金額であり、その合計額は269万4360円である。

 3 争点及び争点に関する当事者の主張

 (1)入院診療費の支払債務の有無

 (原告の主張)

 Pは、原告に対し、別紙「診療報酬一覧表」記載の合計269万4360円の入院診療費の支払債務を負う。

 (被告らの主張)

 原告病院の医師及び看護師には、後記(2)~(6)の被告らの主張のとおり、Pに対する診療において注意義務違反がある。原告病院は、Pに対し、診療契約の債務の本旨に従った履行をしなかったのであるから、Pは原告に対して、入院診療費の支払債務を負わない。

 (2)適応がないのにERCP及びEPBDを実施した注意義務違反の有無

 (被告らの主張)

 ア Pは、平成〇年〇月以前、胃がんを発症し、ビルロートⅡ法による手術を受けた。Pは、平成〇年〇月〇日、A2病院において、結石の有無を確認するため、ERCPを受けたが、胃がんの手術を受けたことにより、胃や小腸の内壁がでこぼこの状態となっており、内視鏡を十二指腸乳頭に到達させることも、内視鏡を十二指腸乳頭の正面から挿入することも困難な状態であった。内視鏡を十二指腸乳頭に斜めから挿入することは、抵抗を高めるため、十二指腸に穿孔を生じさせる危険性が非常に高い。そのため、A2病院の医師は、Pについて、内視鏡による胆石の除去は困難と判断した。このように、Pには、胃がんの手術の影響により、ERCPや内視鏡的手術などの内視鏡的治療の適応はなかった。

 イ しかし、原告病院のP1医師は、A2病院の医師から内視鏡的治療は極めて困難であるとの情報提供を受けていたにもかかわらず、平成〇年〇月〇日、Pに対し、ERCP及びEPBDを実施した。また、P1医師は、内視鏡を挿入した後、Pの胃や小腸の内壁がでこぼこであることを認識し、内視鏡の十二指腸乳頭への到達が困難であることや、十二指腸乳頭に内視鏡を正面から挿入できないことを認識したにもかかわらず、EPBDを中止しなかった。

 (原告の主張)

 ア Pは、平成〇年〇月〇日に総胆管結石が疑われ、閉塞性黄疸が認められた。また、同月〇日には右上腹部に激しい疼痛、全身黄疸や眼球黄疸が見られ、同月〇日にも皮膚黄染があった。Pを経過観察とした場合、胆管胆石により閉塞性黄疸や化膿性胆管炎を合併し、敗血症や胆汁性肝硬変に至る危険性が高かったため、治療を行う必要があった。総胆管結石は、症状の有無にかかわらず内視鏡的治療が原則である。EPBDは総胆管結石に対する標準的な治療法であり、出血傾向を有する者や、ビルロートⅡ法再建術後の症例はよい適応であると考えられている。Pは、胃がんによりビルロートⅡ法による手術を受けていたから、PにEPBDの適応があったことは明らかである。

 なお、Pは、ビルロートⅡ法による胃がんの手術を受けた後にも、平成〇年〇月〇日、同年〇月〇日、平成〇年〇月〇日及び平成〇年〇月〇日の各日に、内視鏡的治療であるERCPを受けた。A2病院においても、ERCPが実施されており、Pに内視鏡的治療の適応がなかったということはできない。

 イ A2病院においては、内視鏡の乳頭への到達が困難であることから内視鏡的治療が困難であると考えられていたものと思われるところ、P1医師は、Pに対し、内視鏡を挿入し、十二指腸乳頭に到達させ、バルーンカテーテルで乳頭を拡張し、胆管内に砕石器を挿入したが、この過程で十二指腸の穿孔が生じることはなかった。P1医師において、EPBDを中止すべきであったということはできない。

 (3)EPBDにより十二指腸穿孔を生じさせた注意義務違反の有無

 (被告らの主張)

 P1医師は、Pは胃や小腸の内壁がでこぼこしており、砕石器を引き抜く操作により十二指腸に穿孔を生じさせる危険性が高いことを認識していた。また、P1医師は、砕石器を引き抜く際、抵抗を感じており、ゆっくりと砕石器を操作しなければ臓器を傷つけてしまうことを認識していた。しかし、P1医師は、十二指腸に向けて力任せに砕石器を内視鏡ごと引き抜き、Pの十二指腸に穿孔を生じさせた。

 (原告の主張)

 ア P1医師は、内視鏡を十二指腸乳頭に到達させた後、バルーンカテーテルで乳頭を拡張して胆管内に砕石器を挿入し、バスケット鉗子で胆管内結石(径13mm)を把持し、径15mmの胆管から十二指腸へ牽引抜去を試みた。P1医師は、やや抵抗を感じたが、そのまま慎重にじわじわと十二指腸側へ牽引し、把持した胆管内結石を十二指腸から摘出しようとしたところ、スポンと抜けたような感覚で、内視鏡が出てきた。P1医師が結石を牽引する際に感じた抵抗感は、十二指腸の穿孔を予見させるほど強いものではなく、P1医師が力任せに砕石器を引き抜いたということもない。

 イ 砕石器が抜けた後、出血があったため、十二指腸乳頭まで内視鏡を戻してみると、乳頭から約5センチメートル水平脚寄りに裂傷が見られたことから、原告病院の医師は、十二指腸穿孔と判断した。十二指腸穿孔は、EPBDに伴う合併症であり、P1医師の手技について注意義務違反があるとはいえない。なお、胆石を破砕してから引き出すという方法もあるが、P1医師は、胆石の破砕片が増えるため処置時間が延長されることと、残存結石の治療を繰り返している過去の治療歴から、完全摘出可能な大きめのバルーンで乳頭を拡張し、破砕せずに摘出する方法を選択した。実際、出口である乳頭には損傷はなく、胆石の摘出にも成功した。

 (4)痰詰まりにより心肺を停止させた注意義務違反の有無

 (被告らの主張)

 ア Pは、平成〇年〇月〇日以前から、痰が絡んで苦しそうな様子であり、Pの家族は、原告病院のP2医師らに対し、このことを訴えていた。また、Pには、同月〇日、痰がからむ症状が見られていた。原告病院の医師は、Pについて、痰が喉に絡んで呼吸困難になることが予見できたから、Pに対し、痰の絡みが改善するまでは、痰が絡まないように定期的に痰の除去を行い、呼吸困難になっても酸素不足にならないよう酸素吸入を行い、呼吸困難時に看護師がすぐに駆けつけられるよう血中酸素濃度の測定も続けておかなければならなかった。しかし、P2医師は、同月〇日午前7時、酸素吸入装置を外した。また、原告病院においては、痰が絡んだときしか痰の除去が行われず、血中酸素濃度の測定も行われなかった。

 イ Pは、平成〇年〇月〇日午後1時27分頃、呼吸が乱れ、呼吸困難となったから、原告病院の医師又は看護師は、Pに対し、直ちに痰の除去を行う義務を負う。しかし、P3看護師は、その頃、Pの病室におり、Pの家族からPが呼吸困難であることを告げられたにもかかわらず、直ちに痰の除去を行わず、また、痰の除去を実施しようとしても、管の扱いに手間取ったため、Pが呼吸困難になってから3分~5分後になって初めて痰の除去を実施した。Pは、同日午後1時28分頃には意識がなくなったが、P3看護師は、他の看護師に対して応援依頼をすることはなかった。これらのP3看護師の対応は、直ちに痰の除去を行う義務に反するものである。

 (原告の主張)

 ア 原告病院では、Pに対し、平成〇年〇月〇日から同年〇月〇日まで、酸素マスク及び経鼻カニューレによる酸素吸入を行い、同年〇月〇日から同年〇月〇日まで、痰を排出しやすくするためにビソルボンの吸入を〇日4回行っていた。また、Pの痰が絡んだ際は、看護師が吸痰措置を行っていた。原告病院は、Pの呼吸状態の管理や痰の排出のための措置として必要十分な対応をしていた。P2医師がPの酸素吸入装置を外したことはない。

 また、平成〇年〇月〇日午後1時28分頃にPが突然呼吸困難を訴えるまでは、Pの呼吸状態や血中酸素濃度には何ら問題はなかった。定期的な痰除去処置と心肺停止との間に因果関係はない。

 イ P3看護師は、平成〇年〇月〇日午後1時28分頃、Pの家族から点滴の接続部に漏れがあるとの連絡を受けたため、Pの病室に駆けつけ、点滴の装置を操作し、Pのベッドを座位からギャッジダウンしていたところ、Pの呼吸状態が悪化し始めた。なお、このとき、Pは酸素吸入のための経鼻カニューレを外していた。P3看護師は、Pに対し、意識や血圧の確認を行いながら、吸痰措置を行った。このような様子を見たPの家族がナースステーションに来たため、別の看護師がPの病室に駆けつけたところ、P3看護師は、駆けつけた看護師に対し、応援要請をした。Pは、意識が徐々に低下し、眼球が上転するとともに自発呼吸もなくなったことから、原告病院の看護師は、同日午後1時30分頃、胸骨圧迫を開始するとともに、コードブルーを発信し、同日午後1時32分には医師がPの病室に駆けつけた。P3看護師の対応に過失はない。

 (5)胆管ドレナージを実施しなかった注意義務違反の有無

 (被告らの主張)

 Pは、平成〇年〇月〇日に閉塞性胆管炎であることが判明したから、原告病院の医師は、同日、Pに対して胆管ドレナージを実施すべきであった。なお、被告Z、被告Q及び被告Rは、P2医師から胆管ドレナージの実施について説明を受けた後、実施するかどうかについて結論を決めかねていただけであり、胆管ドレナージの実施への同意を明確に拒否したことはない。被告Z、被告Q及び被告Rは、同月〇日にも、P2医師から胆管ドレナージの実施について同意を求められたことはない。

 (原告の主張)

 Pは、平成〇年頃から7回にわたり閉塞性胆管炎を発症しており、原告病院の医師は、被告Z、被告Q及び被告Rに対し、胆管ドレナージの実施を勧めた。しかし、被告Z、被告Q及び被告Rらは、同年〇月〇日、原告病院の医師から胆管ドレナージと抗生剤治療の継続について説明を受けた際、「同意書にサインはできません。」と発言し、同意を拒否した。Pは、平成〇年〇月〇日に閉塞性胆管炎を発症したが、もはや胆管ドレナージに耐えうるだけの体力はなく、仮に胆管ドレナージを実施したとしても、閉塞性胆管炎の症状が改善する余地はなかった。なお、P2医師は、同月〇日にも、被告Zから侵襲的処置を行わないことなどについて同意を得ていた。したがって、原告病院の医師が同月〇日にPに対して胆管ドレナージを実施すべきであったとはいえない。

 (6)説明義務違反の有無

 (被告らの主張)

 原告病院の医師は、ERCP及びEPBDの実施に先立ち、PやPの家族に対し、内視鏡的治療が困難であることや、穿孔を生じさせる可能性が高いこと、他に選択できる治療方法があることを説明する義務を負うにもかかわらず、これらについて説明をしなかった。

 (原告の主張)

 原告病院のP4医師は、P及びPの家族に対し、説明書に従い、ERCP及びEPBDについて詳細な説明をした。また、P4医師は、P及びPの家族に対し、Pの手術歴等も踏まえた穿孔のリスク等についても説明した。なお、Pには、外科的治療よりも内視鏡的治療の方が望ましいことは明らかであったため、原告病院の医師に外科的治療を選択できることを説明する義務があったということはできない。

 (7)因果関係

 (被告らの主張)

 前記(2)ないし(4)の被告らが主張する注意義務違反によって、Pの体力は著しく低下した。その結果、Pは、手術などの急襲的措置を受けることができない体質になるとともに、感染症に罹患しやすくなり、敗血症によって死亡した。

 また、前記(5)の被告らが主張する注意義務違反によって、Pは胆管炎に罹患し、敗血症によって死亡した。

 さらに、前記(6)の被告らが主張する説明義務違反によって、Pはリスクの高いERCPや内視鏡的手術を選択せざるを得なくなった。その結果、内視鏡的手術の失敗や痰詰まりが生じるなどして、Pは、手術などの急襲的措置を受けることができない体質になるとともに、感染症に罹患しやすくなり、敗血症によって死亡した。

 以上のように、被告らの主張する各義務違反とPの死亡との間には因果関係がある。

 (原告の主張)

 争う。

 仮に被告らの主張する内視鏡的治療や痰詰まりに関する注意義務違反があったとしても、内視鏡的治療は平成〇年〇月に実施されたものであるし、痰詰まりによる心肺停止も平成〇年〇月に生じたものである。いずれもPが死亡する3年以上も前のことであり、その間にPの状態が一旦安定したことなどに鑑みれば、上記注意義務違反とPの死亡との間に因果関係はない。

 (8)Pの損害

 (被告Z、被告Q及び被告Rの主張)

 ア 慰謝料 4000万円

 Pは、原告病院の医師の説明義務違反により、よりリスクの少ない治療を受ける機会を奪われ、原告病院の医師に内視鏡的治療を強行されたことにより何度も手術を受けざるを得なくなった。また、Pは、原告病院の医師及び看護師の注意義務違反により意識が回復しない状態に陥り、3年以上もの長期間入院を余儀なくされ、最終的には死亡するに至った。Pの慰謝料は4000万円が相当である。

 イ 弁護士費用 400万円

 Pの弁護士費用は400万円が相当である。

 (原告の主張)

 争う。

第3 当裁判所の判断

 1 事実関係等

 前記前提事実に加え、後掲証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

 (1)診療経過等について

 ア Pは、遅くとも平成〇年〇月までに、胃がん治療ための胃の切除手術を受けた。同手術においては、ビルロートⅡ法による胃の再建がなされた。

 イ A2病院における診療経過等

  (ア)平成〇年〇月の入院について

  P Pは、平成〇年〇月〇日、腹部の膨満感及び痛みを訴えてA2病院の救急外来を受診した。Pは、同月〇日、総胆管結石症に伴う閉塞性黄疸及び胆道感染症の疑いがあるとして、同病院に入院した。

  b A2病院の医師は、平成〇年〇月〇日、Pに対し、ERCPを実施し、6~7mmの総胆管結石を確認した。

  c A2病院の医師は、平成〇年〇月〇日、Pに対し、EPBDを実施し、総胆管結石を除去するとともに、念のため内視鏡的経鼻胆道ドレナージを留置した。ただし、このドレナージは、同月〇日に抜去された。

  d Pは、平成〇年〇月〇日、A2病院を退院した。

  (イ)平成〇年〇月の入院について

  P Pは、平成〇年〇月〇日、下腹部痛を訴えてA2病院を受診し、同日、同病院に入院した。同病院の医師は、検査の結果、Pに総胆管結石等が疑われたため、同日、Pに対し、ERCPを試みたが、食物残渣のため内視鏡を十二指腸へ到達させることができず中止することとなったため、翌日に再度行うこととした。

  b A2病院の医師は、平成〇年〇月〇日、Pに対し、ERCP及びEPBDを実施し、胆石を排石するとともに、念のため、胆管チューブステントを留置した。同病院の医師は、同日の手術について、「B-Ⅱ術後胃にてERCP困難な症例である。直視にて吻合部より輸入脚に挿入、ブラウン吻合に達したら、輸入脚側(クリップによるマーキングがない方)に挿入する。側臥位では同部への挿入は困難、腹臥位で行う必要があった。直視は乳頭まで到達できないが、ガイドワイヤーを留置して、側視と交換し、乳頭に到達、ERCPを行った。」と診療録に記載した。

  c Pは、平成〇年〇月〇日、A2病院を退院した。

  (ウ)平成〇年〇月から同年〇月までの入院について

  P Pは、平成〇年〇月〇日、発熱と右季肋部痛のため救急搬送され、A2病院に入院した。同日に行われたCT検査の結果、総胆管に4mmの結石があることが判明した。

  b A2病院の医師は、平成〇年〇月〇日、Pに対し、ERCPを行うとともに、総胆管結石を可能な限り排石した上で、黄疸の予防のため、チューブステントの留置を行った。

  c Pは、平成〇年〇月〇日、A2病院を退院した。

  (エ)平成〇年〇月の入院について

  P Pは、平成〇年〇月〇日、腹痛を訴えてA2病院の救急外来を受診した。Pは、総胆管結石の疑いがあるとの診断を受け、同日、同病院に入院した。同日時点で、Pには、閉塞性黄疸と思われる症状があり、同月〇日には、右上腹部に激しい疼痛が認められた。

  b A2病院のP5医師は、平成〇年〇月〇日、PにERCPの適応があると判断してERCPを実施しようとしたが、解剖学的に十二指腸乳頭へのアプローチが困難であったため中止した。

  c Pのビリルビン値は、平成〇年〇月〇日に正常化したが、同月〇日に再び上昇した。同月〇日には、皮膚黄染が認められた。

  d Pの家族は、平成〇年〇月〇日、A2病院の医師に対し、原告病院への転院を希望する旨を伝えた。そこで、Pは、同月〇日に、同病院から原告病院へ転院することとなった。

  e 前記転院に際して、A2病院のP6看護師作成の平成〇年〇月〇日付け看護添書及び同病院のP7医師作成の同月〇日付け診療情報提供書が原告病院に送付された。これらの書面には、検査結果及び治療経過について、①Pは、今までに総胆管結石症を何度か繰り返しており、前回の再発時(平成〇年〇月)に胆管ステントを留置されていたこと、②Pは、平成〇年〇月〇日、上腹部痛を主訴にA2病院を受診し、総胆管結石症の再発及び閉塞性黄疸があると診断されて同病院に入院したこと、③同病院の医師は、同月〇日、Pに対し、ERCPを実施したが、十二指腸乳頭へのアプローチができず、ステント抜去(このときに1個排石)のみで終了したこと、④その後、ビリルビン値がいったん正常化したが、再び上昇しており、エコー検査で残存結石があることが確認されていること、⑤本件は、胃がんの手術(ビルロートⅡ法)後のためERCPが非常に困難な症例であり、Pが高齢で慢性心不全があることから外科的治療も躊躇されること、⑥同病院の医師は、次善の策として、PTCDの実施を検討していたが、胆管拡張が不十分なため実施には至らなかったことなどが記載されている。

 ウ 原告病院における診療経過等

  (ア)ERCP及びEPBDの実施等

  P Pは、平成〇年〇月〇日、A2病院を退院し、総胆管結石症の治療として内視鏡的治療を受ける目的で、原告病院の内科に入院した。

  b 原告病院のP4医師は、平成〇年〇月〇日、P、被告Z及び被告Qの妻に対し、「内視鏡的逆行性胆膵管造影(ERCP)関連処置説明書」と題する書面(以下「本件説明書」という。)を交付して、内視鏡的治療の説明を行った。本件説明書には、ERCPやEPBDの概略の説明のほか、内視鏡的治療の副作用及び合併症として、「2003-2007年の全国調査にて死亡例0・007-0・014%」との記載があり、副作用及び合併症として列挙されたものの中に「穿孔(カメラ挿入や乳頭切開に伴う。手術必要な場合あり)」との記載があった。同説明を受けて、P及び被告Zは、ERCP及びEPBDの処置を受けることを書面で同意した。

  c 原告病院のP1医師は、平成〇年〇月〇日午後3時12分、Pに対し、ERCP及びEPBDを施行した。P1医師は、Pの十二指腸乳頭に内視鏡が到達したため、胆管造影を施行したところ、Pの総胆管内に数個の結石があることを確認した。P1医師は、径15mmの胆管内にある径13mmの結石を砕石バスケットで把持し、内視鏡で使用しているカメラとともに砕石バスケットを引っ張る動作をしたところ、やや抵抗があり、総胆管からカメラとバスケットがスポンと抜ける感覚で出てきた。その後、出血があったため、P1医師が内視鏡を十二指腸乳頭付近に戻したところ、十二指腸乳頭に損傷はなかったが、十二指腸乳頭から少し離れた下十二指腸角に穿孔(水平部における全層の裂創)が生じたことが確認された。

  d P1医師は、Pに生じた十二指腸穿孔を処置するために、内視鏡的治療を終了し、原告病院の外科に所属するP2医師に連絡を取った。P1医師は、Pの家族に対し、穿孔が生じた部分に力が加わったために穿孔が生じたと説明した。

  e 原告病院の医師らは、Pに対して緊急手術が必要であると判断した。P1医師は、Pの家族に対し、十二指腸穿孔部閉鎖等の緊急手術が必要となること及び穿孔が医原性の偶発症であることを説明した。

  (イ)緊急手術及び再手術の実施

  P P2医師らは、平成〇年〇月〇日午後9時30分頃から約4時間にわたり、Pに対し、十二指腸穿孔部閉鎖、ドレナージ、総胆管切開・採石・C-tubeドレナージ、胆のう摘出等の手術を施行した。同手術に伴い、Pの体内にはドレナージチューブ(C-tube)が留置された。

  b Pの上記Pのドレナージチューブ(C-tube)が自然逸脱し、胆汁が腹腔内に漏れていることが確認されたため、P2医師らは、平成〇年〇月〇日午前9時39分から午後0時16分まで、Pに対し、十二指腸穿孔部縫合、ドレナージチューブ(T-tube)留置等の再手術を施行した。

  (ウ)緊急手術及び再手術後の呼吸状態の管理

  P 原告病院の医師は、上記(イ)bの再手術の終了時から平成〇年〇月〇日午前11時までの間、Pに対して酸素マスクによる酸素吸入の措置をした。その間のPのSpO2(酸素飽和度)は、91~100%の間で推移していた。

  b 原告病院の医師は、平成〇年〇月〇日午前11時から同年〇月〇日午前7時30分までの間、Pに対し、鼻カニューレにより毎分3Lの酸素吸入の措置をした。PのSPO2は、同年〇月〇日午後1時4分時点で約97%、同月〇日午前8時30分時点で98~100%、同月〇日午前8時56分時点で95%であった。

  c 原告病院の医師は、平成〇年〇月〇日午前7時30分、Pに対し、鼻カニューレによる酸素吸入の量を毎分2Lに減らした。同措置は、同日午後11時59分まで継続される予定であった。

  d 原告病院の看護師は、医師の指示に基づき、平成〇年〇月〇日午後6時から同年〇月〇日午前10時までの間、午前6時、午前10時、午後2時、午後6時の各時刻において、Pに対し、去痰剤であるビソルボンを吸入させた。

  e 原告病院の看護師は、平成〇年〇月〇日、Pから、頻繁に痰が絡むとの訴えがあったため、Pの痰の吸引をした。もっとも、当時、Pの呼吸状態は良好であった。

  (エ)呼吸状態の悪化及び心肺停止

 Pは、平成〇年〇月〇日午前11時9分頃には呼吸状態が良好であったが、同日午後1時28分頃、呼吸が苦しそうな様子を見せた。点滴漏れの有無を確認するためPの病室に在室していたP3看護師は、Pに対し、吸痰措置を行ったところ、呼呼状態は一時的に改善したが、間もなく、Pが呼びかけに反応せず、Pの自発呼吸がなくなり、橈骨動脈の拍動を触知することができなくなった。応援に駆けつけた看護師は、同日午後1時30分頃、コードブルー(館内一斉放送)を発信し、これを受けて訪室した医師は、Pの蘇生処置を行った。Pは、同日午後1時37分頃に心肺を再開したが、心肺停止が原因となって、低酸素性脳症に陥った。Pの呼吸不全は、喀痰の誤嚥が原因であった。なお、Pが上記のとおり呼吸が苦しい様子を見せた当初、Pの病室には、Pのほか、P3看護師、被告R、被告Qの子であるF1及びF2が在室していた。

  (オ)閉塞性胆管炎の発症

  P Pは、平成〇年〇月〇日、閉塞性胆管炎を発症した。P2医師は、同日、被告Z、被告Q及び被告Rに対し、①Pが結石による閉塞性胆管炎に罹患している可能性が高い、②抗生剤治療を開始したが、増悪する可能性がある、③急性化膿性胆管炎となった場合に内視鏡的処置や胆管ドレナージといった処置を要する可能性があるが、どこまでの侵襲的処置を施すことを希望するか、④急変時には内視鏡治療や胆管ドレナージといった処置を施す余地がない可能性もあると説明又は質問をした。被告Z、被告Q及び被告Rは、P2医師に対し、まずは抗生剤治療で様子を見て欲しい、今後については家族間で考えてみると伝えた。

  b P2医師は、平成〇年〇月〇日、被告Z及び被告Qに対し、①Pの急性閉塞性胆管炎が抗生剤によって沈静に向かっているようであること、②炎症が改善しない場合には胆管ドレナージを要することがあるが、穿刺に伴い合併症が発生することがあることや、穿刺そのものが困難な可能性があることについて説明した。

  c P2医師は、平成〇年〇月〇日、被告Z及び被告Qに対し、①同年〇月〇日に閉塞性胆管炎が発症して以降、徐々に炎症反応が軽減していたが、同月〇日に炎症が再び増悪し、発熱と呼吸状態の悪化が見られたこと、②今後さらに増悪する可能性が高いこと、③治療の手段としては、抗生剤の投与のみでは足りず、閉塞した胆道のドレナージを要する可能性があること、④胆道ドレナージにも気胸、膿胸、出血及び胆汁の漏れなどといったリスクがあるし、ドレナージ自体が絶対に成功するとも限らないこと、⑤P2医師としては翌朝に胆管ドレナージをするものと予定しているが、抗生剤の投与等の非侵襲的治療をするに留めるか、予定どおりドレナージによる治療を開始するかについて翌朝までに決めてもらいたいことなどを説明した。

  d P2医師は、平成〇年〇月〇日、被告Z、被告Q及び被告RとPに対する今後の処置について話し合った。P2医師は、被告Z、被告Q及び被告Rに対し、①抗生剤の投与を続けるか、胆管ドレナージをするかの選択が考えられること、②抗生剤による治療には限界があること、③胆管ドレナージにもリスクがあること、④呼吸状態が良いときしか胆管ドレナージを施すことが難しく、呼吸状態に照らして胆管ドレナージが可能な今の時機を逃すと胆管ドレナージをできない可能性があることなどを説明した。被告Z、被告Q及び被告Rは、P2医師に対し、いずれの治療を選択するのが良いのかを決めることができないと答えた。そこで、P2医師は、被告Z、被告Q及び被告Rに対し、①胆管ドレナージに対する家族の同意を得ないと胆管ドレナージはできないこと、②今のタイミングを逃すと胆管ドレナージができない可能性が考えられること、③Pの状態が悪化してからでは胆管ドレナージはできないので、そのことを理解した上で、判断をして欲しいこと、④今日胆管ドレナージをしないという選択をした場合、今後胆管ドレナージをすることは難しい可能性が高いことなどを説明した。被告Z、被告Q及び被告Rは、胆管ドレナージを行うことについて決断がつかない、同意書に署名することはできないと述べた。P2医師は、被告Z、被告Q及び被告Rに対し、①今後胆管ドレナージをすると決断したのであれば連絡して欲しいこと、②そのような連絡がない限りは抗生剤投与の治療を継続すること、③今後胆管ドレナージをすると希望したとしても、Pの身体の状況によっては胆管ドレナージを施すことはできないことがあると伝えた。

  e Pは、平成〇年〇月〇日、平成24年〇月〇日、同年〇月〇日、同年〇月〇日、平成〇年〇月〇日の各日に閉塞性胆管炎を再度発症した。

  f 平成〇年〇月〇日にPの体温が37・9℃となった。同年〇月〇日、Pが同年〇月〇日から閉塞性胆管炎を再発していたことが判明したが、原告病院の医師は、Pに対し、胆管ドレナージを施行しなかった。

  g P2医師は、平成〇年〇月〇日、被告Z、被告Q及び被告Rに対し、①胆管炎によりPの状態は悪化していること、②抗生剤の投与により一時的に解熱傾向にあったが、再び増悪したため、抗生剤の投与を追加したが、改善はなく、むしろ悪化の一途であること、③Pは長期臥床などで体力を消耗しており、今回は保存的治療のみでは死亡する見込みが強いことを説明した上で、侵襲的処置をしない方針でよいことを再度確認し、同意を得た。

  h Pは、平成〇年〇月〇日に喀痰を誤嚥して以降、意識を回復させることなく、平成〇年〇月〇日に死亡した。P2医師が作成した死亡診断書には、直接死因は敗血症(発病(発症)又は受傷から死亡までの期間は〇日)、敗血症の原因は胆管炎(発病(発症)又は受傷から死亡までの期間は〇日)、胆管炎の原因は肝内結石症(発病(発症)又は受傷から死亡までの期間は3年〇月)との記載がある。

 (2)医学的知見について

 ア ビルロートⅡ法について

 胃がんに対する手術形式の一つとして、幽門側胃切除術がある。同手術では、通常、肛門側の切離線を幽門輪から2センチメートル程度十二指腸におき、胃を3分の2以上切除する。また、胃を切除するとともに所属リンパ節を郭清する。

 同手術における胃の再建法の一つとして、ビルロートⅡ法がある。ビルロートⅡ法は、十二指腸断端を閉鎖して胃空腸吻合を行うものである。

 イ 胆石症について

 胆石は、胆道系に形成された結石であり、胆石に起因する症状を呈する病態を胆石症という。胆石症は、胆石の所在部位により、胆のう結石症、総胆管結石症、胆内(胆管)結石症などに分類される。

 胆石症に対する治療は、症状の有無や部位などを参考に決定される。

 ウ 総胆管結石症について

 総胆管結石症は、総胆管内に結石が存在する状態を指す。

 総胆管結石症は、閉塞性黄疸や化膿性胆管炎を合併し、敗血症や胆汁性肝硬変に至る危険性が高い。有症状の総胆管結石症は絶対的な治療の対象と考えられており、無症状の総胆管結石症であっても基本的には経過観察は行わずに積極的に治療を施行して、結石を除去することが推奨されている。

 総胆管結石症に対する治療としては、内視鏡的治療(内視鏡的乳頭切開術(EST)又はEPBD)が第1選択である。乳頭的アプローチが不可能であるなど内視鏡的治療が困難な場合には外科的治療の適応となる。

 エ ERCPについて

 ERCPとは、内視鏡を十二指腸下行脚まで進め、大十二指腸乳頭(VPter乳頭)からカテーテルを挿入して逆行性に胆道を直接造影する方法である。胃切除を施行された症例では、再建の術式によっては内視鏡による胆道造影が困難な場合がある。

 オ EPBDについて

 EPBDは、十二指腸内視鏡のチャンネルを通じて大十二指腸乳頭(VPter乳頭)に挿入したバルーンカテーテルを膨らませることにより乳頭を拡張し、バスケット鉗子などを用いて胆石を除去する方法である。

 EPBDを行う前にERCPの実施は必須である。

 EPBDは、ビルロートⅡ法後の症例に対する治療法として、適応が良いと考えられている。

 カ 胆管炎について

 胆管炎には、①胆道流出経路に何らかの原因による機械的閉塞・胆汁うっ滞に2次的細菌感染が合併した急性胆管炎と②特殊な原因による胆管炎(原発性硬化性胆管炎、IgG関連硬化性胆管炎など)がある。

 胆汁うっ滞の原因としては、胆管結石・肝内結石、悪性腫瘍、術後胆管狭窄などが挙げられる。

 急性閉塞性化膿性胆管炎の状態になると、敗血症などを併発して急速に全身状態が増悪することがある。

 重症急性胆管炎に対しては抗菌薬投与及び合併する全身病態に対する治療を開始し、可及的速やかに胆汁を体外に排泄するためのチューブを挿入する胆管ドレナージを施行すべきである。

 キ ビソルボンについて

 ビソルボンは、気道粘液溶解薬であり、手術後の去痰に用いられる。

 ク 敗血症について

 敗血症とは、微生物が体内に侵入して感染症を発症し、宿主側が反応して全身性炎症反応症候群(SIRS)を来した状態をいう。

 2 入院診療費の支払債務の有無(争点(1))について

 (1)前記前提事実(2)及び(4)のとおり、①Pは、平成〇年〇月〇日、原告との間で診療契約を締結し、同日から平成〇年〇月〇日までの間、原告病院に入院して治療を受けたこと、②Pの平成〇年〇月〇日から平成〇年〇月〇日までの入院診療費のうち同人の自己負担額は合計269万4360円であることが認められる。これによれば、Pは、原告に対し、診療契約に基づき、同額の支払債務を負う。

 (2)これに対し、被告らは、原告病院の医師及び看護師には、Pに対する診療に関して注意義務違反があるから、Pは原告に対して入院診療費の支払債務を負わないと主張する。

 しかし、Pと原告との間の診療契約が、治療による疾病の治癒などの一定の結果を約束するものであることを認めるに足りる証拠はない。原告に診療契約上の債務不履行(履行補助者である医師及び看護師の注意義務違反)があったとしても、そのことが直ちにPと原告との間の診療契約自体の効力等に影響するものではなく、ひいてはPが原告に対して診療契約に基づき入院診療費の支払債務を負わないことにはならない。また、後記3~7のとおり、原告病院の医師及び看護師に被告らの主張する注意義務違反があったと認めることはできないから、Pが原告に対して入院診療費の支払債務を負わないという被告らの主張は、その前提を欠く。

 したがって、被告らの上記主張は採用できない。

 (3)Pの死亡により、同債務は、法定相続分に従い、妻である被告Zがその2分の1を、子である被告Q及び被告Rがそれぞれその4分の1を相続したのであるから、被告Zは134万7180円、被告Q及び被告Rはそれぞれ67万3590円の支払債務を負う。

 また、被告Wは、Pの原告に対する診療契約に基づく債務を書面により連帯保証したのであるから、被告Wは、被告Zと連帯して134万7180円、被告Q及び被告Rとそれぞれ連帯して67万3590円の支払債務を負う。

 3 適応がないのにERCP及びEPBDを実施した注意義務違反の有無(争点(2))について

 (1)ERCP及びEPBDの適応について

 ア 被告らは、Pは胃がんの治療のためにビルロートⅡ法による手術を受けていたため、平成〇年〇月〇日当時、ERCP及びEPBDの適応がなかった旨主張する。

 イ 前記1(1)イ(エ)b、e認定のとおり、①A2病院のP5医師は、平成〇年〇月〇日にPに対してERCPを実施しようとしたが、十二指腸乳頭へのアプローチが困難であるとして、ERCPを中止したこと、②Pの転院に当たってA2病院から原告病院に送付された看護添書及び診療情報提供書には、ERCPを実施したが十二指腸乳頭へのアプローチができなかったことや、本件はビルロートⅡ法の術後のためにERCPが困難な症例であることが記載されていたことが認められる。そして、証拠《略》によれば、一般に、ビルロートⅡ法による胃の再建が行われた者に対するERCPは、内視鏡を十二指腸乳頭に到達させることが困難であったり、内視鏡の操作性が良くなかったりするため、難易度が高いと考えられていることが認められる。

 ウ しかし、記前記1(1)イ(ア)b、c、(イ)b、(ウ)b認定のとおり、Pは、ビルロートⅡ法の手術後、平成〇年〇月〇日、同月〇日、同年〇月〇日、平成〇年〇月〇日の各日に、A2病院において、総胆管結石の治療のため、ERCPやEPBDの処置を受けていたことが認められる。これらの処置によってPの全身状態が悪化したことをうかがわせる証拠はない。

 また、総胆管結石症は、無症状であっても基本的には積極的に治療を行って結石を除去することが推奨されている(前記1(2)ウ)。前記1(1)イ(エ)P、c認定のとおり、総胆管結石症に罹患していたPには、平成〇年〇月〇日には右上腹部に激しい疼痛があり、同月〇日にはビリルビン値の上昇、同月〇日には皮膚黄染などがあったのであるから、Pに対して保存的経過観察を続けることは治療方針として適切ではなく、積極的な治療によって結石を除去する必要性が高い状態にあったと認められる。そして、前記1(2)ウ及び同オのとおり、総胆管結石に対する治療としては、内視鏡的治療が第1選択となり、EPBDはビルロートⅡ法後の症例に対する治療法として適応が良いと考えられていると認められる。しかも、証拠《略》によれば、A2病院のP5医師は、Pは高齢者であること、Pには慢性腎不全の既往症があったことから、外科的治療はリスクが高いと判断して選択しなかったことが認められる。

 以上によれば、前記イの事情があるというだけでは、平成〇年〇月〇日当時、PにEPBDの適応がなかったと認めることはできず、かえって、EPBDの適応があったと認められる。また、前記1(2)オのとおり、EPBDを行う前にERCPの実施は必須であるから、PにERCPの適応がなかったと認めることもできない。したがって、被告らの上記主張には理由がない。

 (2)EPBDを中止する義務について

 ア(ア)被告らは、P1医師はPに対して内視鏡を挿入した後、胃がん手術によりPの胃や小腸の内壁がでこぼこであることを認識し、内視鏡の十二指腸乳頭への到達が困難であることや十二指腸乳頭に内視鏡を正面から挿入できないことを認識したことに鑑みれば、P1医師はPに対するEPBDを中止すべきであるのにこれを怠った旨主張する。

  (イ)しかし、前記(1)ウで認定判断したとおり、ビルロートⅡ法の術後であったことを理由にPにEPBDの適応がなかったと認めることはできない。前記1(1)ウ(ア)c認定のとおり、P1医師は、Pに対してERCPを施行した際、十二指腸乳頭に内視鏡を到達させることができた以上.ビルロートⅡ法による胃の再建が行われた者について内視鏡を十二指腸乳頭へ到達させることが一般的に困難な手技であることは、P1医師がPに対するEPBDを中止すべき根拠になるとは認められない。また、P1医師がPに対してERCPを施行した際、内視鏡の操作に困難を伴った事情や、十二指腸乳頭に的確にバルーンカテーテルを挿入することができなかった事情が存在したことを裏付ける証拠はない。

 したがって、被告らの上記主張には理由がない。

 イ(ア)被告らは、Pの総胆管内にあった結石が大きく、ワイヤーだけを使って結石を引っ張り出すという通常のやり方を採ることができず、カメラごと引き抜かなければならないことから、カメラごと動かすことにより胃や腸を傷つけるリスクが高まるし、どのタイミングで結石が十二指腸乳頭から出てくるかの予測ができず、結石が乳頭から飛び出した後の内視鏡の動きについて医師が完全にコントロールできないとして、P1医師はEPBDを中止すべきであるのにこれを怠ったと主張する。

  (イ)しかし、前記1(1)ウ(ア)cの認定事実及び証拠《略》によれば、①EPBDにおいて、通常の場合、ワイヤーだけを引っ張り、砕石用バスケットを動かすという方法がとられるが、ワイヤーだけを引っ張って砕石用バスケットを動かすことができない場合には、カメラごと動かすという方法がとられること、②P1医師は、ワイヤーだけを引っ張り結石を動かすことを試みた際にやや抵抗があったため、内視鏡ごと引くように操作したことが認められる。これによれば、P1医師は、EPBDにおける内視鏡の一般的な操作手順に従い、結石の状態に応じて内視鏡を操作したのであって、ワイヤーだけ引っ張っても胆石が出ない場合にカメラごと引き抜くというP1医師の行為がEPBDの手技として不適切なものとは認められない。したがって、P1医師が上記のとおり内視鏡を操作したことは、P1医師がEPBDを中止すべき根拠となるものではない。また、P1医師において、一般的な操作手順に従い内視鏡を操作することが困難な事情が存在したことを裏付ける証拠はない。

 したがって、被告らの上記主張には理由がない。

 4 EPBDにより十二指腸穿孔を生じさせた注意義務違反の有無(争点(3))について

 (1)被告らは、P1医師が十二指腸に向けて力任せに砕石器を内視鏡ごと引き抜き、Pの十二指腸に穿孔を生じさせたと主張する。

 (2)前記1(1)ウ(ア)c認定のとおり、P1医師が、内視鏡で使用しているカメラとともに砕石バスケットを引っ張る動作をしたところ、やや抵抗があり、総胆管からカメラと砕石バスケットがスポンと抜ける感覚で出てきたこと、その後、Pの十二指腸角に穿孔が生じたことが確認されたことが認められる。そして、証人P1は、このような穿孔が生じた原因について、内視鏡のガイドワイヤーの一部が腸管を抜けたときに腸管を切り、穿孔が生じたと思われると供述している。同供述は、内視鏡の操作方法、穿孔が生じた部位等と整合するものということができる。

 (3)しかし、前記1(1)ウ(ア)bの認定事実によれば、一般に、内視鏡的治療においては、不可避な合併症として穿孔が生じることが認められるから、Pの十二指腸に穿孔が生じたことをもって、P1医師が十二指腸に向けて力任せに砕石器を内視鏡ごと引き抜いた事実を推認することはできない。

 また、P1医師は、証人尋問において、カメラと砕石バスケットを取り出す際の抵抗は普段感じているような抵抗以上のものではなく、必要以上に力を入れたこともない旨供述しているところ、同供述に不自然な点は見当たらない。

 したがって、P1医師が内視鏡で使用されているカメラと砕石バスケットを引き抜くに当たり、必要かつ相当な範囲を超えた力を加えるなど、誤った手技を行ったと認めることはできない。

 (4)なお、被告らは、P1医師が手術後にPの家族に対して力が入りすぎて穿孔が生じましたという説明をしたことは、P1医師が力任せに砕石器を内視鏡ごと引き抜いたことを裏付けるものであると主張し、被告Qは、本人尋問において、P1医師が上記のような説明をしたと供述する。

 しかし、他方で、P1医師は、証人尋問において、穴が開いた部分に必要以上の力が加わったために穿孔したのではないかという説明をした旨供述しているところ、同供述は、内視鏡の操作方法、穿孔が生じた経緯等と整合しない不自然なものであるとは認められない。また、Pの診療録には、P1医師がPの家族に対して医原性の偶発症である旨話して詫びたという記載があるにとどまる。

 したがって、被告Q本人の上記供述を採用することはできない。

 (5)以上によれば、P1医師が十二指腸に向けて力任せに砕石器を内視鏡ごと引き抜き、Pの十二指腸に穿孔を生じさせたという被告らの主張には理由がない。

 5 痰詰まりにより心肺を停止させた注意義務違反の有無(争点(4))について

 (1)定期的な痰の除去、酸素吸入及び血中酸素濃度の測定について

 ア 被告らは、原告病院の医師は、Pの痰が絡んで呼吸困難になることが予見できた以上、原告病院は、Pに対し、定期的な痰の除去、酸素吸入及び血中酸素濃度の測定を続けておかなければならなかったにもかかわらず、Pの酸素吸入装置を外し、痰が絡んだときしか痰の除去を行わず、血中酸素濃度の測定もしていなかったと主張する。

 イ まず、痰の除去の点について、被告Rは、本人尋問において、Pに対する手術の終了時から喀痰の誤嚥が生じた同年〇月〇日までの間に、原告病院のP2医師、P8医師及びP1医師に対して、Pが胸がしんどいと訴えている旨を伝えたと供述する。

 しかし、被告Rの上記供述を裏付ける他の証拠はなく、Pの診療録には、Pが平成〇年〇月〇日以前に痰の絡みや呼吸困難を訴えた旨は記載されていない。

 また、前記1(1)ウ(ウ)P~e認定のとおり、①原告病院の医師は、平成〇年〇月〇日から同年〇月〇日までの間、Pに対し、酸素の吸入及びビソルボンの吸入の措置を採ったこと、②原告病院の看護師は、同月〇日、Pから頻繁に痰がからむとの訴えがあったため、痰の吸引をしたことが認められる。これによれば、原告病院の医師及び看護師は、Pが痰を絡ませて呼吸状態を悪化させることがないように、Pの症状に応じて必要な措置を採っていたということができる。

 ウ 酸素吸入の点について、証拠《略》によれば、Pは、平成〇年〇月〇日に喀痰を誤嚥した時点で、酸素吸入のための鼻カニューレを装着していなかったことが認められるところ、その経緯について、被告Rは、本人尋問において、Pが、「P2医師が同日の朝に酸素吸入器具を外していった。」と述べていた旨供述する。

 しかし、前記1(1)ウ(ウ)P~c認定のとおり、原告病院の医師は、Pに対し、同年〇月〇日以降、酸素吸入の措置を継続し、同年〇月〇日にも午前7時30分から午後11時59分までの間、鼻カニューレによる毎分2Lの酸素吸入を行うよう指示していたことに照らせば、P2医師がこのような指示に反して同日の朝にPに装着されていた酸素吸入器具を取り外すことはおよそ想定し難い。鼻カニューレは、その性質上、容易に取り外すことができると考えられることからすると、Pが見舞いに来た家族と会話をするために自ら鼻カニューレを外した可能性が高いと考えられる。したがって、P2医師が、同日の朝にPの酸素吸入のための鼻カニューレを外したとは認められない。

 エ 血中酸素濃度の測定の点について、証拠《略》によれば、原告病院の医師は、平成〇年〇月〇日の朝、Pの離床を促すために、看護師に対し、Pに装着されていた心電図等のモニターを取り外すよう指示したこと、看護師は、これを受け、Pに装着されていた心電図等のモニターを取り外したことが認められる。これによれば、Pが喀痰を誤嚥した当時、血中酸素濃度の測定が行われていなかったことが推認される。

 しかし、前記1(1)ウ(ウ)P、b認定のとおり、①平成〇年〇月〇日に行われた手術の終了時から同月〇日午前11時までの間、PのSpO2は91~100%の間で推移したこと、②PのSPO2は、同日午後1時4分時点で97%、同月〇日午前8時30分時点で98~100%、同月〇日午前8時56分時点で95%であったことが認められ、これによれば、Pの呼吸状態は安定していたということができる。Pが痰を絡ませるなどして一時的に呼吸状態が悪化するなどの出来事が発生したことをうかがわせる証拠はない。そして、原告病院の医師は、同月〇日から同年〇月〇日までの間、Pに対し、酸素の吸入及びビソルボンの吸入の措置を採ったことを併せ考慮すると、原告病院の医師がPの離床を促すために、血中酸素濃度を測定するモニターを取り外すよう指示したことは、医師の裁量の範囲を逸脱するものであるとは認められない。

 オ したがって、原告病院の医師及び看護師が、Pに対し、喀痰の誤嚥による窒息や心肺停止を避けるための措置を採らなかったという被告らの主張には理由がない。

 (2)Pが痰を詰まらせた際の看護師の対応について

 ア 痰の除去に着手した時期について

  (ア)被告らは、P3看護師はPの家族からPが呼吸困難であると告げられたにもかかわらず点滴の処置を優先してPに対して直ちに痰の除去を行わず、痰の除去を実施しようとしても管の扱いに手間取ったため、Pが呼吸困難になってから3~5分後になって初めて痰の除去を実施したと主張し、被告Rは、本人尋問において、これに沿う供述をする。

 これに対し、P3看護師は、証人尋問において、Pが心肺停止に至った経緯について、①点滴漏れに対する作業をし終えた後、Pの家族からPが苦しそうだという声掛けがあった、②Pに対して苦しいかどうかを確認し、ベッドをギャッジダウンさせた、③ベッドを45度にギャッジダウンさせたあたりから、Pがしゃっくり様の呼吸をし始めて、どんどん苦しそうになっていた、④Pの呼吸状態の悪化は痰詰まりが原因であると考えて吸痰道具を取って吸痰を施行した、⑤吸痰するための吸痰チューブを取りこぼしたりしたことはないし、吸痰器具の接続もスムーズにできた、⑥吸痰によって痰が引けたが、Pの呼吸状態は改善しなかった、⑦Pの家族は、ナースステーションに行き、看護師を呼んだ、⑧上級看護師3名を含む合計6名の看護師が駆けつけたが、Pの眼球が上転して触知での血圧の測定もできなくなっていた、⑨Pの心停止が確認されたためコードブルーが発信された、⑩吸痰処置を開始してからコードブルーが発信されるまでの時間は約1~2分であったと供述する。

  (イ)後掲の各証拠《略》によれば、次の事実が認められる。

  P 原告病院は、Pが平成〇年〇月〇日に心肺停止に至った経緯について、P3看護師並びに応援に駆けつけた医師及び看護師から事情を聴取した。

  b 原告病院は、平成〇年〇月〇日、Pの家族との間で説明会を設けた。原告病院は、同説明会において、Pの家族に対し、上記聴取結果に基づき、①担当看護師は、点滴の接続部の漏れに対応するためにPの病室に行った、②Pは、座っている状態で呼吸困難を訴えた。③担当看護師が「苦しいですか」と声掛けをしたら、Pがうなずいた、③担当看護師は、痰が詰まったものであると判断して、直ちに吸痰作業をした、④担当看護師は、速やかに吸痰チューブをセットした、⑤担当看護師が、吸痰をしても呼吸状態が良くならないため、緊急コールをしようと思ったとき、Pの家族が看護ステーションへ向かっていた、⑥他の看護師がPの病室に駆けつけた、⑦Pの眼球がぐっと止まって倒れる状態になったので、コードブルーが発信されたと説明した。

  c 原告病院は、平成〇年〇月〇日、Pの家族との間で説明会を設けた。原告病院は、同説明会において、Pの家族に対し、①担当看護師は、Pに対して呼吸が苦しいかどうかを尋ねた後、「楽な姿勢になりましょう。」と言ってベッドを水平にした、②担当看護師が痰を取らずに点滴の作業を優先したのではないかというPの家族の指摘については、担当看護師が点滴の操作をしている際に、Pの家族から「さっきと何か呼吸が違う」というのを聞いて、Pの呼吸状態が悪いのに気づいたというものであると考えられる、②担当看護師が痰を取る作業が機敏でなかったのではないかというPの家族の指摘については、Pが吸痰を嫌かってなかなか気管へ吸痰カテーテルが入りにくかったことはあったかもしれないが、始めるのに手間取ったということはないと説明した。

  (ウ)まず、被告R本人の供述についてみると、Pに装着されていた点滴が漏れていることが、直ちにPの生命及び身体に対して重大な影響を及ぼすものであったとは考え難い(P3看護師は、証人尋問において、点滴の漏れ自体は直ちに生命の危険や健康状態の悪化を生じさせるものではなかったと供述する)。一般に、看護師が、患者又はその家族からの呼吸困難との訴えを無視して点滴漏れに対する処置を優先させるものとは考え難いところ、P3看護師が、Pに対して、呼吸困難の原因と思われる痰の除去よりも点滴の処置を優先する行動を取る必要性や動機を有していたことをうかがわせる証拠はない。

 また、前記1(1)ウ(エ)認定のとおり、①Pは、平成〇年〇月〇日午後1時28分頃に呼吸が苦しそうな様子を見せたこと、②P3看護師は、これを受け、Pに対し、吸痰措置を行ったこと、③原告病院の看護師は、同日午後1時30分にコードブルーを発信したことが認められ、これらによれば、Pが呼吸困難を訴えてからコードブルーが発信されるまでの時間は約2分である。そうすると、Pが呼吸困難を訴えてからP3看護師が吸痰措置を行うまで3~5分を要したとは考え難い。

 そうすると、被告R本人の供述は、主要な点において、不自然といわざるを得ない。

  (エ)次に、P3看護師の供述についてみると、その信用性を全面的に否定することはできないし、被告R本人の供述がP3看護師の供述に比べて信用性が高いということもできない。その理由は、次のとおりである。

  P P3看護師は、証人尋問において、点滴漏れに対する作業をし終えた後、Pの家族からPが苦しそうだとの声掛けがあったと供述する一方で、原告病院は、説明会において、Pの家族に対し、担当看護師が点滴の操作をしている際に、Pの家族からPの呼吸が以前と異なると聞いたと説明したことが認められる。また、P3看護師は、証人尋問において、ベッドの角度を45度にしたあたりからPがどんどん苦しそうになっていったと供述する一方で、原告病院は、説明会において、Pの家族に対し、担当看護師はPに対して苦しくないかと尋ねた後にベッドの角度を水平にしたと説明したことが認められる。当時、Pの病室にいた医療従事者はP3看護師のみであり(前記1(1)ウ(エ))、原告病院の上記説明は、P3看護師に対する聴取結果に基づくものであると考えられることからすると、Pが呼吸困難になったことを認識した時期及びその際のPのベッドの位置についてのP3看護師の供述には変遷が見られる。

 しかし、点滴漏れに対処するためにPの病室を訪れた際にPが呼吸困難となった、Pに対して呼吸が苦しいかどうかを尋ねた上でベッドの角度を変えたという点において、P3看護師の供述は一貫している。そして、上記のとおりのP3看護師の供述の変遷は、その根幹に関するものであるとは認められない。

  b 原告は、本件訴訟において、上級看護師3名を含む合計4名の看護師がPの病室に駆けつけたと主張している(平成〇年〇月〇日付け準備書面添付の診療経過一覧表)のに対し、P3看護師は、上級看護師3名を含む合計6名の看護師がPの病室に駆けつけたと供述している。Pの病室に駆けつけた看護師の正確な人数が原告主張のとおりであるとすると、Pの病室に駆けつけた看護師の人数に関するP3看護師の供述は、事実と異なることになる。

 しかし、緊急時の病室においては多数の看護師が出入りすることが容易に想定される。P3看護師は、当時、Pの呼吸停止という緊急事態に対処していたことからすると、P3看護師がPの病室に駆けつけた看護師の正確な人数を記憶していないとしても不合理とはいえない(なお、P3看護師は、Pの病室に駆けつけた上級看護師の人数は3名であると供述しており、この点は、原告の調査結果と整合している)。したがって、Pの病室に駆けつけた看護師の人数に関するP3看護師の記憶が不正確であったとしても、このことは、P3看護師の供述全体の信用性を損なうものであるとは認められない。

  c 南山堂医学大辞典第19版・1624頁には、鼻腔閉塞のような純粋に近い外窒息の場合に、呼吸中枢の興奮による症状が著明となる「呼吸困難期」の開始から呼吸運動が完全に停止して心臓のみが活動している「終期」の到来まで、通常約7分を要する旨の記載がある。

 しかし、上記文献の記載は、一般的な機序を述べたものであるから、上記文献の記載があるからといって、Pが呼吸困難になってから呼吸停止になるまで約7分を要したことにはならない。被告Rは、本人尋問において、Pが肩で呼吸をするようになってから被告Rがナースステーションに向かうまでの時間について、感覚で1分以上はかかっていたと思うと供述するにとどまる。痰の吸引の準備に要する時間は10~15秒程度であることを併せ考慮すると、被告Rの上記記述を前提にしても、Pが呼吸困難になってから痰の除去が行われるまで3~5分を要したとは想定し難い。

  (オ)以上によれば、P3看護師がPの家族からPが呼吸困難であると告げられたにもかかわらず点滴の処置を優先してPに対して直ちに痰の除去を行わなかった、痰の除去を実施しようとしても管の扱いに手間取ったため、Pが呼吸困難になってから3~5分後になって初めて痰の除去を実施したという被告らの主張には理由がない。

 イ 他の看護師に対する応援依頼について

  (ア)証拠《略》によれば、①P3看護師は、Pに対し、自ら吸痰措置をしたが、その際にナースコールをして他の看護師に応援を要請しなかったこと、②P3看護師は、吸痰措置を終えた際、Pの呼吸状態が回復していないことを確認したが、他の看護師に応援を要請しなかったことが認められるところ、被告らは、Pの意識がなくなったにもかかわらず、P3看護師が他の看護師に対して応援依頼をすることはなかったのであるから、このようなP3看護師の対応は直ちに痰の除去をすべき義務に反するものであると主張する。

  (イ)まず、吸痰措置等の対応についてみると、一般に、複数の看護師によって吸痰措置をしなければならないとの医学的知見が存在することや、P3看護師が吸痰措置について十分な経験及び技能を有していなかったことを認めるに足りる証拠はない。

 かえって、証拠《略》によれば、吸痰行為は看護業務として日常的に行われるものであること、P3看護師は一人で吸痰措置を行う経験及び技能を有していたことが認められる。

 したがって、P3看護師が他の看護師に対して応援を要請することなく吸痰作業を行ったことは、不適切であるとは認められない。

  (ウ)次に吸痰措置の対応についてみると、前記1(1)ウ(エ)の認定事実及び証拠《略》によれば、①Pの病室はナースステーションと隣接していたこと、②P3看護師は、ナースコールをしようとしたところ、Pの家族がナースステーション行き、助けを求めている声が聞こえたため、看護師が来るものと考え、ナースコールを押さなかったこと、③その後、間もなく、他の看護師がPの病室に駆けつけたことが認められる。

 これらによれば、P3看護師は、直ちに応援の看護師がPの病室に駆けつけることが確実な状況であったため、あえて看護師の応援要請をしなかったにすぎない。したがって、P3看護師が他の看護師に対して応援の要請をしなかったことは、不適切な行為であるとは認められない。

  (エ)以上によれば、P3看護師が他の看護師の応援を要請する注意義務に違反したという被告らの主張には理由がない。

 6 胆管ドレナージを実施しなかった注意義務違反の有無(争点(5))について

 (1)前記1(1)ウ(オ)f、(2)カ認定のとおり、①一般に、重症急性胆管炎に対しては可及的速やかに胆汁を体外に排出するために胆管ドレナージを施行すべきと考えられていること、②原告病院の医師は、平成〇年〇月〇日、Pが閉塞性胆管炎を発症していると診断したこと、③原告病院の医師は、Pに対して胆管ドレナージを実施しなかったことが認められる。この点について、被告らは、原告病院の医師には、Pに対して胆管ドレナージを実施する義務があるのにこれを怠った過失があると主張する。

 (2)しかし、前記1(1)ウ(オ)P~d認定のとおり、P2医師は、①平成〇年〇月〇日、被告Z、被告Q及び被告Rに対し、Pが急性化膿性胆管炎となった場合には胆管ドレナージの処置を要する可能性があると説明し、②同月〇日、被告Z及び被告Qに対し、炎症が改善しない限り、胆管ドレナージを要することがあると説明し、③同月〇日、被告Z及び被告Qに対し、今後炎症反応が増悪する可能性があり、治療方法としては、抗生剤の投与のみでは足りず、胆管ドレナージを要する可能性があると説明し、③同月〇日、被告Z、被告Q及び被告Rに対し、抗生剤の投与を続けるか胆管ドレナージをするかの選択が考えられるが、呼吸状態が良いときしか胆管ドレナージを施すことが難しく、呼吸状態に照らして胆管ドレナージが可能な今の時機を逃すと胆管ドレナージができない可能性があることを説明したが、被告Z、被告Q及び被告Rは、P2医師から上記のとおり胆管ドレナージの必要性について繰り返し説明を受けてもなお、胆管ドレナージをすることを承諾しなかった。また、P2医師は、同日、被告Z、被告Q及び被告Rに対し、胆管ドレナージをすることについてPの家族の承諾が得られない限り、抗生剤投与による治療を継続すると伝えたが、Pの家族が原告病院の医療従事者に対して胆管ドレナージの実施を承諾する旨の意思表示をしたことをうかがわせる証拠はない。胆管ドレナージは、身体に対する侵襲を伴うだけでなく、合併症が発生するリスクを伴うから、原告病院の医師は、P又はその家族の同意を得ない限り、Pに対して胆管ドレナージを実施する義務を負うことはない(なお、被告Qは、本人尋問において、P2医師から胆管ドレナージの実施に関する説明を受けた後に再度同様の説明を受けたとしても、胆管ドレナージをすることについて同意しなかったであろうと供述している。)。

 (3)また、そもそも、平成〇年〇月〇日時点において、Pに胆管ドレナージの適応があったことを認めるに足りる証拠はない。前記1(1)ウ(オ)d認定のとおり、P2医師は、平成〇年〇月〇日、被告Z、被告Q及び被告Rに対し、今のタイミングを逸すると胆管ドレナージをすることができない可能性がある、今後胆管ドレナージをすることは難しい可能性が高いと繰り返し説明していたところ、同g認定のとおり、平成〇年〇月〇日時点において、胆管炎によりPの状態は悪化を続けていたこと、Pは長期臥床などで体力を消耗していたことに鑑みれば、同月〇日時点で、Pに胆管ドレナージの適応があったとは考え難い。

 (4)以上によれば、平成〇年〇月〇日の時点で、原告病院の医師がPに対して胆管ドレナージをすべきであったと認めることはできないのであるから、被告らの上記主張には理由がない。

 7 説明義務違反の有無(争点(6))について

 (1)内視鏡的治療の困難性に関する説明について

 ア 被告らは、原告病院の医師は、ERCP及びEPBDの施行に先立ち、PやPの家族に対し、内視鏡的治療が困難であることを説明する義務を負うにもかかわらず、これを怠ったと主張する。

 イ しかし、前記3(1)で認定判断したとおり、PにERCP及びEPBDの適応がなかったとは認められない。また一般に、ビルロートⅡ法による胃の再建が行われた者に対するERCPは、そうでない者に対するERCPと比べて、難易度が高いと考えられるが、どのような内視鏡的治療であっても、一定の手技上の困難を伴うものと考えられる。原告病院の医師が、PやPの家族に対し、Pに対するERCPが相対的にみて難易度の高いものであることを説明しなかったからといって、説明義務に違反したということはできない。

 ウ したがって、被告らの上記主張には理由がない。

 (2)穿孔を生じる可能性に関する説明について

 ア 被告らは、原告病院の医師は、ERCP及びEPBDの施行に先立ち、PやPの家族に対し、穿孔を生じさせる可能性が高いことを説明する義務を負うにもかかわらず、これを怠ったと主張する。この点について、被告Zの陳述書には、平成〇年〇月〇日にP4医師から説明を受けた際、十二指腸に穴が開くことがあり得ることについて説明を受けたことや、説明時に渡された書面に記載されている内容について口頭で説明を受けたことはなかったとの記載がある。

 イ しかし、前記1(1)ウ(ア)b認定のとおり、①P4医師は、平成〇年〇月〇日、P、被告Z及び被告Qの妻に対し、本件説明書を交付して、内視鏡的治療の説明を行ったこと、②本件説明書には、内視鏡的治療によって死亡する確率について、過去の全国調査の結果に基づき0・007%~0・014%であると具体的な数値が記載されているほか、副作用及び合併症として列挙されたものの中に、カメラ挿入や乳頭切開に伴い穿孔が生じる場合があることが記載されていることが認められる。本件説明書の2枚目の臓器を描いた図には、手書きの書き込みがあることからすると、P4医師がP、被告Z及び被告Qの妻に対して本件説明書の内容を何ら口頭で説明することなく、単に交付するのみにとどめたとは考え難い。また、P及び被告Zが署名した同日付け同意書には、ERCP及びEPBDについて内容の説明を受け、十分理解できたので、治療を受けることに同意する旨の記載がある。

 なお、P1医師は、証人尋問において、合併症に関する説明を殊更に強調し、患者が内視鏡的治療をしない決断をした場合には、内視鏡的治療の標準的な治療の機会を逃すことになるので、合併症に関する説明は必要最小限の説明をすることになる旨供述しているが、同供述は、特定の事柄を過度に強調して説明することによって患者が治療方法の選択において誤った判断をすることがないように配慮しているという趣旨のものと解することができるから、P4医師が被告Z及び被告Qの妻に対して合併症に関する説明をしなかったことを裏付けるものということはできない。

 したがって、被告Zの陳述書の上記アの記載部分は採用することはできない。他に、P4医師が、ERCP及びEPBDの施行に先立ち、P、被告Z及び被告Qの妻に対し、穿孔を生じる可能性があることを説明しなかったことを認めるに足りる証拠はない。

 ウ 被告らは、被告Zや被告Qの妻が穿孔という言葉の意味を理解していなかった以上、P4医師は説明義務を果たしていないと主張し、被告Qは、本人尋問において、これに沿う供述をする。

 しかし、P、被告Z及び被告Qの妻が「穿孔」という言葉の意味を理解していなかったことを裏付ける他の証拠はない。

 また、「穿孔」という言葉自体は、専門用語ではなく、「孔のあくこと」を意味する日常用語であるから、医療について専門知識を有していない者であっても、その意味を容易に理解することができる。医師が患者及びその家族に対して「穿孔」という言葉の意味を説明する義務を負うと解することはできない。

 さらに、医師が患者に対して合併症に関する説明をするに当たっては、一般人にも理解しやすい平易な言葉に置き換えて合併症に関する説明をしてもよいと考えられるところ、P4医師がP、被告Z及び被告Qの妻に対して「穿孔」という言葉を平易な言葉に置き換えることなく説明したことや、合併症として穿孔が生じ得るということに関して誤解を生じさせるような言葉を用いて説明したことを認めるに足りる証拠はない。

 したがって、被告らの上記主張は採用できない。

 エ なお、証拠《略》によれば、原告病院の副院長は、平成〇年〇月〇日に設けられた説明会において、Pの家族らに対し、「同意をしたしないとか、説明をしたしないとかいうことは、もう理解していない限りは、こちらのほうが不十分っていうことなんです。だから、病院側が説明を十分なされないっていうことなんですね。」と発言したことが認められる。

 しかし、上記発言は、医師の患者らに対する説明は、単に形式的に説明がなされるのみでは十分ではなく、患者らがその内容を理解できるようになされる必要があるという一般論を述べたに過ぎないものと解される。上記発言は、原告病院がP4医師のP及びその家族に対する内視鏡的治療に関する説明が不十分であったとして法的責任があると自ら認めた趣旨の発言であると認めることはできない。

 (3)他に選択できる治療があることの説明について

 ア 被告らは、原告病院の医師は、PやPの家族に対し、他に選択できる治療方法があることを説明する義務を負うにもかかわらず、これを怠ったと主張する。

 イ 前記1(2)ウ認定のとおり、総胆管結石症に対する治療としては、内視鏡的治療のほかに外科的治療が存在することが認められる。この点、証人P5の供述書・15頁には、平成〇年〇月〇日当時のPの病態について、残存結石が存在し、ビリルビン値が上昇しているという病態自体は、外科的治療の適応を満たすとの記載がある。

 ウ しかし、証人P5の供述書には、上記のとおり、Pに外科的治療の適応があると判断できる根拠として、Pに残存結石が存在すること及びPのビリルビン値が上昇していることが挙げられているに過ぎない。外科的治療の適応を満たすという上記記載は、総胆管結石症以外に関するPの健康状態やPの年齢などを考慮した上での記載とは考え難い。むしろ、証人P5の供述書・15頁には、Pが慢性心不全の既往症を有していることや高齢であることに鑑みれば外科的治療のリスクが高いと判断し、外科的治療実施は選択しなかったとの記載がある。また、A2病院から原告病院に送付された看護添書及び診療情報提供書には、外科的治療が躊躇される旨の記載がある(前記1(1)イ(エ)e)。

 これらによれば、平成〇年〇月〇日当時、Pに外科的治療の適応があったとまで認めることはできない。したがって、被告らの上記主張は、前提を欠くものであり、採用できない。

 (4)したがって、原告病院の医師が、PやPの家族に対し、内視鏡的治療が困難であることや穿孔を生じさせる可能性が高いこと、他に選択できる治療があることを説明する義務を負うにもかかわらずこれを怠ったという被告らの主張には理由がない。

 8 結論

 以上によれば、①原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、②被告Z、被告Q及び被告Rの原告に対する反訴請求は、その余に点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。



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