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名古屋地方裁判所判決 令和元年(ワ)第3109号

   主   文

 

 1 原告らの請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告らの負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

 1 被告は、原告▲に対し、1億1258万2615円及びこれに対する平成27年11月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 2 被告は、原告■に対し、330万円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 1 事案の要旨

   本件は、幽門狭窄による経口摂取不良で被告が開設する○1病院に入院した原告▲が、入院時に適切な栄養評価がなされなかったことによりウェルニッケ脳症を発症したとして、原告らが被告に対し、不法行為又は診療契約上の債務不履行に基づき、原告▲については合計1億1258万2615円、原告■については合計330万円及びこれらに対する平成27年11月6日(ウェルニッケ脳症発症日)から民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。)所定の年5分の割合による各遅延損害金の支払を求める事案である。

 2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲の証拠により容易に認められる事実。なお、以下、引用した書証については、認定に用いた主な箇所の頁数を〔 〕内に掲記することがある。)

  (1)当事者

   ア 原告▲(以下「▲」という。)は、昭和26年生まれの男性である。原告■(以下「■」という。)は、▲の妻であり、平成30年6月8日、▲の成年後見人に選任された。

   イ 被告は、○1病院(以下「被告病院」という。)を開設する地方独立行政法人である。

  (2)診療経過等

   ア ▲は、平成27年10月30日、2、3日前から吐き戻しを繰り返し、飲食がほとんどできなくなったなどとして被告病院を受診したところ、幽門狭窄による経口摂取不良の疑いがあるとして、その精査のために被告病院消化器外科に入院した(以下「本件入院」という。乙○1〔443~445〕、乙○11)。

     ▲は、本件入院時の栄養スクリーニングにおいて「明らかに栄養不良なし」と判断され、本件入院中の栄養管理計画としては、絶食とした上で、静脈栄養での輸液管理を実施することとなった。(乙○1〔432、433、440〕)

   イ ▲は、同年11月4日以降、ふらつきや見当識障害が見られるようになり、同月6日、被告病院神経内科において、ウェルニッケ脳症と診断された。

   ウ 平成28年6月2日、被告病院精神科●1医師は、精神障害者保健福祉手帳用の診断書に、おおむね以下のとおり記載した。(甲○11)

    (ア)主たる精神障害 アルコール残遺性障害

    (イ)発病から現在までの病歴及び治療の経過、内容

       直腸癌術後、幽門狭窄で当院外科に平成27年10月30日入院し、入院後、怒りっぽいことはあったが、見当識など問題なかった。同年11月4日にふらつきあり転倒し、その辺りから辻褄の合わない発言が出始めた。当科診察時も見当識障害、記憶障害があり、器質的要因に関して内科で検査が行われ、ウェルニッケ脳症と診断された。ビタミン補充で、見当識などやや改善したようであるが、不眠、易怒性と認知機能障害は持続している。

    (ウ)現在の病状、状態像等

      情動及び行動の障害      爆発性

      精神作用物質の乱用及び依存等 アルコール残遺性・遅発性精神病性障害

      知能・記憶・学習・注意の障害 認知症

      その他            不眠

   エ ▲は、平成30年11月28日、被告病院において認知機能を含む全身状態の評価を受け、その結果、ウェルニッケ脳症とこれによるコルサコフ症候群、中等度からやや高度の認知機能低下があり、改善は困難で症状は進行していくと考える必要があると診断された。

  (3)医学的知見

   ア ウェルニッケ脳症について(甲●1)

     ウェルニッケ脳症は、ビタミン●1欠乏により急性~亜急性に発症する神経障害である。慢性アルコール中毒のほか、消化管手術後、低栄養状態、妊娠悪阻、ビタミン●1を含まない高カロリー輸液などが原因で発症する。症状としては、意識障害(傾眠、せん妄、錯乱、昏睡等)、眼球運動障害、運動失調が挙げられる。

     ウェルニッケ脳症の後遺症として、記銘力障害、健忘、見当識障害、作話を特徴とするコルサコフ症候群をきたすことがある。

     ウェルニッケ脳症に対する治療としては、速やかにビタミン●1の大量経静脈的投与を行うこととされる。高カロリー輸液、長期点滴管理を行う場合には、ウェルニッケ脳症の予防のため、ビタミン●1を添加することが必須とされる。

   イ 栄養評価方法について

     栄養療法の適応を判定するためには、栄養アセスメントが不可欠である。あらゆる病期・状況において、患者の現在の栄養状態、今後の栄養学的リスクを判定できる単一の普遍的指標は存在せず、栄養アセスメントは、複数の栄養指標・臨床指標を多角的に組み合わせて栄養状態を判断するものである。(甲●2〔6~8〕)

     栄養アセスメントの第1段階として、栄養学的リスクのある患者を抽出する栄養スクリーニングが実施される。栄養スクリーニングは、病歴、身長、体重、体重変化などの臨床上容易に入手できる情報を指標として、全ての患者に対し、入院時等に実施する。複数の指標を組み合わせて総合的に判断するため、SG○(主観的包括的評価)、MUST、NRS等様々な栄養評価ツールが提唱されており、栄養評価ツールごとに評価項目や特徴は様々であるが、多くの栄養評価ツールにおいて、体重減少が評価項目として挙げられている。(甲●2〔6~9〕、甲●17〔128~137〕)

     SG○は、医療者が主観的に患者の栄養状態を判定するもので、①体重変化、②食物摂取量の変化、③消化器症状、④身体機能、⑤疾患と栄養必要量の関係、⑥栄養状態を評価するための身体計測の6項目の評価から成り立っている。SG○の判定は、「栄養状態良好」「中等度の栄養不良(又は栄養不良の疑い)」「高度の栄養不良」の3段階で行い、「中等度の栄養不良」は注意深い経過観察を要し、必要ならばすぐに積極的な栄養療法を講じるべきである、「高度の栄養不良」はただちに栄養療法を開始しなければならないとされている。(甲●8〔15~17〕)

     ①体重変化は、SG○における6項目中最も重要な指標であり、体重減少率(体重の減少分を元の体重で割って100をかけた数値)を評価する。病的な体重減少は、体重減少率が1か月で5%、3か月で7.5%、6か月で10%以上と定義されている。(甲●8〔15〕、9〔60〕)

     ②食物摂取量の変化では、食事摂取量の推移や食事内容の形状の変化などを確認する。(甲●8〔15〕)

     ③消化器症状は、例として、2週間以上にわたり食欲不振、吐気、嘔吐、下痢といった症状とその継続期間を確認することがポイントとされている。(甲●8〔15〕)

 3 争点及びこれに関する当事者の主張

  (1)争点1(被告病院における本件入院時の栄養評価が医療水準を逸脱するものであったかどうかについて)

   (原告らの主張)

   ア 過失の内容について

     被告病院では、本件入院時に栄養スクリーニングとしてSG○が用いられていた。SG○では、まず栄養療法の適否を判断することが全く不要な患者(明白に栄養障害を否定可能な症例)を除外するためにラフスクリーニングが実施され、その段階で多少なりとも栄養不良を疑わせる事情があれば、「栄養不良の可能性あり」と判断されて、ディティールスクリーニングとして体重測定等の6項目の測定を実施することになる。

     本件入院の際、■から▲の平成27年8月の入院からの退院後の食事状況や2、3日前から吐き戻しをしていることを伝えられていたことから、被告病院は、▲について、「栄養不良の可能性あり」と判断すべきであったにもかかわらず、「明らかに栄養不良なし」と判断した。

     栄養評価の判定において体重の変化は最も重要な指標であり、臨床検査値では誤った栄養評価をすることになりかねないため、本件入院当日に▲の体重測定をすることが必要であった。しかし、被告病院においては、▲の体重測定をしないまま栄養評価を行っており、これは医療水準を逸脱するものである。

   イ 結果回避可能性について

     SG○のラフスクリーニングにおいて「栄養不良の可能性あり」と判断していれば、体重測定等の6項目の測定を実施するディティールスクリーニングに進むことになる。本件入院当時、平成27年4月の入院時から幽門狭窄によって摂食不良を生じる状態が続いており、本件入院の数日前からは、ほとんど飲食ができなくなり、嘔吐を繰り返す状態に至っていたこと、直近2か月余りで13%を超える体重減少を来していたことからすれば、栄養療法の適用ありと判断されたはずである。

     本件入院当時、低栄養状態の患者に対しては、栄養療法として、ビタミン●1が添加された栄養輸液製剤が用いられたはずであるから、これにより、高度の蓋然性をもって▲のウェルニッケ脳症の発症が回避されたといえる。

   (被告の主張)

   ア 過失の内容について

     SG○の目的は、NST(栄養サポートチームによる栄養管理・栄養指導)の要否を判定することにあるから、問診と理学的所見からの視診、触診で、その患者にどのくらいの栄養管理が必要かを直感的に判断すればよいものである。ラフスクリーニングの視診では、顔面、胸部、手の部位の筋肉、脂肪の減少を観察し、ここで頬の脂肪が減少しているとか、鎖骨が著明に浮き出ているような状態が観察されれば、栄養不良の可能性を考えて、ディティールスクリーニングを行うことになる。

     被告病院看護師は、本件入院時のラフスクリーニングの視診において、▲に上記のような状態が認められないこと、▲本人・家族からの聞き取り内容、平成27年8月の入院時の体重、本件入院当時の血液検査結果を踏まえ、「明らかに栄養不良なし」と判定した。

     3日前から食事が摂れなくなったということだけで、当然に栄養状態不良と判断しなければならないというものではないし、平成27年8月の入院当時にも同様の症状があったものの、経口摂取したものが胃から下部消化管へ流動していることが確認できていたことから、経口摂取不良があるとして、当然に栄養不良を疑わなければならないものではない。

     栄養不良の診断基準は確立しておらず、入院当日に栄養評価のために患者の体重測定をしないことは、医療水準を逸脱するものではない。

     ▲については、嘔吐・脱水が認められたため、特別な栄養管理の必要性があるとして栄養管理計画書が作成され、当日から末梢静脈栄養法が行われていたものであり、被告病院には、原告が主張するような注意義務違反はない。

   イ 結果回避可能性について

     本件入院時点での▲の栄養状態は、血液等検査結果(アルブミン値、コリンエステラーゼ値、●N(血液尿素窒素)/クレアチニン比、尿ケトン体陰性、尿比重)、●MI値、体幹部▽Tスキャン検査、NSTアセスメント等からして、栄養不良と評価されるものではなかった。

     栄養障害は必ずしもビタミン不足に直結するものではないし、ビタミン●1は中心静脈栄養法により高カロリー輸液に切り替える段階で加えるのが一般的標準的であるところ、本件入院では、短期間の保存的治療の予定で末梢点滴を開始するものであったから、ビタミン●1の投与は必須ではなかった。

     また、病歴の把握ができておらず、意識障害などで受診した場合には予防的にビタミン●1投与を推奨されているが、既往歴や治療歴が把握できている▲については、初めからその必要はなかったから、ビタミン●1が添加された栄養輸液製剤の投与がされたとはいえない。

  (2)争点2(因果関係及び損害について)

   (原告らの主張)

    被告病院における本件入院時の誤った栄養評価により、▲はウェルニッケ脳症を発症し、認知機能に著しい障害が生じ、原告らに別紙損害額一覧表記載の損害が発生した。

   (被告の主張)

    いずれも争う。

    ▲のウェルニッケ脳症の原因は、被告病院のビタミン●1投与の遅れが主たる原因ではなく、▲の基礎疾患(脳梗塞、直腸癌に対する直腸切断術施行、その後の幽門狭窄等)や食生活習慣(偏食傾向やアルコール摂取、アルコール残遺性障害)などの複合的な要因で発症したと考えられる。

    また、▲の後遺障害は、身体機能は残存しているが高度の認知機能障害があるために、生活維持に必要な身の回りの動作に全面的介護を要するものではないから、後遺障害等級別表第1の1級1号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を遺し、常に介護を要するもの」に該当しない。

第3 当裁判所の判断

 1 認定事実

   証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

  (1)▲は、平成26年11月13日、前日より右手の動きが悪く、右下肢にも力が入りにくいなどと訴えて▽1市民病院を受診し、頭部MRI検査により陳旧性脳梗塞が確認されたことから、同日から同月27日までの間、同病院脳神経外科に入院した。入院時の看護基礎情報には、飲酒について、日本酒、ウイスキー、焼酎、ビールと記載され、1日量として「500 2本」と記載されていた。入院中、排便後に新鮮血が見られたため、退院後も同病院にて経過観察を行っていたが、同年12月26日、同病院内科を受診した際、直腸にポリープが確認され、がんの可能性が高いと指摘された。(甲○8の1〔2、9、32〕、8の2〔9、22〕、乙○1〔662〕)

  (2)▲は、平成27年3月11日から同月12日までの間、直腸がん等の疑いにより、大腸内視鏡的ポリープ切除術を行うため、被告病院消化器科に入院した。入院時の▲の体重は61.1kgであり、▲は、4か月間禁酒していると述べていた。▲は、被告病院消化器科において、確認されたポリープのうち7つの切除を受け、同日退院し、同年4月2日の受診時に、改めて、直腸がんが疑われるポリープを切除することとなった。(乙○1〔640、644~646、652~662〕、乙○5〔2〕)

  (3)▲は、同年4月15日、直腸がんの疑いで大腸ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)を受けるため、被告病院消化器科に入院した。入院時の▲の身長は162▽m、体重は62.3kgであり、4か月間禁酒していると述べていた。被告病院医師は、同月16日、▲に大腸ESDを実施したところ、蠕動により内視鏡が筋層を押さえつけた結果、筋層が断裂したため大腸ESDを中止し、症状が落ち着いてから、改めて治療を行うこととした。▲は、同月21日より食事を再開し、同月25日、退院した。(乙○1〔592、593、605、618~622、629、630〕)

  (4)▲は、同年5月12日、直腸切除手術のため、被告病院外科・消化器外科に入院した。その際、▲は、4か月間禁酒していると述べていた。同月14日、上記手術が実施され、同月17日には食事を再開し、同月25日、退院した。(乙○1〔494~495、497、519、532~534、549~551〕)

  (5)▲は、同年8月25日、2、3日前から食後又は内服後、胃痛や嘔吐があると訴えて、被告病院外科・消化器外科を受診し、幽門狭窄症により入院した。入院時の▲の体重は55.4kgであり、▲は、4か月間禁酒していると述べていた。同月27日に実施された上部消化管内視鏡検査(EGD)により幽門狭窄による通過障害が確認され、その後、食事や内服が再開された。▲は、同月31日、退院した。(乙○1〔453~462、470~472、482〕)

  (6)▲は、同年9月16日の被告病院脳神経外科の受診時、食事は摂れている旨述べ、同月28日の被告病院外科・消化器外科の受診時、食事は少しずつ時間をかけて摂っている旨述べ、同年10月26日の被告病院外科・消化器外科の受診時には、食事はセーブしている旨述べた。(乙○1〔450、451、447〕)

  (7)▲は、同年10月30日、2、3日前から吐き戻しを繰り返し、食事、水が摂取できない、ふらふらしているとのことで被告病院を受診したところ、幽門狭窄による経口摂取不良の疑いがあるとして、その精査のために被告病院外科・消化器外科に入院した(本件入院。乙○1〔437、443~445〕、○11)。

  (8)本件入院時の栄養スクリーニングを実施した被告病院のD1看護師(以下「D1看護師」という。)は、▲について、日常生活自立度がJ-2(日常生活は自立し1人で外出できる程度(隣近所へなら外出する))であること及び褥瘡がないことを確認した。また、血液検査の結果によれば、○l●(アルブミン値)が4.40、W●▽(白血球数)が7.1、LYMPHO(リンパ球数):17.7、TL▽(総リンパ球数)が1256.7であった。D1看護師は、栄養スクリーニングのラフスクリーニングにおいて、▲について、「明らかに栄養不良なし」と判断した。(乙○1〔432、433〕、○12、○13)

    被告病院では、▲に対し、本件入院中、絶食とした上で、1日当たり344キロカロリー分の栄養が末梢静脈から補給することとなった。(乙○1〔440〕)

  (9)▲は、本件入院後も連日嘔気を訴えるなどしており、同年11月4日には、立位時のふらつきや動作の緩慢さ、視線の合いにくさが見られた。同日の体重測定の結果、▲の体重は48.1kgであった。被告病院脳神経外科では、▲に対し、同月5日又は同月6日に頭部MRI検査を実施することとした。(乙○1〔402~406、416、424、425、429〕、○5〔26〕)

  (10)▲は、同月5日も動作の緩慢さや反応の鈍さが見られたほか、せん妄が疑われる行動も見られ、診察時には明らかな見当識障害が出現していたことから、被告病院精神科ではせん妄として対応するとともに、被告病院脳神経外科では脳梗塞の可能性を前提に頭部MRI検査を実施したが、新規梗塞巣は見つからなかった。(乙○1〔396~401〕)

  (11)被告病院医師は、同月6日、▲の意識障害の原因についてウェルニッケ脳症の可能性も考慮してアリナミン(ビタミン●1)を投与し、ビタミン●1を検査項目とする血液検査を実施した。その後、▲の眼球運動障害、体幹失調、頭部MRI所見などからウェルニッケ脳症が疑われたため、被告病院医師は、既に投与中のビタミンを増量して治療継続することとした。(乙○1〔387、391、392〕)

 2 争点1(被告病院における本件入院時の栄養評価が医療水準を逸脱するものであったかどうか)について

  (1)原告らは、本件入院時の栄養スクリーニングのラフスクリーニングにおいて「栄養不良の可能性あり」と判断すべきであった、体重測定をしないままに行われた栄養評価は医療水準を逸脱するものである旨主張し、これに沿う医師作成の意見書(甲●3、●42、●43)を提出する。これらの意見書は、いずれも本件入院時における▲の栄養評価に当たっては、体重測定による体重減少の推移を把握することが不可欠であり、平成27年4月の入院時の体重や同年8月の入院時の体重との比較により、本件入院時に▲が低栄養状態に陥っていたことを把握することができ、これによって、直ちに栄養療法としての末梢静脈栄養が開始され、同時にビタミン●1も投与されたはずであると指摘する。

  (2)しかし、栄養不良の診断にはゴールドスタンダードが存在せず、大規模な前向き臨床試験もほとんど行われておらず、十分なエビデンスが存在していないのが現状であって、診断基準も確立されていない状況にあり、栄養評価の絶対的な指標は存在しないことが指摘されている(乙●3、●4〔128〕)。

    また、医療機関が患者の入院時に実施する栄養スクリーニングの方法としては複数の栄養評価ツールが存在しているところ、それぞれ評価項目が異なっている中、その多くは体重減少を評価項目として掲げているものの(前提事実(3)イ)、平成26年に実施されたアンケートの結果によれば、全入院患者に対して身長、体重を測定している医療機関は55%程度であり、上記のような栄養評価ツールによらずに、アルブミンなどの血液検査値を栄養スクリーニングの指標として用いる医療機関も多く存在していたこと(乙●16)も認められる。

    この点については、医師作成の意見書(乙●23、●24)においても、栄養状態の評価は、体重のみならず、血液、尿所見、画像所見、NSTによる評価などから総合的に判断すべきであり、体重減少のみから栄養障害の存在を断定することに合理性はないと指摘されているところである。

    このようにしてみると、本件においては、D1看護師が、▲の生活自立度がJ-2であり、褥瘡がないこと及び血液検査の結果を確認することを通じて栄養評価を行っているところ(認定事実(8))、この時点で被告病院が把握していた▲の経口摂取状況(認定事実(5)~(7))及び数日後の平成27年11月4日時点で▲がるい痩状態にあったとは認められないこと(乙●21〔2〕、●23〔2〕)も踏まえると、D1看護師が上記のような栄養評価の手法により「明らかに栄養不良なし」と判断したことも、当時の医療水準を逸脱するものであったとはいえない。

  (3)また、ウェルニッケ脳症は、慢性アルコール中毒、消化管手術後、低栄養状態、ビタミン●1を含まない高カロリー輸液などによって発症するものであるところ(前提事実(3)ア)、栄養不良は、栄養素やエネルギーの摂取量と実際に生体が正常な機能や活動を維持するための必要量が不均衡な状況を指す概念であり、栄養不足、低栄養などの用語は、一般に栄養素・エネルギーの摂取量が必要量に比べて少ない状態を指すにとどまり、栄養不良の厳密な定義は存在していないことが指摘されており(乙●4〔127、128〕)、医師作成の意見書(乙●23、●24)においても、栄養障害とビタミン不足が直結するものではないと指摘されている。

    本件においては、▲は、平成26年に直腸がんの疑いがあるとして、被告病院において、平成27年3月にはポリープ切除術、同年4月には大腸ESD、同年5月には直腸切除術をそれぞれ受けており、同年8月には幽門狭窄症により入院しているものの、その都度、食事を再開できる状態で退院しており(認定事実(1)~(5))、同年9月28日の通院の時点でも摂食不良などを示すエピソードはなく(認定事実(6))、これら入院の都度、4か月間禁酒していると述べていた(認定事実(3)~(5))から、本件入院の時点において、▲につき、ウェルニッケ脳症の原因となる消化管手術後、低栄養状態あるいは慢性アルコール中毒を考慮すべき状態であったとまではいい難い。

    また、同年10月26日の通院時には食事をセーブしていることが確認され(認定事実(6))、同月30日の本件入院時には、2、3日前から吐き戻しがあったことが確認されている(認定事実(7))ところ、同月26日の通院時のエピソードから本件入院までの期間が4日間と短期間であり、ビタミン●1は18~20日で枯渇すると指摘されていることも踏まえると(乙●11、●21〔1〕)、本件入院時において、▲につきビタミン●1を同時投与するような形での末梢静脈栄養を開始するほどの低栄養状態に陥っているものと把握し得るかは疑問の余地があったというべきである。

    そうすると、仮に、本件入院時に体重測定がされたとしても、ウェルニッケ脳症の発症を予防するための措置を講ずることができたとはいい難い。

  (4)したがって、被告病院において、本件入院時に体重測定を行わずに栄養評価を行ったことが医療水準を逸脱したものであるとはいえないし、仮に体重測定を行ったとしても、▲にウェルニッケ脳症が発症することを回避しえたとはいえない。

 3 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

第4 よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

    名古屋地方裁判所民事第4部

        裁判長裁判官  片山博仁

           裁判官  棚井 啓

           裁判官  小椋智子



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