神戸地方裁判所判決 令和元年(ワ)第1604号
主 文
1 被告は、原告に対し、2895万0487円及びこれに対する平成29年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを25分し、その8を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
被告は、原告に対し、4205万5703円及びこれに対する平成29年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 ▲(以下「▲」という。)は、平成29年2月15日、悪性症候群と考えられる所見がみられたために、被告が設置運営する◆病院(以下「被告病院」という。)に入院したところ、入院中の同年5月31日に死亡した。
本件は、▲の母であり法定相続人である原告が、被告病院スタッフには、▲の入院中の呼吸管理を適切に行うべき注意義務の違反等の過失がある旨主張し、被告に対し、診療契約上の債務不履行(民法415条)又は不法行為(民法715条1項本文)に基づき、損害賠償金4205万5703円及びこれに対する損害発生日(▲の死亡日)である平成29年5月31日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下「改正前民法」という。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに括弧内に摘示する証拠〔書証は枝番を含むが、必要に応じて、枝番及び頁数を示す。以下同じ。〕及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)当事者等
ア ▲(昭和48年○月○○日生)は、平成29年2月15日、被告との間で、診療契約を締結して、被告病院精神科神経病棟(第2病棟)に入院し(以下「本件入院」という。)、入院中の同年5月31日に死亡した。
原告は▲の母であり、唯一の法定相続人である。
イ 被告は、被告病院を設置運営する国立大学法人である。
(2)▲の被告病院等への入院歴
▲は10代のころに統合失調症を発症し、他院に悪性症候群の疑いで入院した後に、平成3年6月5日、被告病院に転院した。以後、本件入院までに、合計16回、被告病院への入退院を繰り返していた(以下、本件入院までの、▲の被告病院への入院を併せて「過去入院」という。)。
本件入院は、被告病院への17回目の入院となる。
(3)入院に関する主な診療経過(以下、月日のみで記載した事項は、平成29年の出来事である。)
ア 過去入院及び本件入院に関する診療経過等は概ね別紙診療経過一覧表記載のとおりである(ただし、争いのある部分を除く。)。
イ 2月15日、▲は被告病院に入院した。
ウ 5月22日、▲は、隔離処置として保護室に入室した。
エ 5月29日、▲は、37.8℃の発熱をし、CK(クレアチンキナーゼ)値の上昇が確認され、保護室から個室病室へ移動し、身体拘束が開始され、生体モニターが装着された。
オ 翌30日、▲の発熱は継続しており、体温は38.2℃まで上昇した。
カ 翌31日、▲の体温は38.4℃まで上昇し、午前10時頃には、▲に対し、胃管チューブが留置され、弾性ストッキングが装着された。
午後2時から午後2時20分までの間に、▲の呼吸は停止し、午後4時20分に▲は死亡した。
3 争点及びこれに対する当事者の主張
(1)血液検査義務違反の有無(争点(1))
(原告の主張)
ア ▲のCK値は、5月16日には149IU/Lであったが、同月19日にフルメジンの処方量が増量され、同月22日に隔離措置がとられ、同月23日にフルメジンが最大量まで増量されたことを経て、同月29日には19,565IU/Lまで上昇した。
したがって、被告病院スタッフには、5月19日ないし22日、遅くとも23日に、▲について血液検査をすべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失がある。
イ 上記各時点で、▲に対して血液検査が行われていれば、CK値の上昇を含む、検査値の異常を把握でき、輸液の開始、フルメジンの増薬の中止、処方中の薬の減量ないし中止、より慎重な経過観察など、血液検査の結果を踏まえた適切な処置に着手することができ、致死的経過を回避することができた。
したがって、被告は、▲に対し、民法415条1項に基づき、本件により生じた損害を賠償すべき責任を負う。
また、被告病院スタッフは、被告の被用者であり、本件は、被告病院の業務の遂行に際して発生したものであるから、被告は、同法715条1項本文に基づき、同様の責任を負う。
(被告の主張)
ア 否認ないし争う。
イ 5月19日、22日、23日のいずれの時点においても、▲の精神症状に一定の亢進が認められた早期の時点にすぎないところ、各時点において、▲が悪性症候群を発症し、かつ、CK値が高値となっていたとは考えられなかったため、実際に▲の症状が悪性症候群の定義ないし診断基準を満たす可能性がある時期は早くとも5月29日で、それまでに▲が悪性症候群を発症していたとはいえないから、同日以前に、被告病院スタッフに、▲の血液検査をすべき義務があったとはいえない。
また、事後的に、5月29日時点における、▲のCK値が19,565IU/Lであったことは、上記各時点において血液検査を実施しなかったことが、前方視的に、その各時点において判明していた具体的な医学的事実に照らして、当時の医療水準に違反することを裏付けるものではなく、遅くとも同月23日までに、血液検査を実施すべき義務が基礎づけられることにはならない。
ウ ▲の死亡までの経緯において、致死的腎不全や他の臓器の不全の徴候はなかったことから、▲の死亡は悪性症候群あるいはCK値の上昇とは無関係であり、原告の主張する呼吸管理義務違反が、▲の死亡との間に、相当因果関係を欠く点は後記(3)「被告の主張」ウのとおりである。
(2)重篤副作用防止義務違反の有無(争点(2))
(原告の主張)
ア ▲の平成29年2月15日の入院は、悪性症候群によるものであり、▲は過去にも悪性症候群を数回発症した経過があり、悪性症候群の既往があった。そして、同月16日以降、▲に、悪性症候群の初期症状と考えられるカタトニアが現れ、これが憎悪し、発熱や明白な筋固縮も現れ、遅くとも29日までに、悪性症候群にまで発展した。
被告病院スタッフは、▲に投与するフルメジンを増量した過程で上記症状が現れ、憎悪したことから、抗精神病薬が影響していることを疑って治療すべきであった。また、▲の過去の治療実績をも踏まえると、フルメジン4mgとオランザピン2mgとすれば、副作用の症状はほぼ消失していたといえる。
したがって、被告病院スタッフは、同月19日時点で、フルメジンを4mgに減量すべき注意義務があったにもかかわらず、フルメジンを8mgに増量した点で過失がある。
イ 同日以降、▲の症状は、さらに憎悪して、同月22日には隔離を要する状態となったところ、これは、抗精神病薬の増量に伴って症状が憎悪したことを示すものであるから、被告は、薬剤性による症状であると疑い、同月23日には、フルメジンを4mgに減量するか、血液検査を行って、CK値が高値であればフルメジンの投与を中止すべき注意義務があった。にもかかわらず、被告は、フルメジンを減量又は中止することなく、10mgに増量した点で過失がある。
ウ 上記経過を経て、遅くとも同月29日までには、▲は、悪性症候群に進展し、被告も悪性症候群と診断したのであるから、この時点で、抗精神病薬の投与を中止すべき注意義務があった。にもかかわらず、被告は、フルメジンを6mg、オランザピンを15mgに減量したのみで、中止をしなかった点で過失がある。
エ 被告は、これらの過失により、▲に悪性症候群を発症させた上、悪化させ、上気道狭窄のある体型、胃管チューブ留置によるさらなる気道狭窄も相まって、▲を呼吸不全に至らしめ、死亡させた。
したがって、被告は、▲に対し、本件により生じた損害を賠償すべき責任を負う。
(被告の主張)
ア 否認ないし争う。
イ ▲の平成29年2月15日の入院時を含む、悪性症候群は、実際には、統合失調症のカタトニアの状態、すなわち、CK値上昇を伴う緊張病という状態であったにすぎない。そして、同年5月19日の時点で、▲は、DSM-Vのカタトニアの診断基準には該当しない。また、抗精神病薬の中断によって、カタトニアを発症する例もあるところであり、悪性症候群も、抗精神病薬の減量、中止によって発生する例も広く知られている。したがって、▲に対するフルメジンの投与は、統合失調症の精神症状の治療のために必要かつ合理的なものであった。したがって、当日時点において、被告に過失はない。
ウ 同月22日時点においても、▲はカタトニアではなく、前記イ同様、抗精神病薬の減量、中止によるカタトニアの発症可能性や、統合失調症の治療の必要性合理性に照らせば、被告のフルメジンの投与に過失はない。
エ ▲は、精神症状の悪化が先行し、その後にカタトニア様の症状が追随した経過であるところ、このような症例においては、統合失調症によるカタトニアであり、その場合には、抗精神病薬の投与は有効である。そして、抗精神病薬の投与を急激に一時中断することは、かえって統合失調症をさらに亢進させ、悪性症候群を発症させる危険を伴うから、本件において、抗精神病薬を中止せず、テーパリングで対応した医師の対応は適切かつ妥当なものである。したがって、同月29日時点で、フルメジンの投与を中止しなかったことについて、被告に過失はない。
オ ▲の死因は、▲の死亡は悪性症候群あるいはCK値の上昇とは無関係であり、突然死の原因となる劇症の致死性内因性疾患の可能性が高く、医学的にも当該可能性を除外できないから、原告の主張する重篤副作用防止義務と▲の死亡結果との間には相当因果関係を欠く。また、一般論として、悪性症候群に対して、原告が主張する対応を行えば、患者が死亡することはなく、治癒することが確実とはいえない。
(3)本件入院中の▲に対する呼吸管理等義務違反の有無(争点(3))
(原告の主張)
ア ▲は、やや肥満気味の上気道狭窄のある体型であり、緊張病(カタトニア)であって、フルメジンが処方されていたことから、気道狭窄等による呼吸不全となる危険性があり、呼吸状態に注意を要する患者であった。
また、5月11日、13日には、体温が38℃台後半となる発熱があり、同月15日にはCK値も3日前に比して上昇していたことに加え、同月16日頃からは呂律困難等の錐体外路症状が生じ、同月22日に隔離措置をとられて以降は精神的負担、脱水状態による心身の疲労も進んでいた。
さらに、同月25日には、鼾様の呼吸があり、29日午前8時には呼吸困難感が生じ、午後1時には呼吸が荒く、頻呼吸気味の状態となり、午後3時には呼吸促拍気味の状態にあったと認められ、翌30日午後8時15分には、頬の筋緊張や、舌根沈下が観察され、呼吸状態の悪化が現実化していた。
▲は、精神状態の悪化、悪性症候群の発症等による全身状態の悪化、身体の疲弊の下、①上気道狭窄のある体型に、②緊張病の悪化、③向精神薬の副作用による呼吸運動の抑制、④胃管チューブの留置によるさらなる気道狭窄によって、上気道が狭窄し、呼吸不全、呼吸停止に至り、死亡したものである。
したがって、被告病院のスタッフには、同月13日以降、定期的に▲の経皮的酸素飽和度(SpO2)値及び呼吸数の測定並びに呼吸状態の観察をして呼吸管理を含めて全身状態の管理の強化を行うべき義務があったというべきである。そして、▲に対して、隔離措置がとられた同月22日以降、上記測定・観察をより頻回にする義務が生じ、悪性症候群を発症し、身体拘束が行われた同月29日以降は、さらに呼吸管理を一層強化し、常時、SpO2値と呼吸数を測定し、さらに頻回に呼吸状態の観察をすべき義務が生じていた。そして、翌30日午後8時15分に、▲の舌根沈下が確認された時点以降は、▲の体位を調整し、エアウェイによる気道確保を行うとともに酸素投与をし、かつ、以後継続的かつ確実な呼吸管理等を徹底して行うべき義務があり、精神科で対応できないのであれば、全身状態の管理に長けた他科にコンサルテーションをし、あるいは転科をさせるべき義務があった。
ところが、被告病院スタッフは、同月13日以降29日までの間、▲のSpO2値及び呼吸数の測定、呼吸状態の観察について、同月15日に一度測定したにとどまっていた。同月29日以降、▲に生体モニターが装着され、機器上はSpO2値は測定されていたが、被告病院のスタッフが、呼吸状態のモニタリングとして、SpO2値を確認して把握することはできていない。
また、翌30日午後8時15分に、舌根沈下が確認された以降も、被告病院スタッフはSpO2値、呼吸数の測定、確認をしておらず、適切な体位の調整や、気道確保、酸素投与も行わなかった。
イ 以上によれば、被告病院スタッフには、▲に対し、平成29年5月13日以降、適切に呼吸管理等を行う義務があったにもかかわらず、これを怠った点で過失がある。また、遅くとも29日以降は、呼吸管理を一層強化し、常時、呼吸数とSpO2値を測定監視し、さらに頻回に呼吸状態を観察すべき義務があった。特に、5月30日夜に舌根沈下を観察した時点及びその後においては、呼吸状態の悪化を把握した場合は、気道確保を行うとともに酸素投与するなどの対応をすべきであり、対応できないのであれば、全身状態の管理に長けた科に転科させる義務があった。しかしながら、被告は、5月29日以降も一般的な生体モニターによる観察を行ったにすぎず、被告病院スタッフも、呼吸状態の悪化の可能性を考慮せず、呼吸管理の強化をしなかった。
そして、被告病院スタッフが適切に▲の呼吸管理を行っていれば、▲が気道狭窄等による呼吸不全に陥り、死亡することはなく、もしくは、呼吸不全となったとしても早期に発見し速やかに気道確保等をすることで、呼吸停止に至ることもなく、死亡という結果の発生を避けることができたといえるから、被告の履行補助者である被告病院スタッフの呼吸管理義務違反と▲の死亡との間には相当因果関係がある。
したがって、被告は、▲に対し、本件により生じた損害を賠償すべき責任を負う。
(被告の主張)
ア 否認ないし争う。
イ(ア)本件入院中、5月28日以前は、被告病院の担当看護師らが、▲に対し、呼吸状態を含む全身状態の継続的な観察を実施していた。
同月29日以降は、上記通常の全身状態の観察に加え、「身体拘束管理」として、看護師が頻回に▲を訪室し、その都度、呼吸状態を含む全身状態の観察を実施し、また、SpO2値及び呼吸数については、看護上のルーティーンとして生体モニターシステムを利用して、スタッフステーションのセントラルモニターの画面上に常時表示される数値を確認する方法及びSpO2値については、その値が88%を下回った場合に作動するアラーム音を聞く方法によって、継続的にモニタリングが実施されていた。
同月31日以降、▲に対して、上記の観察に加え、顔拭きや食事介助、危険行動の確認等の多様な監護及び各種診察・処置・検査等も実施されており、医師、看護師を含む医療従事者らが、▲の病室を極めて頻繁に訪れており、これら複数の医療従事者が、訪室の度に、多数回かつ長時間にわたり、▲を観察している状態であった。加えて、同日には、原告も医療従事者との面談の際の他は、▲のベッドサイドに同席していた。
(イ)本件入院は、被告病院の一般病棟へのものであり、ICUの場合と異なって、一般病棟における人員配置や各病室が壁で隔てられた多数の病室から構成され、スタッフステーションと廊下で接続されるという病棟の構造、生体モニターシステムはスタッフステーションに設置され、アラーム音は、端末のスピーカーから鳴るのみであること、アラーム音が、病棟内の入院患者を不穏に陥らせるなど療養の妨げとなること、特に精神科神経科の病棟においては、患者のほぼすべてが幻聴、幻覚等の精神症状を有し、突発的な音響に対して極めて脆弱で、症状を悪化させるおそれがあることなどから、病棟内のいずれの場所からもアラーム音を聴取できるような音量の設定が困難であるなどの設備面の事情に照らすと、各患者のSpO2値や呼吸数を含む生体モニターシステム上の情報を常時監視することは不可能である。したがって、被告病院スタッフは、常時監視する義務までは負わない。
5月30日に▲に生じていた舌根沈下は、いびきの発生原因となる健常人にもよく見られるありふれた所見で、▲は、従前から頻繁にいびきが認められていたから、以前から頻繁に発生したもので、▲に急性の呼吸不全や窒息が切迫していたことを示すような所見ではなく、多数回の入院を含む一連の診療経過の中で、実際に呼吸不全に至り、窒息するなどした経過もない。したがって、同日時点において、被告病院スタッフが、通常の呼吸をし、意識のある▲について、頭部(下顎)挙上を指すと解される体位の調整及び侵襲性の高いエアウェイによる気道確保、酸素投与を行う義務があったとはいえない。また、当時の▲に対しては、抗精神病薬の調整などの精神医学的な専門的治療及び管理が必要であったものであり、そのような状況で、他科へ転科させることは不適切であり、その時点において他科でのみ実施可能かつ有効な呼吸管理等の方法は存在しないから、他科へのコンサルテーションあるいは転科を行う義務があったとはいえない。
また、安静が維持されており、かつ体温が平熱である者の場合には、概括的に、SaO2(動脈血酸素飽和度)の90%程度が動脈血ガス検査上のPaO2(動脈血酸素分圧)の60%程度に該当すると理解されているものの、SpO2は概括的かつ不安定な数値であり、特段の呼吸機能の低下や呼吸不全がなくとも、一時的に大きな低下を示すこともある。被験者が安静を維持していない場合などには、SpO2が90%であればPaO2が60%であるとはいえない。呼吸不全の定義も一義的にPaO2が60%未満とすることはできず、経時的な変動に加えて、他の動脈血検査の結果、患者の全身状態及びこれらの検査の結果の変動の具体的原因などの総合的な評価に基づいて判断すべきものである。
▲に装着された生体モニターにおいて、SpO2値に応じて作動するアラームの作動の閾値を88%と設定したことは、迷惑アラーム及び医療従事者がアラームに対して適切な反応ができなくなる心理的現象が生じることを防止するために、合理的な設定であって、問題はない。
したがって、前記(ア)の、被告病院スタッフによる、▲の観察の状態に照らすと、被告病院スタッフには、呼吸管理義務違反があったとはいえない。
ウ ▲の死因として、急性冠症候群、肺血栓塞栓症、その他複数の致死性疾患の可能性がある以上、仮に、被告病院スタッフに、原告の主張するような血液検査義務違反があるとして、同義務を果たしていたとしても、▲の突発的な急変・死亡を防止することはできなかったといえるので、被告病院スタッフの血液検査義務違反と▲の死亡との間には相当因果関係を欠く。
なお、医学的に気道狭窄の存在を示す所見は、いびき音であるが、▲には、死亡当日の清拭時にいびき音はなかった。また、気道狭窄による呼吸不全(窒息)の場合は、呼吸不全の発生後、自覚症状がないか、または極めて弱い時期を経た後、呼吸困難に至る時期から、頻脈が発生することが知られており、法医学上、窒息による死亡例において、頻脈が必ず発生するもので、それは最低でも2分から数分以上にわたって持続し、気道狭窄による不完全な窒息であれば、さらに長時間にわたり、著しい頻脈が発生するはずであるが、本件では、▲は、正常脈拍数から、著しい短時間内の徐脈のみを経て、直ちに心停止に至っているものである。さらに、致死的呼吸不全の場合には、心電図上、その発症の早期から、期外収縮(主としてPVC〔心室性期外収縮〕、SPVC〔上室性期外収縮〕等を含む。)が発生するはずであるが、▲については、心電図の記録上、心停止の直前まで期外収縮も全く見られない。
したがって、▲の 死因を気道狭窄による呼吸不全とする根拠を欠く。
(4)5月31日の救急対応義務違反の有無(争点(4))
(原告の主張)
ア 平成29年5月31日午後2時5分頃、被告病院の看護師が▲の清拭を開始した時、▲のSpO2値は78%であった旨被告は主張する。
▲の病室にいた原告は、同日午後2時10分より前の時点で、▲の病室を訪室していた看護師らに対して、▲が呼吸停止していることを訴えていた。そして、▲は同日午後2時14分以降、徐脈になり、同17分頃には心拍数(HR)が40台に、同18分頃には20台になった。
にもかかわらず、看護師2名は、▲に装着されていた抑制帯を外し、橈骨動脈の確認と刺激に対する反応の確認を行ったにとどまり、気道確保や呼吸確認、救急コールをせずに、病室から退室した。同20分に、別の看護師がスタッフステーションにおいて、▲のHRが20台であることに気づき、呼吸停止を確認して、救急コールが行われ、同22分に胸骨圧迫と酸素マスク換気が開始され、同23分にベッドサイドモニターの装着、同28分に気道挿管による換気が開始された。
イ 以上によれば、被告病院スタッフには、5月31日午後2時5分時点、同10分に、原告が、▲の呼吸停止を訴えた時点、その後、再度、原告が呼吸停止を訴えた時点、の各時点において、直ちに意識状態、呼吸状態、生体モニターを確認し、救急コールを行い、迅速かつ適切な救急対応をすべき義務があった。
にもかかわらず、看護師らには、これらを怠った点で過失があり、被告病院スタッフによる迅速かつ適切な救急対応がされていれば、▲を救命できたといえる。
したがって、被告は、▲に対し、本件により生じた損害を賠償すべき責任を負う。
(被告の主張)
ア 否認ないし争う。
イ(ア)5月31日午後2時過ぎ、被告病院の看護師2名が▲の病室を訪室し、清拭を開始し、その後しばらくして、原告から、▲が呼吸をしているかを質問する旨の発言があった際には、看護師1名が、枕位置の調整やギャッチアップを行い、▲の胸郭挙上を確認した。
同日午後2時20分頃、▲に装着された生体モニターシステム上のテレメーターの画面に表示された心拍数の表示が40台であったことから、清拭をしていた看護師の内1名が直ちに、橈骨静脈で脈拍を確認したところ、脈拍が触知されたが、続いて、他方の看護師が、▲に対し、声掛け、肩たたき及び前胸部の痛み刺激の方法により、意識確認をしたところ、反応がなく、更に看護師両名が頸動脈の脈拍を確認したところ、脈拍が触知できず、看護師1名が瞳孔を確認したところ、瞳孔が散大していた。
その頃、スタッフステーションを訪れた別の看護師が、スタッフステーション内で生体モニターシステムのアラーム音を聞き、モニター画面を見たところ、▲の心拍数の表示が20台であったことから、直ちに▲の病室を訪れ、清拭を担当していた2名の看護師に前記モニター上の心拍数の低下を伝えた。
以上のとおり、▲の異変を確認した3名の看護師は、直ちに▲の救急対応を開始し、3名が並行して、1名がベッド上で胸骨圧迫を開始し、1名がスタッフステーションに救急カートをとりに行き、病室に戻って、バッグバルブマスク換気を開始し、1名がスタッフステーション内のスタットコールのボタンを押して、救急コールを発報し、病棟内の医療従事者らに応援を要請した。午後2時20分には、上記胸骨圧迫が開始された。
その後、医療従事者らが、▲に対し、胸骨圧迫を継続しながら、気管内挿管、アドレナリンの注入、挿管チューブによる換気等の救急対応を行い、救急外来に出棟した後も引き続き心肺蘇生措置が講じられたが、▲の呼吸及び心拍は再開することなく、午後4時20分に▲の死亡が確認された。
(イ)本件において、▲に装着された生体モニターのアラーム作動後、わずかな間にスタッフステーションを訪れた看護師が、上記アラーム音を聞き、直ちに▲の病室を訪室し、並行して、▲の病室にいた看護師も救急対応を開始したのであるから、本件における被告病院スタッフの救急対応は、本邦の医療機関の一般病棟の環境及び人員体制等に基づく医療水準に照らして、遅れのない迅速なものであって、救急対応義務を怠ったとはいえない。
ウ また、仮に、被告病院スタッフに、原告の主張するような救急対応義務違反があったとして、同義務を果たしたとしても、▲の突発的な急変・死亡を防止することはできなかったといえるので、上記義務違反と▲の死亡との間には相当因果関係を欠く点は、前記(3)「被告の主張」ウと同様である。
(5)損害額(争点(5))
(原告の主張)
ア 治療費等 5万5284円
5月1日から同月31日までの治療費
イ 入院雑費 4万6500円
日額1500円、31日分として上記金額となる。
計算式 1,500×31=46,500
ウ 葬儀関係費 150万円
エ 逸失利益 663万0674円
▲は、障害基礎年金を受給しており、その年額は77万9300円であった。生活費控除率を50%とし、喪失期間を▲と同年齢男性の平均余命である39年(対応するライプニッツ係数は17.0170)とすると、上記金額となる
(計算式)779,300×(1-0.5)×17.0170=6,630,674
オ ▲の死亡慰謝料 2500万円
▲は、10代の頃に、発症して以降、服薬、入通院を続けて病気と闘ってきた。アルバイトを頑張った時期もあり、また働きに出たいという思いを抱いて治療に励んだ。
原告は、このような▲に寄り添い、懸命に支えてきた。統合失調症、悪性症候群について勉強し、▲の様子を常に気にかけ、少しでも症状の悪化が見られたときには早めに受診させて、命を繋いできた。5月中旬以降、▲は苦痛を訴え、原告も懸念を伝え、血液検査を求め、呼吸が止まっていることを訴えたが、医療水準に適う治療がなされず、▲は死亡した。▲の苦痛、悔しさ、原告の悲痛は、計り知れない。
上記の▲の精神的苦痛を慰謝する慰謝料としては、上記金額が相当である。
カ 原告固有の慰謝料 500万円
上記オの点に加え、▲の死後、被告側において、死亡原因の究明に重要な生体モニターデータを軽率で初歩的な操作ミスで消去され、医療法上の医療事故調査を速やかに実施せず、被告病院調査報告を軽視するなど、▲の死を軽んずる被告の態度に原告は苦しまされている。
このような原告の精神的苦痛を慰謝する原告固有の慰謝料としては、上記金額が相当である。
以上合計3823万2458円
キ 弁護士費用 382万3245円
以上合計4205万5703円
(被告の主張)
争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実に、括弧内に摘示する証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、上記証拠及び証拠(甲A11、甲B47、乙A13、17~19)中、次の認定に反する部分は採用しない。
(1)医学的知見
ア カタトニア(緊張病)(甲B1、11、38、39、46、49、乙B67~73、79、80)
精神疾患や器質的疾患に合併し、昏迷・無動症・姿勢保持など、姿勢、動作、言語に関して意思発動の障害を呈する症候群をいう。
DSM-Vによる診断基準では、①昏迷、②カタレプシー、③蝋屈症、④無言症、⑤拒絶症、⑥姿勢保持、⑦わざとらしさ、⑧常同症、⑨外的刺激の影響によらない興奮、⑩しかめ面、⑪反響言語、⑫反響動作、のうち、3つ以上が認められる場合に診断される。
統合失調症のカタトニアは、抗精神病薬による治療によって、悪性カタトニアないし悪性症候群の初期症状である可能性も指摘されており、カタトニアが原疾患によるものであるのか、悪性症候群の初期症状であるのかを鑑別する必要がある。治療としては、全身状態に注意しながら薬物療法を行うことが望ましい。もっとも、カタトニアに対して、抗精神病薬の投与は悪性症候群を誘発させる危険性があるため投与すべきではなく、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の投与を勧める見解があり、他方で、非定型抗精神病薬はカタトニアに有効であるとする見解もある。
カタトニアに伴って起こる合併症は、咽頭筋障害による誤嚥性肺炎、無気肺、長期臥床による褥瘡、肺血栓塞栓症、経口摂取不能による低栄養、脱水、圧迫による絞扼性の神経障害など、多岐にわたり、一般的な輸液等の身体管理をはじめ、注意深い合併症の管理治療が必要である。
イ 悪性カタトニア(悪性緊張病)(甲B1、11、38、39、46、49、58、乙B67~72、79、80)
悪性カタトニアは、カタトニアに伴い、発熱、高血圧・頻脈・頻呼吸といった自律神経症状を合併し、白血球上昇、CK値上昇を呈する症候群である。悪性症候群との鑑別は非常に困難である。悪性カタトニアの診断基準としては、①急性で重篤な緊張病(昏迷あるいは興奮)、②38℃以上の発熱、③120/分以上の頻脈と最高血圧150mmHg、最低血圧100mmHg以上の高血圧、③筋緊張の亢進が提案されている。カタトニアに加えて、自律神経系の不安定と高熱が合併した場合に悪性カタトニアと診断する見解もある。
悪性カタトニアの場合には、原則として定型抗精神病薬及び非定型抗精神病薬の投与をすべきでないとの見解もあるが、オランザピンが有用であったとの症例もあり、非定型抗精神病薬が有効である可能性が示唆されているほか、ベンゾジアゼピン系薬剤の投与中止により悪性カタトニアに進展し、悪性症候群の症状が加わった事例があり、また、悪性症候群の予防のために、抗精神病薬の高用量投与、多剤併用、急な増量や減量、高力価の第一世代抗精神病薬の使用、抗コリン薬の急な中止をしないことが望ましい。
自律神経症状や高熱を合併する悪性カタトニアは、精神症状に対する治療(薬物療法や電気けいれん療法)に加え身体合併症の予防及び治療が必要であり、場合によっては集中治療室での全身管理が必要となる。
ウ 悪性症候群(以下、「NMS」と表記する場合がある。)(甲B2、3、11、22、31の2、41、42、46、49~51、64、乙B81)悪性症候群は、重篤な抗精神病薬の副作用による症候群を指し、高熱、筋肉拘縮等の症状とCK値の上昇がみられ、死亡率は10%程度であると報告されている。
(ア)症状
高熱、発汗、錐体外路症状(手足の震えや身体のこわばり、言葉の話しづらさやよだれ、食べ物や水分の飲み込みにくさなど)、自律神経症状(頻脈や頻呼吸、血圧上昇など)、横紋筋融解症(筋肉組織の障害:筋肉の傷みなど)、意識障害などがみられる(甲B3)。
悪性症候群による直接死因は様々であり、これは、上記の症状が増強して、身体の主要な臓器不全が生じることにより、死亡に至るためである。症例としては、肺塞栓症、呼吸不全を合併した例の他、尿路感染症、心筋梗塞、致死的不整脈、消化管出血、肝不全、腎不全などが報告されている。
(イ)診断
悪性症候群についての診断基準には、次のようなものがあるが、非特異的症状が多く、G医師は、これらについて過剰診断の可能性を指摘する(証人G)。他方で、重篤な経過をたどる例もあることから、血液検査等で悪性症候群が疑われた場合は、悪性症候群の治療を早期に行う必要があるとされており(甲B2)、厚生労働省発行の「重篤副作用疾患別対応マニュアル 悪性症候群」(平成20年4月。以下「厚労省マニュアル」という。)においては、「悪性症候群は、多くは急激な症状の変化を示します。…悪性症候群は、放置すると重篤な転帰をたどることもありますので、迅速な対応が必要です。」、「臨床症状から悪性症候群が疑われる場合には、可能な限り早期に血液・生化学的検査を実施する。…疾患の経過から説明がつきにくい神経症状や自律神経症状の変動が認められ、かつ血清クレアチンキナーゼ(CK)高値や白血球増多が認められる場合には、悪性症候群を疑い早期の治療導入を考慮する。大切なことは、リスク・マージンを広く取ることである。」との記載がある(甲B3)。
① L▲v▲nsonらの悪性症候群診断基準(より広範な病態が含まれるため、早期発見に有用とされる。)
以下の大症状の3項目を満たす、または、大症状の2項目+小症状の4項目を満たせば確定診断
大症状
1)発熱
2)筋強剛
3)血清CKの上昇
小症状
1)頻脈
2)血圧の異常
3)頻呼吸
4)意識変容
5)発汗過多
6)白血球増多
② Caro◆◆らの悪性症候群診断基準(確定診断を行うために広く使用されている。)
以下5項目を全てを満たせば確定診断
1 発症の7日以内に抗精神病薬投与を受けている事(デポ剤の場合2-4週間以内)
2 38.0℃以上の発熱
3 筋強剛
4 次の中から5徴候
1)精神状態の変化
2)頻脈
3)高血圧あるいは低血圧
4)頻呼吸あるいは低酸素症
5)発汗あるいは流涎
6)振戦
7)尿失禁
8)CK上昇あるいはミオグロブリン尿
9)白血球増多
10)代謝性アシドーシス
5 他の薬剤の影響、他の全身性疾患や神経精神疾患を除外できる
③ DSM-Ⅳの神経遮断薬悪性症候群診断基準
A 神経遮断薬の使用に伴う重篤な筋強剛と体温の上昇の発現
B 以下の2つ(またはそれ以上)
1)発汗
2)嚥下困難
3)振戦
4)尿失禁
5)昏迷から昏睡までの範囲の意識水準の変化
6)無言症
7)頻脈
8)血圧の上昇または不安定化
9)白血球増多
10)筋損傷の臨床検査所見(例:CKの上昇)
C 基準AおよびBの症状は、他の物質(例:フェンシクリジン)または神経疾患または他の一般身体疾患(例:ウィルス性脳炎)によるものではない
D 基準AおよびBの症状は、精神疾患(例:緊張病性の特徴を伴う気分障害)ではうまく説明されない
(ウ)治療
日本神経精神薬理学会作成の「統合失調症薬物治療ガイド-患者さん・ご家族・支援者のために-」(平成30年2月27日公開。甲B2。以下「薬理学会ガイド」という。)では、悪性症候群を生じた場合には、まずは抗精神病薬を中止し、呼吸状態や血圧、脈拍などの全身状態の管理、身体的な治療のための加療が優先されるとされている。また、MSDマニュアルプロフェッショナル版(甲B51)では、一部の患者では、気管挿管及び昏睡の導入が必要になる場合があり、興奮をコントロールするためにベンゾジアゼピン系薬剤(高用量で静脈内投与)を用いてもよいとされている。薬物療法は筋弛緩薬であるダントロレンナトリウムが第一選択薬である。
原因薬の中止により、合併症のない限り平均して7~10日で症状は改善する。(甲B22)
エ 薬剤
(ア)フルメジン(フルフェナジン)(甲B2、4、18)
フルメジンは、第一世代(定型)抗精神病薬であるフルフェナジン系精神神経安定剤の商品名である。添付文書には、以下の記載がある(甲B4)。
・ 用法・用量
フルフェナジンとして、通常成人1日1~10mgを分割経口投与する。なお、年齢・症状により適宜増減する。
・ 慎重投与
脱水・栄養不良状態等を伴う身体的疲弊のある患者(悪性症候群が起こりやすい)
・ 重要な基本的注意
抗精神病薬において、肺塞栓症、静脈血栓症等の血栓塞栓症が報告されているので、不動状態、長期臥床、肥満、脱水状態等の危険因子を有する患者に投与する場合には注意すること
・ 重大な副作用
悪性症候群(頻度不明):無動緘黙、強度の筋強剛、嚥下困難、頻脈、血圧の変動、発汗等が発現し、それに引き続き発熱がみられる場合は、投与を中止し、体冷却、水分補給等の全身管理とともに適切な処置を行うこと。本症発症時には、白血球の増加や血清CK(CPK)の上昇がみられることが多く、また、ミオグロビン尿を伴う腎機能の低下がみられることがある。なお、高熱が持続し、意識障害、呼吸困難、循環虚脱、脱水症状、急性腎不全へと移行し、死亡した例が報告されている。
肺塞栓症、深部静脈血栓症(いずれも頻度不明):抗精神病薬において、肺塞栓症、静脈血栓症等の血栓塞栓症が報告されているので、観察を十分に行い、息切れ、胸痛、四肢の疼痛、浮腫等が認められた場合には、投与を中止するなど適切な処置を行うこと。
・ 重大な副作用(類薬)
突然死:他のフェノチアジン系化合物には血圧降下、心電図異常(QT間隔の延長、T波の平低化や逆転、二峰性T波ないしU波の出現等)につづく突然死が報告されているので、とくにQT部分に変化があれば投与を中止すること。また、フェノチアジン系化合物投与中の心電図異常は、大量投与されていた例に多いとの報告がある。
(イ)オランザピン(甲B52、53)
オランザピン製の抗精神病薬である。添付文書には以下の記載がある(甲B52)。
・ 用法・用量
統合失調症:通常、成人にはオランザピンとして5~10mgを1日1回経口投与により開始する。維持量として1日1回10mg経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。ただし、1日量は20mgを超えないこと。
・ 重要な基本的注意
抗精神病薬において、肺塞栓症、静脈血栓症等の血栓塞栓症が報告されているので、不動状態、長期臥床、肥満、脱水状態等の危険因子を有する患者に投与する場合には注意すること。
・ 重大な副作用(頻度不明)
悪性症候群:無動緘黙、強度の筋強剛、脈拍及び血圧の変動、発汗等が発現し、それに引き続き発熱がみられる場合は、投与を中止し、水分補給、体冷却等の全身管理とともに適切な処置を行うこと。本症発症時には、血清CK(CPK)の上昇や白血球の増加がみられることが多い。また、ミオグロビン尿を伴う腎機能の低下に注意すること。
なお、高熱が持続し、意識障害、呼吸困難、循環虚脱、脱水症状、急性腎障害へと移行し、死亡した例が報告されている。
肺塞栓症、深部静脈血栓症:抗精神病薬において、肺塞栓症、静脈血栓症等の血栓塞栓症が報告されているので、観察を十分に行い、息切れ、胸痛、四肢の疼痛、浮腫等が認められた場合には、投与を中止するなど適切な処置を行うこと。
(ウ)セパゾン(甲B20)
ベンゾジアゼピン系の向精神薬である。添付文書には以下の記載がある(甲B20)。
・ 用法・用量
通常成人クロキサゾラムとして1日3~12mgを3回に分けて経口投与する。なお、年齢・症状に応じ適宜増減する。
・ 慎重投与
衰弱患者(嗜眠状態や運動失調になりやすい。)
中等度又は重篤な呼吸不全のある患者(他のベンゾジアゼピン系薬剤で、呼吸機能の低下している患者に投与したところ、呼吸不全をおこし、炭酸ガスナルコーシスになったとの報告がある。)
・ 併用注意
薬剤名等:中枢神経抑制剤 フェノチアジン誘導体、バルビツール
酸誘導体等(クロルプロマジン、フェノバルビタール等)
臨床症状・措置方法:併用によりその作用が増強されることがあるので、投与しないことが望ましいが、やむを得ず投与する場合には慎重に投与すること。
機序・危険因子:相加的な中枢神経抑制作用の増強
(2)診療経過等
ア ▲は、本件入院以前、平成24年に、隔離措置を採られたことが1度あったが、このときは、7日後に解除された。また、本件入院以前に、生体モニターによる全身管理が行われたことはなかった。また、本件入院以降、5月22日までは、原告が被告病院を訪れた際には、被告病院の外出許可を受け、散歩や喫茶店に行くなどしていた。(原告本人・43、44、49頁)
イ 2月15日、▲は、定期受診として被告病院で受診したが、視線が定まらず、会話は疎通不良であった。動作が緩慢で四肢の固縮があり、自力歩行が不可能であった。体温は37.7℃で、採血の結果、CK値は1880IU/Lであった。被告病院のH医師(以下、被告病院スタッフについて姓名ないし姓に「医師」、「看護師」等を付して表記する場合がある。)は、悪性症候群として1日当たり輸液1500mlを行う治療を開始し、抗精神病薬を中止すると症状の悪化が推測されること、これまでも何度か輸液のみで軽快した経験があることから、当面抗精神病薬を継続し、輸液のみで症状が軽快しなければ抗精神病薬の中止を考慮する方針とした。
同月16日、体温は36℃台に下がり、採血の結果、CK値は1557IU/Lで、自力歩行、意思疎通が可能となった。同月17日、精神症状は改善し、CK値は1102IU/Lまで下がり、輸液は終了となった。
3月3日、▲について、症例検討会が行われ、幾度も不全型の悪性症候群(発熱・CK値上昇及び意識変容を認め、筋固縮を欠く)を繰り返していること、CK値上昇に伴う意識状態の悪化は、悪性症候群よりも悪性カタトニアに近い病態であると窺われること等が指摘され、▲本人はCK値に対するこだわりが強いこと等が共有された。4月からの方針として、就労への段階的アプローチができるように、自宅から近い病院に転医した上で、デイケア等に通いながら不調になった際に入院するという対処をとるのが良いことが確認され、入院中はG医師に主治医を引き継ぐこととされた。
なお、入院時から5月30日までの抗精神病薬等の処方変更の経過は別紙処方経過一覧表のとおりである。
3月6日、院内は単独での行動が可能とされ、院外もスタッフ又は家族付添の下で外出が可能となった。被告病院医師は、過去に原告がクロザリルの投薬について、避けたい旨の意向を示していたことを受けて、フルメジンを投与して様子をみることとした。
ウ 5月11日、38.5℃の発熱がみられ、▲は頭痛や倦怠感を訴えた。
I研修医は、筋固縮及び昏迷がないことを確認し、翌日に血液検査の実施を指示した。翌12日には解熱し、血液検査の結果、CK値が122IU/Lであったため、J医師は、同月11日の発熱等は悪性症候群の初期症状ではなく、感冒によるものと考え、同月13日に予定通り外泊を行うこととなった。
外泊中の同日の夜には、▲は、38.7℃の発熱があったが、帰院せず、同月14日午前に帰院した。
5月15日、血液検査の結果、CK値は149IU/Lであったが、▲は、CK値に対するこだわりが強くなってきている様子であった。
5月16日、▲は、体のこわばり、動きにくさを医師に訴えた。また、呂律困難で、話が聞き取りにくい状態であったが、表情は穏やかで、会話は可能な状態であった。J医師は、翌週には家族と面談して退院日を決めていく旨の方針を立てた。
5月17日午前中、入浴後に流涙していたが、夕方には穏やかな表情で落ち着いていた。
5月18日、表情は険しく、「世界が終わる」などと医師に話していた。視線が定まっていない様子で、独語がみられた。
5月19日、呂律が回らず、発言が聞き取りにくい状態で、独語が活発であった。発熱はなかった。精神症状の悪化がみられたため、フルメジンが6mg/日から8mg/日に増量された。
5月20日、スタッフステーションに複数回立ち入る行動がみられた。原告は、フルメジンが増量されていることを聞き、薬が合っていないのではないかなどと看護師に話していた。
5月21日、硬い表情でスタッフステーションに来所することがあり、発言するものの、呂律困難と発言が滅裂で理解不能であり、看護師に自室へ誘導されることがあった。手を振りながら流涙している姿もみられるなど、精神症状が不安定な状態であった。
エ 5月22日午前1時頃、覚醒しており、ベッドから立ち上がる、スタッフステーションに来所するなどの行動がみられた。発言は全く要領を得ず、突然敬礼をしたり、医師の姿勢、手ぶりを真似たりする等の行動がみられた。また、女性の浴室に入ろうとする、他の患者の病室に入って扉やベッドを蹴る、布団をかぶったまま病棟内を歩く等の不穏行動があった。G医師は、同日午後2時38分頃、隔離処遇での加療が必要と判断し、▲及び原告に告知した上で、保護室へ誘導した。また、精神症状を改善するべく、翌日からフルメジンを最大用量の10mg/日まで増量して評価をすることとした。原告は、G医師に血液検査を行うよう申し入れた。(甲A11〔5頁〕、原告本人)
5月23日、呂律は回らず、発言の聞き取りは困難で、医師の身振りを真似る行動があったものの、笑顔もみられるなど、前日よりは落ち着いている様子であった。歯磨きは介助を要し、内服も吐き出すことがあったが、全て服用することができた。同日夜間には、大声で叫ぶ様子も見られ、ほとんど睡眠をとっていない状態であった。
5月24日、表情は硬いが声をかけると笑顔で取り繕う様子があり、看護師に感謝の言葉を述べることもあった。シャワー浴は、看護師が全介助で行い、内服も、声掛けなどを要した。
5月25日、早口小声での発話や、突然叫び出すなど、会話は了解不能であったが、幻聴はないとのことであった。全介助で食事を摂取するも、なかなか嚥下できず、内服時には吐き出しがみられた。原告との面会時も、原告を認識することができず、視線は合わなかった。原告が全介助して、フルーツと茶を摂取した。夜には、行動停止、動作緩慢となり、食事、内服等、日常生活動作に全介助を要した。
5月26日、食事は三食とも、介助なしで摂取できた。一方で、発語や行動は了解困難な状態であった。G医師は、統合失調症の症状は改善がないものの、直ちには、血液検査で評価する必要はないと判断して、診療録の評価(A)の欄に「亜昏迷」と入力するとともに、週明け(5月29日)に血液検査の実施を指示した。(証人G・39頁)
5月27日、食事は看護師の見守りの下、自ら摂取できたが、緊張が強く、発汗もあり、行動停止も頻回にみられた。午後の原告との面会終了時、原告が退室しようとしたとき、退室させないように▲が鞄を強く引っ張り、鞄から手を離させようとしたK医師の手首を強く握りしめた。K医師は、原告に対し、薬剤調整中であること、症状改善するまでは、隔離処遇で休養してもらう必要があることを説明した。(甲A11〔6頁〕、原告本人)
5月28日、「お母さんに会いたい」と述べるなどしたが、思考がまとまらず、行動制御も効きにくい状態であった。午後0時45分時点で、体温が37.7℃であったため、クーリングが実施された。午後7時30分には、体温は36.5℃に下がっていた。
オ 5月29日、午前7時以降に採血が行われ、午前9時25分に、検体が検査部に到着した(甲C5)。血液検査の結果、CK値は19,565IU/Lであった。午前10時頃の体温は36.2℃であった。朝から、表情は固く、身体の緊張は強く、呼吸は促迫気味であり、多量の発汗がみられた。
G医師は、午後3時頃、血液検査の結果を確認した上、▲を診察し、亜昏迷の持続、四肢の固縮、発汗を認め、午後4時45分頃、隔離を終了して▲を個室病室に移動させた。また、行動の予測が困難で、点滴の自己抜去のリスクが高いことを考慮し、体幹部及び両上肢を拘束の上、輸液1500ml/日を開始し、腎臓機能障害が生じる可能性を考慮して尿道バルーン留置をするとともに、フルメジンを6mg/日に、オランザピンを15mg/日にそれぞれ減量する指示をした。診療録の同日欄には、午後3時49分に、G医師の入力に係る「緊張病症状に伴う不全型NMS(悪性症候群)」、午後6時15分に、J医師の入力に係る「#統合失調症 #Probabl▲NMS」、午後6時34分に、I研修医の入力(K医師確認)に係る「#統合失調症 #CK上昇を伴う緊張病」との各記載がある。
5月29日夜から翌未明にかけては、ほぼ不眠状態であった。
5月30日、体温は、午前6時44分及び午前10時の各時点で、いずれも37.8℃であり、採血の結果、CK値は11,763IU/Lであった。
G医師、J医師は、精神保健福祉士の同席のもと、原告に対し、インフォームドコンセントとして、▲は、CK値が上昇しやすく、CK値が上昇して悪性症候群になる時に精神症状の悪化がみられる傾向があること、輸液をすれば遠からず改善すると考えられること、クロザリルや電気けいれん療法等も選択肢として考えられること、現状は輸液、フルメジンの減量を行い、経過を見ていく方針であること等を説明した。
原告が、午後1時頃、被告病院に赴いたところ、▲は、原告に対し、髭剃りを頼み、原告が髭を剃ると、「ありがとう」と言った。また、夕食は、原告の介助のもと、中華丼を3分の1ほど食した。(甲A11〔7頁〕、原告本人・15、16頁)
G医師は、CK値の上昇が峠を越えたと考え、身体所見も増悪傾向にはないとして、フルメジンを4mg/日に減量するとともに、不眠に対してロヒプノール2mgの定期服用を指示した。同日午後9時の体温は38.2℃であった。診療録の同日欄には、午前9時39分にI研修医の入力(L医師確認)に係る「#統合失調症 #CK上昇を伴う緊張病」、午後3時55分にJ医師の入力に係る「#統合失調症 #カタトニア #Probabl▲NMS」との各記載がある。
カ 5月31日、看護師の声かけに対しても、眼球が上転しかかったまま、反応せず、ベッドをギャッチアップして飲水を促すと、「あ、あぁ…」と声を出した。吸い飲みを使用しても、嚥下できずに吐き出してしまう状態で、誤嚥の可能性が高いことから、朝食は不食となった、看護師が体位を調整するために身体に触れると固縮してしまう状況であった。
食事、内服が困難な状態になったことから、午前10時頃、胃管チューブが挿入された。なお、体温は、午前10時時点で38.4℃、11時31分時点で38.3℃であった。
正午過ぎ頃、面会に来た原告は、胃管チューブについて医師に説明を求めるなどした後、▲のベッド脇で、▲の様子をみていた。(甲A11〔8頁〕、原告本人)
午後2時5分頃、M看護師及びN看護師は、清拭を行うため、訪室した。M看護師は、清拭を開始する前に、▲の全身状態を目視で観察し、▲に清拭を行う旨告げた。M看護師が、▲の身体に触れると、▲は両下肢を挙上したため、M看護師は、身体の力を抜くように声をかけるとともに、両下肢を押して降ろさせた。その後の清拭中は、▲の身体の緊張は取れた状態であった。M看護師は、途中で白癬に塗布する軟膏を取りにスタッフステーションを訪れたが、その際、そこにあるセントラルモニターの表示を確認しなかった。(乙A17〔3頁〕、証人M〔以下「証人M」という。〕)
下半身の清拭の途中、原告が、▲の顔色が悪いのではないか、息をしていないのではないか、などとM看護師らに声をかけた。そこで、M看護師は、原告の発言に対して応答はせずに、前日の申し送りに舌根沈下があったという記載があったことを想起し、呼吸を楽にする下顎挙上の姿勢をとらせるべく、枕を背中側に挿し入れるとともに、ベッドを操作して腰部及び膝部に当たるところをそれぞれギャッチアップし、胸郭の挙上を確認したため、清拭の作業を再開した。原告は、▲が大きく1回吐き出すように呼吸したことを確認した。(甲A11〔9頁〕、甲C18、乙A17〔5頁〕、証人M、原告本人・20、21頁)
その後、着衣を整えるなどの作業をした後、ふと▲の顔を見ると、顔色が土気色に変わっていたため、M看護師は、ベッド脇のテレメーターのボタンを押して作動させたところ、心拍数40台を示した(なお、心電図上、▲の心拍数が40台を示すのは、午後2時15分56秒から午後2時17分56秒までの間である。〔甲A8〕)。
ほぼ同時に、原告が、M看護師らに対し、▲の息が切れたと訴えた。
なお、清拭中、▲にいびきやいびき音はみられなかった。(乙A17〔6頁〕、証人M)
M看護師らは、抑制帯を外し、橈骨動脈を確認したところ、脈拍が確認されたが、呼吸は確認できなかった。続いて、声掛け、肩たたき、痛み刺激を行い、これらに対する反応を確認したが、反応はなく、頸動脈を確認しても、脈拍は確認できず、瞳孔は、散大していたため、▲が心肺停止となったと判断した。この容体確認の間に、スタッフステーションで▲の心拍数が20台に下がっているのを確認したO看護師が、病室に駆け込んできて、徐脈であり、心拍数が低下していることを伝えた後、スタッフステーションへ走り、午後2時20分13秒にスタットコールを押した。
M看護師は、遅くとも午後2時20分26秒頃、ベッドに上がって胸骨圧迫の処置を開始し、N看護師は、スタッフステーションに救急カートを取りに行った。(乙A10、17〔6頁〕、証人M)
M看護師が胸骨圧迫を続けている間、N看護師は午後2時22分頃、バッグバルブマスク換気を開始し、また、救命救急部の医師、看護師が病室に駆けつけ、▲のベッドのギャッチを下げるなどした後、救命救急部の医師が、代わって胸骨圧迫を行った。このような病室内での心肺蘇生措置が奏功しなかったため、▲は、救急外来に運ばれたが、救急外来においても、▲の心拍及び呼吸は回復することはなく、午後4時20分に▲の死亡が確認された。
M看護師は、▲の状況について、隔離前に比して変わらないように感じていたが、5月31日には、少し悪くなっていると感じていた。(乙A17〔7頁〕、証人M、証人P〔以下「証人P」という。〕、原告本人)
キ J医師は、死亡診断書において、「死亡の原因」「Ⅰ」「(ア)直接死因」欄に「詳細不明の内因死」、「発病(発症)又は受傷から死亡までの期間」欄に「平成29年5月31日」と、また、同「Ⅱ」「直接には死因に関係しないがⅠ欄の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等」欄に「悪性症候群」、上記期間の欄に「平成29年5月29日」と記載した。G医師は、▲の死因を解明するために、病理解剖を行うことを勧めたが、原告はこれを拒否した。(甲A2、乙A19〔10頁〕、証人G)
入院患者が原因不明の突然死をした場合に被告病院において、医療安全管理上通常行われることとして、▲の死亡当日ないし翌日に、心電図波形等の確認(モニターリコール)が実施された。このとき、P看護師長は、死亡当日の午後2時前時点のモニター画面上に、一時点の数値として、SpO2値が「78%」と表示されているのを見た。後日、P看護師長は、他に情報はないかとの被告病院医療の質・安全管理部(以下「医療安全管理部」という。)からの問い合わせに対して、強いて言えばとして、SpO2値が78%と表示されていた旨回答した(証人P・10頁)。なお、生体モニター上の▲のデータは、モニターリコールの際に印刷を試みたものの、心電図波形の印刷しかできず、最終的に退床の入力を行ったことによって、データが削除されるに至った(甲C13、乙A18〔3頁〕、証人P・11頁)。
ク 5月29日以降の看護体制について
被告病院精神科第2病棟においては、身体拘束下での行動制限時観察としては、生体モニターシステムを用いて心電図波形、心拍数、呼吸数、SpO2値を測定し、心電図波形及び心拍数を、担当看護師が時間帯毎にまとめ書きすることとなっており、医師から特別の指示がない場合には、呼吸数、SpO2値は記載することにはなっていなかった。生体モニターシステムのアラームは、医師の格別の指示がなかったため、初期設定の基準値(心拍数40以下及び140以上、SpO2値88%以下で発報)に設定されていた。ベッド脇には、テレメーターが設置され、ボタンを押せば心拍数やSpO2値が表示されるようになっていたが、病棟のマニュアルにおいては、吸引を行う場合等、数値の変動が予測されるときにボタンを押して確認する扱いであった。(乙A17〔2~4頁〕、証人M・38頁)
看護師は、行動制限時フローシート(乙A1・518頁以下)に従って、1時間に4度訪室して、睡眠状態、精神状態、呼吸状態、末梢循環状態、皮膚状態を観察することとなっており、また、概ね1時間に1度は、同シートに従い、呼吸困難感、末梢循環、皮膚損傷、不穏行動及び睡眠状況(夜間)を確認し、入力することとなっていた。なお、これらの場合の呼吸状態の確認は、呼吸の有無を目視で確認するだけで、呼吸数を計ることまではされていなかった。(乙A1〔476頁以下〕、証人M・17頁、証人P・14頁、証人G〔以下「証人G」という。〕・40頁)
ケ 心電図上の所見について
▲は、5月29日に個室に移ってからは、心電図モニターによるモニタリングがされていた。心電図上、死亡当日の午後2時5分頃までは異常はなく、午後2時7分頃にST低下がみられ、その後、午後2時14分頃から、心室性補充収縮に変化し、午後2時16分に完全房室ブロック状態となっている(甲C5、11、乙C1、証人G48、49頁)。また、午後2時前の時点で、モニター上、一時、SpO2値78%と表示され、記録された(乙A18〔3頁〕、証人P・10頁)。
(3)説明会における被告側の説明内容(甲C19)
医療安全管理部は、▲の症例に関して、調査を行い、9月8日、原告らに対して説明会を行った(以下、この説明会を「本件説明会」という。)。本件説明会においては、当時の医療安全管理部の副部長であったQ医師、G医師らが立ち会い、▲に対する治療、5月31日の経過、及び▲の死因等について、医療安全管理部としての見解が、概要以下のとおり、説明された。
ア 投薬について
G医師は、▲が悪性症候群になりやすいという点について承知しており、他方で、CK値が高くなれば悪性症候群というわけではなく、精神症状が悪化して緊張が著しい場合にもCK値上昇や発熱があるという認識で治療に当たっていた。
G医師は、5月22日に隔離措置を行った時点では、精神症状が悪化しているものと考え、悪性症候群を発症しているとは判断していなかった。その後、隔離措置後も症状の改善がなかったことから、5月26日、採血を指示し、同月29日の血液検査の結果をみて、治療方針を再検討しなければならないと考えた。
5月29日の血液検査では、CK値が著しく高く、同日から発熱もみられたため、明らかに悪性症候群を発症したと判断した。そして、フルメジンを急に中止するとかえって悪性症候群を悪化させるということも考慮して、段階的に減らす方針とした。
治療中の投薬に関しては、以前にロナセンという第二世代の抗精神病薬を服用した際にCK値が上昇した経緯があったこと、長期間入院しなかった時期の処方がフルメジン、ロドピン(第一世代抗精神病薬)、ジプレキサ(オランザピン)であったことから、フルメジンを処方するとの判断に至った。また、セロクエル(クエチアピン)を減量したのは、フルメジンと同時に多量を服用すると悪性症候群を発症する危険性が高いと判断したためである。
イ 死因、救急対応について
5月31日、清拭中に、看護師のうち1名が軟膏を取りに行った後、原告が▲の呼吸が止まっていると気づいた時点では、脈拍は40程度で、かなり落ちている状態であった。原告の言う「勢いのある呼吸が戻ってきた」というのは、死戦期呼吸であり、有効な呼吸ではないから、その時点で、心肺蘇生を行わなければいけない状態であったと思われる。
死因については、心臓の検査やCT画像を見ても、血栓を疑うような所見はなく、呼吸が先に止まり、低酸素になったために、心臓の動きが悪くなり、心停止に至ったという経過と考えられる。
(4)院内死亡事例調査委員会の調査報告
ア 被告病院に設置された院内死亡事例調査委員会(以下「本件調査委員会」という。)は、救急科、精神科、麻酔科(2名)、呼吸器科の各医師5名(うち2名は他の医療機関に所属する医師である。)、看護師1名及び事務1名で構成された(弁論の全趣旨)。
イ 本件調査委員会は、10月24日付の調査報告(以下「本件調査報告」という。)において、以下の点を指摘している。
(ア)死因について
午後2時5分頃、清拭が開始された時点で、SpO2は70%台に低下していた。午後2時10分頃には、心拍数70/分以上の洞調律で心拍が確認されており、徐脈になるのは午後2時14分以降であるから、呼吸停止が心停止に先行して生じたと考えられる。心電図モニターで致死性不整脈が認められないこと、急性冠症候群を疑わせるような心筋逸脱酵素の上昇も認められないことから、呼吸停止が死亡の原因と判断する。
呼吸停止の原因については、CTや心電図モニターの所見に照らすと、肺塞栓症の発症は否定的であり、①統合失調症に伴うカタトニアの悪化、②肥満体型による上気道狭窄、③胃管チューブ留置による気道狭窄、④内服薬(クロキサゾラム)の副作用による呼吸運動抑制により、気道狭窄が生じたものと推測される。
(イ)救命可能性について
カタトニアが悪化した5月13日以降、▲は、呼吸停止のリスクが高い患者であったと考えられるところ、呼吸管理を重要視していれば、急変を早期発見できた可能性があり、気道確保を早期に行っていれば救命できた可能性があると考える。
他方、▲の死因は悪性症候群に起因するものではないため、フルメジンの中止やダントロレンナトリウムの薬物療法は、死亡回避にはつながらないと判断する。
(ウ)救命救急について
原告が呼吸停止を指摘した時点で、胸郭運動が確認できても十分な換気が行われていない死戦期呼吸の状態であったと考えられる。
したがって、看護師が胸郭挙上のみで十分な換気があると誤った判断をしたことで、心肺蘇生が遅れる経緯になったと考えられる。また、清拭開始時にはSpO2の低下が認められていることから、清拭開始時点で呼吸状態の観察を行っていれば異変に気づくことができた可能性がある。
(エ)統合失調症の治療について
▲は、当時、悪性症候群ではなく、カタトニアが悪化した状態であったと考えられる。昏迷、意識障害、CK値上昇は、カタトニアの憎悪に伴う変化である。被告病院の主治医(G医師)は、カタトニアの一般的な治療法に則った治療をしており、妥当な対応をしたと考えられる。
(5)事実認定の補足説明
原告は、M看護師及びN看護師が、原告が何度も▲の息が止まっていることを訴えたにもかかわらず、これを無視し、その後、▲の異常を確認するやいなや、心肺蘇生等の救命救急措置を行うことなく、両名とも病室から飛び出していった旨主張し、証拠(甲C18、原告本人)中には、これに沿う記載ないし供述部分も存する。しかしながら、上記認定のとおり、M看護師は、原告の訴えに対して応答こそしなかったものの、ベッドのギャッチアップ等の処置を行ったことが認められる。また、上記記載ないし供述部分には、両名が病室から出て行ったとするものの、前記(1)の認定事実のとおり、当時、清拭を行っていたM看護師及びN看護師の他に、O看護師も病室に来ていたのであるから、看護師が不在となったものとは解されず、上記記載ないし供述部分を裏付ける客観的な証拠はなく、一般的な看護師の対応としても不自然であることに照らすと、上記記載、供述部分及び原告の上記主張は、いずれも採用できない。
2 争点(1)(血液検査義務違反の有無)について
5月15日時点のCK値は149IU/Lであり、同日から同月23日までの間には、▲には不穏行動等の精神症状の悪化はみられるものの、カタトニアないし悪性症候群を疑うべき自律神経症状等の症状は見当たらない。そうすると、5月15日ないし22日まで間の各時点でCK値が上昇していたことを示す具体的な事情は窺われない。
したがって、▲の状態を確認するために血液検査を行うべきであったとまではいえない。また、4月29日以降、フルメジンが6mg/日以上に増量されていた事実は認められるものの、その副作用としてカタトニアないし悪性症候群を発症させる可能性があるという程度に止まり、フルメジンの投与で必ずCK値が上昇するものでもないから、5月22日及び同月23日時点で血液検査をしていたとしても、CK値が高値を記録したとは解し難い。
以上の各点によれば、被告病院スタッフが、5月23日までの間に、血液検査をしなかったことについて、注意義務違反があるとはいえない。
3 争点(2)(重篤副作用防止義務違反の有無)について
(1)原告は、5月22日時点で抗精神病薬によるカタトニアの状態にあり、5月29日時点では▲は悪性症候群を発症し、G医師も、その旨診断していた旨主張し、これに沿うR医師の意見書(甲B47。以下「R意見書」という。)も存する。
しかしながら、R意見書は、5月22日時点でカタトニア診断基準の5項目に該当する旨指摘するものの、診療録に記載された断片的な情報のみに基づくもので、各症状の持続時間等を踏まえた検討はなされていない。これに対して、▲の主治医であったG医師は、▲の状態を直接観察しており、診察により、あるいは看護師を介して、病状を把握し、いずれも一時的な症状で、統合失調症によるものである旨診断している。そして、R意見書が指摘する各症状が、統合失調症自体の症状と共通ないし類似していることも考慮すれば、R意見書に従って、5月22日時点で▲がカタトニアの状態であったものと判断することは困難である。
次に、5月29日時点で▲が悪性症候群を発症していたか否かについて検討するに、悪性症候群の症状が多岐にわたる上、診断基準も複数提示されて、帰一しておらず、その要素も診断基準によってさまざまであり、診断基準には、精神科医の間でも過剰診断が問題視されるものがあるなど(乙A19、乙B66、73)、ある診断基準に該当することをもって、悪性症候群であると速断することは、相当でない。そして、精神科医である被告病院の医師の症例検討会において、▲の過去の悪性症候群が、悪性カタトニアに近い病態ではないかとの検討がされていること、悪性カタトニアであればCK値の上昇を伴うとの医学的知見があること等に照らせば、5月29日時点において、▲が悪性症候群を発症していたと断定できず、同時点において、▲に発熱やCK値の上昇がみられ、輸液処置が必要な状態であったものであり、この点に、証拠(証人G)を総合すれば、当時、▲は、悪性カタトニアを発症していたものと解するのが相当である。
そして、同日におけるG医師の診断内容についてみるに、たしかに、G医師は、本件説明会において、「悪性症候群に実際なっている」「この時点(5月29日を指す。)では明らかに悪性症候群を発症したと。」「どこかしらの時点で、きっとCKも上がって悪性症候群になったのは間違いない訳ですから、そこについて弁解をするつもりはありません。」などと5月29日時点で▲が悪性症候群を発症したと判断したものと捉え得る発言をしている。他方、G医師は、原告や▲がCK値の上昇を悪性症候群であると捉える傾向にあり、カタトニアによる症状と説明しても理解しない傾向があり、原告の認識をそのままにして説明することとしたために、悪性症候群を発症したとの発言をした旨証言しているところ、5月30日のインフォームドコンセントの説明内容は、CK上昇を伴う意識状態の悪化は、悪性症候群よりむしろ悪性カタトニアに近い病態であるとの症例検討会での検討に即しているものといえること、本件説明会でもCK上昇がすべて悪性症候群を意味するものではない旨の説明を試みていることは、カタトニアと判断しながら、原告に対しては、原告らが拘る悪性症候群であるとの認識を否定せず、便宜上そのままの認識で、説明を行ったとすることに沿う。また、診療録の記載も「緊張病症状に伴う不全型NMS」「Probabl▲NMS」と単純に悪性症候群を発症したと記載せず留保を付す形ともとれる記載となっていることに照らすと、5月29日時点で、G医師は、統合失調症のカタトニアで悪性症候群のリスクが高い状態であったと診断していたものと解するのが相当である。
(2)治療行為としての投薬は、医師が、専門的知見に基づいて、個別具体的な患者に対し、その状態を適宜確認しながら、処方の判断をするものであるから、合理的な理由なく用法に反しているなど、医学的知見に照らして明らかに医師の判断として不合理であると認められる場合を除き、基本的には、医師の裁量に委ねられているものと解される。本件入院時の処方経過と、▲の精神症状及び身体状態、フルメジンの副作用等に照らすと、結果的にみれば、5月23日にフルメジンを最大用量まで増加したことが、7日後に悪性カタトニアを引き起こす一因となることは十分考え得る。また、▲が、過去にCK上昇を伴うカタトニアないし悪性症候群を複数回発症した病歴があり、従前から受診していた被告病院に入院したという、本件入院に至る経緯に照らせば、被告病院の医師においては、フルメジンの投与により、その副作用である悪性症候群を発症する可能性を考慮することができたとも言い得る。しかしながら、同日時点では、隔離措置をとるほどに精神症状の悪化が明らかである一方、カタトニアないし悪性症候群であることをうかがわせる症状はいまだみられなかったから、5月22日時点では、一定程度悪化している精神症状の改善のために、抗精神病薬の投与を継続する必要性があったといえるところ、原告が過去にクロザリル(第二世代抗精神病薬)の処方を拒否していること等も考えると、精神症状改善を目的として23日からフルメジンの増量を行ったG医師の判断は、その時点における主治医の判断として不合理とはいえない。
したがって、同月19日、23日時点でフルメジンを減量ないし中止しなかったことにつき、被告病院の医師に過失があったとはいえない。
また、前記1(1)の医学的知見に照らせば、抗精神病薬の投与を中止することによって、かえって統合失調症を亢進させ、悪性症候群を発症させる可能性があったといえる。▲は、過去の治療において、悪性症候群が疑われた際に輸液のみで軽快したことが複数回あり、H医師も、2月15日に、薬剤投与を中止すると症状の悪化が推測されるとして、投与を継続している(乙A1・25頁)。5月29日時点で、G医師も、抗精神病薬の投与を中止すると悪性症候群を発症ないし悪化させるおそれがあるとの知見を踏まえて、フルメジンの投与を中止するのではなく、6mg/日に減量することで対応し、さらに、6月1日以降も漸減して最終的には中止に至ることを予定していたのであるから、G医師の、5月29日にフルメジンを中止しなかった判断を、不適切なものとすることはできない。以上より、原告のこの点に関する主張はいずれも採用し得ず、抗精神病薬の投与に関して、G医師に注意義務違反があるとはいえない。
4 争点(3)(本件入院中の呼吸管理等義務違反の有無)について
(1)注意義務違反について
ア 前記3(1)認定説示のとおり、5月29日時点で、G医師をはじめとする被告病院の医師は、亜昏迷、発汗を認めており、血液検査の結果、CK値が高値の19,565IU/Lであったことを確認し、統合失調症のカタトニアで悪性症候群のリスクが高い状態であったと診断していたものである。
そして、輸液が開始され、両上肢及び体幹部を拘束した上、生体モニターが装着されるなどの厳重な処置が開始されていたことからすれば、同日以降は、▲について、全身状態が悪化して、重篤な症状に至る危険性が高まっていたといえ、その可能性を予見することは可能であったというべきである。
また、▲は、輸液が開始された後も全身状態が快方へ向かっておらず、5月31日には経口摂取不能となり、経鼻胃管チューブが挿入されたことからすれば、同日時点の▲の全身状態は、悪化し、それまで至ったことのない容体の域に至っていたものと解される。死亡前日である5月30日の夜には、気道狭窄の原因となり得る舌根沈下が確認され、5月31日時点では、▲の肥満体型と相まって、呼吸不全に陥る可能性があり、被告病院スタッフにおいても、これを予見することは可能であったといえる。そうすると、被告病院スタッフには、舌根沈下が確認された5月30日午後8時15分以降、そうでなくとも遅くとも5月31日に入った時点で、訪室時に呼吸数やSpO2値を観察する、あるいは、生体モニターの数値を頻繁に確認するなどして、呼吸状態を含む▲の全身状態をより厳格に監視し、異常が確認された場合には、直ちに処置を行うべき義務があったというべきである。
イ 前記1(2)クの認定事実のとおり、被告病院スタッフは、病棟のマニュアルに従って▲の状態を観察するとともに、初期設定のままの生体モニターによる監視を行っていたものである。しかしながら、5月31日の▲の日勤の担当であったM看護師が、当日の看護に当たって注意していた事項は、血栓を生じさせないとの観点からの下肢の状態、内服の可否及び体温のみであって、呼吸状態については、息苦しそうではないかに注意を払うという程度のものに止まっており(証人M・37頁)、M看護師に引き継いだ夜勤の担当者も同程度の認識であったと解されることからすると、客観的には、▲の全身状態を厳格に観察、管理するという意識を欠くものであったといわざるを得ない。
そして、▲が徐脈(心拍数60以下)となったのは、午後2時14分台であり(甲A8)、それ以前からすでに呼吸は弱くなっていたとされている(甲C11)ところ、清拭開始後、▲の異常に気づいたのは、心拍数が40台の時、すなわち、早くとも午後2時15分56秒以降である。もっとも、胸骨圧迫が開始されたのが午後2時20分頃であること、通常、一次救命処置(BLS)の開始から胸骨圧迫までの時間が1分程度であること(証人G・52頁)を考慮すれば、午後2時17分台以降であると考えられる。
そうすると、M看護師らは、清拭開始時及び清拭の途中で原告から▲の呼吸状態について指摘された際に、▲の呼吸数、SpO2値を測定して呼吸状態を確認すべきであったにもかかわらず、ギャッチアップ後に胸郭挙上を確認したのみで、異常がないものと速断し、▲の全身状態の異常に気づくことなく作業を継続したものであり、被告主張の、医療制度上の制約、被告における診療体制等の事情を考慮しても、この点で、被告病院スタッフには、過失があったというべきである。
ウ 被告は、▲の体型からして、睡眠時無呼吸症候群に類するものとして、一時的に呼吸が停止することも考えられ、被告病院スタッフの判断に誤りはなく、下顎挙上の姿勢をとった後に胸郭挙上を確認し、一般的な医療水準に照らして十分な対応をしているから、過失はない旨主張する。
しかし、前記説示のとおり、▲の全身状態が相当悪化していた点を前提とする限り、不規則な呼吸が、主に体型によるもので、身体状況の異常を示す徴表には当たらないと安易に扱うべきではないといえるのであり、▲の体型を考慮しても、被告病院スタッフのこの点に関する注意義務を免れさせ得るものではない。また、意識レベルが低下した状態で舌根沈下等により上気道狭窄に陥った場合には、シーソー呼吸と呼ばれる、胸部が上下するものの換気が十分ではない呼吸がみられる場合があり(甲B14、証人M・26頁)、胸郭挙上を確認するだけでは十分な呼吸状態の確認とはいい難いこと、当時、▲のベッド脇には、SpO2値も表示されるテレメーターが配備されており、同値の確認は、比較的容易にできる状況にあったこと(乙A8、証人P・21頁)に照らすと、それすらも行わなかった被告病院スタッフの対応には不備があったというべきである。
(2)▲の死因について
ア 本件調査報告(甲C11)では、▲の死因は呼吸停止であり、致死性不整脈、急性冠症候群、肺塞栓症の可能性は否定されると結論付けられている。また、呼吸停止の要因として、①カタトニアの悪化、②体型による気道狭窄、③胃管チューブによる気道狭窄及び④セパゾンの副作用の影響の可能性があるとされている。本件調査委員会には、他の医療機関の医師2名を含む医師5名が関与しており、その中には救急科及び呼吸器科の医師が含まれており、これらの委員によって、診療経過や心電図に即して検討されている。
そして、証拠(証人G・59頁)によれば、5月29日時点で、CK値は著しく高く、悪性症候群のリスクが考慮されるほどにカタトニアが相当に悪化していたこと、医学的知見として、悪性カタトニアの場合にも、呼吸状態の悪化を招くおそれ、呼吸抑制の可能性があること、その場合には、呼吸数、SpO2を含めてモニターをすることが必要であることが、それぞれ認められる。また、▲には5月29日時点でフルメジン及びセパゾンが処方されているところ、セパゾンにはフルメジン(フェノチアジン誘導体)との併用により相加的な中枢神経抑制作用が増強される場合がある(甲B20)。そして、▲のような体型の男性が睡眠時無呼吸症候群に類する症状を呈する場合があり、今回入院中においてもいびきをかいている状況が確認されるなどしている。
したがって、本件調査報告には、不合理な点はなく、その判断は相当であり、これに従い、▲の死因は、呼吸停止によるものと解するのが相当である。
イ 被告は、解剖が行われていない本件においては、致死性疾患(致死性不整脈、急性冠症候群、肺血栓塞栓症、脳梗塞及び成人突然死症候群)による突然死の可能性が否定できない旨、呼吸不全の際に必発である頻脈がなく、心室性期外収縮がみられないことから、呼吸不全は、死因ではない旨主張する。
しかしながら、本件調査報告は、死亡直前の心電図モニターで致死性不整脈を認めないこと、急性冠症候群を疑うような心筋逸脱酵素の上昇も認められなかったことを理由に、致死性疾患の可能性を、明確に否定している。そして、証人Pの証言(9頁)によれば、5月31日に被告病院内で行われたモニターリコールにおいても、▲の死亡当時、致死性疾患が死因として疑われており、手がかりとなるような心波形の異常はないかという観点での検討が行われたことが認められるのであり、本件調査報告の体裁、表現に照らしても、本件調査委員会も致死性疾患の可能性を念頭に置いて検討した上で、これを除外したものと捉えるのが相当であり、致死性疾患の所見を見落としたとは到底考えられない。そして、▲の死亡直前に、致死性疾患を疑わせる具体的な所見はなく、致死性疾患の可能性を否定した上記調査報告の見解を覆すほどの根拠は見出し難い。
他方、呼吸不全の際の頻脈及び心室期外収縮については、たしかに、▲の心電図上、著しい頻脈及び心室性期外収縮は、確認できない。しかしながら、▲は、5月29日午後4時以降、検温時には毎回38℃前後の高熱を発しており、発熱が頻発ないし継続していた状態であって、多量の発汗や筋固縮がみられ、CK値も、5月29日時点よりは低下しているものの、依然として高値が継続していたものである。かかる身体状況に照らせば、5月31日時点で、▲は、カタトニアの悪化により、精神症状のみならず、全身状態としても、相当に衰弱していたものと考えられる。そうすると、通常と同様の身体状況になかったものであり、通常であれば起こり得る反応が生じなかった可能性は否定できず、本件説明会において述べられた、低酸素になったために心臓の動きが悪くなった旨のQ医師の見解(甲C19)もそのような可能性を示すものと捉え得るし、証拠(証人P・30頁)によれば、意識レベルや呼吸機能が低下している場合には頻脈にならないことがあることが認められるのであり、典型的な頻脈、心室性期外収縮が見られないことは、呼吸不全を死因と捉えることを妨げるものとはいえない。
なお、被告は、死亡当日、▲の母であり、同居者であって、▲のことをよく知っている原告が付き添っていたこと、1回目の呼吸停止があった後、呼吸を確認して安心した趣旨の原告の供述をもって、原告が、▲の呼吸が正常なものであると認識していたとし、この時、▲の呼吸が、客観的にみて、何ら異常なものと認められなかったことが明らかであるなどと主張するが、医学的知見を有しない肉親が付き添っていることをもって、医療機関のなすべき呼吸管理のモニタリングの代替となるはずはないから、被告の上記主張は、採用できない。
(3)被告病院スタッフの過失と▲の死亡との因果関係について
本件調査報告(甲C11)の記載内容に照らせば、仮に、被告病院スタッフが、清拭開始時に、生体モニターによるSpO2値、呼吸数の測定を行うなどして、呼吸状態の観察を注意深く行っておれば、気道確保、酸素投与等の措置によって、換気不全により午後2時15分頃に徐脈に至ることは回避でき、▲の死亡も回避できたと考え得る。
したがって、被告病院スタッフの前記過失と▲の死亡との間には、相当因果関係が認められる。
被告は、被告病院スタッフの使用者であり、前記過失による▲の死亡は、被告病院の業務として行われたものであるから、民法715条1項本文に基づき、▲及び原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。
5 争点(4)(5月31日の救急対応義務違反の有無)について
前記1で認定したところによれば、M看護師が▲の心拍数が40台であることを確認したのは、死亡当日午後2時15分台以降であり、胸骨圧迫を開始したのは遅くとも午後2時20分台であった。M看護師らは、その間に、一般的な一次救命処置(BLS)の手順である、2人での橈骨動脈の確認、反応確認、呼吸確認、頸静脈の確認を行った。これとほぼ同時に、O看護師がスタットコールを発報して救命救急部の医師らに応援を要請し、N看護師は救急カートを取りに行き、M看護師は胸骨圧迫を開始し、その後も、胸骨圧迫の継続、バッグバルブマスク換気等の心肺蘇生措置が行われている。
そうすると、M看護師らが▲の心拍数の異常を確認して以降の救命救急措置は適切に行われたというべきであり、この点に注意義務違反があるとはいえない。なお、原告は、被告病院スタッフが清拭中に▲の様子を確認すべきであった旨主張するが、この点については、前記4で説示したとおりである。
6 争点(5)(損害額)について
(1)治療費等 0円
証拠(甲C15)によれば、5月1日から同月31日までの治療費として5万5284円を要したことが認められる。しかしながら、かかる費用は、▲の統合失調症の治療にも要したものといえ、被告病院スタッフの過失行為によって生じた損害とは捉えがたい。
(2)入院雑費 0円
原告は5月1日から同月31日まで、日額1500円として請求するが、上記(1)と同様、▲の入院は、主として統合失調症の治療を目的とするものであり、被告病院スタッフの過失行為により、入院が必要となったものではないから、被告病院スタッフの過失行為によって生じた損害とは捉えがたい。
(3)葬儀関係費 101万5948円
証拠(甲C32、33)によれば、▲の葬儀関係費として合計101万5948円を要した事実が認められる。
したがって、上記金額につき、葬儀関係費に係る損害と認める。
(4)逸失利益 530万4539円
証拠(甲C16)によれば、▲(死亡当時43歳)は、年額77万9300円の障害基礎年金を受給していたことが認められる。そして、年金の性格に照らせば、生活費控除率は60%とするのが相当であり、喪失期間については、平成29年簡易生命表による43歳の男性の平均余命が39.18年であることから、39年(対応するライプニッツ係数17.0170)とする。
以上によれば、上記金額となる。
(計算式)779,300×(1-0.6)×17.0170=5,304,539
(5)▲の死亡慰謝料 1800万円
本件における過失の内容、その他本件に現れた一切の事情に照らし、上記金額を相当と認める。
(6)原告固有の慰謝料 200万円
▲の母である原告は、▲と同居し、長年にわたり統合失調症の治療を見守ってきたこと、その他本件に現れた一切の事情に照らし、上記金額を相当と認める。
以上合計2632万0487円
(7)弁護士費用 263万0000円
本件訴訟の難易、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、上記金額とするのが相当である。
以上合計2895万0487円
第4 結論
以上によれば、被告は、不法行為に基づく損害賠償として、2895万0487円及びこれに対する不法行為以後の日である平成29年5月31日から支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。なお、以上判断したところによれば、被告は、債務不履行に基づく損害賠償義務も負うが、その損害額は上記不法行為責任に基づく額を上回らない。よって、原告の請求は、上記の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官 後藤慶一郎
裁判官 和田崇寛
裁判官 谷口実希