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腰椎後方椎体間固定後に両下肢麻痺の後遺障害が残存したのは、術後の感染対策及び処置に瑕疵があった為、損害賠償を認めた判例

東京地裁  令和3年2月25日判決

平成29年(ワ)第17101号

                   主   文

 1 被告は,原告に対し,3854万6123円及びこれに対する平成22年11月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 原告のその余の請求を棄却する。

 3 訴訟費用は,これを5分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

 4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

 

                   事実及び理由

 

第1 請求

   被告は,原告に対し,9479万1578円及びこれに対する平成22年11月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 本件は,被告の開設する社会医療法人社団A病院(以下「被告病院」という。)において腰椎後方椎体間固定術等を受けた原告が,同手術後両下肢麻痺の後遺障害を負うに至ったのは,被告病院の医師が術後感染に対する適切な処置を怠ったためであると主張して,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき,9479万1578円及びこれに対する不法行為日である平成22年11月4日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 2 前提事実(争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

  (1)当事者

   ア 原告は,昭和〇年○月○○日生まれの男性である。

   イ 被告は,被告病院を開設する社会医療法人社団である(甲C3の1・2)。

  (2)被告病院における診療経過

   ア 原告は,以前から腰痛,下肢痛があり,B病院整形外科において腰部脊柱管狭窄症と診断され,治療を受けていたが,自宅に近い被告病院への紹介を受けた(乙A1・10頁)。そこで,原告は,平成21年2月21日,被告病院整形外科を初めて受診し,腰部脊柱管狭窄症との診断の下,以後,同科に通院するようになった(乙A1・9頁)。なお,原告には,糖尿病,高血圧,高脂血症,C型肝炎,胆石症の既往歴があった(乙A2・51頁,乙A3・699頁)。

   イ 原告は,平成22年8月頃,間欠性跛行が500mとなり,同年9月29日,手術治療目的で被告病院に入院した(乙A1・31頁,乙A2・50頁)。

   ウ 原告は,同年10月15日,被告病院整形外科の医師であるC医師(以下「C医師」という。)らにより,第4腰椎(以下,腰椎の名称を「L4」などと表示することがある。)・第5腰椎・第1仙骨への腰椎後方椎体間固定術(PLIF),骨移植術,インスツルメンテーション手術(以下,この日に行われた手術を「本件手術」という。)を受けた。本件手術では,第4腰椎と第5腰椎との間,第5腰椎と第1仙骨との間にそれぞれ骨を充填したチタン製のケージを挿入して腰椎椎体間固定術を行い,さらにそれぞれ椎弓根スクリュー(ネジ)を挿入し,ロッド(まっすぐな棒状の金属)で締結して内固定した(乙A1・32~33頁,乙A2・92~93頁)。

     C医師は,同日から同月24日まで,抗菌薬としてラセナゾリン(CEZ)を投与した(乙A3・622~623頁)。

   エ 同年10月20日,原告の創部から膿の滲出があったため(乙A3・786頁),C医師は,膿を培養に出して細菌検査をしたが,同月28日,菌は検出されなかったと報告された(乙A2・211頁)。

     また,同月21日にも創部から膿の滲出があった(乙A3・786~787頁)。

     C医師は,同月25日,抗菌薬をラセナゾリンからフィニバックス(DRPM)に変更し,同年11月5日まで投与した(乙A3・620~621頁)。

   オ 同年10月21日以降も膿の滲出が続いたので,C医師が,同月30日に膿を培養に出して細菌検査をしたところ,同年11月4日,溶血性ブドウ球菌(Staphylococcus Haemolyticus〔スタフィロコカス・ヘモリティカス〕)が検出されたとの報告(以下「本件検査結果報告」という。)がされた。検出された菌は,抗菌薬であるラセナゾリン,フィニバックス及びビクシリン(ABPC)に対してはいずれも耐性があり,ダラシン(CLDM)には感受性があった(乙A2・212~213頁)。なお,C医師は,同日に本件検査結果報告を確認しなかった。

     C医師は,同月6日,抗菌薬をフィニバックスからビクシリンに変更し,同月23日まで投与した(乙A3・617~620頁)。

   カ C医師は,同年11月23日,抗菌薬をビクシリンからダラシンに変更し,同年12月24日まで投与した(乙A3・612~617頁)。

   キ C医師は,同年12月3日,病巣掻爬・再固定術を実施した(以下,この日の手術を「本件第2手術」という。乙A1・34~35頁,乙A2・104頁)。

   ク C医師は,平成23年2月25日,L3/4開窓除圧術,L3/4椎間板掻爬術,L3棘突起生検を実施し(以下,この日の手術を「本件第3手術」という。),細菌検査の結果,腸球菌(Enterococcus faecalis)が検出された(乙A1・38~39頁,乙A2・111~114,220~221頁)。

  (3)その後の診療経過

   ア 原告は,平成23年9月2日,腰椎椎体術後感染加療目的でD病院(以下「後医病院」という。)に転院した。

   イ 原告は,後医病院において,同年9月9日,腰椎後方固定術を受け,本件手術で挿入されたL4へのスクリュー,L4/5のケージが抜去された(甲A19,20)。同ケージからは表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)が検出された(甲A21)。

   ウ 原告は,後医病院において,同年9月20日に髄液漏閉鎖術,同年10月19日に腰椎前方後方固定術,腸骨・腓骨移植術を受けた(甲A22~25)。

   エ 原告は,同年12月20日,リハビリ目的で被告病院に転院し,平成24年9月8日に被告病院を退院した(甲A26)。

  (4)原告の後遺障害

    原告は,両下肢機能全廃とのC医師の診断等に基づき,平成23年5月24日,身体障害者障害程度等級における疾病による体幹機能障害2級に認定されて身体障害者手帳の交付を受け,以後現在に至るまでその更新を受けている(甲A29の3,甲C1の1~1の3)。

 3 争点及び争点についての当事者の主張

  (1)原告に両下肢麻痺が生じた機序(争点1)

  (原告の主張)

    原告に両下肢麻痺の障害が出現した機序は,次のとおりである。

    本件手術(平成22年10月15日)後に手術部位感染が生じたところ,直ちに感受性の高い抗菌薬の投与を開始せず,同年11月4日に溶血性ブドウ球菌が検出された後にも適切な措置(切開排膿,病巣掻爬,持続洗浄)が遅れたため,感染が拡大し,第3腰椎及び第4腰椎の椎体に破壊が生じた。第4腰椎の椎体は感染(椎体炎)のために虚脱し,第3腰椎及び第4腰椎の椎体の破壊された骨片が硬膜外から脊柱管に突出して硬膜管を強く圧迫したため,平成23年1月14日から両下肢麻痺が出現し,残存した。

  (被告の主張)

    否認する。

    本件手術後の溶血性ブドウ球菌による感染は,被告病院における適切な処置により,平成23年1月末には抑えられ,治癒したのであり,この感染が原因で,原告に両下肢麻痺や体幹機能障害が出現したり残存したりしたものではない。

    原告に現在の症状が発生しているとしても,それは,同年2月に破壊力が強い腸球菌への菌交代が起こり,重感染を発症して,腰椎の変形と破壊が急速に進み,その後,表皮ブドウ球菌による感染が発生したことによるものである。

  (2)平成22年10月21日における抗菌薬変更義務違反(過失1)の有無(争点2)

  (原告の主張)

    手術部位感染防止のための各種診療ガイドラインでは,予防的抗菌薬投与の推奨薬剤はセファゾリン(CEZ)であるものの,同抗菌薬はメチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)には無効であり,長期間投与するとMRSAのみが選択的に残されるため,予防的抗菌薬の投与は短期間かつ適切な方法で行われるべきであるとされている(甲B12)。また,感染が疑われる場合,予防薬を続行するより,早期治療として予防薬を中止し,予防薬と交差耐性を持たない薬剤に変更することが原則であるとされている(甲B20)。

    本件手術は,異物であるインスツルメントを挿入することによる感染のリスクが高かった(甲B13,14)上,原告は,術後感染の危険因子とされている糖尿病(甲B15)を患っていた。そして,術後7日目以降のCRPや白血球数の高値,37度台以上の発熱等の症状は,術後感染症の可能性があるとされているところ(甲B8),原告には,平成22年10月20日(本件手術後6日目)から膿を含む大量の漿液性の液体の滲出を認め,体温が上昇しており,同月21日には手術創が離開し,膿を含む大量の滲出液の漏出が続き,発熱も持続したのであって,術後感染の徴候が見られており,それまで投与されていたラセナゾリンが効果を発揮していないことが推測された。

    以上によれば,C医師は,本件手術後に原告のCRPの上昇,体温の上昇,創部からの滲出液,膿等の感染徴候が認められた平成22年10月21日の時点において,感染予防に使用された薬剤(ラセナゾリン)とは異なった系統の薬剤又はより抗菌スペクトルが広く,かつ,強力な薬剤(交差耐性を持たない薬剤)に変更すべき義務があったというべきである。それにもかかわらず,C医師は,ラセナゾリンの投与を継続し,上記義務を怠った。

  (被告の主張)

    感染症治療の基本原則は,感染症の存在(原因微生物の同定)を正確に認知するというものである。C医師は,平成22年10月21日の時点では,同月20日に採取した膿を培養による細菌検査に提出してその結果報告を待っていたのであり,感染の有無や感染菌が不明な同月21日の時点で抗菌薬を変更する義務はなかった。

  (3)平成22年11月4日における抗菌薬変更,切開排膿,病巣掻爬,持続洗浄義務違反(過失2)の有無(争点3)

  (原告の主張)

    感染症治療の原則は,起炎菌に感受性のある抗菌薬を投与することと,切開排膿,病巣掻爬,死腔の閉鎖,持続洗浄である(甲B3,4,9)。インスツルメント術後の感染症の治療方針としては,感受性のある抗菌薬を投与して経過を見た上,一般細菌検査の結果細菌が同定され,それまで投与していた抗菌薬への薬剤耐性が認められる場合には,直ちに感受性の高い抗菌薬に変更するとともに,深部への感染を予防するための切開排膿,病巣掻爬,持続洗浄(以下「切開排膿等」という。)を行うべきである(甲B1)。

    原告には,平成22年10月22日以降も創部からの膿の滲出,高熱,CRPの上昇という感染徴候が継続していたが,同年11月4日に溶血性ブドウ球菌が検出され,手術部位感染が明らかになるとともに,それまで投与していた抗菌薬(ラセナゾリン及びフィニバックス)は,いずれも溶血性ブドウ球菌に対して耐性があることが判明した。

    以上によれば,C医師は,同年11月4日の時点において,直ちに抗菌薬を溶血性ブドウ球菌への感受性のあるものに変更するとともに,深部への感染を予防するための切開排膿等を行う義務があったというべきである。

    それにもかかわらず,C医師は,同日,感受性のある抗菌薬への変更及び切開排膿等のいずれも行わず,上記義務を怠った。

  (被告の主張)

   ア 感染症治療の基本原則は,感染症の存在(原因微生物の同定)を正確に認知するというものである。C医師は,平成22年10月30日の細菌検査の結果を同年11月4日には認識していないので,同日に抗菌薬の変更を行ったり,切開排膿等を行うべき義務はなかった。なお,3日ないし4日以上の持続洗浄は,洗浄用チューブからの逆行性感染の原因ともなり有害であることからも,これを行う義務はなかった。

   イ C医師は,同年10月30日の細菌検査の結果を同年11月22日に認識し,翌23日から,感染菌である溶血性ブドウ球菌に対して感受性を有するダラシンの投与を開始した。

     また,C医師は,同年12月3日には病巣掻爬・再固定術も実施し,同月25日には抗菌薬をダラシンからバンコマイシンに変更し,さらに平成23年1月12日に再度ダラシンに変更した。

     その結果,平成23年1月下旬には炎症が陰性化して感染が抑えられたのであるから,原告に対する治療に問題はなかった。

  (4)平成22年12月3日又は同月17日におけるインスツルメント抜去義務違反(過失3)の有無(争点4)

  (原告の主張)

   ア 急性骨髄炎(椎体炎)では,発熱,局所の疼痛等を認め,CRPの上昇等の一般的炎症所見の上昇が認められる。これに加えて,単純X線像では2週ないし3週を過ぎてから骨萎縮・骨膜反応が出現し,炎症の進行により骨吸収像・骨破壊像・骨硬化像が出現する。CT像では単純X線像で認められた所見がより詳細に描出され,MRIは早期診断や病巣の広がりを確認するのに有用であるとされている(甲B10)。

     体内に挿入される金属(インスツルメント)は,手術部位感染の危険性を高め,術後感染が生じると感染拡大の助長因子となり,骨髄炎へと進展する可能性があるため,感染が生じた場合には,感染の鎮静を図るべく直ちに適切な治療が必要となる。治療方針としては,早期の外科的治療が必要であり,内固定材料を抜去の上,腐骨,壊死組織を含め,徹底したデブリドマン,大量の生理食塩水によるジェット洗浄とドレナージを行うことが重要であるとされており(甲B11),椎体炎の所見が認められ,深部感染が疑われる場合には,インスツルメントを抜去する必要がある(甲B1)。

   イ 平成22年12月3日時点

     原告には,平成22年10月20日以降,発熱,疼痛,CRPの上昇,膿の滲出等の感染徴候がみられた。

     これに加えて,同年11月26日撮影の腰椎X線画像(甲A30の3)の所見によれば,第4腰椎椎体の上面の皮質の陰影は,第3腰椎椎体の下面の皮質の陰影と比べて低下し,皮質の一部は椎体から剥離しており,骨の融解を疑わせる状態であった。

     また,同年12月3日撮影の腰椎X線画像(甲A30の4)の所見によれば,第4腰椎椎体の上面の皮質の陰影は,第3腰椎椎体の下面の皮質の陰影と比べて低下し,第4腰椎椎体の上面の皮質の透過性は同年11月26日と比べると更に低下し,第4腰椎椎体の椎体腹側の上縁の皮質の透過性は第2腰椎及び第3腰椎の椎体腹側の皮質の透過性と比べて低下している。これらの所見によれば,同年12月3日の時点で第4腰椎椎体に感染が生じていた。

     C医師は,平成22年12月3日には,抗菌薬での治療が奏功せず,第4腰椎椎体に感染が生じていることが確認できたのであるから,病巣掻爬に加え,感染拡大の助長因子となる本件手術で挿入したインスツルメントを抜去する義務があった。それにもかかわらず,C医師は,病巣掻爬をしたのみで,インスツルメントを抜去せず,上記義務を怠った。

   ウ 平成22年12月17日時点

     前記イの事実に加え,平成22年12月17日撮影の腰椎CT画像(甲A30の5)の所見によれば,第4腰椎の腹側上端は圧縮され,椎体が腹側に凸の台形になっており,第4腰椎椎体の腹側の皮質は椎体から剥離し,骨融解も見られる。これらの所見は,第4腰椎の椎体に,感染によって骨融解と骨破壊が生じていることを示し,第4腰椎の椎体炎と診断される状態であった。

     C医師は,平成22年12月17日には,第4腰椎椎体の骨融解,骨破壊の所見が確認できたのであるから,本件手術で挿入したインスツルメントを抜去する義務があった。それにもかかわらず,C医師は,インスツルメントを抜去せず,上記義務を怠った。

  (被告の主張)

    インスツルメントを抜去すると患部が不安定になり,かえって感染症は治りにくいため,インスツルメントは極力温存するのが常道であり,病巣掻爬・デブリドマンの際にインスツルメントを抜去する必要は原則的にない(甲B12)。

    平成22年12月3日,原告は歩いて手術室に入室しており,下肢麻痺の所見はなく,同月17日にも明らかに下肢麻痺が出現していることを示す記録はなかったから,第4腰椎の椎体炎と診断すべき根拠はなかった。

    したがって,C医師には,同年12月3日又は同月17日にインスツルメントを抜去する義務はなかった。

  (5)過失と原告の両下肢麻痺等の結果との因果関係(争点5)

  (原告の主張)

    原告には,本件手術後に手術部位感染が生じたが,C医師は,平成22年10月21日に直ちに感受性の高い抗菌薬の投与を開始せず(過失1),同年11月4日に溶血性ブドウ球菌が検出された後にも,直ちに抗菌薬の変更や切開排膿等を行わず(過失2),同年12月3日又は同月17日にインスツルメントの抜去をしなかった(過失3)ため,感染が拡大した。その結果,第3腰椎及び第4腰椎の椎体に破壊が生じ,第4腰椎の椎体は感染(椎体炎)のために虚脱し,第3腰椎及び第4腰椎の椎体の破壊された骨片が硬膜外から脊柱管に突出して硬膜管を強く圧迫したため,平成23年1月には両下肢麻痺が出現し,これが残存した。

    C医師が,平成22年11月4日に切開排膿等を行い,感受性の高い抗菌薬を投与していれば,第4腰椎椎体への感染は防げたのであり,同椎体の虚脱,逸脱は防ぐことができた。

    また,C医師が,同年12月3日にインスツルメントを抜去していれば,椎体炎は最小限に抑制できた可能性が高く,遅くとも同月17日に直ちに第3腰椎と第4腰椎の椎体間に挿入されたスペーサーを除去し,病巣掻爬と自己骨での前方固定を行い,インスツルメントを全て取り除いていれば,予後は良好であった。

  (被告の主張)

    本件手術後の溶血性ブドウ球菌による感染は,被告病院における適切な処置により,平成23年1月末には抑えられ,治癒したのであり,この感染が原因で,原告に両下肢麻痺や体幹機能障害が出現したり残存したりしたものではない。原告に現在の症状があるとしても,それは,同年2月に破壊力が強い腸球菌への菌交代が起こり,重感染を発症して,腰椎の変形と破壊が急速に進み,その後,表皮ブドウ球菌による感染が発生したことによるものであるから,溶血性ブドウ球菌による感染への治療が遅れたこととの因果関係はない。

  (6)損害の発生及び額(争点6)

  (原告の主張)

    原告に生じた損害額は,以下のアないしオの合計9479万1578円である。

   ア 入院雑費 82万0500円

     1500円×547日(平成22年11月23日~平成24年5月22日(障害者認定された日を症状固定日とする。))

   イ 入院慰謝料 360万円

     入院547日間

   ウ 後遺症慰謝料 2370万円

     脊髄損傷により中程度の対麻痺の後遺症が残り,随時介護が必要であるので,後遺障害等級2級に該当する。

   エ 逸失利益 5805万3662円

     559万3000円(平成24年賃金センサス男性高卒年齢別(50歳から54歳まで))×1.0(後遺障害等級2級)×10.3797(労働能力喪失期間15年(症状固定時52歳)のライプニッツ係数)

   オ 弁護士費用 861万7416円

     前記アないしエの合計額(8617万4162円)の約1割

  (被告の主張)

    否認し争う。

    原告には,糖尿病,高血圧,高脂血症,C型肝炎,胆石症の既往歴があり,平成20年7月8日からは,右眼視野欠損を訴えて被告病院眼科も受診していた。また,原告には,被告病院整形外科の初診以前から,腰痛,下肢痛があって,他院で,仙骨硬膜外ブロック,投薬等の治療を継続しており,被告病院整形外科でも,疼痛緩和のため,仙骨ブロック麻酔や,オパルモン,ロキソニン,ボルタレン座薬等による治療を受けていたもので,平成22年8月31日には,両下肢の痺れが24時間続くなどの症状があり,入院時には,間欠性跛行,腰痛,両下肢の痺れ,体動困難の症状があった。

    原告が平成20年7月から被告病院眼科等に相当日数通院している状況や,平成22年8月に仕事はしていないと述べていたことからしても,原告が本件手術前に定職について一定の収入を得られたとは考えられない。

第3 当裁判所の判断

 1 認定事実

   前記第2の2の前提事実に加えて,証拠(本文中に掲記)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

  (1)被告病院における診療経過

   ア 原告は,以前から,腰痛,下肢痛があり,B病院整形外科において腰部脊柱管狭窄症と診断され,仙骨ブロック,投薬等の治療を継続していたが,自宅から遠方で通院が困難であることから,平成21年2月4日,自宅に近い被告病院への紹介を受けた(乙A1・10頁)。

     なお,原告は,平成20年7月8日に右眼視野欠損を訴えて被告病院眼科を受診して以降,同科に通院するとともに,平成21年1月22日頃から,同病院内科において,以前から患っていた糖尿病に対する投薬治療も受けるなどしていた(乙A1・3~30頁)。

   イ 原告は,同年2月21日,腰痛が強いときに仙骨ブロックをする目的で,被告病院整形外科を受診し,腰部脊柱管狭窄症と診断されて,仙骨ブロックを受け,ロキソニン及びボルタレン座薬を処方された。

     原告は,同年4月1日にも被告病院整形外科を受診して,仙骨ブロックを受けるとともに,オパルモンを処方された。原告は,同月18日の受診時には,100mの歩行で痛みがあり,その度合いがひどくなったと訴えた。原告は,同月27日の受診時にも,仙骨ブロックを受け,その後も,継続的に被告病院整形外科を受診し,鎮痛剤の処方を受けていた。

     原告は,平成22年8月31日に被告病院整形外科を受診した時に,両下肢の痺れが24時間続き,間欠性跛行が500mで下肢痛が出現し,仕事をしていないと述べた。

     原告は,同年9月7日,被告病院で腰椎MRI等を撮影の上,C医師の診察を受けた。C医師は,薬を内服しても体動が困難になっているという原告の主訴に対し,腰椎固定手術を受けることが考えられると説明した。そこで,原告は,同月29日,脊柱管の狭窄を解除する手術を受けるため,被告病院に入院した。

     入院当日に行った血液検査の結果,腎不全の悪化が認められたため,同年10月1日に行う予定であった手術が延期され,同月13日に,手術を同月15日に行うことが決定された。

     原告は,同年9月30日に行った術前評価では,下肢の筋力が,MMT(筋力を徒手的に検査・記録する方法であり,5から0までの段階で評価される。)で左下肢3,右下肢4と評価され,ADL評価点(日常生活動作・126点満点)は120点で,左片脚立位時ふらつきあり,歩行100m以上で跛行出現,坐骨神経に沿って足がつるとの所見が認められた。

     (乙A1・9~31頁,乙A2・50,90,117~118頁,証人C医師15~16頁,原告本人19,21~23頁)

   ウ C医師は,同年10月15日,原告に対し,第4腰椎・第5腰椎・第1仙骨への腰椎後方椎体間固定術(PLIF),骨移植術,インスツルメンテーション手術(本件手術)を実施した。

     術後,原告の体温は36度から37度前後で,創部からガーゼへの滲出液の滲み出しはなかった。

     C医師は,同日から同月24日まで,抗菌薬としてラセナゾリンを投与した。

     (乙A1・32~33頁,乙A2・92~93頁,乙A3・622~623,781頁)

   エ 原告は,同年10月16日には,腰痛や左大腿の知覚鈍麻を訴え,体温は36度台から37度台,CRPの値(基準値0.3mg/dl以下)は,2.79であった。その後,同月19日までの原告の状態は,体温が36度台から37度台で,痛みが首の後ろから下の部分全域に広がり,同月19日には創部からの漿液性滲出も少しあった。

     また,同月16日には,MMTが左下肢4,右下肢4で,ADL評価点は64点であった。

     原告は,同月20日,腰痛,後頚部から背部の痛みが続き,右大腿外側の感覚が鈍い感じであるなどと訴え,体温は38度台で,創部から多量の漿液性滲出があり,少量の膿の滲出もあった。そのため,C医師は,感染を疑い,膿を培養に出して細菌検査をしたが,同月28日,菌は検出されなかったとの報告がされた。

     (乙A2・119~120,178,211頁,乙A3・781~786頁,乙A5・3頁,証人C医師16頁)

   オ 原告の創部からの滲出液は,同年10月21日以降多くなり,膿の付着もあり,この状態は,同年11月4日頃まで続いた。この間,体温は,37度台から38度台で推移した。CRPは,同年10月22日には10.76まで上昇し,その後,同月26日に5.97,同月29日に8.54,同年11月2日に11.12と高い数値が続いた。原告は,腰と首に疼痛があり,下肢の力が入りにくい状態であった。

     C医師は,同年10月25日,抗菌薬をラセナゾリンからフィニバックスに変更し,これを同年11月5日まで投与した。また,同年10月29日には,腰椎X線撮影を行った。

     (甲A9の1,甲A30の1,乙A2・178~179頁,乙A3・620~621,786~795頁)

   カ C医師は,同年10月30日に再度,膿を細菌検査に出したところ,同年11月4日,膿から溶血性ブドウ球菌が検出され,ラセナゾリン,フィニバックス及びビクシリンに対してはいずれも耐性があるが,ダラシンには感受性があるとの報告があった(本件検査結果報告)。しかし,本件検査結果報告はカルテ内の所定の場所に置かれなかったため,C医師は,同日にはこれを確認しなかった(乙A2・212~213頁,乙A5・4~5頁,証人C医師12頁)。

   キ 原告の創部からの滲出は,同年11月4日には少し落ち着いてきた。C医師は,同月5日,原告に対し,滲出は減ってきているものの,体内に膿が溜まっているかもしれず,溜まった膿の菌に抗生剤が効かない場合は,再度手術して洗浄しなくてはならないこともある旨,原告に説明した。

     C医師は,同月6日,抗菌薬をフィニバックスからビクシリンに変更し,これを同月23日まで投与した。

     また,C医師は,同月6日にも細菌培養検査を発注したが,同月11日,菌が不検出であったとの報告があった。

     原告は,創部から少量の滲出が続いており,体温は37度台から38度台で,CRPの数値は,同月9日に13.09,同月12日に9.56であった。C医師は,同月12日,腰椎X線撮影を行った。

     原告は,同月10日から11日及び16日から18日にかけて外泊し,この間は,鎮痛薬により疼痛コントロールはできており,CRPの値も,同月16日に8.78,同月19日に7.86と少しずつ下がっていた。しかし,同月19日には,38度台の熱があり,同月20日には,創部から出血と膿の滲出が見られ,同月22日には,CRPの値が8.80に上昇し,下肢痛も鎮痛剤で自制できないほどになった。

     (甲A9の1,甲A30の2,乙A2・179~180,214頁,乙A3・617~620,795~803頁)

   ク C医師は,同年11月22日になって,本件検査結果報告があることを認識するに至った。そこで,C医師は,同月23日,抗菌薬をビクシリンからダラシンに変更し,これを同年12月24日まで投与した。C医師は,同年11月24日,同月22日に採取した膿を培養検査に出し,同月29日に,この膿から少量の溶血性ブドウ球菌が検出されたとの報告を受けた。

     原告のCRPの値は,同月26日に7.62,同月30日に6.27であった。原告は,同月25日や26日にも,腰から左下肢にかけて強い痛みがあり,27日以降は鎮痛剤でのコントロールが困難なほどに疼痛が増悪した。

     (乙A2・180,215頁,乙A3・612~617,803~806頁,乙A5・5頁)

   ケ C医師は,同年12月3日,原告の腰椎固定術後感染に対し,病巣掻爬・再固定術を実施した(本件第2手術)。感染は,皮下,筋膜,棘突起に及んでおり,移植骨は溶けて消失していた。C医師は,創部のデブリドマン(洗浄)を行うとともに,インスツルメントのスクリューに弛みのないことを確認し,これを入れ直して固定した(乙A1・34~35頁,乙A2・104頁)。

     本件第2手術後は,創部はきれいになり,熱感はなく,滲出も見られなくなった。CRPの値は,同月4日に8.20,同月7日に9.43であったが,同月10日に5.53,同月14日に4.82,同月17日に2.90と下がってきた。C医師は,同月17日,腰椎のX線撮影及びCT撮影を行い,CT画像上,L4椎体前方上方の骨融解を確認したが,変形の程度はごく軽微であり,抗生剤で治療できる範囲であると判断した。C医師は,原告に対し,CT及びX線画像上,固定部は神経圧迫もなく,スクリューや人工骨の位置も問題ない,腰が抜ける感じは,固定部の1つ上の腰椎に負担がかかっているのだろうと説明した。

     原告のCRP値は,同月21日に2.29,同月24日に2.34,同月28日に2.81で,依然として基準値を上回っていた。また,腰から両大腿部にかけての痛みも続き,投薬でのコントロールも困難になっていた。同月25日には,トイレに行った時に痛みが強くて動けなくなり,車椅子でベッドに戻った。

     C医師は,同月25日,ダラシンに対する耐性ができないよう,抗菌薬をバンコマイシンに変更し,これを平成23年1月11日まで投与した。

     (甲A9の1,甲A30の5・6,乙A2・180~182頁,乙A3・806~821頁,乙A5・11~12頁,乙A5の2)

   コ 原告は,平成22年12月29日から7泊の予定で外泊したが,平成23年1月1日に腰や両下肢の疼痛が悪化し,外泊を中断して帰院した(乙A2・116頁,乙A3・822~823頁,原告本人3,17頁)。

     原告は,同月2日には,薬では痛みはなくならず,力も入りにくくなったと訴え,C医師との面談を希望し,歩行困難のため,移動は車椅子で行った。同月4日には,MMTが左下肢3-,右下肢3,体幹2,ADL評価点103点で,下肢の上げ下げができない状態と評価された(乙A2・125~126頁,乙A3・823頁)。

     原告は,同月4日,C医師と面談し,痛みが辛い,注射や座薬を投与しても痛みは取れない,膝がカクンと抜けることが多くなっている,腰が抜ける,トイレに座っているとしびれて足がつってくる,痛みがひどいことを分かってほしい等と訴えた。C医師は,感染が治まらない限り,痛みも治らない,膝が抜けるのは神経痛であって,麻痺ではなく,CT画像上も問題はないなどと説明し,骨が固まるまでの間,コルセットを使用することを提案した(乙A3・825頁)。

     原告は,同月5日には,立ち上がりや更衣に介助を要し,サークル歩行もできず,移動は車椅子で行った。同月6日は,ベッドの柵などにつかまりながら,立ち上がるのもやっとという状態になり,作業療法士が入浴やトイレの介助を指示した。その後も,原告は激しい疼痛を訴え,同月9日には,立ち上がったところで足の力が抜けて座り込む状態となり,一人で立ち上がることができなくなった(乙A3・826~829頁)。

     原告のCRPの値は,同月7日は2.54であったが,同月11日には3.53まで上昇した。C医師は,炎症の悪化があると考えて,同月12日に抗菌薬をバンコマイシンから再度ダラシンに変更し,これを同月25日まで投与した。また,C医師は,同月14日,腰椎MRI撮影を行い,第4腰椎椎体による硬膜の圧迫があることを確認したが,圧迫の程度は強くないと判断した。CRPの値は,同月14日に1.48,同月18日に0.54と低下した(甲A9の2,甲A30の7,乙A2・182頁,乙A5・12頁,乙A5の3のⅡ)。

     C医師は,同月19日,原告に対し,CRPの値が低下しており,抗生剤により炎症は改善している,骨が再生されるまで約2か月かかるが,再生されれば痛みは軽減してくる,MRI画像上,ヘルニアがあるが,新しい骨に吸収されると考えられる,手術でヘルニアを削ることは,再度の感染のリスクがあるため,骨の再生を待つしかないなどと説明した(乙A3・838~839頁)。

     原告のCRPの値は,同月28日には基準値を下回る0.12まで低下し,C医師は,溶血性ブドウ球菌による炎症反応は陰性となったと判断した。C医師は,同年2月2日,原告に対し,骨が再生してきており,固まれば腰痛は治まると説明した(乙A2・183頁,乙A3・846~847頁)。

     しかし,原告には引き続き疼痛があり,歩けない状態も改善されず,同月1日には,MMTが左下肢1+,右下肢1+,体幹1+で,ADL評価点は76点であった。そして,同月8日には,CRPの値が2.36に上昇した。C医師は,同月9日に同月8日のCRPの値を確認し,同月10日からダラシンの投与を再開したが,CRPの値は,同月18日に6.19,同月21日に8.34と更に上昇した(乙A2・127~128,183~184頁)。

   サ C医師は,同年2月22日,腰椎MRIを撮影し,画像上,椎体の破壊が進行していたことから,最初の手術部位感染起炎菌の耐性化又は異なる菌による感染を疑ったが,内科医から,悪性腫瘍による骨破壊の疑いもあるとの指摘を受けた。そこで,C医師は,同月25日,L3/4開窓除圧術,L3/4椎間板掻爬術と,L3棘突起生検を実施した(本件第3手術)。この生検により,悪性腫瘍は否定された。細菌検査の結果は同年3月4日に報告されたが,新たに腸球菌が検出され,溶血性ブドウ球菌は検出されなかった(甲A9の2,甲A30の9,乙A1・38~39頁,乙A2・111~114,220~221頁,乙A5・14~15頁)。

   シ その後も,炎症反応は完全には陰転化せず,CRPは概ね0.4ないし2.0程度を推移した。下肢の筋力は,平成23年3月1日には,MMTが左下肢1,右下肢1,体幹1,ADL評価点は72点,同年5月2日には,MMTが左下肢2,右下肢2,体幹2,ADL評価点は78点,同年7月1日には,MMTが左下肢2,右下肢2,体幹2,ADL評価点は90点と評価され,両下肢麻痺は改善傾向であるものの,低いレベルで推移した。また,腰痛・両大腿痛は続き,腰椎MRI画像等でも,経時的に椎体の破壊が進行し,L3/4不安定性,L4での屈曲変形が認められた(甲A9の4,甲A12・2頁,甲A16,甲A30の10,乙A2・129~134,184~193頁,乙A3・860~920頁,乙A5・14頁,乙A5の2,乙A5の3のⅡ)。

  (2)画像所見

   ア 平成22年10月29日及び同年11月12日の腰椎X線画像では,第4腰椎椎体周辺に明らかな感染の所見は見られない。同年12月3日の腰椎X線画像は,第4腰椎椎体の前方上方の透過性が低下しているようにも見えるが,明らかな感染所見があるとまでは認められない(甲A9の1,甲A30の1・2・4,甲B1・4~5頁)。

   イ 平成22年12月17日の腰椎CT画像では,第4腰椎椎体に骨融解が認められる(甲A9の1,甲A30の5・6,甲B1・8~9頁,乙A5・23頁,乙A5の2,乙A5の3のⅡ)。

   ウ 平成23年1月14日の腰椎MRI画像では,第4腰椎椎体後方の棘突起周囲から仙椎後方にまで及ぶ高輝度領域があり,炎症所見が認められる。また,矢状断で,第3及び第4腰椎椎体間に突出が見られ,第4腰椎椎体による硬膜の圧迫が認められる(甲A9の2・甲A30の7,甲B1・10頁,乙A5・24頁,乙A5の3のⅡ,証人C医師13頁)。

   エ 平成23年2月9日,同月22日,同年4月20日,同年5月17日,同年9月5日の腰椎MRI画像等では,経時的に第4腰椎椎体の破壊が進行し,腰椎の変形・屈曲が見られる(甲A9の2・4,甲A16,甲A30の8~10,甲B1・10~11頁,乙A5・13~14頁,乙A5の2,乙A5の3のⅡ,証人C医師6頁)。

  (3)その後の診療経過

   ア 原告は,平成23年9月2日,腰椎椎体術後感染加療目的で後医病院に転院した。単純X線及びCT画像では,L4は破壊され,スクリューが突出,L4を中心として脊柱前弯,MRI画像では,L3椎体炎,L4は圧潰と診断された(甲A12・2頁)。

   イ 原告は,後医病院において,同年9月9日,腰椎後方固定術を受け,本件手術によるL4へのスクリュー,L4/5のケージが抜去された。同ケージからは表皮ブドウ球菌が検出された(甲A19~21)。

   ウ 後医病院において,同年9月17日,炎症反応が上昇し,髄液漏が疑われたことから,同月20日,髄液漏閉鎖術が行われ,同年10月19日,入院当初から予定されていた腰椎前方後方固定術,腸骨・腓骨移植術が行われた(甲A22~25)。

   エ 原告は,後医病院における治療により,感染の症状が軽快し,同年12月20日,リハビリ目的で被告病院に転院し,平成24年9月8日に被告病院を退院した(甲A26)。

  (4)原告の後遺障害等

   ア 原告は,平成23年4月4日の時点において,両下肢機能障害により,家の中の移動は車椅子によってできるが,立つこと,ズボンをはいて脱ぐこと,背中を洗うことについて,全介助又は不能であり,洋式便器に座ることについて半介助の状態であった。C医師は,両下肢機能全廃で身体障害者障害程度等級1級相当であると診断し,原告は,同年5月24日,疾病による体幹機能障害2級(体幹の機能障害により坐位もしくは起立位を保つことが困難なもの又は体幹の機能障害により立ち上がることが困難なもの。身体障害者福祉法施行規則5条3項,別表第5号)に認定された障害者手帳の交付を受けた(甲A29の3,甲C1の1)。

   イ 原告は,平成24年3月21日の時点において,両下肢機能障害により,家の中の移動は車椅子によってでき,立つことも手すりがあればできるが,ズボンをはいて脱ぐこと,背中を洗うことについて全介助又は不能で,洋式便器に座ることは半介助の状態であった。C医師は,1年前より良くなったところもあるが,筋力2レベルのところが多く,自立歩行は不可能であるとして,両下肢機能全廃で1級相当であると診断し,原告は,同年5月22日,前記アの障害者手帳の再交付を受けた(甲A29の4,甲C1の1)。

   ウ 原告の症状は,平成26年2月26日及び平成28年3月9日の時点においても,前記イから概ね変化がなく,障害者手帳の再交付が行われた(甲A29の1・2,甲C1の2・3)。

   エ 原告は,現在,足の筋肉に力が入らず,杖を利用して歩くのは100mが限界で,外出時には電動車椅子や介護タクシーを利用している。介助がなければ,ズボンをはくなどの足を挙げる動作,立ち上がる動作,前かがみになる動作,立位状態を維持することなどができない状態である。そのため,原告は,被告病院を退院した後は,階段の上り下りのない住宅への転居を余儀なくされた上,働くことができないため,生活保護を受給している(甲C4・3~4頁,原告本人6~10頁)。

  (5)医学的知見

   ア 後方椎体間固定術(本件手術)

     後方椎体間固定術とは,腰椎の椎体間を後方から固定する術式で,後方進入にて神経根,馬尾を避けて椎体間を固定するものである。椎間板を切除し椎間板腔に固定のための骨移植を行う。チタンなどの金属等を利用した椎体間固定が行われ,ペディクルスクリューなど脊椎インスツルメントの併用が多い(甲B7)。

   イ 脊椎手術における感染症の発生

     脊椎手術における手術部位感染の発生率は,日本脊椎脊髄病学会の全国調査では0.9%(うちインスツルメンテーション手術は65.8%)とされており,注意はしていても一定の確率で生じるものである(甲B12・242頁,乙A5添付の文献1・18~19頁,乙B3の1)。

     インスツルメントが体内に装着されると,その表面にタンパク質層が形成され,体内に侵入した微生物がこれに付着して増殖し,感染症の病巣になるため,金属等の生体材料を用いる場合には,特に重篤な合併症を来す可能性がある(甲B11・1頁,甲B13・1頁,甲B14)。

     なお,糖尿病は,術後感染の危険因子である(甲B11・1頁,甲B15・62頁,乙A5添付の文献1・23頁)。

   ウ 術後感染の予防及び診断等

    (ア)予防的抗菌薬の投与

      手術部位感染防止のための各種診療ガイドラインでは,予防的抗菌薬投与の推奨薬剤はセファゾリン(CEZ)であるとされる。

      術後感染予防薬と感染症の治療薬は,厳密に区別されるべきであり,感染が疑われる場合には,感染予防のために当初用いていた薬剤を中止し,早期治療として予防薬と交差耐性を持たない薬剤等に変更することが望ましい。創から滲出のある場合は滲出液の培養検査を行い,起炎菌が判明した段階で,広域スペクトラムの抗菌薬から起炎菌に感受性のある狭いスペクトラムの抗菌薬に変更する。

      (甲B8・125頁,甲B10・2頁,甲B11・2頁,甲B12・242~243頁,甲B20・399~402頁)。

    (イ)診断基準

      手術創からの排膿,37度ないし38度以上の発熱,疼痛,CRPの急上昇等が,術後感染症の診断の基準となる(甲B8・125頁,甲B10・1頁,甲B11・1頁,甲B12・242~243頁,乙B2の1)。

      急性骨髄炎の単純X線画像では,2週ないし3週を過ぎてから骨萎縮・骨膜反応が出現し,炎症の進行により骨吸収像・骨破壊像・骨硬化像等が出現する。CT画像では単純X線画像で認められた所見がより詳細に描出され,早期診断や病巣の広がりを確認するにはMRIが有用である(甲B10・1頁,甲B11・2頁)。

   エ 治療方法

     手術部位感染治療の基軸は,起炎菌に感受性のある適切な抗菌薬の投与,切開排膿,病巣掻爬,持続洗浄等である(甲B2・36頁,甲B3・62頁,甲B4・26頁,甲B10・2頁,甲B12・244頁,乙A5添付の文献3・850頁,乙B2の1,乙B3の2)。

     インスツルメントを抜去すべきかどうかについては,起炎菌にかかわらず抜去は原則的に必要なく,まずは温存するように努めるという見解(甲B8・126頁,甲B12・244頁,乙B2の1),骨癒合の得られていないものに対しては抜去せず,骨癒合が得られたものやMRSA感染と判明しているものは抜去した方が良いという見解(甲B2・36頁,甲B3・62頁),まず病巣掻爬,持続洗浄を行い,沈静化が得られなければインスツルメントも抜去し,更に持続洗浄を行うという見解(甲B4・26頁),骨髄炎の治療としては,早期の外科的治療を要し,最も重要なことは内固定材料を抜去の上,腐骨,壊死組織を含め,徹底したデブリドマン,大量の生理食塩水によるジェット洗浄とドレナージであるとする見解(甲B11・2頁)等がある。

 2 争点1(原告に両下肢麻痺が生じた機序)について

  (1)ア 術後感染の発生

     術後感染が生じているかどうかの診断は,手術創からの排膿,37度ないし38度以上の発熱,疼痛,CRPの急上昇等の臨床症状を基準とする(前記1(5)ウ(イ))。

     原告には,平成22年10月20日(本件手術後6日目)には,創部からの滲出液の中に少量の膿が見られたこと,本件手術後,37度台以上の発熱や首の後ろから下の部分全域に広がる疼痛が持続していたこと,CRPの値は,同月16日(本件手術翌日)には2.79であったが,同月22日(本件手術後8日目)には10.76に上昇し,その後も高値が持続していたこと等が認められ(前記1(1)エ,オ),これらの臨床所見によれば,遅くとも同月22日頃から感染が疑われる状態であったと認められる。そして,同月30日に採取された膿から溶血性ブドウ球菌が検出されていること(前記1(1)カ)によれば,本件手術後の感染は,溶血性ブドウ球菌による感染と認められる。

   イ 原告の両下肢麻痺の発症

     原告には,同年11月23日から溶血性ブドウ球菌に感受性のある抗菌薬であるダラシンが投与され,同年12月3日には本件第2手術が実施され,同手術後は,いったん創部の汚染が改善し,CRPの値も,同月10日に5.53,同月14日に4.82,17日に2.90と低下傾向にあった。

     しかし,原告のCRP値は,同月21日に2.29,同月24日に2.34,同月28日に2.81で,依然として基準値を上回っていた。腰から両大腿部にかけての痛みも続き,投薬でのコントロールも困難になっており,同月25日には,トイレに行った時に痛みが強くて動けなくなり,車椅子でベッドに戻っている。そして,平成23年1月1日には,両下肢の疼痛が増悪して外泊を中断し,以後,薬によってもコントロールできない激しい疼痛が続いている。また,この頃から,足に力が入りにくく,立ち上がることや歩行ができなくなって,移動は車椅子となり,トイレや更衣にも介助を要する状態になっており,同月4日には,MMTが左下肢3-,右下肢3,体幹2,ADL評価点103点で,下肢の上げ下げができない状態と評価されるなど,両下肢の筋力低下の症状が現れている。そして,同年2月1日には,MMTが左下肢1+,右下肢1+,体幹1+,ADL評価点は76点となり,両下肢麻痺に近い状態となっている(前記1(1)ク~コ)。

     画像所見(前記1(2))を見ても,平成22年12月17日の腰椎CT画像では,感染を示す所見である第4腰椎椎体の骨融解が認められ,原告に両下肢の筋力低下の症状が出現した時期である平成23年1月14日の腰椎MRI画像では,第4腰椎椎体による硬膜の圧迫所見が認められる。

     以上の原告の臨床所見及び画像所見を総合すると,原告は,本件手術後に感染した溶血性ブドウ球菌により,遅くとも,画像上感染を確認できる平成22年12月17日頃までに第4腰椎椎体に感染を生じ,平成23年1月初旬には,感染した第4腰椎椎体が硬膜を圧迫することによる両下肢の筋力低下が出現し,同年2月1日頃までに両下肢麻痺に近い状態になったものと認められる。

  (2)被告は,溶血性ブドウ球菌による感染は,平成23年1月末には治癒しており,原告の両下肢麻痺等の症状は,同年2月に破壊力が強い腸球菌への菌交代が起こり,腰椎の変形と破壊が急速に進み,その後,表皮ブドウ球菌による感染が発生したことによるものである旨主張し,C医師はこれに沿う陳述及び供述をする(乙A5,証人C医師5~8頁)。

    確かに,原告のCRP値は,平成23年1月28日には基準値である0.3を下回る0.12まで低下している上,同年2月25日の本件第3手術の際の細菌検査では溶血性ブドウ球菌は検出されず,新たに腸球菌が検出されたのであるから(前記1(1)コ,サ),同年1月末頃ないし2月頃に溶血性ブドウ球菌の感染が治まり,新たに腸球菌の感染が生じて,菌交代が起こったことが推認される。また,同年2月9日以降の腰椎MRI画像等では,経時的に椎体の破壊が進行し,腰椎の変形・屈曲が見られており(前記1(2)エ),菌交代後の新たな感染により原告の症状が更に増悪したものと考えられる。

    しかし,前記(1)のとおり,原告には,平成22年10月20日以降,37度以上の発熱が続き,創部からの滲出液や膿があり,CRP値も高値で推移し,疼痛も持続しており,同年12月17日には画像上も第4腰椎椎体の感染が認められている。その後も,疼痛は増悪し,平成23年1月初旬には,両下肢の筋力低下が認められ,同月14日には,画像上も第4腰椎椎体による硬膜への圧迫が確認され,同年2月1日頃までに両下肢麻痺に近い状態に至っている。他方で,同年1月28日に基準値を下回っていたCRP値の再度の上昇が認められたのは,同年2月8日以降である。これらを考え併せると,原告の両下肢麻痺は,溶血性ブドウ球菌による感染の収束前に生じていたというべきである。

    以上によれば,被告の上記主張を採用することは困難である。

 3 争点2(平成22年10月21日における抗菌薬変更義務違反(過失1)の有無)について

   原告は,平成22年10月21日の時点において,感染予防に使用された薬剤(ラセナゾリン)とは異なった系統の薬剤又はより抗菌スペクトルが広く,かつ,強力な薬剤(交差耐性を持たない薬剤)に変更すべき義務があった旨主張する。

   前記2のとおり,原告については,同月20日に初めて創部からの膿の滲出が見られ,38度台の発熱もあったことから,C医師は,同日,感染を疑うに至っているが,同日ないし翌21日には薬剤を変更せず,同月25日になって初めてカルバペネム系の抗菌薬であるフィニバックスに変更し,同年11月6日にビクシリンに変更している。

   しかし,感染治療を行うには,起炎菌を特定し,それに感受性のある適切な抗菌薬を投与するとされているところ(前記1(5)ウ(ア),エ),C医師は,同年10月20日に膿を細菌検査に出したばかりであり,同月21日には,起炎菌は特定されていない。そして,原告の感染症の起炎菌は,この時の細菌検査では検出されず,同月30日に行った細菌検査の結果,同年11月4日になって溶血性ブドウ球菌が検出されているが,C医師が同年10月25日以降に投与したフィニバックスや,同年11月6日以降に投与したビクシリンは,いずれも溶血性ブドウ球菌に対する耐性があったのであるから(前記1(1)カ),同年10月21日にフィニバックス又はビクシリンに変更していたとしても,原告の感染に対する有効な治療とはならなかった可能性が高い。

   そうすると,同月21日の時点では,起炎菌が溶血性ブドウ球菌であることが特定されていない以上,原告の感染に有効な薬剤に変更できたとまでは認められないから,C医師が,ラセナゾリンとは異なった系統の薬剤又はより抗菌スペクトルが広く,かつ,強力な薬剤(交差耐性を持たない薬剤)に変更しなかったことが,過失であるとまではいえない。

   したがって,過失1を認めることはできない。

 4 争点3(平成22年11月4日における抗菌薬変更,切開排膿,病巣掻爬,持続洗浄義務違反(過失2)の有無)について

  (1)抗菌薬の変更義務について

    前記1(5)エのとおり,感染症に対する治療においては,起炎菌に感受性のある抗菌薬を投与することが重要であるところ,平成22年11月4日には,同年10月30日に採取した検体から溶血性ブドウ球菌が検出され,ラセナゾリン及びフィニバックスに対しては耐性があるとの検査結果が報告されたのであるから,C医師には,同年11月4日の時点で,起炎菌である溶血性ブドウ球菌に感受性のある抗菌薬(例えばダラシン)に変更すべき義務があったと認められる。

  (2)切開排膿等を行う義務について

    平成22年11月4日当時,原告には,同年10月20日頃から約2週間にわたり,37度以上の発熱や疼痛が持続し,CRPも高値で推移していたが,その間に投与されていた抗菌薬(ラセナゾリン及びフィニバックス)はいずれも溶血性ブドウ球菌に対して耐性のものであった。したがって,同年11月4日当時,原告には感染症に対する有効な治療が行われていなかったことになる。

    切開排膿等は,適切な抗菌薬の投与と並び,感染症に対する治療の基本であるとされる(前記1(5)エ,証人C医師19頁)。そして,インスツルメントが使用されている場合,その表面にタンパク質層が形成され,体内に侵入した微生物がこれに付着して増殖し,感染症の病巣になるため,特に重篤な合併症を来す可能性がある(前記1(5)イ)。これらの医学的知見も考慮するなら,C医師は,遅くとも,細菌検査で初めて菌(溶血性ブドウ球菌)が検出され,溶血性ブドウ球菌による感染があることが判明した平成22年11月4日の時点で,感染に対する治療として,切開排膿等のうち,少なくともいずれかの処置を実施すべき義務があったと認められる(なお被告は,3日ないし4日以上の持続洗浄は,洗浄用チューブからの逆行性感染の原因ともなり有害であるから,持続洗浄を行う義務はなかった旨主張する。しかし,長期間にわたる持続洗浄に弊害があるとしても,持続洗浄の有用性が一般的に否定されるものではないから,被告の主張は採用できない。)。

  (3)C医師の過失

    C医師は,同年11月4日に本件検査結果報告が提出されていたにもかかわらず,これを見落としたため,同日,溶血性ブドウ球菌に感受性のある抗菌薬への変更や,切開排膿等を行わず,同日から19日後である同月23日までの間,溶血性ブドウ球菌に感受性のある抗菌薬を投与しなかった上,同月4日から約1か月経過後の同年12月3日まで切開排膿等のいずれも実施しなかった。

    したがって,C医師には,同年11月4日時点において,溶血性ブドウ球菌に感受性のある抗菌薬に変更し,かつ,切開排膿等をすべき義務に違反する過失があったと認められる。

    なお,C医師は,カルテの所定の箇所に本件検査結果報告がなかったため,同年11月4日にはこれに気付くことができなかった旨述べる。しかし,本件検査結果報告が,カルテの所定の箇所になかったのだとすれば,そのこと自体,問題であるといわざるを得ない。C医師は,原告に術後感染が生じていることを認識し,起炎菌の特定に努めていたのにもかかわらず,同月22日まで本件検査結果報告を確認しなかったことは迂闊であったというべきであり,同月4日に本件検査結果報告に気付いていなかったことをC医師に有利に参酌することはできない。

  (4)被告は,C医師が平成22年11月23日からダラシンを投与し,同年12月3日には病巣掻爬・再固定術を実施するなどした結果,平成23年1月下旬にはCRPも正常値になって溶血性ブドウ球菌による感染が陰性化し,治癒したのであるから,原告に対する治療に問題はなかった旨主張する。

    しかし,原告の両下肢麻痺は,菌交代後ではなく,溶血性ブドウ球菌による術後感染の収束前に生じたものであることは,前記2で判断したとおりである。前記(1)ないし(3)のとおり,溶血性ブドウ球菌に対する抗菌薬変更の遅れ及び切開排膿等の遅れがあったため感染が遷延し,これによって原告の両下肢麻痺が生じた以上,溶血性ブドウ球菌による感染が結果的に収束したことをもって,治療に問題がなかったといえないことは明らかである。被告の主張を採用するには無理があるといわざるを得ない。

 5 争点4(平成22年12月3日又は同月17日におけるインスツルメント抜去義務違反(過失3)の有無)について

   原告は,椎体に感染が生じているとの所見が確認できる平成22年12月3日又は骨融解,骨破壊の所見が確認できる同月17日の時点において,本件手術で挿入したインスツルメントを抜去する義務違反があった旨主張する。

   しかし,前記1(2)のとおり,同月3日の時点では,X線画像上,明らかな腰椎への感染所見があったとまではいえない。同月17日の時点では,感染所見である骨融解が認められるものの,原告は,本件第2手術後は発熱や滲出も治まる傾向にあり,同月10日から同月17日までCRP値も低下傾向にあった。前記1(5)エのとおり,インスツルメントを抜去すべきかどうかについては,抜去することで患部が不安定になることなどから温存すべきであるとする見解と,インスツルメントが感染巣となることなどから抜去を推奨する見解とが存在し,感染が認められた場合には必ずインスツルメントを抜去すべきとの医学的知見が確立しているとは認められないことからも,同月17日時点でインスツルメントを抜去すべき義務があったとまではいえない。

   なお,原告については,被告病院以外の複数の医療機関(後医病院を含む。)の医師が,セカンドオピニオンとして,インスツルメントを抜去する必要があることを示唆する診療情報提供書(平成23年6月4日付け,同月10日付け及び同年7月12日付けのもの)を作成し,後医病院において,同年9月9日にインスツルメントを抜去する手術が実施されている(甲A13~15,前記1(3)イ)。しかし,原告の感染は,平成23年2月頃に菌交代が発生してから更に遷延化かつ重症化し,同月9日以降の画像所見上も,経時的に,椎体の破壊の進行と,腰椎の変形・屈曲が認められる(前記2)。上記診療情報提供書の作成及びインスツルメントの抜去は,いずれも平成23年2月よりも後の症状を前提とするものであり,平成22年12月3日又は同月17日時点におけるインスツルメントの抜去義務を根拠付けるものではない。

   以上によれば,C医師に同年12月3日又は同月17日の時点でインスツルメントを抜去すべき義務があったとはいえず,過失3を認めることはできない。

 6 争点5(過失と原告の両下肢麻痺等の結果との因果関係)について

  (1)本件検査結果報告が判明した平成22年11月4日は,同年10月20日に初めて膿が確認されてから約2週間後であること,同月29日の腰椎X線画像では,第4腰椎椎体周辺に感染の所見があるとまでは認められず,同年11月12日の腰椎X線画像でも同様の所見であること(前記1(1)エ,カ,(2)ア)等の事情を総合するなら,同年11月4日の時点では,第4腰椎椎体に画像上確認可能な骨融解や圧潰が生じるほどの感染は生じていなかったものと認められる。

    そして,同年11月4日は,抗菌薬が変更された同月23日よりも19日早く,本件第2手術が行われた同年12月3日よりも約1か月早いのであるから,同年11月4日に適切な処置が実施されていれば,感染の進行を一定程度防止することができたと考えられる。

    そうすると,同年11月4日に抗菌薬の変更や切開排膿等が行われていれば,第4腰椎椎体への感染による骨融解や圧潰を防ぐことができ,同椎体が硬膜を圧迫して原告の両下肢に麻痺が生じるまでには至らなかった高度の蓋然性があるというべきである。

  (2)被告は,溶血性ブドウ球菌による感染は,被告病院における適切な処置により,平成23年1月末には治癒しているから,この感染が原因で,原告に両下肢麻痺や体幹機能障害が出現したものではなく,原告の症状は,同年2月に起こった腸球菌への菌交代による感染によるものであって,溶血性ブドウ球菌による感染への治療が遅れたこととの因果関係はない旨主張する。

    しかし,原告の両下肢麻痺は,菌交代後ではなく,溶血性ブドウ球菌による術後感染の収束前に生じたものであることは,前記2で判断したとおりであるから,これと前提の異なる被告の主張を採用することは困難である。

 7 争点6(損害の発生及び額)について

  (1)入院雑費 82万0500円

    原告は,被告病院への入院当初は,約3週間で退院することが予定されていたところ(乙A2・52頁,証人C医師14頁),本件手術後に感染が生じ,C医師が平成22年11月4日の時点で速やかな抗菌薬の変更及び切開排膿等の処置を実施せず(過失2),抗菌薬の変更が同月23日まで遅れ,病巣掻爬が同年12月3日まで遅れたことなどにより,感染が遷延化した。原告は,被告病院への入院を継続して治療を受けたが,感染が完全には陰転化しなかったことから,後医病院に転院して腰椎後方固定術等を受け,さらに,平成23年12月20日からは再度被告病院に転院してリハビリ治療を受けた。しかしながら,原告の両下肢麻痺の症状は現在に至るまで大幅に改善することはなく(原告本人17~18頁),平成23年5月24日に身体障害者障害程度等級2級と認定されて身体障害者手帳の交付を受け,平成24年5月22日にその再交付を受けた。

    これらの事情を総合すると,平成24年5月22日をもって,原告の症状は固定したものと認めるのが相当である。

    また,入院雑費は,1日当たり1500円をもって相当とする。

    以上によれば,平成22年11月23日から症状固定日である平成24年5月22日までの547日間の入院雑費として,82万0500円(1500円×547日)を被告の過失と相当因果関係のある損害と認める。

  (2)入院慰謝料 360万円

    原告は,前記(1)のとおり,過失2によって,症状固定日までの合計547日間,被告病院での長期間の入院,後医病院での入院及び被告病院でのリハビリ目的の入院を余儀なくされた。

    したがって,入院慰謝料360万円をもって被告の過失と相当因果関係のある損害と認める。

  (3)後遺症慰謝料 2000万円

    前記1(4)のとおり,原告は,両下肢麻痺のため,自力では家の中の移動や立つことができず,歩行するとしても杖が必要で,ズボンをはいて脱ぐことや背中を洗うこともできず,洋式便器に座ることにも半介助を要する。したがって,原告の後遺障害は,中等度(障害を残した両下肢を有するため杖等なしには歩行が困難であること)の対麻痺で,食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するものであると認められ,後遺障害等級2級に相当する状態であると認められる。

    他方で,前記1(1)ア及びイのとおり,原告には腰部脊柱管狭窄症の既往があり,本件手術以前から,下肢の痛みや痺れがあって,仙骨ブロックや鎮痛剤でコントロールしていたこと,平成22年8月31日には,両下肢の痺れが24時間続き,間欠性跛行が500mとなっており,入院時には体動困難となっていたこと,本件手術によっても痛みや痺れが全くなくなるとは想定されていなかったこと(証人C医師15~16頁)等の事情も認められる。

    これらの本件に顕れた一切の事情を考慮すれば,原告の慰謝料としては,2000万円をもって被告の過失と相当因果関係のある損害と認める。

  (4)逸失利益 1062万1430円

    原告は,本件手術のために被告病院に入院する前までは,主に,車で野菜を運び,スーパーや団地で卸したり,販売したりする野菜の仲卸の仕事を毎日しており,月額30万円から40万円の収入を得ていた旨の陳述及び供述をする(甲C4・2頁,原告本人5~6,16,19~21頁)。

    しかし,前記(3)のとおり,原告には,本件手術前から腰部や下肢に痛みや痺れがあり,仙骨ブロックや鎮痛剤でコントロールしていたこと,平成22年8月31日には,両下肢の痺れが24時間続き,間欠性跛行が500mとなり,原告自身,C医師に対し仕事をしていないと述べていたこと(前記1(1)ア,イ)等の事情も考慮するなら,原告が本件手術の直前まで,野菜の運搬や販売の仕事を毎日していたことには疑問がある。そして,原告の就労及び収入についての客観的な証拠はないことも考慮するなら,原告については,賃金センサス男性高卒程度の収入を得られたことが立証されているとはいえない。

    以上によれば,原告の基礎収入としては,症状が固定した年である平成24年の賃金センサス男性高卒・全年齢平均458万5100円の3割相当額である137万5530円をもって相当と認める。

    また,上記のような本件手術前の原告の就労状況及び症状に鑑み,就労可能な年数は10年をもって相当と認める。そして,原告は両下肢麻痺の状態に至っていることによれば,症状固定時の52歳から就労可能な62歳までの10年間にわたり,100%の労働能力を喪失したと認められる。

    以上によれば,原告の後遺障害による逸失利益として,1062万1430円(137万5530円×100%×7.7217)をもって被告の過失と相当因果関係のある損害と認める。

  (5)弁護士費用 350万4193円

    本件事案の内容及び性質,原告に生じた損害の額その他諸般の事情を総合すると,原告が被告に賠償を求め得る弁護士費用の額としては,前記(1)ないし(4)の合計額である3504万1930円の1割である350万4193円をもって相当と認める。

  (6)以上のとおり,原告に生じた損害額は,前記(1)ないし(5)の合計額である3854万6123円と認められる。

 8 結論

   よって,原告の請求は,3854万6123円及びこれに対する不法行為日である平成22年11月4日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

    東京地方裁判所民事第35部

        裁判長裁判官  関根澄子

           裁判官  能登謙太郎

           裁判官  有本祥子

 

 



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