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帝王切開後の肺血栓塞栓症によって後遺障害が残存したのは、血栓遊離の可能性があるので、その可能性を減らす注意義務を負い、その処置を怠った為、損害賠償請求を認めた判例

東京高裁 令和元年12月5日判決

事件番号 平成30年(ネ)第1558号

       主   文

 1 原判決を次のとおり変更する。

 2 被控訴人は,控訴人●1に対し,4146万7182円及びこれに対する平成21年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 被控訴人は,控訴人●に対し,3996万7182円及びこれに対する平成21年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 4 被控訴人は,控訴人●3に対し,100万円及びこれに対する平成21年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 5 被控訴人は,控訴人●4に対し,100万円及びこれに対する平成21年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 6 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

 7 控訴費用は,第1,2審を通じてこれを6分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人の負担とする。

 8 この判決は,第2項ないし第5項に限り,仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人は,控訴人●1に対し,4997万8040円及びこれに対する平成21年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 被控訴人は,控訴人●2に対し,4847万8040円及びこれに対する平成21年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 4 被控訴人は,控訴人●3に対し,500万円及びこれに対する平成21年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 5 被控訴人は,控訴人●4に対し,500万円及びこれに対する平成21年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 本件は,控訴人であった亡▲(以下「亡▲」といい,後記引用に係る原判決の「原告A」をいずれも「亡▲」と改める。)が,被控訴人が開設するB病院(以下「本件病院」という。)において,周産期管理のため入院中,肺血栓塞栓症を発症して重篤な後遺障害を負ったことについて,亡▲及び控訴人らが,被控訴人の医師の過失があった旨主張して,被控訴人に対し,民法415条又は715条・709条に基づき,亡▲につき1億3169万8061円,控訴人●1,控訴人●2,控訴人●3及び控訴人●4につき各550万円(親族固有の慰謝料及び弁護士費用)並びにこれらに対する平成21年3月5日(亡▲について帝王切開が施行された日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 2 原審は,亡▲の肺血栓塞栓症の発症及び亡▲が重篤な後遺障害を負ったことには被控訴人の医師の過失は認められないと判断して,控訴人らの請求をいずれも棄却したため,これを不服とする控訴人らが控訴をした。

   控訴人らは,当審において,亡▲につき1億0095万6080円,控訴人●1,控訴人●,控訴人●3及び控訴人●4につき各300万円並びにこれらに対する平成21年3月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する旨,請求を減縮した。

   また,訴訟係属後である令和元年5月8日に亡▲が死亡したため,亡▲の夫である控訴人●1及び同人らの子である控訴人●2が亡▲の損害賠償債権を相続するとともに,その訴訟上の地位を承継した。さらに,控訴人らは,訴訟承継に伴い,控訴人●1につき4997万8040円,控訴人●2につき4847万8040円,控訴人●3及び控訴人●4につき各500万円並びにこれらに対する平成21年3月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する旨,訴えの変更をした。

 3 前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,次の4のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」の2及び3(原判決1頁24行目から11頁12行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 4 原判決の補正

  (1)原判決3頁5行目と6行目の間に次のとおり加える。

   「オ 亡▲は,3月8日午後4時39分に動悸・息切れを訴え,5時30分には,胸部不快感を訴え,心電図上P波(心房の収縮)の間隔が延長し,補充調律が出現し,心拍数が一時的に40まで低下した(乙A1〔227頁〕)。」

  (2)原判決3頁6行目の「オ」を「カ」と,10行目の「カ」を「キ」と,14行目の「キ」を「ク」とそれぞれ改める。

  (3)原判決3頁7行目の「両側肺動脈」から「認められたが」までを「3月6日のCTと同様に両側肺動脈の分枝に血栓が認められ,肺動脈血栓塞栓症は基本的に変化なしとされたが」と改める。

  (4)原判決3頁16行目の「現在に至るまで」から17行目の「である」までを「療養中であったが,令和元年5月8日に死亡した(以下「本件死亡」という。)」と改め,「乙A8」の前に「甲A8,」を加える。

  (5)原判決10頁25行目から11頁12行目までを,次のとおり改める。

   「ア 亡▲

     (ア)過去の医療費等 665万7580円

     (イ)過去の入院雑費 359万8500円

     (ウ)死亡逸失利益 4670万0000円

     (エ)死亡慰謝料  3000万0000円

     (オ)合計額    8695万6080円

    イ 控訴人●1

     (ア)亡▲の損害賠償請求権2分の1の相続分 4347万8040円

     (イ)葬儀費用   150万0000円

     (ウ)固有の慰謝料 500万0000円

     (エ)合計額   4997万8040円

    ウ 控訴人●2

     (ア)亡▲の損害賠償請求権2分の1の相続分 4347万8040円

     (イ)固有の慰謝料 500万0000円

     (ウ)合計額   4847万8040円

    エ 控訴人●3

      固有の慰謝料   500万0000円

    オ 控訴人●4

      固有の慰謝料   500万0000円」

第3 当裁判所の判断

 1 当裁判所は,原判決と同じく,亡▲が平成21年3月6日に肺血栓塞栓症を発症したこと(本件発症)については被控訴人の医師に過失はないと判断するが,原判決とは異なり,亡▲が同月9日に肺血栓塞栓症を再発し(本件再発),重篤な後遺障害を負い,死亡したこと(本件死亡)については被控訴人の医師に過失が認められるものと判断する。その理由は次のとおりである。

 2 「医学的知見等」,「診療経過」,「本件発症に関する過失及び因果関係の有無について」は,次のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1及び2(原判決11頁14行目から22頁7行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

  (1)原判決11頁15行目の「10,」の後に「17,」を,「証人C,」の後に「証人D,」を加える。

  (2)原判決11頁18行目と19行目の間に次のとおり加える。

  「ア 「肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン2004年(平成16年)」(甲B1)

     深部静脈血栓症が発症した場合の処置〔20頁〕

     周術期や周産期,あるいは疾患治療中に深部静脈血栓症が診断された場合には,深部静脈血栓症そのものの治療とともに,致死的となりうる肺血栓塞栓症が続発することを阻止する必要がある。その治療法の中心は,抗凝固療法を代表とする薬物療法であり,さらに近年では下大静脈フィルターも用いられる。

   イ 「(2004年(平成16年))今日の治療方針」(甲B2)

    (ア)肺血栓塞栓症・病態と診断〔224頁〕

     肺血栓塞栓症(PTE:pulmonary thromboembolism)は,その多くが下肢および骨盤腔などの深部静脈で形成された血栓(深部静脈血栓症:deep venous thrombosis:DVT)が遊離し,血流に乗って肺動脈に塞栓を起こし,急性および慢性の肺循環障害を招く病態である。

    (イ)治療方針〔225頁〕

     本療法(血栓溶解療法)は,肺動脈内の血栓のみならず塞栓源であるDVTにも有効とされるが,DVTの血管内付着部の溶解により血栓の遊離をきたすこともあるため,下大静脈フィルター挿入なども十分考慮したうえで施行する必要がある。」

  (3)原判決11頁19行目の「ア」を「ウ」と,12頁23行目の「イ」を「エ」と,それぞれ改める。

  (4)原判決13頁7行目の「甲B7」の後に「(2016年(平成28年)3月発行)」を加え,8行目から12行目までを次のとおり改める。

   「 最も大切なことは,注意深い臨床症状の観察である。肺塞栓血栓症で最も多い症状は,突然発症する胸部痛と呼吸困難であるが,軽い胸痛,息苦しさ,咳嗽から血痰やショックを伴い失神するものまで多彩である。早いものでは手術後12~24時間に急速に発症することもあるが,歩行を開始した術後に発症することが多い。特に,ベッド上での体位変換,歩行開始,排便・排尿などが誘因となって肺塞栓血栓症が発症することが多いので,動作時には注意が必要である。」

  (5)原判決13頁17行目から20行目までを次のとおり改める。

  「オ 深部静脈血栓症がみられる場合の2次予防(乙B5・平成21年3月発行〔41頁〕)

     すでにDVT(深部静脈血栓症)がみられる場合の2次予防に関してのガイドラインはなく,管理方法については各施設に任されており,フィルター留置の是非についても意見が分かれている。」

  (6)原判決13頁20行目と21行目の間に次のとおり加える。

  「カ 「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年(平成29年)改訂版)」(乙B17〔18,19頁〕)

     急性PTE(肺血栓塞栓症)について,急性期を適切にコントロールできれば予後は比較的良好である。早期に診断して治療を開始することがもっとも重要となる。

     突然死に至らず治療が開始された場合,最大の予後規定因子はDVT(深部静脈血栓)が進展して再び肺を塞栓化する再発である。とくに,循環動態が不安定な状態での再塞栓は,それほど大きい血栓塞栓子でなくとも致命的となりうる。一方,循環動態がすでに安定した症例や軽度のPTEでも,残存するDVTが広範囲であったり,不十分な治療でDVTが中枢進展した場合には,これらが再塞栓となって重篤化することもある。

     〔19頁の図6〕では,急性PTEが発症し,心停止,ショックではない状態の場合には,臨床リスク評価(sPESI)において1以上であれば,中リスクとされ,さらに,「右室機能障害(心臓超音波検査またはCT)/心臓バイオマーカー」のいずれも陽性の場合は,抗凝固療法とともに血行動態悪化に備えモニタリングが必要とされている。」

  (7)原判決13頁21行目の「エ」を「キ」と改め,26行目の「このような移動は」から14頁1行目の「不可能である」までを「発症から72時間程度で,ウロキナーゼ,ヘパリンも使っている場合,血栓の状態は不安定であり,そのままの状態で血管壁に付着するか,少しずつはがれて移動していくかを予測することは不可能である」と改める。

  (8)原判決14頁8行目の「オ」を「ク」と,12行目の「カ」を「ケ」と,18行目の「キ」を「コ」と,それぞれ改める。

  (9)原判決15頁21行目の「1人であった。」後に,「控訴人●1に対する同日の説明では,肺塞栓を起こしているようで,今後,重篤な状態に急変する可能性があるとされた。」を加え,21行目の「197」の後に「,198」を加える。

  (10)原判決17頁11行目の「室内フリーとなった」を「室内フリーとすることとされた」と改める。

  (11)原判決18頁12・13行目の「少なくとも坐位をとっても問題がなく」を「坐位をとった際に「少しふわってする」と訴えたものの徐々に落ち着いたことや,」と改める。

  (12)原判決18頁21行目の「血栓があり,」の後に「本幹にあった浮遊血栓が遠位塞栓した可能性があるとされて,」を加える。

  (13)原判決19頁1行目の「現在に至るまで同病院にて療養中である」を,「同病院で療養中であったが,令和元年5月8日に死亡した」と改め,2行目の「キ」を「ク」と改める。

  (14)原判決19頁3行目から21頁17行目までを削る。

  (15)原判決22頁4行目の「前記1(3)ウ」を「甲B11〔6頁〕」と改める。

 3 本件再発に関する過失及び因果関係の有無について

  (1)本件再発に関する過失判断の前提となる医学的知見

   ア 前記認定のとおり,深部静脈血栓症が診断された場合には,深部静脈血栓症そのものの治療とともに,致死的となりうる肺血栓塞栓症が続発することを阻止する必要があるとされ,肺血栓塞栓症は,その多くが深部静脈で形成された血栓が遊離し,血流に乗って肺動脈に塞栓を起こし,急性及び慢性の肺循環障害を招く病態であるという点については,平成16年に発行された肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドラインや,同年の「今日の治療方針」に記載されているのであるから,平成21年3月当時,臨床現場の医師が一般的に認識していた知見であるといえる。

   イ また,肺塞栓血栓症が,遊離した血栓が血流に乗って肺動脈に塞栓を起こすことによって生ずることからすると,歩行を開始した術後に発症することが多く,特に,ベッド上での体位変換,歩行開始,排便・排尿などが誘因となって肺塞栓血栓症が発症することが多いため,動作時には注意が必要であるとの知見については,前記のとおり,平成28年の文献に記載された知見ではあるが,平成21年3月当時も,臨床現場の医師において認識されていたものと考えられる(証人D〔18頁〕)。

   ウ 特に,上記の平成16年の「今日の治療方針」では,血栓溶解療法が行われている場合については,肺動脈内の血栓のみならず塞栓源であるDVTの血管内付着部の溶解により血栓の遊離をきたすこともあることが指摘されていた。この点,前記のとおり,C証人は,ウロキナーゼ,ヘパリンも使っている場合,血栓の状態は不安定であり,そのままの状態で血管壁に付着するか,少しずつはがれて移動していくかを予測することは不可能であるとしているが,その趣旨は,医師としては,血栓が遊離し,肺塞栓血栓症を再発させる可能性のあることを前提に,患者の動作について注意する必要があるという意味に理解するべきである(C証人は,肺動脈内に不安定な血栓がある状態で活動制限を外したということは通常では考えられないとしている(証人C〔17頁〕)。また,E医師も,肺動脈内に血栓が浮遊しているか,浮遊していないかということは,具体的には判断することは難しいが,可能性としてはもちろん考えているとしている(証人E〔11,12頁〕))。

   エ なお,深部静脈血栓症が認められる場合の2次予防に関してのガイドラインはなく,管理方法については各施設に任されているとする文献(乙B5(平成21年3月発行))があったことは前記のとおりであり,その後,平成29年改訂版のガイドライン(19頁図6)において,急性PTEが発症した後の血行動態悪化に備えモニタリングが必要となる場合の基準が設けられたことが認められる。しかし,本件再発に関する過失について,当時の知見では,上記ガイドラインで問題とされる管理方法についての基準がなく,ICUにおけるモニタリングが必要との判断をすべき注意義務があったということがいえないとしても,一般病棟に移動する際,あるいは移動した後の一般病棟における患者の動作時の注意義務が問題とされるべきで,このような注意義務のあったことは,平成21年当時臨床現場の医師が一般的に認識していた上記アないしウの知見によって判断をすることができるというべきである(なお,本件は,現に血栓溶解療法が実施中の事案であり,上記19頁図6で想定されている「中[低]リスク」とか「低リスク」の状況とは異なるというべきである)。

  (2)そこで,以上を前提に,E医師に本件再発について過失があったかについて検討する。

   ア まず,前記認定の事実によれば,平成21年3月6日午前中に,亡▲は意識消失,血圧低下など急変し,肺動脈分枝部から両側の分枝に至る多量の造影欠損が認められたため,肺塞栓を発症したものと診断され,重篤な状況に急変する可能性があって,ICUに入室し,抗凝固療法及び血栓溶解療法が継続された。3月8日午後4時39分頃には,動悸・息切れを,午後5時30分頃には胸部不快感を訴え,一時的に心拍数が40程度まで低下し,補充調律が出現した。この3月8日の状況につき,E医師は,肺動脈血栓症を発症した急性期であるから,それが影響している可能性も当然考えなければいけないとの認識であり(証人E〔4頁〕),実際,翌日の9日午前9時19分頃のCTでは,肺動脈血栓症は基本的には6日の状況と変化がないとされた(なお,E医師は3月8日の症状につき他の可能性も挙げるが,実際に他の原因のあったことを認めるに足る証拠はない。)。しかし,3月9日,E医師は,肺動脈圧が低下したため,一般病棟への転棟とするとの判断をし,転棟後は,安静度室内フリーとすることとした。ところが,同日午後2時20分と25分頃,転棟前の準備のためベッド上で坐位となったところで,亡▲は,「少しふわってする。」との訴えを2回行っている。この点について,E医師は,脳血流が落ちているなど,肺動脈血栓塞栓症が何らかの形でまた悪くなっている可能性を考えなければならない症状であると認識している(証人E〔19頁〕)。

   イ そうすると,E医師としても,一般病棟への転棟とした時点で,3月6日の肺動脈血栓症により重篤な状況に急変する可能性のあった状況が継続し,抗凝固療法及び血栓溶解療法の継続により肺動脈圧の低下はしたものの,肺動脈血栓症自体は基本的には変化がなく,むしろ,前記のとおり血栓溶解療法により血栓の遊離をきたす可能性もあったことを認識しており,そのような状況の中で,亡▲から「少しふわってする。」との訴えがあり,肺動脈血栓塞栓症が何らかの形でまた悪くなっている可能性を認識したのであるから,一般病棟への転棟をするにしても,ストレッチャーでの移動など,体動によって血栓が遊離し移転して塞栓を起こす可能性を少しでも減らす注意義務があったというべきである(証人C〔30頁〕,証人D〔26頁,47頁〕)。にもかかわらず,E医師はそのような注意義務を怠り,転棟後は安静度室内フリーとすることとし,車椅子での移動をさせたのであるから,この点において過失があったというべきである。

   ウ なお,静脈血栓塞栓症の予防法として,早期歩行及び積極的な運動の実施等を挙げる文献のあることは前記のとおりであるが,肺動脈血栓症をすでに起こし,抗凝固療法及び血栓溶解療法を継続中の患者を対象とするものでないことは,その記載の趣旨から明らかで(証人C〔16頁〕,証人D〔36頁〕),上記判断を左右するものではない。また,本件再発のようなケースについての症例報告等の文献がなく,めずらしいケースということができるとしても(証人D〔38頁〕),臨床の場では,肺動脈塞栓症は急死する危険があるためICUで監視を継続して安静にしていることが通常であることから(証人C〔27,28頁〕,証人D〔8頁〕),症例報告がないとも考えられ,上記判断を左右しない(前掲の乙B17号証18頁表11では,急性PTEの抗凝固療法群の24例では,死亡やPTEの再発事例はいずれも0となっており,医師の管理下で抗凝固療法を行い安静にしていれば再発の事態は防げているのであり(証人D〔44,45頁〕),本件は,通常発生しない事故であったことがうかがえる。)。

  (3)上記過失と本件死亡との因果関係

    前記認定のとおり,本件再発については,「本幹にあった浮遊血栓が遠位塞栓した可能性がある」とされたが,3月6日以降抗凝固療法,血栓溶解療法が継続され,3月9日のCTでは,骨盤及び両下肢には深部静脈血栓症を指摘できなかったことを考慮すると,両側肺動脈の分枝に多量に存在していた血栓が遊離し,移転して塞栓を起こしたと推認することができる(証人D〔23,24頁〕)。そうすると,その塞栓(本件再発)という結果は,上記(2)のE医師の過失と相当因果関係があると認められる。

    この点,E医師は,ICUにいても塞栓は体位変換により起こりうるとするが(証人E〔14頁〕),車椅子で動かすのと,ストレッチャーで仰臥したまま動かすのとでは,安静度は全く違うとされており,車椅子に移動して,筋肉の多い下肢を動かし,心臓より高い位置に頭を動かすことと,ICUで仰臥したまま体位変換をすることを同視することはできないから(証人D〔26頁〕,証人C〔14頁〕),E証人の上記証言は,上記判断を左右しない。

    そして,前記認定の事実によれば,亡▲は,本件再発の結果,低酸素脳症を発症し,証拠(甲A8)によれば,亡▲は,低酸素脳症が影響を及ぼした急性肺炎により急性呼吸不全によって,令和元年5月8日に死亡した(本件死亡)ことが認められるから,前記E医師の過失と亡▲の本件死亡との間には相当因果関係が認められるというべきである。

  (4)以上によれば,被控訴人は,民法715条に基づき,亡▲の本件死亡によって,同人及び控訴人らが被った損害を賠償すべき責任を負っているというべきである。

 4 控訴人らの損害額について

  (1)亡▲の損害について

    本件死亡を原因とする亡▲の損害は以下のとおりである。

   ア 積極損害

     弁論の全趣旨によれば,亡▲の積極損害は以下のとおり認められる。

    (ア)過去の医療費等 665万7580円

    (イ)過去の入院雑費 359万8500円

   イ 逸失利益

     前記認定のとおり,亡▲は,本件再発の結果,低酸素脳症を発症し,植物状態となったところ,令和元年5月8日に死亡した事実が認められる。そして,本件再発の平成21年3月当時,35歳の専業主婦であった(甲A1・14頁)ことからすれば,その基礎収入は,賃金センサス平成21年女性学歴計全年齢平均賃金の348万9000円とするのが相当である。また,亡▲が専業主婦であったことからすれば,本件死亡後の生活費控除率は,30パーセントとするのが相当であり,労働可能年数は32年間(35歳から67歳まで)で,うち10年間(35歳から45歳)は100パーセントの労働能力の喪失,22年間(45歳から67歳)は死亡による労働能力の喪失とするのが相当である。

     以上によれば,本件死亡に伴う亡▲の死亡逸失利益は4667万8284円が相当である。

     (計算式)

     348万9000円×{1×7.722(10年間のライプニッツ係数)+(1-0.3)×(15.803(32年間のライプニッツ係数)-7.722)}=4667万8284円(小数点以下四捨五入)

   ウ 死亡慰謝料

     本件死亡に伴う亡▲の慰謝料は,後記(2)ないし(5)の固有の慰謝料が認められることも考慮して2100万円が相当である。

   エ 合計額 7793万4364円

  (2)控訴人●1の損害

   ア 亡▲の損害賠償請求権の相続分

     亡▲の損害賠償請求権の相続分は,3896万7182円である。

   イ 葬儀費用

     弁論の全趣旨によれば,控訴人●1の葬儀費用に係る損害額は150万円が相当である。

   ウ 固有慰謝料

     控訴人●1の固有慰謝料は100万円が相当である。

   エ 合計額 4146万7182円

  (3)控訴人●2の損害

   ア 亡▲の損害賠償請求権の相続分

     亡▲の損害賠償請求権の相続分は,3896万7182円である。

   イ 固有慰謝料

     控訴人●2の固有慰謝料は100万円が相当である。

   ウ 合計額 3996万7182円

  (4)控訴人●3の損害

    控訴人●3の固有慰謝料は100万円が相当である。

  (5)控訴人●4の損害

    控訴人●4の固有慰謝料は100万円が相当である。

  (6)控訴人らの損害額は以上のとおり認められるところ,亡▲の死亡は,平成21年3月9日の不法行為に基づくものであることからすれば,遅延損害金の起算日も同日とするのが相当である。

 5 そうすると,控訴人らの請求は,控訴人●1につき4146万7182円,控訴人●2につき3996万7182円,控訴人●3につき100万円及び控訴人●4につき100万円並びにこれらに対する遅延損害金の各支払を求める限度において理由があるから認容し,その余の請求については理由がないからいずれも棄却すべきところ,これと異なり,控訴人らの請求を全部棄却した原判決は失当であって,本件控訴の一部は理由があるから,原判決を上記のとおり変更することとして,主文のとおり判決する。

    東京高等裁判所第19民事部

        裁判長裁判官  都築政則

           裁判官  新田和憲

           裁判官  山本 拓



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