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EPLBD手術で総胆管結石を除去する際、鎮静剤の過剰投与やSpo₂のモニタリングにミスがあったとして損害賠償請求を求めたが慰謝料のみを認めた事件  

旭川地裁 平成28年(ワ)第54号

判決日    令和2年3月19日

       主   文

 1 被告は,原告に対し,110万円及びこれに対する平成26年8月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 原告のその余の請求を棄却する。

 3 訴訟費用はこれを30分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

 4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

   被告は,原告に対し,3080万円及びこれに対する平成26年8月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等

   本件は,被告の開設するA病院(以下「被告病院」という。)に入院し,平成26年8月19日に総胆管結石除去手術(以下「本件手術」という。)を受けたB(以下「亡B」という。)が手術当日死亡したことをめぐって,同人の弟で,その相続人である原告が,亡Bの死因は手術の際に鎮静剤ホリゾンの過剰投与により呼吸停止に陥ったことであり,被告病院の医師には,①亡Bにホリゾンを過剰投与した注意義務違反,②亡Bの呼吸監視を怠った注意義務違反,③亡Bの血圧測定を怠った注意義務違反,④手術の内容,危険性及び経過観察の選択肢等について説明を怠った注意義務違反があると主張して,被告に対し,使用者責任(民法715条)に基づき,亡Bから相続した損害金,原告固有の慰謝料及び弁護士費用の合計3080万円並びにこれに対する不法行為の日である平成26年8月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 1 前提事実

   以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる(なお,複数頁にわたる書証又は調書のうち認定に用いた主な箇所の頁数(書証に頁数が付されているものはそれにより,付されていないものは当該書証冒頭からの丁数による。)を〔 〕に摘示する。以下同じ。)。

   なお,特記がなければ,以下の日付はいずれも平成26年のものであり,時刻はいずれも本件手術が行われた8月19日のものである。

  (1)当事者

   ア 亡Bは,8月8日,大腸ポリープを切除するために被告病院に入院し,その後,8月19日に死亡した者であり,死亡当時の年齢は87歳であった。原告は亡Bの弟であり,亡Bの相続人である。原告は,亡Bの他の相続人との遺産分割協議により,亡Bの被告に対する損害賠償請求権を単独で相続した。

     なお,亡Bは,平成21年にはアルツハイマー型認知症を発症し,平成26年当時は,持病の服薬管理も施設スタッフが行ったり,一部見当識障害があったりする状態で,本件手術に先立って被告病院に入院した際には,弟である原告が,同病院の医師から診療に関する説明を受け,手術に同意するか等を判断していたし,医師の側も,原告から亡Bの診療について同意を得ようとしていた。

     (争いがない,甲C1~43,乙A1〔20~22〕,弁論の全趣旨)

   イ 被告は,被告病院を開設し運営している。C医師(以下「C医師」という。)及びD医師(以下「D医師」という。)は,被告病院の被用者であり,亡Bの担当医であった。E医師(以下「E医師」という。)は,消化器内科医であり,F医療センターからの出張医として被告病院で勤務し,本件手術を担当した。

                       (争いがない,弁論の全趣旨)

  (2)診療経過

   ア 亡Bは,3月末から7月中旬にかけて,摂食障害等で被告病院の外科に入院していたが,その入院中に内科の外来診察において消化管スクリーニングを行ったところ,盲腸に大腸ポリープがあることが発見され,8月8日,この大腸ポリープをESD(内視鏡的粘膜下層剥離術。専用の電気メスを利用した切除術である。以下単に「ESD」という。)を用いて切除することを目的に,被告病院の内科(消化器)に入院した。そして,CT検査や,MRCP検査(胆管膵管のMRI検査)の結果,同月15日には,総胆管結石及び胆のう結石等の診断を受けた。

      (乙A1〔2,13,20,24,29〕,2,4,弁論の全趣旨)

   イ C医師は,総胆管内に結石が充満しているので,胆管炎を起こす可能性があること,ESDの後に胆石を除去しようとすると,ESDによって腸管が薄くなるために穿孔のリスクが高まること等の理由で,総胆管結石の除去を優先させるべきであると判断し,その際,多数のERCP(内視鏡的逆行性膵胆造影)関連手技の指導歴,執刀歴を有し,経験豊富なE医師が同月19日に被告病院で診察を行う予定であったことから,同日にE医師の執刀により本件手術を行うこととした(ただし,E医師が同日に来られなくなった場合には,C医師かD医師が執刀することを予定していた。)。こうして,亡Bは,総胆管結石を除去するために,8月19日に被告病院でEPLBD(内視鏡的乳頭大口径バルーン拡張術)を受けることとなった。

            (乙A7〔2~4〕,証人C〔3~5,8,11〕)

   ウ EPLBDは,内視鏡を用いて胆管及び膵管を造影するERCP(内視鏡的逆行性膵胆造影)を行いながら,総胆管結石の排出部となる十二指腸乳頭の開口部をバルーンで拡張した上で(その際には,メスによる切開がされることもある。),器具を用いて総胆管結石を摘出する手技である。

                          (争いがない,乙B1)

   エ 8月19日午後,本件手術が行われた。本件手術は,執刀医であるE医師のほか,ワイヤーやバルーン操作等の執刀補助を行う第一助手として内視鏡技師の資格を有する看護師G(以下「G技師」という。),器具の準備や片づけ等施術に関するサポートを行う第二助手として内視鏡技師の資格を有する看護師H某,器具の準備や片づけ,患者観察,薬剤準備や投与,バイタルサインの確認,記録を担当する患者観察担当の助手として看護師I某(以下「I看護師」という。)の3名という体制で行われた。ただし,内視鏡のワイヤーが地面につかないようにするとき等には,上記の看護師全員で補助に回ることもあった。

           (乙A8〔1~2〕,証人G〔33〕,弁論の全趣旨)

   オ 本件手術の際,亡Bには持ち運びが可能なバイタルモニターが装着され,血圧は5分ごとに機械的に又は手動で,SpO2(酸素飽和度。心臓から全身に血液を送り出す動脈の中を流れている赤血球に含まれるヘモグロビンの何パーセントに酸素が結合しているかの数値であり,90パーセント以上を維持するのが望ましいとされている。以下単に「SpO2」という。)および脈拍は連続的に数値が測定され,予め被告病院で設定した数値(基準値)に達したときにはアラームが鳴るように設定されていた。なお,バイタルモニターには,胸部付近に電極を張り付けて,電極間に電流を流して呼吸数を測定するという呼吸測定機能もあるところ,これは利用されておらず,測定結果を記録紙に印字する形での記録化も実施されていなかった。E医師らは,目視でも亡Bの状況を確認していたが,1分間に1回以上の頻度で亡Bの口,鼻に耳を近づけて呼吸音を確認したりすることまではしていなかった。

    (甲B33〔3,5〕,乙A8〔1~3〕,B8〔44,66〕,弁論の全趣旨)

   カ 亡Bには発作性心房細動の既往歴があったため,同人には抗凝固薬が処方されていたが,本件手術では十二指腸の乳頭を切開する際に出血のリスクが生じることから,本件手術に備えて,8月19日朝に抗凝固薬は休薬された。

     また,苦痛を除去して体動を抑制し,亡Bを鎮静状態にして安全に本件手術を行うための鎮静剤として,ホリゾン(ジアゼパム。以下単に「ホリゾン」という。)が,本件手術に先立って,午後3時25分に5mg投与され,本件手術開始後も,午後3時30分に2.5mg,午後3時34分に2.5mg,午後3時45分に5mg,合計15mg投与された。

    (乙A1〔10,13,20,26〕,6,7〔4~5〕,B6〔1~2〕,証人G〔8~9〕)

   キ 午後3時45分の時点では,亡Bのバイタルモニターの測定値は,血圧,SpO2,脈拍のいずれについても,アラームの設定値に達してはおらず,上記カのとおりホリゾンを投与しながら本件手術が続行された。

                          (争いがない,乙A6)

   ク 午後3時55分頃,本件手術の手技が終了し,内視鏡が亡Bの体内から外される際に,I看護師が手動により血圧を測定していたところ,異常を示すアラームが鳴り,亡Bの血圧が60台に低下していることが確認された。その際,亡Bは脈拍が確認できない状態であり,心臓マッサージが開始された。

      (乙A6,証人G〔10~11,16~18〕,証人E〔9〕)

   ケ その後,人工呼吸器の装着後に自発呼吸が戻ったこともあったが,結局,午後6時45分頃には亡Bは睫毛反射,対光反射もない状態になり,午後11時2分に死亡が確認された。

                  (甲A2,乙A1〔30,42~45〕)

   コ 亡Bのバイタルサインについては,上記キのとおり午後3時45分に確認及びその数値が記録された後,上記クのとおり午後3時55分頃に異常が確認されるまでの間,記録がとられていなかった。

                              (争いがない)

 2 争点

  (1)ホリゾンを過剰に投与した注意義務違反の有無(争点1)

  (2)亡Bの呼吸を監視すべき注意義務違反の有無(争点2)

  (3)亡Bの血圧を測定すべき注意義務違反の有無(争点3)

  (4)経過観察の余地等についての説明義務違反の有無(争点4)

  (5)因果関係(争点5)

  (6)損害額(争点6)

 3 争点についての当事者の主張

  (1)争点1(ホリゾンを過剰に投与した注意義務違反の有無)について

  (原告の主張)

    ホリゾンの添付文書(甲B6。以下「本件添付文書」という。)では,その用法・用量として,初回は10mg,以後は必要に応じて3時間から4時間ごとに注射すると記載されており,高齢者に投与する場合には,少量から開始するなど,慎重に投与することとされている。この点,日本老年医学会のガイドライン(甲B15)でも,「高齢者に対してホリゾンはできるだけ使用しない。使用する場合最低必要量をできるだけ短期間使用に限る。」との指針が示されており,日本消化器内視鏡学会の「内視鏡診療における鎮静に関するガイドライン」(甲B16)でも,「5~10mgの投与でも呼吸抑制を生じるので注意する。特に肝障害や腎障害があると遷延することが多く,呼吸停止も生じるので注意が必要である。」,「高齢者では運動失調などが発現しやすいため,少量から投与を開始する。」との指針が示されている。亡Bは87歳と非常に高齢であった上,軽度ではあるものの腎臓の機能に問題があった(乙A1)のであるから,亡Bに対するホリゾンの投与量は5mg以下でなければならなかったにもかかわらず,実際には,本件手術の日の午後,わずか20分の間に合計15mgものホリゾンが投与されている。

    したがって,被告病院の医師にはホリゾンを過剰投与した注意義務違反がある。仮に亡Bの状態に応じてホリゾンを追加投与する必要があったとしても,時間をかけて少量を投与すべきであったし,医療機関によっては,ホリゾンを本件添付文書に記載された15mgを超えて投与する実態があるとしても,患者の生命に危険を及ぼす可能性のあるホリゾンを安易に多量投与するという悪しき医療現場の実態を基準にすべきではない。D医師も,亡Bの死亡後に,亡Bがホリゾンが多量に投与された後に心肺停止となったことについて,原告の妻の兄が「それだったら,医療ミスでしょ。」と指摘したのに対し,「そういうことになりますね。」と答えており,医療ミスであることを認めていた。

  (被告の主張)

    本件添付文書の記載及び亡Bに対する投与量は認める。しかし,本件添付文書の記載は,あくまでも初回の投与量を示すものにすぎず,絶対量を定める場合に用いられる「最大常用量」などの文言はない上,「一般に」との断りが入れられている。加えて,本件添付文書では,「本剤は,疾患の種類,症状の程度,年齢及び体重等を考慮して用いる」とされていることからも,初回10mgという用量は,投薬の際の絶対的な上限を示すものではなく,投与量について医師に一定の裁量を与えているものと考えるべきである。

    本件では,モニターで常にバイタルサインを確認しながら投与が行われている上,投与量も初回は5mgと本件添付文書記載の用量の半量に止めている。そして,5分後に2.5mg,更に4分後に2.5mg,更に10分後に5mgと,亡Bの鎮静効果が不十分であったことから徐々に追加投与を行っている。したがって,ホリゾンの投与に関しては,亡Bが高齢であったことを加味しても,医師の裁量の範囲内であって,本件添付文書の記載に違反したとは認められない。

    そして,EPLBDを含むERCP関連手技においては,手技自体が非常に繊細なものであり,少しでも体動が生じると出血や穿孔等の重大なリスクを伴うことから,処置時には,患者の身体を厳重に固定した上で,深い鎮静(深鎮静。以下単に「深鎮静」という。)をかける必要があるし,麻酔をせずに切開等の器具を用いた処置をすることから,患者の苦痛を和らげるためにも深鎮静状態を保っておく必要がある。

    そこで,本件添付文書記載の用量を超えて,患者が深鎮静に入るまでホリゾンを投与することは広く行われており,20mg程度をその最大投与量と設定している医療機関が多いし,医学書にもERCP関連手技を行う際のホリゾンの最大投与量を20mgとする記述がみられる。被告の協力医であるJ医師も,本件でのホリゾンの投与が医学的に危険性のある行為であるとはしておらず,同医師の勤務するK病院においても,平成28年7月から平成29年1月までの期間に,ERCP関連手技及びEUS(超音波内視鏡)関連手技に際し,80歳以上の高齢者に対して10mgを超えてホリゾンが投与された例が7件存在し,その中の3件は15mg投与されている。

    原告は,ガイドライン(甲B15,16)の記載を根拠として挙げるが,日本老年医学会のガイドライン(甲B15)は,内服に関する指針であってERCP関連手技における鎮静のための投与に関するものではない。また,これらの記載は,投与量の絶対的な上限を定めるものではなく,医師の裁量を認めている。

    なお,原告は,亡Bに腎障害があったことを主張しているが,同人の尿素窒素やクレアチニンの値は基準値の範囲内であり,腎障害があったとは認められない。

  (2)争点2(亡Bの呼吸を監視すべき注意義務違反の有無)について

  (原告の主張)

    ホリゾンが多量に投与され,呼吸停止の生じる可能性が高い状態にあった亡Bについては,バイタルモニターの呼吸測定機能(乙B8〔66〕)を用いて,呼吸を検出できなくなった場合にアラームが鳴るように設定しておくべきであった。

    また,ホリゾンの副作用による呼吸停止が予測されたのであるから,E医師ら手技を担当した者は,亡Bの死亡を防ぐために,随時直接に同人の呼吸を監視する必要があったといえ,具体的には1分間に1回程度,口,鼻に耳を近づけて呼吸音を確認するなどして,直接に亡Bの呼吸を確認する必要があった。

    日本医療安全調査機構による「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」(甲B24~25)でも,EPLBDが行われた際に,鎮静剤による呼吸抑制から心停止につながったと推定される事案において,呼吸数などを含んだ,より精度の高い機器による呼吸循環持続監視を行うことが望まれるとの分析が示されている。

    このように,被告病院の医師は,バイタルモニターを利用したり直接目視したりして亡Bの呼吸を監視すべき義務を負っていたのに,これを怠り,亡Bが午後3時45分から50分までの間に呼吸停止状態に陥っていたことを見落として本件手術を続行した。

  (被告の主張)

    被告病院では,SpO2を測定していたので,呼吸数は測定していない。呼吸が停止した場合には,血中及び肺中の酸素が消費されて一,二分以内にSpO2がアラームで設定した値を下回るから,その時点でアラームが鳴ることで高濃度酸素の投与など救命措置をとることができるようになっていた。そもそも,呼吸数を測定するためには,心電図の電極を胸部につける必要があるが,電極を胸部につけると,内視鏡を利用した造影の邪魔になるなどの不都合も生じる。加えて,術中には目視でも呼吸状態の確認がされているのであって,これらのことからすれば,原告の主張するような方法で亡Bの呼吸を監視すべき義務はなかった。

    原告指摘の「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」(甲B24~25)における分析は,呼吸数の監視を行うことが望ましいとするものの,それを医療機関に義務付けるものではないし,上記指摘は,内視鏡治療が長時間化する場合を想定したものであるが,本件手術は25分という短時間で終了している。

  (3)争点3(亡Bの血圧を測定すべき注意義務違反の有無)について

  (原告の主張)

    被告病院の医師は,バイタルモニターの連続測定機能(ただし,5分経過後は2.5分間隔のインターバル測定となる。)を利用して亡Bの血圧を測定すべき義務を負っていたのに,これを怠り,5分間隔の血圧測定しか行わず,亡Bの呼吸停止が午後3時45分から50分までの間に生じていたことを見落とした。本件手術の終了時に初めて呼吸停止に気が付いたというのは,バイタルサインの監視を行っていなかったからに他ならない。

    なお,血圧測定によりあざや痛みが生じることはほとんどないし,仮にそのような事態が生じるとしても,生命に対する安全確保を優先して,連続的な血圧測定が行われるべきであった。

  (被告の主張)

    被告病院では,患者のバイタルサインをモニターにより常時監視しており,その数値が設定値を下回ると,モニターの警告音(アラーム)が鳴り気づくようになっている。本件手術の際も,亡Bの血圧は5分間隔で自動的に測定され,手動の測定も可能となっていて,記録担当のI看護師のほか,医師や技師もモニターを通じて随時確認していたから,亡Bの呼吸停止が午後3時45分から50分までの間に生じ,これを見落としたなどということはない。本件手術直前の自動測定の際にはアラームの設定を上回る数値を示していたが,本件手術後の手動による血圧測定の際に設定値を下回り,アラームが鳴ったものである。

    なお,連続して多数回の血圧測定を行うと,測定自体による患者への負担に加えて,測定部に負担がかかり,患者が覚せいして手術実施の妨げになる可能性もあるのであって,原告の主張する態様で亡Bの血圧を測定すべき義務はなかった。

  (4)争点4(経過観察の余地等についての説明義務違反の有無)について

  (原告の主張)

    亡Bは,当時87歳であり,平均余命は約7年であって,総胆管結石があったものの,肝機能には異常はなかった。したがって,亡Bの寿命までに結石が生命に危険を及ぼす可能性は極めて小さかったと考えられる。一方,EPLBDは,ERCPによる心負荷による循環動態の変動が生じる可能性が大きく,また,鎮静薬使用による呼吸循環動態への影響も大きく,リスクを伴うため,直ちにEPLBDを行わずに経過観察とするという選択肢もあった。したがって,被告病院の医師は,亡Bや原告に対し,経過観察とする選択肢もあることについて十分説明し,EPLBDを行うか否かを判断する機会を与えるべき義務があったにもかかわらず,これを怠った。この点,経過観察の可能性があることについては,平成28年発行の胆石症診断ガイドライン(甲B23)にも記載されているところである。

    被告は,C医師が原告に電話で本件手術について説明したというが,否認する。原告は,C医師から電話を受けたことすらなく,本件手術が8月19日に行われること,E医師が執刀することさえ知らされていなかった。むしろ,D医師は,10月か11月頃,原告に対し,「承諾なしにやった。申し訳ない。」と謝罪している。被告が提出する8月15日付け「検査手術承諾書」(甲A1・68頁)には親族の署名押印がなく,被告による説明の証拠となるものではない。

    なお,被告が主張する説明がされていたとしても,その内容は本件手術が行われることを当然の前提としたものであり,ホリゾンが使用されることも含め,本件手術のメリットやデメリットといった,本件手術を行うか,経過観察とするかを判断するために必要な事項が含まれていない。

  (被告の主張)

    亡Bの総胆管結石は早急な治療を要する状態であり,早期に,高齢の亡Bの肉体的負担をできるだけ軽減して結石の排除を行う必要があったため,亡Bにはそもそも経過観察の余地がなかった。そうしたところ,ERCP関連手技の第一人者であり,ガイドラインの作成にも関わっていて,高い技術を有するE医師が,月に一度の診療のため8月19日に被告病院に来る予定であったことから,同日に本件手術を行うことにしたものである。

    そして,C医師は,8月15日に,原告に電話で本件手術について説明している。具体的には,亡Bに総胆管結石が発見され,胆管炎を起こすと命にかかわることがあるので,総胆管結石を除去する手術を8月19日に行いたい旨伝え,原告から承諾を得た。そして,亡Bが高齢であることから出血,穿孔,ショック,膵炎,心不全,脳梗塞等の合併症を起こす場合があることや,抗凝固薬の休薬に伴う脳梗塞や心筋梗塞を発症するリスクについても説明して,承諾書に署名をするように原告に依頼した。原告は,8月18日か19日に来院して署名すると回答し,C医師は,原告に対する説明内容を承諾書の用紙(甲A1・68頁)に記入していたが,原告が来院することはなかった。そのほかに,抗凝固薬を休薬するリスクについては,7月にも術前説明をしている。

    原告は電話連絡を受けたことを否定するが,D医師と原告の面談の際には,原告はC医師から電話を受けたことを認めている。

    以上の経緯からすれば,被告病院の医師に説明義務違反は認められない。被告病院の医師は,経過観察の余地について原告に説明していないが,そもそも,当時の亡Bの状態からすれば,経過観察という選択肢自体が存在しなかったし,C医師は,放っておいたらどうなるかについては説明していた。

  (5)争点5(因果関係)について

  (原告の主張)

   ア 亡Bの呼吸停止時刻について

     亡Bは,午後3時45分から50分までの間に呼吸が停止した。このことは,午後3時55分の時点で亡Bが心停止に陥っているところ,呼吸停止は,心停止の5分から10分程度前に生じるものであることや,午後3時45分の時点で亡Bの脈拍が基準値を大きく超えた115となっていたこと,その後ホリゾンが更に追加投与されたことからも明らかである。

     なお,被告は,亡Bが本件手術の終了直後か,その間際に呼吸停止及び心停止の状態に陥ったなどと主張しているが,被告病院ではバイタルモニターの数値が記録されていなかった上,本来は記録されていなければならない測定結果について,当初はバイタルモニターに記録機能がない旨主張し,その後,ロール紙に印字していなかったなどと主張を変遷させている。このような訴訟態度も考慮すると,救命措置よりも本件手術を完了することが優先された疑いすらあり,そもそも被告の主張は信用性が低いというべきである。

     また,被告は,午後3時55分時点の亡BのSpO2の値が90台であったことから,SpO2の低下まで一,二分を要することを踏まえると,原告の主張する時刻に呼吸停止が生じていたとは考えられないなどとも主張しているが,そもそも午後3時55分時点の亡BのSpO2の値が90台であったかも疑わしいし,SpO2については,呼吸停止後もこれを維持しようとする力が働くから,直ちには低下しない上,そもそもこの数値をもって状況を正確に検知できるものでは必ずしもない。また,亡Bは,元々SpO2の値が高く,これに貧血や,酸素が投与されていた等の事情が加わっているから,こうした事情が更にSpO2の低下を遅らせたものである。

   イ 亡Bの死因について

     亡Bが呼吸停止となって死亡したのは,ホリゾンの過剰投与が原因である。

     被告病院では,亡Bに対し,呼吸の停止が確認された後に,ホリゾンによる呼吸抑制を防止するための薬剤であるアネキセートが投与されているから,被告病院の医師でさえも,ホリゾンが亡Bの死亡の原因であると考えていたといえる。

     被告は,救命措置を施した上でアネキセートを投与しても効果が得られなかったことから,呼吸停止の原因はホリゾンではないなどと主張するが,心臓マッサージとアンビューバッグによる換気がされ,アネキセートが投与されたのは,亡Bの呼吸停止が確認されてから5分を経過した後の午後4時のことであって,午後3時55分よりも前に呼吸が停止していたことも考えられるから,単に既に手遅れの状態になっていて治療の効果がなかったにすぎないというべきである。また,仮に午後4時よりも早く亡Bに対する救命措置が施されていたとしても,多量のホリゾン投与により,その副作用である呼吸抑制も強く生じていたため,同様に救命措置が功を奏さなかったか,救命措置が不十分だったために亡Bの状態が改善しなかったものである。

   ウ 脳梗塞・心筋梗塞について

     被告は,亡Bに脳梗塞・心筋梗塞等が発症した可能性を指摘するが,根拠はない。

     脳梗塞については,CT検査,MRI検査が行われていないから,根拠が全くない。心筋梗塞については,心停止となった時点で心拍がなくなりアラームが鳴るはずであるが,呼吸停止が確認されるまでアラームが鳴ることはなかったし,その後心肺蘇生措置により一時的に自発呼吸及び心拍が回復したこととも整合しない。

   エ 注意義務違反との因果関係について

     前記(1)の注意義務違反がなければ,亡Bがホリゾンの過剰投与によって死亡することはなかった。また,前記(2)及び(3)の監視義務違反がなければ,午後3時55分よりも前の時点,具体的には遅くとも午後3時50分頃には亡Bの容態の悪化を認識することができたのであって,そうすれば亡Bが死亡することはなかった。さらに,前記(4)の説明義務違反がなければ,亡Bは本件手術を受けずに経過観察を選択したと考えられるから,死亡という結果も生じなかった。

  (被告の主張)

   ア 亡Bの呼吸停止時刻について

     原告は,亡Bは午後3時55分より前に呼吸停止に陥っていたなどと主張するが,本件手術中は常にモニターでバイタルサインをチェックし,異常が生じればその時点でアラームが鳴るようになっていたところ,午後3時55分までアラームが鳴ることはなく,午後3時55分に手動で血圧を測定した際にも,血圧は基準値を下向っていた一方で,脈拍やSpO2は設定値を下回っていなかったのであって,これらのことからすれば,亡Bの呼吸停止は午後3時55分の辺りで生じたとみるのが自然であり,原告の主張するような時刻に呼吸停止が起こったとは考えられない。

     また,被告が行った再現実験によると,呼吸停止が起きるとSpO2の値は30秒を経過した辺りから急激に低下し,1分程度で90パーセントに到達するところ,上記のとおり,亡BについてSpO2のアラームが鳴ることはなかったのであるから,亡Bの呼吸停止は,早くても血圧のアラームが鳴った午後3時54分以降である。

     なお,原告は,医師らがアラームが鳴っているにもかかわらず本件手術を継続した可能性があるなどと主張するが,そのような常軌を逸したことが行われたことをうかがわせる事情は存在しない。

   イ 亡Bの死因について

     亡Bの呼吸が停止した直後に,アネキセートが投与されているが,アネキセートはホリゾンの効用を阻害する効能があり,その投与によって呼吸抑制の副作用も消失するところ,アネキセートの投与後も亡Bが覚せいしなかったことからすれば,亡Bの呼吸停止の原因はホリゾンではない。

   ウ 脳梗塞等の可能性について

     亡Bの死亡の原因は不明であるが,同人は心房細動を患っており,血栓の予防のために抗凝固薬を使用していたところ,外科手術の前にこれを中断する必要があり,投薬が本件手術の日の朝から中止されていたことからすると,本件手術の際に脳梗塞や心筋梗塞を発症した可能性がある。その他にも,心房細動,大動脈解離,脳出血,肺塞栓等を生じた可能性もあり,亡Bの死亡の原因を特定するのは困難である。

     なお,冠動脈の根本に近い部分で梗塞が生じれば,呼吸停止後一瞬で心停止に至ることもある。また,心停止に至った患者の心拍が蘇生措置によって回復することもままあることで,これを理由に心疾患を否定する原告の主張には理由がない。

   エ 注意義務違反との因果関係について

     原告は,亡Bの死因がホリゾンの投与であると主張しているが,亡Bの容態はアネキセートの投与によっても回復せず,同人の病態が急変したのは,ホリゾンの最終投与から10分後であるところ,ホリゾンによる鎮静効果は投与後数分以内に生じるのであるから,原告の主張はこれらの事情と矛盾している。さらに,G技師は,ホリゾン投与の2分後に手動で血圧の変化を確認しており,このときには異常はみられなかった。

     また,前記のとおり,亡Bの呼吸停止時刻が午後3時50分よりも前であるという原告の主張自体が根拠のないものであって,これを前提に,原告の主張する呼吸監視を行っていれば亡Bの死亡という結果を回避できたとする原告の主張には理由がない。

     なお,説明義務違反の主張については,前記のとおり,亡Bが本件手術を受けないという選択肢は考えられなかった。

  (6)争点6(損害額)について

  (原告の主張)

   ア 亡Bの慰謝料  2400万円

     被告の不法行為により亡Bは死亡するに至り,甚大な精神的苦痛を受けた。その慰謝料として,少なくとも2400万円を認めるべきである。

   イ 原告固有の慰謝料

     原告は,亡Bの死亡により多大な精神的苦痛を受けた。その慰謝料としては,400万円が相当である。

   ウ 弁護士費用

     原告は,亡Bに生じた損害を遺産分割により取得しており,これに固有の慰謝料を加えた2800万円の請求権を有している。

     そして,この1割に相当する280万円が,相当な弁護士費用である。

   エ 合計

     原告が被告に請求することのできる損害の額は,上記合計3080万円である。

  (被告の主張)

    争う。

第3 当裁判所の判断

 1 医学的知見

   後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の医学的知見が認められる(なお,以下では,鑑定人L(以下「L鑑定人」という。)の平成31年2月18日付け鑑定書及び令和元年8月18日付け鑑定書に示された意見を「L鑑定意見」と,鑑定人M(以下「M鑑定人」という。)の平成30年10月30日付け鑑定書及び令和元年9月28日付け鑑定書に示された意見を「M鑑定意見」といい,各鑑定書のうち認定に用いた主な箇所の頁数を〔 〕に摘示する。)。

  (1)総胆管結石

   ア 胆汁は,肝臓で産生され,胆のうで濃縮されて総胆管を通り,十二指腸へ流出するが,胆汁の中のコレステロール等が結晶になると,胆石が形成される。胆石が総胆管で結石したものを総胆管結石という。

                             (甲B1〔1〕)

   イ 平成21年発行の胆石症診療ガイドライン(乙B2)において,一般に総胆管結石は,いずれ胆管炎を生じさせるので,総胆管結石の存在が判明した症例では,胆管炎がなくとも内視鏡的総胆管結石摘出術を行うべきであるとされている。総胆管結石を手術すべきかどうかについては,無症状であっても,「グレードA(高いレベルの根拠があり,その便益は害,負担,費用に勝り,臨床的に有用性が明らかであるとして,手術を行うよう強く勧められる。)」のレベルで治療が勧められている。そのエビデンスは,日本ではなしとされているが,海外では,文献の裏付けについて「I(システマティックレビュー/RCTのメタアナリシス)」とされている。

        (乙B2〔90~91,Ⅹ・ⅩⅠのページ番号が付された頁〕)

   ウ 平成28年発行の胆石症診療ガイドライン(甲B23)においても,同様に,総胆管結石の存在が判明した症例では胆管炎がなくとも積極的に治療を行うべきとされているが,その推奨の程度としては,「2(実施を「推奨」でなく「提案」する。)」とされ,高齢等の患者の状態や施設,治療方針などによっては,経過観察とすることもあり得るとされている。

                           (甲B23〔71〕)

   エ 高齢者の場合,全身状態の低下から内視鏡治療への耐忍性が危惧され,本人の承諾が得られ難い場面もあるが,総胆管結石を放置すると炎症が重篤化しやすいので,リスクがあっても,細心の注意を払って内視鏡治療を行うとする指摘がある。一方で,非高齢者と同じ治療方針をとると,高齢者で術中術後の偶発症や基礎疾患の増悪によるQOLの低下,入院の長期化による認知症の増悪や筋力低下などのリスクが高まる恐れがあるという指摘や,加齢による心予備能低下に加え,後記ERCPによる心負荷の存在も示唆され,循環動態の変動を来すことも少なくないとか,鎮静薬が使用されることによる呼吸循環動態への影響が大きいことから,術中のモニタリングが推奨され,血圧及び血液酸素飽和度の低下,不整脈の発症例もあるので,厳重な管理と発症時の迅速な対応が必要であるとの指摘もある。

                 (甲B1〔2〕,12〔5〕,13〔5〕)

  (2)EPLPD

   ア 内視鏡を用いて胆管及び膵管を造影するERCP(内視鏡的逆行性膵胆造影)は,現在では,何らかの治療行為と共に行われることが大半であり,その治療行為は切開術,拡張術,ステント挿入など多岐にわたるところ,これらを総称してERCP関連手技という。

     EPLBD(内視鏡的乳頭大口径バルーン拡張術)はその一つであり,ERCPを行いながら,総胆管結石の排出部となる十二指腸乳頭の開口部をメスで切開するかバルーンで拡張した上で,器具を用いて総胆管結石を摘出する手技である。

                           (乙B1〔1~3〕)

   イ ERCP関連手技を行うときには,患者の体位は腹臥位となる。腹臥位は,患者の意識レベルによっては体動が激しくなったり,起き上がろうとしたりするなど危険行動の引き金となる可能性があるとされており,体動があると出血等の危険があることから,患者の身体は固定具で固定される。また,患者には,マウスピースや酸素カニューレを装着した上で,酸素が投与されることになる。

     そして,体動を防ぎ,総胆管を傷つけずに手技を行うため,また,十二指腸の乳頭の切開や拡張に伴う苦痛を軽減するために,バイタルサインを測定しながら,患者に鎮静剤を投与して深鎮静にする。その上で,口から内視鏡が挿入され,内視鏡が十二指腸に到達したところで,十二指腸乳頭にカテーテルが挿管され,胆管造影及び診断が行われる。

                (甲B21〔65〕,乙B1〔2~3,6〕)

   ウ 総胆管結石を十二指腸内に排除するために十二指腸開口部をバルーンという器具で拡張して総胆管結石を排除する手法として,EPBD(内視鏡的乳頭バルーン拡張術)とEPLBD(内視鏡的乳頭大口径バルーン拡張術)があり,用いるバルーンの大きさが,EPBDでは6から8mm程度であるのに対し,EPLBDでは10mm程度であるという点で異なっている。この他に,メスで十二指腸乳頭を切開する手法として,EST(内視鏡的乳頭括約筋切開術)があり,EPLBDを行う場合に,大きなバルーンによる拡張に耐え切れずに括約筋に穿孔が生じる事態を防ぐために,これに先立って行われることもある。

             (乙B1〔4~5〕,B3〔1976,1983〕)

   エ EPLBD等においては,上記のとおり十二指腸乳頭を拡張した上で,結石を総胆管の奥から手前に掻き出して除去する。結石が大きいと,これを砕く必要があり,手技に時間を要するが,EPBDよりもEPLBDの方が,バルーンが大きく,破砕が必要となるケースが少ない。その後,内視鏡を抜去し固定具を外して,患者をベッドに移すことになる。

                         (乙B1〔5~6,7〕)

   オ 抗凝固薬を服用している患者に対して出血のリスクを伴う内視鏡処置を行う場合には,あらかじめ抗凝固薬を半減期の短いヘパリンに置換し,その後,処置の当日にヘパリンを休薬するなどの対応を行う。

                     (乙B3〔1984〕,6〔3〕)

  (3)ホリゾン(ジアゼパム)

   ア ホリゾンは,催眠作用,鎮静作用,抗不安作用,健忘作用,抗痙攣作用,筋弛緩作用を有する薬剤であり,前記内視鏡検査のための鎮静薬としても用いられる。鎮静の効果は,通常は数分以内に現れる。

                   (甲B16〔10〕,証人E〔2〕)

     その用法・用量としては,本件添付文書では,疾患の種類,症状の程度,年齢及び体重等を考慮して用いることとされ,一般に成人に対しては,初回10mgを筋肉内又は静脈内にできるだけ緩徐に注射し,以後,必要に応じて3時間から4時間ごとに注射するものとされている。また,心障害のある患者では症状が悪化するおそれが,肝障害,腎障害のある患者では排泄が遅延するおそれがあることから,慎重投与とされ,高齢者に対する投与については,運動失調等の副作用が発現しやすいことから,少量から投与を開始するなど,慎重に投与することとされている。

     重大な副作用として,舌根沈下による気道閉塞が0.1パーセントから5パーセント未満の確率で,慢性気管支炎等の呼吸器疾患に用いた場合には呼吸抑制が頻度不明の確率で生じるとされ,観察を十分に行い,異常が認められた場合には投与の中止など適切な処置を行うこととされている。

                           (甲B6〔1~2〕)

     また,内視鏡診療における鎮静に関するガイドライン(甲B16)でも,5から10mgの投与でも呼吸抑制を生じるので注意する,特に肝障害や腎障害があると遷延することが多く,呼吸停止も生じるので,注意が必要であるとの記載があり,日本医療安全調査機構が,これらのガイドラインを踏まえ,死亡事案を分析して行った再発防止策の提言(甲B24~25)でも,呼吸循環器系疾患を持つ患者や高齢者に対し,鎮静下にある内視鏡治療が長時間化する場合には,血圧,呼吸数,SpO2や心電図等を含んだ,より精度の高い機器による呼吸循環持続監視を行うことが望まれる,鎮静と鎮痛に関する十分な説明と同意を行い,患者の意思を尊重して行うことが望ましい,特に高齢者は肝・腎機能の低下に伴い薬剤代謝能が低下していることが多く,呼吸循環抑制作用が過度に発現することがあるので,投与量と投与法に配慮する必要があるとの指摘がされている。

                     (甲B16〔10〕,25〔3〕)

     一方で,内視鏡検査における鎮静のためにホリゾンを使用する際には,初回投与は10mgまで(通常は1mgから2mg),合計は最大20mgまでが相当であり,その際の呼吸抑制は少ないとの指摘もある。

                           (乙B5〔203〕)

   イ 被告において,北海道内の複数の医療機関に対し,EST・EPLBD等の総胆管結石に対する内視鏡治療を行う場合に鎮静剤としてホリゾンを使用したことがあるか,使用したことがあるのであれば,手技全体として10mgを超えて投与することがあるか等を照会したところ,要旨次のような回答があった。

    (ア)N病院(O医師)

      ホリゾンを使用したことがある。手技全体として10mgを超えて投与することもある。不穏が強く,体動が激しく,治療継続に影響を及ぼす可能性が高いときに,強い鎮静をかけることがある。その際には,呼吸抑制が出現する可能性が高いため,20mgを上限としている。

                              (乙B4の1)

    (イ)P大学(Q医師)

      ホリゾンを使用したことがある。手技全体として10mgを超えて投与したこともあるが,現在は他の薬剤を使用して,ホリゾンは10mgまでの使用としている。過去の使用時には20mgを上限としていた。内視鏡処置では,体動などでリスクが高くなる方につき,本件添付文書の記載を超えてホリゾンを投与する必要が生じると考える。

                              (乙B4の2)

    (ウ)K病院(J医師)

      ホリゾンを使用したことがある。手技全体で10mgを超えて投与することもある。検査中に被験者が覚せいしたり,体動が出現したりして,検査継続が困難となったときには,通常2.5mgずつ追加投与している。投与過剰による呼吸抑制の可能性があるため,通常は15mgから20mgを上限としている。

                              (乙B4の3)

  (4)バイタルサインの測定方法

    ERCPを行う際の鎮静時の呼吸モニターとしては,SpO2,又は胸壁の動きから呼吸数を測定するという手段が一般的とされるが,目視で継続的に呼吸数を観察することは麻酔専門医でも困難であるとされており,多くの内視鏡鎮静担当医がSpO2を呼吸モニターの代用としている。

    ただし,SpO2は,脈拍によって変動する光の透過量を測定することで酸素飽和度を測定するものであり,体動や抹消循環障害等の要因によっては,必ずしも動脈血中の酸素飽和度(SaO2)を正確に反映しない場合があると指摘されており,特に酸素化されている患者では,呼吸停止からSpO2値が低下するまで一,二分の時間を要するという報告もある。SpO2以外の呼吸モニターとしては,上記した胸壁の動きの確認を含む人的測定による方法,胸部に心電図電極を張り付けてインピーダンス(電気の流れ難さ)により呼吸数を観察する方法,二酸化炭素濃度を測定しながら患者の呼吸を直接モニタリングするカプノグラフィーなどが紹介されているが,人的測定による方法については信頼性の低さが欠点として指摘され,また,インピーダンスにより呼吸数を観察する方法については,体動等により測定値が不正確となったり,胸壁の動き自体はあるが実際には換気がされていない閉塞性無呼吸に反応しにくい点が,カプノグラフィーについては,鼻腔にカニューラを装着する必要があることから患者の負担が大きく,カニューラの閉塞等に常時対応する必要がある点が,それぞれ欠点として指摘されており,理想的な呼吸モニターは存在しないなどといわれている。

                    (甲B31〔4〕,36〔4~6〕)

 2 認定事実

   前記前提事実に加えて,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

  (1)亡Bの病状

   ア 亡Bは,死亡当時87歳の女性であり,被告病院に入院した当時,身長138cm,体重51.2kgであった。

                            (乙A1〔20〕)

   イ 亡Bは,平成2年に急性硬膜化血腫,平成12年に左尿管結石,急性腎盂腎炎,平成17年に発作性心房細動等の既往歴を有しており,平成21年頃からアルツハイマー型認知症に罹患し,その後,平成26年の3月末から7月中旬にかけて摂食障害等で被告病院に入院していた。

                            (乙A1〔20〕)

  (2)本件手術に関する説明

   ア 前記前提事実(2)アのとおり,被告病院の外科に入院していた亡Bが内科の外来診察を受けたところ,大腸ポリープが発見され,その診察を担当したD医師は,7月2日,原告に対し,亡Bの大腸ポリープに関し,ESD(内視鏡的粘膜下切開剥離術。電気メスと高周波装置を用いて病変の周囲を切開し,粘膜下層を剥離することで,病変を含む範囲を一括で切除する方法である。)を実施することについて説明した。その際,D医師が,出血,穿孔,腹膜炎,血栓症(脳梗塞,心筋梗塞),ショック等の合併症が生じ得ること,合併症では外科手術となること,血栓症が生じれば致命的となり得ること,術前検査でESDが困難となれば中止の可能性もあることを説明し,亡Bは高齢なので切除を行わない選択肢もある旨説明したのに対し,原告がESDの実施を希望したことから,亡Bに対してESDを実施することとなり,その準備のために,8月8日に被告病院の内科(消化器)に入院することとなった。

    (乙A1〔67〕,7〔2〕,弁論の全趣旨(M鑑定人の平成30年10月30日付け鑑定書引用の大腸ESD/EMRガイドライン〔7〕))

   イ 前記前提事実(2)アのとおり,亡BがESD実施のために被告病院の内科(消化器)に入院中,CT検査やMRCP検査を受けたところ,総胆管結石及び胆のう結石等の診断を受けた。そこで,C医師は,8月15日,原告に電話をかけ,亡Bに総胆管結石が発見されたことと,その除去を優先して8月19日にEPLBDを行いたい旨を伝えた。そして,出血,穿孔,ショック,膵炎,心不全,脳梗塞等の合併症が生じ得ること等を説明した上で,本件手術前に承諾書に署名してほしい旨を伝えたところ,原告は,本件手術を行うことは了解したが,本件手術前に被告病院に行けるか分からないなどと述べた。このときの通話時間は,長くても30分程度であり,その際,E医師が執刀医となる可能性や,EPLBDを行わずに経過観察にする余地についての説明はされなかった。なお,実際に,原告は同意書に署名していない。

    (争いがない,乙A1〔68〕,証人C〔7,10~11,30〕)

   ウ 以上の認定に対し,原告は,本件手術について具体的な説明はなかった旨主張し,8月12日頃に,総胆管結石を除去する必要がある旨の説明を受けたことはあるが,その後,C医師から電話を受けたことなどなく,手術の日すら知らされずに本件手術が行われた旨供述する。しかしながら,原告は,本件手術後に,D医師から亡Bの診療経過について説明を受けた際には,「命に関わる問題でもあるから,そっちのほうを先に優先してやったらって,先生から電話が来たんだから。」,「病院ではその話はしていないです。先生から電話で話した。」などと述べ,医師から本件手術について電話で説明を受けたことを前提とする発言を繰り返している(乙A11〔3〕)のであって,原告の供述はこれに明らかに反するから,容易に採用することができない。むしろ,これらの発言は,原告に電話で本件手術について説明した旨のC医師の供述と整合するものであるから,原告に対する本件手術についての説明内容については,上記のとおり認定するのが相当である。

  (3)本件手術に関する診療経過

   ア 亡Bは,前記前提事実(2)アからウまでのとおり,8月19日に本件手術を受けることになり,前記(1)イの心房細動の既往歴があったため,同月17日には従前処方されていた抗凝固薬イグザレルトを休薬して半減期の短いヘパリンに変更し,同月19日朝にはヘパリンも休薬した。

    (乙A1〔10,13,18,20,26〕,7〔4~5〕,B6〔1~2〕)

   イ 亡Bは,8月19日午後,本件手術を受けた。その執刀体制は,前記前提事実(2)エ及びオのとおりである。本件手術の際,亡Bは腹臥位の体勢で,体動を防ぐために,顔を右方向に向けた状態で固定具で固定された上で,バイタルモニターを装着され,同人の左足付近に設置された画面でバイタルサインが確認できるようになっていた。バイタルモニターは,血圧に関するアラームについては,上限が200,下限が80と設定され,5分間隔のインターバル測定が行われていたほか,適宜手動による測定も行われていた。呼吸に関するアラームについては,SpO2の下限が90と設定され,脈拍に関するアラームについては,上限が130,下限が50と設定されて,いずれも常時感知される仕組みになっており,更に常時心拍を示す音が鳴るようになっていた(なお,バイタルモニターにおける呼吸測定機能は,患者の胸部付近の2箇所に電極を設置して電流を流し,呼吸の際の胸部の拡張によるインピーダンス(電気の流れ難さ)の変化を基に呼吸数を測定するものであるが,使用されていなかった。)。

     本件手術に際し,バイタルモニターを確認することが可能だったのは,主にG技師,第二助手,I看護師の3名であった。E医師は,上記のとおり右を向いた亡Bの顔の正面に立ち,亡Bの頭の付近に設置された内視鏡の映像を確認しながら手技に臨んでいたところ,バイタルモニターを視認できる位置にはいたが,器具を操作していたことから,常時その確認をしてはいなかった。

    (乙A8〔2~3〕,B7〔1〕,8〔66〕,証人G〔3,15~16,25,33〕,証人E〔22~23〕)

   ウ 本件手術の経過は以下のとおりである。

    (ア)本件手術に先立って,午後3時25分,亡Bに5mgのホリゾンが投与されたが,午後3時27分の時点では,亡Bは覚せい状態であった(ガイドワイヤーは,午後3時27分頃に挿入された。)。その際の同人のバイタルサインは,最高血圧(収縮期血圧)が120,最低血圧(拡張期血圧)が57,脈拍が82であった。なお,血圧は手動で測定されていた。

               (乙A6,証人G〔29〕,証人E〔7〕)

    (イ)午後3時30分の時点でも,亡Bは傾眠状態であったことから,2.5mgのホリゾンが投与され,本件手術が開始された。

            (乙A6,証人G〔8~9〕,証人E〔7~8〕)

    (ウ)午後3時34分の時点でも,亡Bは傾眠状態で,体動がみられたことから,2.5mgのホリゾンが投与された。その際の同人のバイタルサインは,最高血圧(収縮期血圧)が147,最低血圧(拡張期血圧)が73,SpO2が100,脈拍が103であった。なお,血圧は手動で測定されている。

         (乙A6,証人G〔8~9,30〕,証人E〔7~8〕)

    (エ)午後3時45分には,亡Bが覚醒状態になったことから,5mgのホリゾンが投与された。その際の同人のバイタルサインは,最高血圧(収縮期血圧)が132,最低血圧(拡張期血圧)が70,SpO2が100,脈拍が115であった。なお,血圧は手動で測定されている。

         (乙A6,証人G〔8~9,30〕,証人E〔7~8〕)

    (オ)その後,午後3時55分頃までの間,亡Bのバイタルモニターは,血圧,SpO2,脈拍のいずれについても,異常を示すアラームは鳴らなかった(なお,原告は,この間にアラームが鳴るなど,バイタルサインの悪化がみられたにもかかわらずE医師らが本件手術を続けた可能性があり,バイタルサインの記録がないのは,そのことを隠している可能性があるなどと主張するが,E医師らはこれを明確に否定しているし,その時点では本件手術が失敗すると決まっていたわけでもないのであるから,あえて記録をせずに隠ぺいを図る合理的な理由は特に存在しない。原告の主張は,内視鏡連絡・記録用紙(乙A6)上に,亡Bのバイタルサインに異常が生じたのが午後3時55分以降であることを前提に記載がなされていることとも整合しないので,そのような主張を採用することはできない。)。

                   (証人G〔10〕,証人E〔9〕)

    (カ)午後3時55分頃,本件手術の手技が終了し,ガイドワイヤーを抜去中に,I看護師が手動により血圧測定をしていたところ,異常を示すアラームが鳴り,バイタルモニター上,亡Bの血圧は60台を表示し,SpO2は90台となっていた。その後も,前記前提事実(2)クのとおり,呼吸を確認できず,脈も触れなかったので,身体固定具を外し,亡Bの体勢を仰臥位にして,心臓マッサージを開始すると同時に,アンビューバッグによる換気が行われた。

        (乙A6,証人G〔11,16~19〕,証人E〔10〕)

    (キ)午後4時頃,E医師は,ホリゾンによる呼吸抑制の可能性を考慮して,0.5mgのアネキセートを投与したが,直ちには自発呼吸,心拍等は回復しなかった。

                    (乙A6,証人E〔10~11〕)

    (ク)午後4時24分,亡Bは無脈性電気活動状態になったが,午後4時55分頃までには,人工呼吸器(レスピレーター)が装着され,午後5時には自発呼吸が回復した。

                         (乙A1〔41~42〕)

    (ケ)その後,前記前提事実(2)ケのとおり,午後11時2分に亡Bの死亡が確認された。

 3 争点1(ホリゾンを過剰に投与した注意義務違反の有無)について

  (1)鑑定意見

    L鑑定人及びM鑑定人は,本件手術におけるホリゾンの投与に関し,概要次のような意見を述べている。

   ア L鑑定意見

     ホリゾンの投与が不適切であったとは思われない。他施設の使用量などに照らしても,総量は通常の使用量の範囲内であり,分割投与されているから,本件添付文書の高齢者に対する投与方法に準拠している。また,10mgが投与された後に起き上がろうとするほどの覚せい状態が認められたことから,その後5mgの追加投与をして総量が15mgになったことも納得できる。

   イ M鑑定意見

     ホリゾンの投与が不適切であったとはいえない。本件添付文書の記載はあるが,てんかん診療ガイドラインでは開始10分で20mgの投与が許容されている。内視鏡手術の場合の具体的な投与量を記載したガイドラインはないものの,モニター管理のもとでホリゾンを20mgまで投与することは,実際の臨床現場では行われており,自分が診療に通っている病院でも,85歳以上の患者にホリゾンを15mg投与した例を複数確認している。

     具体的な投与量を見ても,ホリゾンを10mg投与した後の午後3時45分の亡Bのバイタルサインに問題はなく,更に5mgを追加投与したのは妥当である。

  (2)検討

   ア 医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって医療事故が発生した場合には,これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定されるものというべきである(最高裁判所平成8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁)。

   イ 本件添付文書では,ホリゾンの用法・用量は,初回は10mg,以後は3時間から4時間ごとに投与することとされている(前記医学的知見(3)ア)ところ,前記認定事実(3)ウ(ア)ないし(エ)のとおり,本件手術において亡Bに投与されたホリゾンの総量は10mgよりも多く,かつ,追加投与の時期も3時間から4時間ごとよりも早いと認められる。

     しかしながら,本件添付文書は,その記載ぶりからしても,ホリゾンの使用に当たって許容される上限を定めたものとまでは解されず,一般的に推奨される使用方法について述べたものと解されるから,疾患の種類,その症状の程度や患者の年齢及び体重等の諸事情を考慮した上で,その記載と異なる使用方法をとること自体が禁じられているとはいい難い。

     そして,前記医学的知見(2)イのとおり,本件手術は,患者の体動を抑制した状態で手技を行う必要がある手術であったから,十分な鎮静効果を得られるまで亡Bにホリゾンを投与すべき必要性があった。その上,本件手術中にも,前記認定事実(3)ウ(ア)ないし(エ)のとおり,亡Bはホリゾンの投与にもかかわらず鎮静状態を維持することができず,覚せいするなどの経過をたどっており,本件手術を実施するために,ホリゾンの追加投与を行うべき必要性が高かった。

     このようなホリゾンの投与の必要性に加え,実際の推移をみても,E医師は,当初は5mgという,初回投与量として推奨されている量よりも少量のホリゾンの投与を行っており,その後の追加投与も,バイタルサインを確認しながら,亡Bが鎮静状態を維持できていないことを確認した上で2.5mgの追加投与をするところから始めている。そして,最後に5mgのホリゾンを追加投与したのは,それまでの追加投与にもかかわらず,亡Bが覚せい状態になったことなどによるものであって,同様にバイタルサインを確認した上で追加投与したことからすれば,本件手術におけるホリゾンの投与は,追加投与分も含め,亡Bの体調に配慮しつつ,本件手術に必要で,かつ医学的に相当な範囲で行われたと認めるべきものである(L鑑定意見及びM鑑定意見は,これと同旨をいうものであり,前記医学的知見(3)イの北海道の病院における事例も,それぞれの事案に即した態様でホリゾンが投与されている実情をうかがわせる。)。

     これらのことからすると,本件手術におけるホリゾンの投与について,E医師が本件添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったと認められないのは勿論,医師としての注意義務違反があったと認めることもできず,この点についての原告の主張には理由がない。

 4 争点2(亡Bの呼吸を監視すべき注意義務違反の有無)について

  (1)鑑定意見

    L鑑定人及びM鑑定人は,本件手術時の呼吸監視体制に関し,概要次のような意見を述べている。

   ア L鑑定意見

     バイタルモニターの呼吸測定機能を用いなかったことも,1分間に1回程度,口,鼻に耳を近づけて呼吸音を確認したりしなかったことも,不適切とはいえない。前者については,呼吸数をモニタリングすることは有用であるが,電極が透視の妨げとなり,ERCPの安全な施行の妨げになるので,電極を付けずに本件手術を行ったことは納得できる。後者については,口又は鼻に耳や頬を近づけるという呼吸の監視はあまり行われない。パルスオキシメータ(SpO2測定器)が普及している現在,たとえ腹臥位での手術であっても,そのような呼吸監視が必須であるとまでは考えていない。

   イ M鑑定意見

     バイタルモニターの呼吸測定機能を用いなかったことも,1分間に1回程度,口,鼻に耳を近づけて呼吸音を確認したり,目視によって胸部の動きを確認するなどしなかったことも,不適切とはいえない。前者については,被告病院で用いられていた呼吸測定機能は,電極間の電気抵抗(インピーダンスを指すものと解される。)の変化から呼吸回数を測定するものであり,患者の体動が頻繁に起こり得る内視鏡検査では患者の僅かな体動を感知し,実際の呼吸数と異なる表示をすることが多いので,通常は使用しない。一方,SpO2の測定は,的確に低酸素血症を数値化してモニタリングできるため,重要な呼吸モニターであり,米国の消化器内視鏡学会のガイドラインでは,全ての内視鏡手技において装着が推奨されるものである。後者については,視認での呼吸確認が求められているガイドラインもあるが,それも,少なくとも5分おきに確認するよう推奨されているにとどまり,本件手術はそれには準じている。もし1分間隔程度で口又は鼻に耳や頬を近づけたりする方法が必要であるとすれば,それが必要なほど患者のバイタルサインが悪化している場合や不安定な場合であるが,その兆候は午後3時45分の時点では全く認められない。午後3時50分の時点でも,異常がなかったためにその記載がされていないものと推測できるが,それを証明するものが看護師の証言しかないので,記載があることが望ましかった。

  (2)検討

   ア 呼吸測定機能を用いる義務について

     原告は,本件手術時にバイタルモニターの呼吸測定機能を用いた呼吸数の測定を行う義務があったと主張する。

     しかしながら,前記医学的知見(2)イのとおり,本件手術は,患者の体動が生じやすい腹臥位の体勢で行われ,現に,亡Bの体動を防ぐためにホリゾンの投与が繰り返され,その途中でも実際に亡Bが覚醒するなど,鎮静状態を維持できずにホリゾンの追加投与を行う場面もあった。そして,前記医学的知見(4)のとおり,バイタルモニターの呼吸測定機能を利用するに当たっては,体動等によって測定値が不安定になるなどの欠点が指摘されており,呼吸測定機の説明文書上も,外部から伝わる動きを捉えてしまう場合があると記載されている(乙B8〔66〕)。このように,バイタルモニターの呼吸測定機能は,体動が生じやすかった本件手術の場において,亡Bのバイタルサインを正しく計測できない可能性を有していた。

     これに対し,SpO2は,原告も指摘するように,その値が呼吸停止等の状況を正確に反映するわけでは必ずしもないとしても,結局,前記医学的知見(4)や鑑定意見に照らせば,もとより理想的な呼吸モニターが存在しない中で,SpO2によるモニタリングは,相対的には精度の高い呼吸モニターとして有用性を承認されているものとみるのが相当である。

     そうすると,被告病院において,バイタルモニターの呼吸測定機能を利用せず,SpO2を用いた常時モニタリングを行ったことに不合理な点はなく,SpO2による亡Bの呼吸確認が行われていたことが,当時の医療水準に照らして不相当であったとは認められない。

   イ 口,鼻に耳を近づけて呼吸音を確認する等の義務について

     原告は,本件手術時に少なくとも1分ごとの頻度で口,鼻に耳を近づけて呼吸音を確認する義務があったと主張する。

     しかしながら,前記医学的知見(4)のとおり,主に胸壁の動きの確認を念頭に置いた記載と解されるとはいえ,一般に人的な呼吸数測定は信頼性に欠けるとの指摘もあり,このような方法による呼吸の監視が,上記アのとおり有用性を承認されているSpO2の常時測定より優先して行われるべきであるとか,これと同時に常時行われるべきであるというほどのものとは認め難く,被告病院において,原告が主張する方法で呼吸を監視すべきであったと直ちにいうことはできない。

     その上で,亡Bの病態の変化等によって人による呼吸監視の必要性が高まったかどうかを検討しても,亡Bのバイタルサインは前記認定事実(3)ウ(ア)ないし(カ)のとおりで,午後3時45分の時点で,血圧,SpO2,脈拍のいずれもその数値が被告の設定した基準値に達することはなく(なお,この基準値自体が不合理であるとはいえない。),午後3時55分までの間でも,SpO2,脈拍のいずれも上記基準値に達することはなかったのであるから,被告病院において,亡Bのバイタルサインの変化に応じて,原告主張の方法で亡Bの呼吸を監視すべきであったと認めることもできない。

   ウ 小括

     以上のとおりであって,呼吸監視体制についての原告の主張にはいずれも理由がない。

     ただし,原告の主張するとおり,亡Bは午後3時45分から50分までの間に呼吸停止に陥っており,これが5分以上にわたってE医師らに見落とされていたのであれば,被告病院において行われていた呼吸監視体制には不備があり,原告が主張する方法による呼吸監視が行われるべきであったと解し得るところである。

     そこで,念のためにこの点について検討すると,鑑定人はいずれも,亡Bの呼吸停止時刻が原告の主張するとおりであったとは考え難いとの意見であり,その主な理由は,仮に午後3時50分までに亡Bの呼吸が停止していれば,午後3時55分までの間に亡BのSpO2が低下し,アラームが鳴っていたと考えられるということである。

     この点,原告は,SpO2が亡Bのバイタルサインを正確に表していなかった可能性を指摘するが,亡Bに酸素が投与されていたこと等を踏まえても,前記医学的知見(4)のとおり,呼吸停止からSpO2の低下までに生じる誤差としては,一,二分程度が想定されているにとどまるのであって,午後3時55分までの間SpO2値の低下によるアラームが鳴らなかったことからすれば,亡Bの呼吸停止は午後3時50分よりも後のことであったと考えるのが自然である。

     また,そもそもSpO2が正確に計測されていなかったという可能性を検討しても,パルスオキシメータ上は,センサーが外れている場合や,血液循環の低下等によって脳波を認識できない場合,体動等により患者の発する信号が不安定になった場合には,エラーメッセージが表示されることとなっている(乙B8〔51〕)ところ,前記認定事実(3)ウのとおり,午後3時45分までの間,亡BのSpO2はエラーメッセージの表示もなく測定されており,機器の故障や接続等の不十分をうかがわせる事情は見当たらない。

     以上によれば,亡Bの呼吸停止時刻が午後3時50分より前であるとの前提は採り得ないというべきである。原告は,要するに,①呼吸停止から心停止までに5分から10分を要することと,②亡Bの心停止の時刻が午後3時55分であることは動かし難く,これらを併せれば原告の主張する時刻に呼吸が停止したとしか考えられないと主張するのであるが,①については,仮に一般的にそのような傾向がみられ,多くの事案が存在するとしても,そのことをもって,これに反する事実経過の可能性を排除するほど確度の高い経験則があると直ちにいえるわけではない。また,②についても,午後3時55分の時点で確認されたのは,亡Bの呼吸が確認できず,脈が触れない(血圧が60台)ということにとどまり,E医師及びG技師は,心臓が完全に止まっていたかどうかは分からないと述べている(証人E〔10〕,証人G〔26~27〕)のであって,正確な心停止の時刻は更に遅くなる可能性も十分にあるから,原告の指摘は,いずれも上記判断を左右するほどのものとはいえない。

 5 争点3(亡Bの血圧を測定すべき注意義務違反の有無)について

  (1)鑑定意見

    L鑑定人及びM鑑定人は,本件手術時の血圧測定の方法に関し,概要次のような意見を述べている。

   ア L鑑定意見

     バイタルモニターの連続測定機能を用いなかったことが不適切であるとはいえない。血圧の測定は,肢を強く締めることによる苦痛を伴い,皮下出血も生じるので,通常連続測定は行われず,全身麻酔時でも5分ごとに測定するのが原則である。当初亡Bの血圧が安定していたことからも,5分ごとの測定をしたことに問題はない。

   イ M鑑定意見

     バイタルモニターの連続測定機能を用いなかったことが不適切であるとはいえない。ガイドライン上も,少なくとも5分ごとの測定が推奨されているにとどまり,通常の内視鏡治療では連続測定機能は用いられていない。これが用いられるとすれば,バイタルサインが出血により不安定だったり,そうなることが予想されるような場合であるが,本件はそれに当たらない。血圧の連続測定は,患者に痛みを与え覚せいさせることで,より多量の鎮静剤の投与を必要とする可能性や内出血の危険もあるから,限定的な場面で使用されるものであり,5分ごとの測定をしたことに問題はない。

  (2)検討

    原告は,本件手術時にバイタルモニターの連続測定機能を用いた血圧測定を行う義務があったと主張する。しかし,EPLBDを実施する際に原告が主張する方法により血圧測定を行うよう求める医学的知見の存在を示す証拠は見当たらず,むしろ,そのような方法による血圧測定は,患者の覚せいにつながり,上述のとおり患者を深い鎮静状態に保つ必要性が高いEPLBDの実施に当たって不都合を生じさせる可能性すらあるといえる。

    これらのことからすると,バイタルモニターの連続測定機能を用いた血圧測定を行う義務は認められず,この点についての原告の主張には理由がない。

 6 争点4(経過観察の余地等についての説明義務違反の有無)について

  (1)鑑定意見

    M鑑定人は,被告病院の医師が亡Bの経過観察の余地について説明しなかったことに関し,概要次のような意見を述べている(なお,L鑑定人は,麻酔科医としての知見からは,このことに関して意見を述べることができないとしている。)。

    経過観察の余地はなかった。平成28年発行の胆石症ガイドラインでは,無症状の総胆管結石について,治療が提案される一方で,高齢者や日常生活動作不良の患者は経過観察の場合があると記載されているが,亡Bは高齢であるものの,平均余命は7年程度あり,日常生活動作も一部介助を受ければ可能で,EPLBDの適応があった。そして,EPLBDと同様に手技に伴う偶発症が起こり得るESDについて,この治療を行わない可能性を提示された上で,原告がその実施に同意していた経緯にも照らせば,原告は,本件手術の説明を受けた際にも,経過観察を希望することは可能であった。これらの事情に照らすと,本件手術を実施せずに経過観察にするという選択肢を原告に説明しなかったこと自体は不適切であるが,患者本人が強く拒否しない限りは,経過観察にする余地はなかったといえる。

  (2)検討

   ア 医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務があると解される(最高裁判所平成13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1154頁)。そして,医師が予防的な療法を実施するに当たって,医療水準として確立した療法に加えて,経過観察という選択肢も存在するのであれば,患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように,医師は,経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきであり(最高裁判所平成18年10月27日第二小法廷判決・集民221号705頁参照),このことは,説明の相手方が患者自身ではなく,その親族となる場合にも同様であると解される。

   イ 前記前提事実(2)ア及びイのとおり,本件手術は,総胆管結石が胆管炎をもたらす可能性があることから行われたものであり,その時点では胆管炎が発生していたわけではなかったから,予防的な療法というべき性質を有していた(なお,既にESDを実施することが予定されていたが,本件で行われようとしていたESDは,大腸ポリープが進行がんに移行する可能性を念頭に行われるものであり(M鑑定人の平成30年10月30日付け鑑定書〔13〕),経過観察の余地が否定されない予防的な療法なので,上記判断を左右しない。)。

     また,前記医学的知見(1)イに挙げたガイドラインには,総胆管結石の除去手術を強く勧める旨記載されているとはいえ,同(1)ウに挙げた本件手術後数年内に発行のガイドラインでは,総胆管結石の除去手術は推奨ではなく提案するにとどまるものとされ,高齢の患者につき経過観察の可能性があることが具体的に指摘されているのであって,これらの記載を併せ読めば,ガイドライン上,経過観察の余地が全く否定されているとまでは解することができないし,このことに,亡Bの年齢や,本件手術が重篤な合併症の生じ得るものであったことなども総合考慮すると,本件手術の当時,原告又は亡Bが経過観察を希望した場合に,経過観察を選択するという余地自体はあったというべきである。この点,M鑑定意見は,経過観察の余地はなかったとしているが,M鑑定人が,患者本人が強く拒否しない限りとの留保を付していること(M鑑定人の令和元年9月28日付け鑑定書〔2〕)も併せ読めば,これは,亡BにEPLBDの適応があったこと,既にESDの実施に同意していたことなども踏まえて,亡Bはいずれにせよ本件手術を拒否せず,同手術が実施されていたであろうとの意見を述べているにとどまるものと解される。

     そうすると,本件手術に関しては,その実施前に,経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められていたといえるが,原告に対し,C医師及びD医師からは亡Bを経過観察とする余地について説明されていないのであって(前記認定事実(2)ア,イ),各選択肢の利害得失について具体的に説明されていたとはいえない。原告に対する説明の態様をみても,長くても30分程度の電話での連絡にとどまり,検査結果を図等を用いて説明したわけではなく,本件手術の実施に関する同意書も作成されていないから,被告病院の医師において,すべき説明をしなかったことを正当化する特別の事情も認められない。なお,原告がESDの実施に同意したことは,適切な説明がなされていた場合に原告が本件手術の実施に同意していたかどうかを検討するに当たって考慮されるべきであるが,ESD自体は,本件手術と同様に内視鏡を用いた手術であるとはいえ,主にがんを予防するための,電気メスを利用した大腸ポリープ切除術であり,胆管炎の予防のための,バルーンを用いた総胆管結石の除去術である本件手術とはその趣旨を明らかに異にしており,原告がESDの実施に同意していたからといって,本件手術に関し,経過観察の余地について説明する必要がなくなるようなものではない。

     以上のとおりであるから,C医師及びD医師が原告に経過観察の余地について説明せずに本件手術を行ったことは,原告に対する不法行為を構成する。

 7 争点5(因果関係)について

   以上検討してきたところからすれば,C医師及びD医師が原告に対する説明義務を怠った点について,亡Bの死亡との間の相当因果関係の有無を検討する必要があるが,前記6に説示したとおり,原告は,本件手術と同様に内視鏡を用いた予防的療法であるESDについては,経過観察の余地に関する説明を受けた上で,その実施に同意しており,また,前記認定事実(2)ア及びイのとおり,本件手術についても,その内容及び危険性に関する説明を受けた上で,その実施に同意している。

   これらの事情に照らすと,M鑑定意見も指摘するように,原告において,経過観察の余地を説明されたとしても,なお本件手術の実施に同意していた可能性は高く,被告の注意義務違反がなければ亡Bが本件手術を受けることはなかったとは認められないから,被告の注意義務違反と亡Bの死亡との間に相当因果関係を認めることはできない。

 8 争点6(損害額)について

   以上説示したところからすると,被告病院の医師の注意義務違反と相当因果関係のある損害としては,説明義務違反により原告の自己決定権が侵害されたことを理由とする慰謝料が認められるにとどまる(なお,原告は,被告病院の医師の説明義務違反と亡Bの死亡との間に相当因果関係があることを前提に慰謝料を請求しているが,相当因果関係が認められない場合には自己決定権の侵害それ自体についての慰謝料も請求する趣旨であると解される。)。そして,被告病院の医師による説明の内容及び態様のほか,前記7に説示した原告が本件手術に同意していた可能性等の一切の事情を併せ考えれば,その金額は100万円とするのが相当である。また,本件における弁護士費用相当額は,上記慰謝料の1割に当たる10万円とするのが相当である。

   なお,被告病院の医師が本件手術の日までに説明義務を果たすべきであったことからすれば,これらの損害に対する遅延損害金の起算日(不法行為の終期)は,本件手術の日である平成26年8月19日とするのが相当である。

第4 結論

   以上の次第で,原告の本件請求は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として110万円及びこれに対する平成26年8月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

    旭川地方裁判所民事部

        裁判長裁判官  湯川克彦

           裁判官  瀬沼美貴

           裁判官  久田皓士

 

 



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