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膠原病の治療で経皮吸収型麻酔性鎮痛剤オピオイドパッチを継続的に処方されていた患者に対し、死亡までその処方が継続されなかったこと及びその処置に対する後の説明責任について争われた判例

那覇地裁 平成31年4月16日判決

事件番号 平成29年(ワ)第205号、平成29年(ワ)第821号

 

       主   文

 

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

 1 被告Zは、原告に対し、被告Qと第2項の範囲で連帯して、1000万円及びこれに対する平成〇年〇月2〇日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告Qは、原告に対し、被告Zと連帯して、1000万円及びこれに対する平成30年〇月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 事案の骨子

 原告の妻であるPは、被告Qが開設するB病院(以下「被告病院」という。)において、膠原病等の治療を受け、ペインクリニック担当の麻酔科医であった被告Zから、経皮吸収型麻薬性鎮痛剤であるデュロテップMTパッチ(以下「本件パッチ」という。)を断続的に処方されていたところ、その後、がんで死亡した。

 本件は、原告が、被告Zは、Pの生前、三叉神経痛による激痛に苦しむPに対して本件パッチの使用を継続する義務、及び本件パッチの使用を取りやめる際には、P及び家族である原告に対してその理由を説明して同意を得る義務を負っていたにもかかわらず、被告Zがこれらの義務に違反して本件パッチの使用を取りやめたことから、Pは死亡する直前まで耐え難い身体的、精神的苦痛を被ったと主張して、被告Zに対しては、不法行為責任に基づき、被告Qに対しては、使用者責任又は診療契約上の債務不履行責任に基づき、連帯して、Pから原告及びPの両親が相続したとする慰謝料1000万円の損害賠償及びこれに対する各訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 2 前提事実(掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

   〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉

 (1) 当事者等

 ア 原告は、P(昭和〇年×月×日生まれ)と平成〇年×月×日に婚姻した夫である。

 Pは、末期がんのため平成〇年〇月×日に〇歳で死亡し、原告のほか、Pの父であるP2及び母であるP3が、Pを相続した。

 イ 被告Qは、〇〇県内において、被告病院やC病院等の病院や診療所等を開設する社会医療法人である。

 被告Zは、C病院麻酔科及び緩和ケア内科に常勤している麻酔科医であり、これと兼務して、被告病院整形外科外来でペインクリニック担当医として週一回程度勤務している者である。

 (2) Pの病態と被告との診療契約

 ア Pは、〇〇歳頃、全身性エリテマトーデス(全身性炎症性病変を特徴とする原因不明の自己免疫疾患で、膠原病の一種。以下「SLE」という。)と診断され、歩行が困難になって精神症状の悪化した平成〇年頃以降、被告病院を含む複数の医療機関を受診して治療を受けるようになった。

 イ Pは、平成〇年〇月〇日、痙攣発作を起こして被告病院を受診して入院し、被告との間で診療契約を締結した。被告病院におけるPの主治医は、腎臓・リウマチ膠原病内科グループに所属するP4医師及びP5医師らであったが、間もなく、Pは、顔面の三叉神経痛が増強したことから、同月2〇日、被告病院の整形外科外来でペインクリニックを担当する被告Zを紹介されて、受診するようになり、退院後も断続的に被告病院に入通院して、診療契約に基づき、概要、別紙診療経過一覧表《略》のとおり(ただし、争いがある部分を除く。「原告の主張」欄に記載がない部分については争いがない。)、治療を受けた。

 ウ なお、三叉神経痛とは、12対ある脳神経のうち最大のもので、顔面、口腔、鼻腔、角膜等の感覚、咀嚼運動をつかさどる三叉神経の領域に、数秒間ないし数分以内の時間、電撃が走り抜けるような激烈な疼痛発作をきたす状態をいい、「想像できる最悪の痛み」と表現されたり、「高圧電流が通ったナイフを顔に突き立てられたような痛み」と形容されたりすることもある。

 (3) Pに対する本件パッチの処方

 ア 本件パッチは、麻薬性鎮痛剤(以下「オピオイド」ともいう。)であるフェンタニルを粘着層に溶解させた半透明フィルム状の経皮吸収型製剤(貼付剤)であり、平成〇年〇月1〇日に「中等度から高度の疼痛を伴う各種がんにおける鎮痛」に対して製造販売承認がされたが、平成〇年〇月0日に「中等度から高度の慢性疼痛における鎮痛」の追加効能が承認され、以後、中等度から高度の疼痛を伴う各種がん患者及び慢性疼痛患者に対し、〇日(約72時間)ごとの貼付による疼痛コントロールが期待できるとされた。ただし、本件パッチは、その主な副作用として、傾眠、嘔気、便秘等のほか、重大なものとして依存性、呼吸抑制、意識障害、ショック、アナフィラキシー、痙攣が現れることがあり、劇薬及び麻薬として規制を受けるものである。

 イ 被告Zは、平成〇年〇月〇日、三叉神経痛に苦しむPに対し、本件パッチの処方を開始したが、同年〇月〇日、C病院においてその処方を終了した。

 ウ 被告Zは、平成〇年〇月〇日、Pに対し、本件パッチの処方を再開したが、平成〇年〇月〇日、その処方を取りやめた(以下、かかる処方の取りやめを「本件措置」という。)。

 エ 被告Zは、Pに対する本件パッチの処方の再開を求める原告からの要請を受けて、平成〇年〇月〇日、C病院において、原告と直接面談する機会を持った後(以下、かかる面談を「本件面談」という。)、同日、Pに対し、本件パッチの処方を再開した(以下「本件再処方」という。)。

 3 主な争点

 本件の主な争点は次の3点である。

 (1) 本件措置に際しての被告Zの本件パッチの処方継続義務の有無(被告Zが本件パッチの処方を取りやめた本件措置の判断が合理的であったか。争点1)

 (2) 本件措置に際しての被告Zの説明義務違反の有無(争点2)

 (3) 本件措置と因果関係のある損害(争点3)

 4 主な争点に関する当事者の主張

 (1) 本件措置に際しての被告Zの本件パッチの処方継続義務の有無(被告Zが本件パッチの処方を取りやめた判断が合理的であったか。争点1)

 (原告の主張)

 ア Pの激痛と本件パッチ不使用との相関関係

 Pは、長らく三叉神経痛を患っていたが、本件パッチを使用してからは三叉神経痛の激痛が治まっていたところ、本件措置のわずか〇日後の平成〇年〇月2〇日に三叉神経痛の激痛が再発した。被告らは、本件パッチに鎮痛効果があるのであれば、その使用を取りやめれば、即座に痛みが再燃し、持続するはずである旨主張するが、治療や薬の服用を取りやめても直ちに痛みが発せず痛みが治ったように見える「寛解」の状態を理解していない。

 なお、本件措置後、原告が被告にZに何度もお願いしたところ、ようやく本件再処方に応じたが、そのときには本件パッチでは三叉神経痛の激痛を抑えることができなくなっていた。被告Zは、長年ペインクリニック・緩和ケアの専門医を務めており、従前使用していた薬の処方を一旦中止すると、再び使用を開始してもその効果が期待できないことを十分に予見できた。

 イ Pに対する本件パッチの処方継続義務

 本件パッチは最強の鎮痛薬であり、Pの三叉神経痛の激痛を止める唯一の薬であり、方法であったところ、手術治療もできないPに本件パッチを使わないのは、Pを激痛で苦しめたままに放置することである。

 被告Zは、本件措置の理由として、Pの嚥下障害にオピオイドによる傾眠が影響していた可能性や、オピオイド誘発性痛覚過敏による痛みの増強その他様々な全身症状の悪化に影響する可能性もあったこと、誤嚥性肺炎の予防等を考慮した旨主張するが、当時Pには嚥下障害はなかったし(仮にあったとしても、それはPの体重が半分近くまで減少したことによる嚥下力の低下にすぎない。)、本件再処方後に他院の医師が本件パッチを増量しても、Pの様々な全身症状の悪化に影響するなどということはなかった。また、誤嚥性肺炎は、飲食物と一緒に誤って気道に細菌を吸引したときに起こるものであるところ、胃ろうを造設し口から飲食物等を摂取するわけではなかったPがこれに罹患する可能性も極めて低かった。その他、上記の被告Zの主張には確実なものは一つもなく、本件措置に正当な理由はなかった。

 被告Zは、C病院で本件パッチの使用を終了した後、Pの三叉神経痛の激痛を再発させている経験から、また、緩和ケアの専門医として、本件措置をとれば、Pの三叉神経痛の激痛が再発することは十分に予見することができ、又は予見すべきであった。本件措置時、被告Zは、Pに対する本件パッチの使用を取りやめる緊急性も必要性もなく、その処方を継続する義務を負っていた。

 (被告らの主張)

 ア Pに対する本件パッチの処方の趣旨

(被告Zの主張)

 Pの痛みの症状は、SLEによる神経障害性疼痛で、極めて稀なケースであり、文献等でも対照的治療法等も見当たらず、主治医によって行われていた抗てんかん薬や抗うつ薬による治療も、Pの肝障害や薬剤過敏性等もあって、効果的な治療とはなっていなかった。平成〇年〇がつにちから、オピオイドである本件パッチが非がん性疼痛にも使用できるようになり、被告Zとしては、オピオイド鎮痛薬なら効果があるかもしれないと考え、まず、オピオイドの一種であるモルヒネ塩酸塩錠を試験的に処方し、ある程度の効果が認められた印象があったことなどから、経過観察の後、全身症状が悪化し、経口摂取が困難となったため、平成〇年〇月から貼付剤である本件パッチを試験的に開始し、その後痛みの訴えも減ったことから、効果があるものと考えていた。しかし、その後の退院調整に伴い、原告と相談した上で、平成〇年〇月2〇日に本件パッチの使用を終了した。本件パッチの使用がPの痛みの緩和に真実寄与していたのであれば、使用を終了すれば即座に痛みが再燃し、持続するはずであるが、そのようなことはなかったため、その段階において、被告Zは、Pに対し、オピオイドは必要ないと判断していた。

 平成〇年に発行された神経障害性疼痛薬物療法ガイドラインでは、三叉神経痛にはオピオイドは推奨しない等とされ、また、平成〇年〇月1〇日に発行された非がん性慢性[疼]痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン(以下「本件ガイドライン」という。)第1版では、オピオイド使用の適応、限界、副作用等について強く注意喚起され、わずか2年の間に、日本の医学界は、オピオイド性麻薬の使用を推奨する傾向から慎重化、制限化する方向へと動いた。

 そのような中、Pは、平成〇年〇月頃から、群発頭痛のような眼球の充血を伴う血管性頭痛様の痛みが起こるようになり、外来診察でも明らかに三叉神経とは全く異なる痛みであったため、血管性頭痛薬を試したが、その治療も目立った功を奏さなかったところ、苦しむのを見かねた原告から被告Zに対し、本件パッチの再開の強い希望があった。被告Zとしては、上記の本件パッチの使用終了時点でその効果が疑わしいと考えていたこと、血管性頭痛には麻薬性鎮痛薬は効果がないと考えられたこと等の理由で、本件パッチの使用の効果には疑問を持っていたものの、他に方法もないことから、同年〇月〇日から2年半ぶりに本件パッチの使用を試験的に再開する旨の説明をした。その後、Pが被告病院に入院中の同月〇日から同年〇月〇日までの間に本件パッチを増量して試したものの、精神症状や全身症状も複雑に絡み合い、看護師も鎮痛効果に関する評価は明確に報告し得ない状態であり、本件パッチの効果についての判定は困難であったが、効果が全くないとの評価を下すこともできないと考えたため、しばらく継続使用することとした。

 しかし、Pは、嚥下困難や誤嚥性肺炎から胃ろうを造設され、平成〇年〇月〇日には消化器症状の悪化と胃ろう部位の炎症などの治療のために再入院となったところ、Pの嚥下障害の悪化にはオピオイドによる傾眠が影響している可能性もあったことや、非がん性患者に対する稀な合併症としてオピオイド誘発性痛覚過敏というものがあり、麻薬使用によって痛みが増強することさえ起こり得るものであること、そのため特に効果がはっきりしていない非がん性慢性疼痛では投与をやめることが本件ガイドラインでも勧められていることや、様々な全身症状の悪化に影響する可能性もあったことなどから、被告Zとしては再入院時に訪室した時点で本件パッチの使用を取りやめざるを得ないと考え、そのタイミングを計っていたところ、同月〇日、比較的痛みの訴えがない状態であるとの報告を受けたため、誤嚥性肺炎等の有害事象の予防のためにも、医師としての裁量で本件パッチの使用を取りやめる本件措置をとったものである。その後、2か月間、Pは顔面痛の訴えもほとんど認められずに経過した。

 なお、寛解期は、発症初期の軽症の患者に見られるものであって、Pのような三叉神経痛で重度の患者に見られることはほぼないし、本件パッチの使用を取りやめた時期と寛解期とが常に重なり合うことは通常ではあり得ないことであり、本件パッチを取りやめるたびにPの激痛が再発しなかった状態を寛解と解することはできない。また、オピオイドにおいて鎮痛効果がある場合は、使用を中断しても再開すれば必ず効果は生じるのであり、本件パッチの使用を取りやめた後に再使用しても、その効果が期待できないという原告の主張に医学的な根拠はない。

 イ Pに対する本件パッチの処方継続義務の不存在

 このように、Pに対する本件パッチの使用方法・態様は、極めて高度かつ困難な専門的判断を経て決定されたものである。特に、本件パッチは劇薬・麻薬であって、重大な副作用・リスクが生じるものであり、単に患者が痛みを訴えていたり、患者の家族が本件パッチの使用を要望したりしたことのみをもって、その判断が安易に変更され得るものではない。換言すれば、患者側が、医師が妥当と判断する量や期間を超えて本件パッチの使用を受ける権利を有するものでも、医師側が、自ら妥当と判断する量や期間を超えて本件パッチを使用すべき注意義務を負うものでもない。なお、平成〇年〇月〇日に改訂された本件ガイドライン第2版においても、非がん性慢性疼痛に対するオピオイドの投与期間は、3か月以内に止めることが望ましいとされている。原告は、本件パッチはPの三叉神経痛の激痛を止める唯一の薬であり、方法であると主張するが、そもそも非がん性の突出痛であったPの三叉神経痛に対して、本件パッチの医学的効果は全く証明されていない。

 副作用が危ぶまれるため、これを防止する目的で薬剤の使用を中断し、観察することは、医師として適正かつ合理的な医療的判断であり、本件措置は、医師の裁量の範囲内の行為である。

 (2) 本件措置に際しての被告Zの説明義務違反の有無(争点2)

 (原告の主張)

 ア 被告Zの説明義務

 医師は、患者が、憲法13条や患者の権利に関する世界医師会リスボン宣言で保障された自己決定権を行使するために必要となる診療情報を患者に提供すべき立場にあり、医療法1条の4第2項においても、医師は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならないと定められている。また、日本医師会による医師の職業倫理指針において、医師が診療を行う場合には、患者の意思に基づく同意が不可欠であり、その際、医師は患者の同意を得るために診療内容に応じた説明をする必要があるとされ、医師は患者から同意を得るに先立ち、患者に対して、治療・処置の目的、実施した場合及びしない場合の危険・利害得失、代替処置の有無などを十分に説明し、患者がそれを理解した上での同意(インフォームド・コンセント)を得ることの重要性が述べられ、厚生労働省及び日本医師会の「診療情報の提供(等)に関する指針」においても説明すべき項目が具体化されているほか、日本ペインクリニック学会の本件ガイドラインにおいても、オピオイド鎮痛薬の減量及び中止には退薬症候の出現の可能性があり、その減量時には、患者及びその家族(介護者)に対する十分な説明が必要であるとされている。

 これらを本件に適用すれば、被告Zは、Pへの本件パッチの使用を取りやめる本件措置の際には、それに先立って、P及びその家族に対して取りやめの理由を説明し、取りやめた場合と取りやめなかった場合の危険、取りやめた場合に再発した三叉神経痛の激痛にどのように対処するのか、その代替措置の有無等を十分に説明し、それを患者側が理解した上で、中止の同意を得る義務を負っていたというべきである。

 イ 被告Zの義務違反行為

 被告Zは、本件措置に際して、本件パッチの使用を取りやめる旨の事前告知を行っていないことを認めているのであるから、上記アの義務に違反したものであり、これにより、原告が、自己決定権を行使して、他の病院や医師に依頼して、本件パッチの使用を継続し、これによって三叉神経痛の再発を防ぐことのできた機会を奪った。

 被告らは、本件措置時、Pが生命維持も危うい重篤な状態にあった旨主張するが、本件措置時点ではPの全身状態は安定しており、本件措置後の平成〇年〇月30日に、Pを長らく診療してその病状を熟知しているP5医師が、被告Zに対して本件パッチの継続処方を依頼しているのも、この当時、Pが重篤な状態になく、かつ、被告Zが他の医師にも本件措置を説明していなかったことの証左である。

 また、被告らは、本件措置当時、原告との面談のタイミングが合わなかったもので、本件措置後の本件面談の際には原告に本件措置の理由を説明したし、経過観察のための本件パッチの使用の中断に際して要求される説明義務の程度は低い旨主張する。しかし、本件措置当時、原告は、毎日被告病院に出向き、Pの付添いをしていたし、入院患者基礎情報として、緊急時連絡用に原告の自宅電話番号や携帯電話番号等を提出していたから、被告Zは、原告に容易に連絡を取ることが可能であった。にもかかわらず、原告に対し、本件面談の際も含めて、本件措置の理由の説明を一切行っていない。そもそも本件措置時に、看護師や内科の医師らに経過観察のための指示や依頼は一切されておらず、本件措置は、本件パッチの使用の中断ではなく中止であった。したがって、上記の被告らの主張は、事前に本件措置の説明をできない正当な理由にはならない。

 なお、被告らは、原告が本件措置の理由の説明を長らく求めていなかったことを理由に、原告がこれに黙示に同意していた旨も主張するが、原告が本件措置後に被告Zにその理由の説明を求めなかったのは、こうした要求により被告Zが心証を害して本件パッチの再使用を拒否することを避けようとしたためにすぎず、原告が、本件措置に同意し、又はこれを追認したことはない。

 (被告らの主張)

 ア 自己決定のための説明義務の不存在

 一般に、医師の説明義務は、患者の自己決定権を実現する前提として必要とされるものであるところ、本件パッチは劇薬・麻薬であり、重大な副作用・リスクを有するものであって、その使用に関する最終決定権限は医師にあり、患者は医師が妥当と判断する量や期間を超えて本件パッチの使用を受ける権利を有するものではなく、たとえ患者や家族が本件パッチの副作用・リスクを承服した上でその使用の継続や再開を希望したとしても、患者が本件パッチの使用を自己決定することはできず、自己決定権の対象となるものではない。

 本件ガイドラインが、オピオイド鎮痛薬の減量時には患者及びその家族に対する十分な説明が必要であるとしている理由は、患者の自律性尊重よりも安全の確保にあり、主として継続的な観察や管理ができず安全性を確保できない通院患者や入院を終えて帰宅する患者を想定して、患者本人の十分な理解と納得が得られない状況でオピオイド鎮痛薬を減量・中止してしまうと、退薬症候(いわゆる禁断症状)が出現したり、患者が他の医療機関や非合法な手段を通じて麻薬を入手することにより不適切な使用をしたりする可能性があるため、通院患者については、患者と話し合う必要があるとされているものであり、その趣旨は、本件措置後も入院し、医師が観察を継続していたPに直ちに妥当するものではない(なお、平成〇年〇月の本件ガイドライン第1版発行当時、日本国内における非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬の使用例は僅少で、同ガイドラインは、国外で使用されていたガイドラインを参考に作成されたものであり、必ずしも日本全国の医師に浸透・周知徹底されていたわけではなかったことからすると、同ガイドラインに記載された説明義務が本件措置当時の臨床医学の実践における医療水準や合理的医師や相当と認める範囲での説明義務として相当と認められるものであったともいえない。)。

 また、Pの顔面痛の原因さえ不明であった以上、本件パッチによる治療を中断する場合の具体的予後等についてまでは、医師の説明義務の内容とはならないというべきである。

 さらに、被告Zは、平成〇年〇月〇日にPに対する本件パッチの処方を終了した際にも、オピオイドの副作用の危険性等について説明してきたから、再度の処方の取りやめとなる本件措置に際して、改めて説明義務があると解するのは妥当ではない(本段落につき、被告Zの主張)。

 イ 被告Zの義務違反行為の不存在

 本件措置当時、P自身は、そもそも本件パッチに関する説明を理解できる状態ではなく、その全身状態は著しく重篤化・複雑化し、まずもっていかにして栄養を摂取させて生命を維持するかという点が治療の焦点となる危急状態にあり、事前説明よりも与益原則、無加害原則が優先される状況にあった(一時的・表層的な症状の改善をもって、状態が改善したと解するのは、明らかに早計である。)。また、夫である原告も、本件措置当時、常にPに付き添っていたわけではなく、不在により医師と面談のタイミングが合わないことも多かったところ、被告Zは、本件措置後に原告と初めて面会できた平成〇年〇月〇日の本件面談の際に原告に対して本件措置の理由を説明している。

 そして、本件措置は、医師又は患者の一方的な判断で本件パッチによる治療を終える「中止」ではなく、本件パッチによる治療の継続が必要かどうかを判断するためにした「中断」であり、家族である原告への説明は中断後に行うことにしたものであるところ、経過を観察するにすぎない「中断」に際して要求される説明義務の程度は、「中止」に際して要求されるものに比して、自ずと低いものとなる。上記のような状況下において、本件措置の説明が事後的になったことはやむを得ないことである(原告自身、本件措置後、本件面談時を含め、P死亡の前日である平成〇年〇月〇日までの長期間にわたり、本件措置の理由の説明がなかったことについての不満やクレームを述べておらず、本件措置に黙示に同意していた。)。

 なお、劇薬・麻薬である本件パッチの使用を、他の病院、医師を通じて継続できたはずもなく、被告Zがその機会を奪ったことにもならない。

 (3) 本件措置と因果関係のある損害(争点3)

 (原告の主張)

 被告Zの本件措置によって、Pは、再び三叉神経痛の激痛に死亡する直前まで苦しみ、身体的、精神的に耐え難い苦痛を被った。本件措置さえなければ、もっと穏やかな生活を送ることができていた。

 Pの上記苦痛に対する慰謝料は、自動車損害賠償保障法施行令別表第2の7級4号(神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に準じた1000万円が相当である。

 (被告らの主張)

 Pは、本件措置前の時期から死亡に至るまでの間、SLE以外にもおびただしい数・種類の疾患を抱えていたことから、仮に死亡する直前まで苦痛の症状があったとしても、それが三叉神経痛によるものか、その他の疾病(特にPの精神症状(精神的混乱)等)によるものかは不明である。Pの痛みが、本件パッチが効力を有する痛みであったことの立証もない上、Pは、十分な意思表示もできない程度に重篤なSLEを患っており、それに伴う脳神経障害、精神症状を遅くとも平成〇年から呈していたことからすれば、痛みの評価自体が困難であって、現に原告の評価と看護師の印象にも乖離が生じており、原告が主張するPの激痛には、原告の主観的評価・解釈も含まれている。

 また、非がん性疾患の治療に際したオピオイド使用の主たる目的は、痛みの改善ではなく、生活の質(以下「QOL」という。)の改善にあるから、本件において、Pの痛み自体を損害と捉えることは失当であるところ、Pは、本件措置当時、既に寝たきり状態で、本件パッチを使用していた場合のPのQOLと使用していなかった場合のそれとの間に差異はなかったから、本件措置によってPに損害は生じていない。

第3 争点に対する判断

 1 認定事実

 前記前提事実のほか、掲記の証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、Pの病態及び治療の経過について、以下の事実が認められる。これらに反する原告の主張は、カルテの記載等に反し、あるいは、的確な証拠による裏付けに欠けるものであり、いずれも採用することができない。

 (1) Pに対する本件パッチの使用開始と終了

 ア Pの三叉神経痛は、原因となる他の病気がない特発性三叉神経痛ではなく、SLEと脳神経障害、精神症状に続発する二次性の三叉神経領域の顔面痛であった。このような二次性の三叉神経痛に対しては、原因病である神経精神SLEの治療が根本的な治療となるが、極めて稀な病態であるため、神経精神SLE自体に対する治療法も、これによる神経障害性疼痛に対する対症的な治療法も、現在まで確立していない。

 イ 平成〇年〇月当時、通常の神経障害性疼痛への対症療法としては、抗てんかん薬や抗うつ薬の投与が一般的で、Pにも、被告病院の内科医から抗てんかん薬の一つであるテグレトールが処方され、一定の効果が得られていたものの、投与後に汎血球減少が認められたことから、副作用であると疑われ、その投与を中止したところ、三叉神経痛が増強したため、同月〇日、ペインクリニック担当の被告Zに相談がされて、被告Zは、Pを初診した。被告Zは、その後順次、Pの疼痛に対処するため、抗てんかん薬であるガバペン、抗うつ薬であるトレドミン等の処方を提案し、実際に投与されたが、いずれも十分な効果は得られなかった。

 ウ 平成〇年〇月〇日、オピオイドである本件パッチについて、中等度から高度の慢性疼痛における鎮痛の追加効能が日本国内において承認され、それまでがん性疼痛にしか使用できなかった本件パッチが、非がん性疼痛にも使用できるようになったことを受けて、被告Zは、同年〇月〇日、Pに対して、同じオピオイドであるモルヒネ塩酸塩錠の投薬を開始したところ、不明瞭ではあるものの、一定の効果があるようにも見られたことなどから、その使用を継続して経過を観察していた。しかし、その後Pは、全身状態が悪化して嚥下障害が認められ、内服薬であるモルヒネ錠の経口摂取が困難になったため、被告Zは、平成〇年〇月〇日、Pに対し、モルヒネに代えて、オピオイド性の貼付剤である本件パッチの処方を開始した。本件パッチの使用開始に当たり、被告Zは、P及び原告に対し、本件パッチのパンフレットを交付して、本件パッチは副作用のある医療用麻薬であり、医師の指示によらずに使用量を調整することはできない旨などを説明し、P及び原告は、本件パッチが医療用麻薬であること等を確認する旨の確認書に署名した。

 また、この頃、Pの嚥下障害に対処するため、胃ろうが造設され、経管栄養が行われるようになった。

 エ Pは、平成〇年〇月〇日まで被告病院に入院し、同日以降はリハビリテーション及び介護施設調整の待機のためにC病院に入院していたところ、P4医師は、同年〇月〇日、本件パッチの使用が中止されれば調整施設が増える可能性があるとして、被告Zに対し、Pに対する本件パッチの処方の中止又は減量を要請した。これを受けて、被告Zは、〇月〇日、Pに対する本件パッチの処方量を半減させ、さらに、同月〇日、本件パッチの処方を終了したところ、Pの疼痛は同年〇月〇日夕刻までに1回しか出現しなかったため、被告Zは、同日、Pのカルテに、本件パッチは使わなくてよさそうである旨を記入した。その後も長期にわたり、Pの三叉神経痛は発現しなかった。

 (2) 本件パッチの使用再開と本件措置

 ア 平成〇年〇月〇日、介護施設に入所していたPは、2週間前から左顔面痛が持続しているとして被告病院を受診し、付き添った原告は、診察した内科医に対し、痛みが強いので本件パッチを処方してほしい旨を要望した。その際、原告は、以前本件パッチを使ったことがあってよく効き、転院調整の関係で中止したが、今は麻薬管理できる介護施設にいるので大丈夫である旨を述べた。

 内科医が被告Zに相談し、被告Zが、救急外来でPを診察したところ、Pの症状は、眼球の充血を伴い、眼瞼が腫れ、触らなくても痛いというものであり、触ると痛がる以前の症状とは異なっていたことから、被告Zは、群発頭痛の様相を呈する血管性頭痛であることを疑い、Pに対して血管性頭痛薬であるトリプタン製剤の処方を勧め、内科医はこれを処方したが、効果が得られなかった。

 被告Zは、当時のPの症状などから見て、本件パッチの適応は疑わしいと考えていたが、同年〇月〇日、原告から本件パッチの使用再開を強く要望されていたこともあり、他に適当な対症法もなかったことから、再び本件パッチの処方を試してみることにした。

 イ Pは、平成〇年1〇月1〇日、胃ろう部の漏れ及び発熱で被告病院を受診したところ、肺炎と診断されてそのまま入院し、同年〇月〇日の退院後も微熱と下痢が持続して体重も減少して、平成〇年〇月〇日から38度を超える高熱を発したため、〇月〇日に再び被告病院を受診した。内科医による診察の結果、Pは、血圧が低下し、高度低カリウム血症を始めとする電解質異常が認められ、脱水状態で明らかに衰弱しており、重症腸炎が疑われたため、そのまま集中治療室に入院したところ、当時、Pは寝たきりで、自力での寝返りも打てない全介助状態であった。

 Pは、翌〇日、一般病棟にベッドごと移動して転床されたものの、胃ろうからの栄養供給を停止しても胃ろう部の漏れが多量で、おむつも緑色泥状便で汚染される状態が続き、〇月〇日、Pを診察した被告Zは、Pの衰弱ぶりを見て、本件パッチの副作用の可能性を疑い、本件パッチの使用を取りやめて経過観察する必要があると判断した。被告Zは、他の被告病院スタッフとも相談しながら、本件パッチの使用を取りやめるタイミングを見計らっていたところ、Pが、同月〇日からは腸蠕動音が改善し、〇月〇日には声掛けにうなずける程度の活気を見せるなど、症状がやや安定したことから、本件パッチの〇日ごとの貼替日に当たる翌〇日の処方をしなかった(本件措置)。

 当日、被告Zは、被告病院への勤務日ではなく、Pや原告に対して本件パッチの使用を取りやめる本件措置の理由の説明はしなかったが、〇月〇日、P5医師からPへの本件パッチの継続処方を依頼されたのを受ける形で、看護師を含む医療チームに対し、Pには本件パッチの貼替えをせずにオピオイドを離脱させて経過観察している趣旨を伝達するとともに、痛みが著しく増強しなければ、オピオイドを使用せずに様子を見たい意向であるとして、Pの家族から問合せや要望があったときは連絡するよう指示した。

 (3) 本件措置後の経過

 ア 本件措置後のPのカルテ上、平成〇年〇月〇日、〇年〇月〇日に左顔面痛の訴えがあったほかは、約2か月間、顔面痛の訴えはなかった(なお、原告は、同年〇月〇日のPの歯痛も、三叉神経の第2肢又は第3肢の支配領域の疼痛である旨主張するが、従来のPの三叉神経痛は第1肢のみに生じていたものであり、上記の歯痛が三叉神経痛の発現であるとは直ちには認め難い。)。しかし、胃ろう部からの経管栄養時の漏れや下痢症状が改善せず、経管栄養の継続できない状態にあったことから、平成〇年〇月〇日、原告のインフォームド・コンセントを取った上で、翌〇日、Pに中心静脈栄養のためのカテーテルポートが造設され、同月1〇日、今後、胃ろうからの経管栄養は行わない方針が原告にも説明された。その後、内服薬及び摂食の嚥下機能を見極めつつ、同年〇月〇日に胃ろうが抜去されたところ、翌〇日及び〇月〇日以降継続的に、主としてゼリー薬の内服時に左側を中心に顔面痛が現れるようになり、同月20日には原告と思しき家族から内科医に本件パッチの再使用の要望が申し入れられた。

 イ 平成〇年〇月〇日、原告から本件パッチの再使用を要望された被告Zは、Pの疼痛について、P自身は、これを言語的に表現して伝達することは十分にはできない心身の状態にある中、原告の評価と看護師の印象とが乖離する状況にあると判断して、観察項目を設けて疼痛を数値化するため、認知症患者用の疼痛行動評価ツールであるPPINPD(ペインアド)を用いて、がん性疼痛認定看護師による経過観察をすることとした。すると、上記PPINPDによる数日間の評価で、Pの疼痛が確認され、コントロールされていないと認められたため、被告Zは、本件パッチの有効性も確認されていないものの、試用してみることが必要であると判断して、〇年〇月〇日、翌々日に原告の被告病院への来院を求める連絡をするよう指示した。この連絡を受けた原告は、〇月〇日、C病院を訪ねて被告Zと面談し(本件面談)、本件措置前の本件パッチ再使用時の経験から、本件パッチを1枚(2・1mg)では駄目だが2枚(4・2mg)使用すればPの疼痛は間違いなく治まる旨を力説した。被告Zは、原告に対し、4・2mgで再開すると、嘔気や傾眠の副作用による誤嚥のリスクが高まるため2・1mgで再開したい旨を説明したが、原告に食い下がられ、四、五日後に副作用の状態観察が必要である旨を念押しした上で、Pに本件パッチを2枚(4・2mg)を処方する(本件再処方)とともに、四、五日目の眠気や嘔気が多ければ2・1mgに減量するよう指示した。

 ウ Pは、平成〇年〇月〇日に一旦被告病院を退院して介護施設に移っていたところ、本件面談後に本件パッチの使用が再開されたが、〇月〇日深夜に被告病院の救急外来を受診して、そのまま翌〇日から急性腎盂腎炎で再び入院する事態となり、その後も本件パッチが貼付されていたが、頻回に疼痛を訴え、又はPPINPDで疼痛が確認される状態が続いた。原告は、同月1〇日、C病院に被告Zを訪ね、本件再処方後2週間経ったが余り効果がないとして、本件パッチの増量を要望したが、被告Zは、眠気や呼吸抑制があると増量できないし、疼痛が強くなる原因がないので、増量は被告病院でPの状態を見て決定する旨説明して、直ちにはこれに応じなかった。翌〇日に予定されていたPの被告病院からの退院は、Pの身体症状から、一旦同月〇日に延期された後、再延期されたが、この間の同月〇日、原告は、Pに訊いたら痛みの状態が良いようなので、翌日の貼替日から増量を希望していた本件パッチの量は維持してほしい旨を被告病院側に伝えた。その後も本件パッチの処方は継続され、内科医の判断により〇年〇月〇日からは3枚(6・3mg)に増量されたが、その前後を通じて、Pの顔面痛が治まる様子は確認されなかった。

 エ 原告は、Pが末期がんに罹患していることが平成〇年〇月に判明した後、同年〇月〇日付けで、被告病院長に宛てて「同意の撤回並びにデュロテップパッチの使用中止について(ご通知並びにご照会)」と題する文書(以下「本件照会文書」という。)を送付し、現在、Pは、再発した三叉神経痛に苦しんでいるとして、被告Zが、①三叉神経痛の再発が十分に予見できたのに本件措置に及んだ理由、②本件措置後に原告が本件パッチの再使用を求めた際、速やかに再使用しなかった理由、③本件措置について事前に原告に説明しなかった理由、④本件措置について事前に原告の同意を得ようとしなかった理由等を尋ねたが、本件面談から本件照会文書を送付するまでの間、原告が被告病院側に本件措置の理由を尋ねたことはなかった。

 2 本件措置に際しての被告Zの本件パッチの処方継続義務の有無(被告Zが本件パッチの処方を取りやめた本件措置の判断が合理的であったか。争点1)

 (1) 本件措置の医学的合理性について

 ア 上記1の認定事実によれば、本件措置直前の平成〇年〇月〇日からの重症腸炎の疑いによる救急外来及び入院時、Pは、下痢が持続して体重も減少し、高熱を発して血圧が低下し、高度低カリウム血症を始めとする電解質異常が認められ、明らかに元気がなくなってきていると原告自身が申告するほどに衰弱した脱水状態にあったことから、集中治療室に入院したものである。その後、Pは、一般病棟に転床され、同月1〇日以降は、上記入院開始時に比べると、Pの状態はやや安定して小康状態を保っていたものの、依然として、経管栄養を目的として造設された胃ろう部からの漏れと下痢症状が継続して経管栄養が機能せず、間もない後には中心静脈カテーテルを別に造設して栄養経路を確保することを要する特殊な栄養管理がなされる状態にあったと認められることに照らすと、この頃のPの全身状態は、疼痛の除去というQOLの改善以前に、いかに栄養を供給して生命を維持するかに重点を置いて医療措置を施すべき状況にあったことは明らかである。

 イ ところで、もとより本件パッチは、麻薬・劇薬であり、投与の目的に沿った効果が認められるときに、患者に対する副作用が過大なものとならない範囲で最小限処方されるのが望ましいといえる。

 このうち、①投与の効果については、もともと本件措置前にPに対して本件パッチの処方、投与がされていた目的は、Pの顔面疼痛を鎮め、その苦しみから解放してQOLを改善することにあったと考えられるものの、以前に本件パッチが処方された平成〇年当時ですら、同年〇月〇日の本件パッチの使用終了〇日後までに1回しかPの疼痛は出現せず、その後も長期にわたり三叉神経痛が発現しなかったことを踏まえると、本件パッチが過去にPの三叉神経痛を鎮める効果を有していたか自体、不明であるといわざるを得ない(原告は、原告から聴取りをすれば本件パッチの鎮痛効果は明らかであり、疼痛が頻回に出現しなかったのは寛解状態にあったものである旨主張するが、何ら科学的根拠に基づくものではない)。まして、前記認定事実によれば、平成〇年〇月〇日に本件パッチの再使用が試みられたときから、Pの疼痛症状は以前のものとは異なるものであった可能性があると考えられるところ、このような平成〇年〇月当時からのPの疼痛を鎮めるのに、本件パッチが効果を有していたと認められる状況にはなかったといえる。

 他方、②本件パッチの副作用についても、傾眠や便秘等があるとされ、消化管の能力に悪影響を生じさせるものといえるところ、本件措置前の平成〇年〇月〇日の救急外来に引き続くPの入院が下痢を主訴とする重症腸炎の疑いによるものであったことからすると、消化管機能が低下しているPの病状に、本件パッチの副作用が影響している可能性を疑うことには、十分な医学的根拠があるということができる。

 ウ このように、本件措置時点において、本件パッチの使用がPに対する投与の目的に沿う効果を上げているか自体定かではない一方、副作用も疑われる状況にあったことに加えて、既に当時、本件パッチの使用継続期間は2か月を超え、依存性のあるオピオイドの漫然とした継続使用を避けるという観点からも、本件パッチを離脱させることには合理的な理由があったと解されること(本件措置後の平成〇年〇月に改訂されたものではあるが、本件ガイドラインの第2版においても、非がん性慢性疼痛に対するオピオイドの投与期間は3か月以内にとどめることが望ましいとされている。)、しかも、前記アに判示したように、当時のPの症状が、QOLの改善よりも生命維持を優先すべき状況にあったといえることに照らすと、本件パッチの効果あるいは副作用の有無等を判断するためにその使用を取りやめ、経過を観察するとした被告Zの本件措置の判断は、医師として合理的で適正なものであったというべきである。

 (2) 原告の主張について

 ア これに対し、原告は、本件パッチは、Pの三叉神経痛の激痛を止める唯一の薬であり、方法であったのに、手術治療もできないPに本件パッチを使わないのは、Pを激痛で苦しめたまま放置することであり、本件措置時、本件パッチの処方を取りやめる必要性も緊急性もなく、被告Zは、Pに対し、本件パッチの処方を継続する義務を負っていた旨主張する。

 イ しかしながら、まず、本件措置後、Pには、平成〇年〇月〇日と〇年〇月〇日の2回を除いて、胃ろう抜去後の同年〇月〇日まで、顔面痛が現れた形跡が認められないことに照らすと、そもそも本件措置時、Pが顔面痛により継続的に苦しむ状況にあったかすら疑わしく、その間、疼痛が2回出現したというのみでは、客観的状況としても、Pが激痛で苦しむのを放置するような結果が生じていたということ自体ができない。同年〇月〇日にPに左顔面痛が出現して原告が本件パッチの再使用を要望して以降も、Pに継続的に顔面痛が現れるようになったのは同月〇日以降にとどまるところ、被告Zは、翌2〇日には、本件パッチの再使用を要望する原告の思いを受け止めてPPINPDによる数値化評価の導入を決定した上、これによる数日間の経過観察の後、同年〇月〇日には本件パッチを再び試用することを決断し、速やかに原告に連絡して翌々日に被告病院での原告との面会の場を設けようとし、原告がこれを早める形で翌〇日にC病院を訪れたのにも対応して本件面談の場を持った結果、本件パッチの使用量についての原告の要望も容れた内容での本件再処方に至っているのであるから、この間、被告ZがPの三叉神経痛の激痛を放置する態度に出ていたということもできない。

 なお、原告は、本件措置によって本件パッチの使用を一旦取りやめたことにより、本件再処方後の鎮痛効果が期待できなくなったところ、被告Zはこのことを予見することができた旨も主張するが、本件パッチの使用を取りやめた場合にその後の鎮痛効果が得られないとするその前提自体、本件パッチの効能についての正しい理解であるとはいえず、この観点からも、被告ZがPの三叉神経痛の激痛を放置したということはできない。本件再処方後に、結果として、本件パッチがPの顔面痛に対して鎮痛効果を発揮しなかったのは、むしろ、そもそも鎮痛効果を有していたこと自体を疑わせる事情として捉えるのが、理性的な判断であるといえる。

 これまでに判示したように、本件パッチがPの三叉神経痛に対して鎮痛効果を有していたこと自体が不明といわざるを得ない点を措くとしても、被告Zが本件パッチの使用を取りやめた本件措置は、いずれにせよ、Pの激痛を放置する行為に等しかったということはできない。

 ウ また、本件措置時に本件パッチの処方を取りやめた必要性と緊急性に関連して、原告は、当時のPの全身症状は危急のものではなく、本件再処方後に他院の医師が本件パッチを増量しても、Pの全身症状に悪影響はなかった旨も主張する。

 しかし、本件措置当時のPが、消化管機能を低下させた重症腸炎の疑われる病状により特殊な栄養管理が必要な状態にあったことは、前記(1)アに認定、説示したとおりであり、本件再処方後の推移が、仮に原告の主張するとおりであったとしても、それは結果論でしかない上に、上記のような本件措置当時のPの状態と、栄養管理経路が胃ろうから中心静脈カテーテルに移され、胃ろうを抜去して消化管の負担が軽減された後の本件再処方当時のPの状態とを、同列に論じてPに対する本件パッチの身体的負荷を測ることもできない。なお、一般に麻酔科医は、患者の意識が減退した状況において、患者の全身状態を把握して、他科医による医療措置によるものも含めた患者に対する身体的侵襲が過度のものとならないよう、調整、管理する役割を負っていると解されるところであって、内科医であるP5医師が本件パッチの継続処方を依頼してきたとしても、麻酔科医である被告Zは、本件パッチによるPに対する身体的負荷の除去ないし防止について、P5医師に優越する医療上の知見及び判断権を有していたものと解される。

 エ 以上によれば、上記アのとおり原告の主張するところをもって、本件パッチの処方継続義務が導き出されるとはいえない。

 (3) 小括

 したがって、本件措置時、被告Zに、Pに対して本件パッチの処方を継続する義務があったとはいえず、被告Zがその処方を取りやめた本件措置の判断が、診療契約上の注意義務違反を構成することもないというべきである。

 3 本件措置に際しての被告Zの説明義務違反の有無(争点2)

 (1) 本件パッチの使用に関する被告Zと原告とのやり取り

 次に、前記1の認定事実によれば、Pに対する本件パッチの使用に係る原告側への説明に関連する事情として、大要、以下のような経過をたどったことが認められる。

 ア 平成〇年〇月〇日の本件パッチの最初の使用時、P及び原告に対して、本件パッチのパンフレットを交付して、本件パッチは医療用麻薬であり、医師の指示によらずに使用量を調整することはできない旨などが説明された(認定事実(1)ウ)。

 イ 平成〇年〇月、介護施設における麻薬管理上の問題からPの移転先を調整する目的もあって、同月1〇日に本件パッチが減量され、同月2〇日にその使用が終了されたところ(認定事実(1)エ)、原告もこの使用終了の際の上記の目的を理解していた(同(2)ア)。

 ウ 平成〇年〇月〇日の本件パッチの使用の再開は、被告Z自身はPの症状への適応を疑わしいとも考えていたが、原告からの強い要望に沿う形で、試験的にとられた措置であった(認定事実(2)ア)。

 エ 本件パッチの貼替日に当たる平成〇年〇月〇日に、不使用時との比較経過観察を目的として本件パッチの処方をしなかった本件措置は、Pや原告に対する説明をしないままにとられたが、遅くとも同月30日までに、Pの家族から本件パッチの使用に関する問合せや要望があったときは、被告Zに連絡するようにとの指示がPを担当する医療チームに伝達されていた(認定事実(2)イ)。

 オ 平成〇年〇月〇日、原告から本件パッチの再々使用を要望された被告Zは、PPINPDによる数値化評価の導入を決定し、数日間の経過観察の後、再度の試用が必要であると判断して、〇年〇月〇日に自ら原告に対する連絡を指示した上、連絡された日より早い翌〇日にC病院を訪れた原告との間で本件面談の場を持ち、その際、嘔気や傾眠の副作用を説明して2・1mgの処方としたい旨を説明したが、最終的に原告の要望を容れる形で、4・2mgを処方する本件再処方の措置がとられた(認定事実(3)イ)。

 カ 平成〇年〇月〇日、再びC病院に被告Zを訪ねた原告は、本件パッチの増量を要望したが、被告Zは、直ちにはこれに応じず、被告病院でPの状態を見てから決定する旨を原告に伝えていたところ、同月〇日、原告は、自ら翌日の貼替日からの増量は必要ない旨を被告病院側に伝えた(認定事実(3)ウ)。

 (2) 被告Zの説明義務違反の有無

 ア 上記(1)のとおり認められる被告Zと主に原告とのやり取りの経過によれば、被告Zは、本件措置の前後を通じて、Pに対する投薬に関する方針を、原告を中心とするPの家族に対して説明することを拒み又は避けようとしていた形跡は全くうかがわれないというべきであり、むしろ、原告との話合いの結果、複数回にわたってその要望に沿った処方もするなど、Pの家族である原告にも真摯に向き合って、医師としての責任上許容される可能な限りの範囲においてその意向を尊重する形で、投薬の方針を決定する態度をとっていたものと認められる。

 本件措置の前後において、このような応接態度をとっていた被告Zが、本件措置に際してのみ、その説明を原告に対して避ける理由はないというべきであり、実際、被告Zは、平成〇年〇月〇日までに、Pを担当する医療チームに対し、Pの家族からの問合せや要望があれば連絡するよう指示を出している事実も、そのことを示している。

 以上によれば、平成〇年〇月の本件措置に際して、P及び原告に対して本件措置の方針が説明されなかった理由は、ひとえに、生命維持を優先すべき危急状態にあったPの症状に対処するために緊急を要して、当時はそれを行うだけの時間的余裕がなかったためであり、その後も少なくとも本件面談時までその説明がされなかったのは、〇年〇月下旬にPの左顔面痛が頻発するようになるまでは、Pの疼痛症状も比較的落ち着いていて、Pが本件パッチを貼っていないことについて、Pや原告からも疑問を呈される機会がなかったためであると認めるのが相当である。

 イ そして、弁論の全趣旨によって、Pに献身的に付き添う時間が長かったものと認められる原告が、Pが本件パッチを貼付していなかった事実にこれだけの長期間気付かなかったことはおよそ考え難いことに照らすと、原告も当時、Pに本件パッチが処方されていない事実を知りながら、少なくとも共時的にはPに本件パッチを使用する必要性を感じておらず、これを容認していたからこそ、被告Zに本件措置の方針についての説明を求めることはなかったものと解される。この点、原告は、原告が本件措置後長らく被告Zにその理由の説明を求めなかったのは、本件パッチの再使用を最優先に、被告Zに心証を害されてこれを拒否されることを避けようとしたためにすぎず、本件措置を同意又は追認したことはない旨主張するが、この頃の原告は被告Zに本件パッチの再使用を求めていた形跡すらないのであって、上記の原告の主張が成立しないことは明らかである。原告は、本件措置後の少なくとも2か月間、本件措置に黙示的に同意していたものと認めるのが相当である。

 本件各訴え提起時における各訴状の記載内容にも鑑みれば、原告が、被告らに対し、本件措置の理由の説明を求めるようになったのは、本件再処方後に本件パッチがPに鎮痛効果を発揮しないのを目の当たりにして、本件パッチが鎮痛効果を発揮しなくなったことについて、本件パッチの使用を一旦取りやめるとその後の鎮痛効果が得られなくなるという医学的に誤った前提(前記1(2)イ参照)に立って、その原因を遡って本件措置に求めようとする動機に出たものと解されるが、その前提が医学的に誤っている以上、上記の本件措置後の原告の黙示の同意が、錯誤によるものであったとか、その他その同意に瑕疵があったということにもなるものではない。

 ウ これに加えて、上記(1)オのとおり、本件措置後に本件再処方を前にした本件面談の際にも、被告Zは、原告に対して、嘔気や傾眠等の本件パッチの副作用についての説明を行っているところ、この時点で、再処方に当たって被告Zが懸念しているのが本件パッチの副作用であることは明らかにされていたといえる。

 そうすると、この本件面談の際に、同様の趣旨に基づく本件措置の理由も合わせて説明された可能性も十分に考えられるというべきであるし、仮にこれが明示的には説明されていなくても、上記の再処方に関する説明を裏返せば、それに先立って本件パッチの使用を取りやめた本件措置の理由も、本件パッチの副作用を懸念してのことであったことは容易に推認し得る状況にあったと考えられる。いずれにせよ、本件面談の際に、被告Zは、原告に対して本件措置の理由を説明したとの認定ないし評価が可能というべきである。

 エ 以上のような、本件措置がとられた際の状況、及び、その後にこれを原告が黙示に容認していたとみられる事情、並びに、本件措置後に被告Zと原告の間で初めて話合いが持たれた本件面談時の説明内容に照らせば、被告Zについて、本件措置に際して、P及び原告に対する説明義務に違反する行為があったということはできない。

 (3) 原告の主張について

 ア これに対し、原告は、一般に医師は、患者において自己決定権を行使するため、患者からインフォームド・コンセントを得ることが要求されており、被告Zは、本件措置に先立って、P及びその家族に対して本件パッチの使用を取りやめる理由や激痛再発時の対処方法、代替措置の有無等を十分に説明した上で、中止の同意を得る義務を負っていた旨主張する。

 イ しかし、本件パッチは麻薬・劇薬であり、患者にその使用を選択する自己決定権は存在しないというべきであるから、その行使のために、被告Zが、本件措置に先立ってP及びその家族に対して本件措置の理由を説明する義務を負っていたということはできない。本件ガイドラインに照らせば、オピオイド鎮痛薬の減量時には、患者及びその家族に対して十分な説明がされることが望ましいとは考えられるにせよ、それは、オピオイド鎮痛薬の減量時に退薬症候が現れ得ることを患者側に認識させる必要があるためであり、その趣旨は、自己決定権の行使に寄与するための説明とは異なると考えられるから、オピオイド鎮痛薬の中止・減量時、医師が患者の自己決定権を侵害しないためにその理由を説明する注意義務を負うということはできないというべきである。

 原告が上記アに主張するような趣旨で、本件措置に際しての被告Zの説明義務が基礎付けられるものではない。

 ウ これに加えて、上記(2)イのとおり、原告は、本件措置後の少なくとも2か月間、本件措置に黙示的に同意していたものと認めるのが相当であり、その同意に瑕疵があったともいえないことに照らせば、本件措置について、原告の同意が得られていなかったということもできない。

 エ 以上によれば、上記アのとおり原告の主張するところをもって、本件措置に係る説明義務が導き出されるとはいえない。

 (4) 小括

 したがって、被告Zに、本件措置に際しての説明義務違反があったとはいえない。

第4 結論

 本件措置に際して、被告Zに、本件パッチの処方の継続又は本件措置の理由の説明に係る注意義務違反があったとはいえず、これを前提とする被告らの不法行為責任及び債務不履行責任はいずれも成立しないから、争点3について判断するまでもなく、原告の本件請求はいずれも理由がない。

 よって、原告の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。



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